デートだから
指折り日数を数え、待ちに待った誕生日。
前日まで悩みに悩んだアメリアはデート服に真っ白いセーターとブラウンのスカート、そして革で出来た編み上げブーツを選んだ。
普段は真直ぐに下ろしているだけの髪にも編み込みを加えており、編み終わりの耳元を真っ白な増加で彩っている。
全体的に大人っぽくも可愛らしい姿をしており、普段に比べて随分と甘い印象を相手に与えるようになっていた。
その効果たるや、待ち合わせ場所である駅でソワソワとしながらアメリアを待っていたカイがパキッと固まって、彼女に見惚れてしまったほどだ。
「おはようございます、カイ様。お待たせしてしまったでしょうか?」
列車を使う関係上、アメリアは待ち合わせ時間の五分前には到着するように調整して移動していた。
実際、時間には余裕をもって待ち合わせ場所へ向かうことができたのだが、自分よりも先に着いていたらしいカイを気遣って、アメリアは声をかけた。
アメリアにポーッと見蕩れていたカイは彼女からの少し心配そうな目線に気がつくと、ハッとして、
「あ、いや、ぜんぜん、さっき来たところだから大丈夫だよ」
と、照れ笑いを浮かべた。
「それはよかったです。それでは、列車の方に向かいましょうか」
「うん。乗り遅れちゃうといけないから、もう行こうか。あ、そうだ、アメリアちゃん。よかったら、俺と手を繋がない? ほら、今日は休日だから駅も混んでるしさ、はぐれたら良くないと思うから。どうかな?」
頬を赤く染めるカイが、はにかみながら問いかける。
アメリアは「そうですね」と頷くと、スルリと自分の手を滑らせてカイの手のひらに重ね、それから指を絡ませた。
「どうせなら、このつなぎ方にしましょう。だって、今日は『デート』なんですから」
ギョッと目を丸くするカイの顔を覗き込んで、アメリアが悪戯っぽく笑う。
カイの手のひらがみるみる内に熱くなって、じっとりと汗ばむようになった。
「あ、暑いね、アメリアちゃん。あのさ、一回手を放そうか? 手を繋げるのは嬉しいんだけど、俺、手汗かいちゃうからさ、気持ち悪くなっちゃうでしょ」
顔を真っ赤に赤くして、こめかみにもタラリと汗を流すカイにアメリアはフルフルと首を横に振った。
そして代わりに、繋いだ手をキュッと握り込む。
「どうせ、今拭いても汗なんてすぐにかくようになりますよ。私は気になりませんから、このまま行きましょう。むしろ、放さないでくださいね。迷子になりたくありませんから」
サラリと告げるアメリアに頷いて、カイは彼女と一緒に列車に乗り込んだ。
二人の目的地は居住地から少し離れた場所にある大きな水族館だ。
水族館は最寄の駅から徒歩十分程度の場所にあるため、あまり歩く必要はないが代わりに列車に乗る時間は約一時間と意外と長い。
手を繋いでいる関係上、二人はボックス席でも並んで座ったのだが、そうすると自然と相手との距離が近くなって肩が触れ合うほどになる。
アメリアの方から花のような優しい香りが漂ってきて、カイは鳴りっぱなしの心臓を更に激しく暴れさせた。
対してアメリアも、カイから伝わってくる体温に内心では酷く緊張している。
「あのさ、アメリアちゃん。さっきは言いそびれたんだけど、その格好、可愛いね。よく似合ってる。服も可愛いんだけれど、髪についてる花も凄く可愛いと思う。なんというか、アメリアちゃんって白とか黄色とかの綺麗な花が似合うよね。編み込みも凄く上手だよ。なんか美人さんって感じがして、隣にいると俺、けっこう照れちゃうかも」
照れくさそうに笑うカイがアメリアの方を向いて丁寧に彼女の姿を褒める。
朝、早起きをして一生懸命に支度を整えたアメリアだ。
カイから「綺麗だね」「可愛いね」と声をかけてもらえたのが嬉しくて堪らず、「ありがとうございます」と破顔した。
「カイ様も格好良いですね。おろしたてのジャケットやカジュアルなスニーカーも可愛いですし。秋らしい装いで好きですよ。いつも真ん中わけにしていらっしゃるカイ様ですが、オールバックもよくお似合いですね。額を出すと普段よりも少し大人っぽくなって、素敵ですよ」
「ありがとう。でも、俺、普段から大人っぽいと思うんだけれど?」
「カイ様は意外と子供っぽいですよ。私的に関わるようになって思うようになりました。甘いもの好きですし、感動ものに弱いですし、思いの外、感情が顔に出ますし」
冗談めかして睨みつけてくるカイにアメリアが笑ってかえすと、彼は拗ねたようにそっぽを向いた。
