宅飲みセレーネ
ケイが居酒屋に出かけた夜。
自宅でお留守番をしていたセレーネは一人きりで夕食を食べることとなったのだが、彼女はその食事に、普段とは違った種類の料理を用意していた。
小さく切り分けたナチュラルチーズにゴーダチーズ、カマンベールチーズのチーズ三種盛り合わせ。
併せて食べる用の生ハムにスモークサーモンが乗ったお洒落なサラダ。
軽く炙った厚切りベーコンと太いウィンナー。
テーブルの上ではキラキラと眩い光を放つオツマミたちがそれぞれ皿に盛られて綺麗に並べられており、卓上を豪華に彩っている。
視覚的にも嗅覚的にも美味しそうな卓上にセレーネはニマニマと笑みを浮かべた。
『んふふ~! セレーネ流、宅飲みセットの完成です! 好きなものばっかり独り占めですからね~』
上機嫌に鼻歌を歌うセレーネが、今日のためにとケイに買ってもらった小さな赤ワインのボトルを開ける。
それから深い赤の液体をワイングラスにゆっくりと流し込むと、セレーネは柄を掴んでクルクルと器用に中身を揺らし、強くなる香りを吸い込んだ。
『うん、よく分からないけど私はけっこう好きな匂いがする!』
セレーネは別に高級で鋭敏な嗅覚や味覚というものを持ち合わせていない。
ケイにわざわざワインを頼んだのも、ただ何となく飲んでみたかったからであり、種類や銘柄などにたいしたこだわりも無い。
そのため、セレーネは店員に「初心者さんにはこちらがオススメですよ~」と勧められたハーフボトルを躊躇なく選んでいたし、ワイングラスもなんか格好いいから、という適当な理由でクルクルと回していた。
ぶっちゃけ、セレーネはワインそのものを堪能するためというより飲酒の雰囲気を楽しみたくて宅飲みをしている。
『さて、そろそろ一口』
ワクワクと瞳を輝かせたセレーネが杯を傾け、中身を一口分、口内に注ぎ入れる。
途端、口中に華やかなで渋みの強い赤ワインの風味が豊かに広がり、喉の奥がアルコールでギュッと縮んだ。
少し摩擦力が強くなる喉を動かしてワインを飲み込むと、目頭付近に溜まっていた風味とアルコールが柔らかく鼻から抜け、堪らない。
舌の奥には余韻が残っているものの、少し渋いソレはフルーティーで全く嫌な感じがしなかった。
『うまーっ! 店員さんが初心者さんにおススメですよって紹介してくれたワインなだけあって、飲みやすいわ、多分。私、他のワインを飲んだことがないから何とも言いきれないけど。でも、多分、飲みやすい方なんだわ。とにかく美味しい!』
飲んだワインはそれなりに濃い味だったというのに、何故かオツマミもチーズや加工肉などといった味の濃いものを選んでしまいたくなる。
セレーネはチーズ類を一口かじって咀嚼し、ワインと一緒に飲み込んだ。
まったりとコクのあるチーズがワインで押し流され、後味を妙にスッキリとさせるのが癖になる。
セレーネは濃いオツマミとワインを交互に煽り続けた。
口内が肉やチーズ、ワインで満たされ、しつこくなってきれば、今度はサラダで口内をリフレッシュさせる。
そうして味覚がリセットされた状態に近くなってから、今度は食欲の赴くままにベーコンやウィンナー、バゲットを頬張った。
食べることが大好きなセレーネは夢中で飲食を続けている。
『ケイさんはまだ、お兄さんたちと飲んでいるのかな?』
だいぶ食事も進み、テーブルに乗っかる料理もまばらになってきた頃、小休