「ほら、そうやってすぐにご機嫌斜めになる」
クスクス笑いのアメリアが追撃をいれるとカイも不機嫌な表情を保ち続けられなくなって、すぐに笑顔になった。
「意外と意地悪だよね、アメリアちゃんはさ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。ねえ、あのさ、アメリアちゃん、俺、今のアメリアちゃんとのやり取り好きだな」
「今のやり取り?」
カイからの意地悪発言にはすっとぼけた態度で返していたアメリアだが、彼の言う「今のやり取り」には特に思い当たる節も無く、キョトンと首を傾げた。
「なんというかさ、今、すごく関係性が近かったじゃん。俺、アメリアちゃんは敬語を使わない方が好きだな。アメリアちゃんも少し前に言ってたけど、今日は俺たちデートをするんでしょ。それなら、敬語を使わないでさ、俺のこともカイ、とかカイ君ってよんでよ。その方が俺、嬉しいな」
期待した表情で自分を見つめてくるカイにアメリアがコクリと頷いた。
「それなら、遠慮なく。今日はよろしくね、カイ君」
普段、非常に丁寧な言葉遣いをしている人間がフランクに接してきた時のギャップというものはすさまじいものだ。
カイはアメリアの丁寧で真面目な言葉遣いや態度をビジネスパートナーとして心地良く感じ、好ましく思っていた。
だが、個人的な人間関係でと考えるとアメリアの硬い言葉遣いはあまり好ましくなかった。
私的な時間にも敬語を使われ、「カイ様」と呼ばれてしまうとアメリアとの心理的な距離感を見せつけられてしまった気がして、けっこう寂しくなっていたのだ。
そのため、アメリアに「カイ君」と呼ばれ、少しぶっきらぼうにため口を使われたのが、カイには堪らなく嬉しかった。
本当に、とんでもなく嬉しかったのだ。
だが、だからこそだろうか。
カイは「今後は軽い感じでお願いね」とアメリアにお願いしても、彼女には、
「善処してみますが、すぐに対応はできませんよ」
という、しょっぱい言葉と苦笑いを返されると思っていた。
まさか、すぐにため口と「カイ君」呼びに対応できるとは思っていなかったのだ。
需要と供給が追い付かない。
今のカイは、「金が欲しいな~」と呻いていたら突如、空の上からお札がドサドサと振ってきた時のような酷いパニックに見舞われている。
当然、アメリアに、
「いいね! その調子! 今後もそんな感じでお喋りしたいな」
なんて軽い調子で返事をすることはできず、
「う、うん。よろしくね」
と単語でポツポツと話すと、そのまま真っ赤な顔を隠すようにしてその場でうずくまった。
歪に歪む唇を片手で覆い隠し、モゾモゾとうずくまるカイは確かに一見すると吐く寸前の体調不良者だ。
「どうしたの? カイ君。体調悪い? 乗り物酔いしちゃった?」
心配そうなアメリアの声は優しいが、今のカイにとって彼女のソレは甘い暴力である。
「だ、大丈夫だから、アメリアちゃん、ちょっと待ってて。ちょっと待っててね」
鼻の奥が熱くなって血が噴き出しそうになるのを必死に食い止め、細かく体を震えさせる。
今以上の醜態をさらさないよう、カイはとにかく必死だ。
「あんまり無理しないで、カイ君。そうだ、良かったら私、車内販売のお茶を買ってくるね」
カイの体調を本気で心配するアメリアが車内の飲食物販売エリアへと向かう。
その隙にカイは必死で熱くなった全身を冷まそうと頬を窓に張り付けた。
『敬語がとれたごときで……俺、情けねえな』
心の中でシクシクと涙を流しながら大人しく放熱を続ける。
ところで、平常心を取り戻すのに必死なカイは、タメ口を使いたてのアメリアが人知れず頬を染めていたことを知らない。
カイ君と呼ぶのにも緊張してしまって、名前を呼ぶときにギュッと目を瞑っていたことや、羞恥が増してぶっきらぼうな物言いをしていたことにも、もちろん気がついていない。
冷静な澄まし顔を解いた可愛らしいアメリアを見ることができなかったのは、少し勿体ないようにも思える。
しかし、実際に照れ照れと言葉を出すアメリアを見てしまったらカイは過呼吸を起こしていてもおかしくなかったので、むしろ見えなくてよかったのかもしれない。
明日以降、できるだけ元の投稿時間に近づけられるよう、善処します
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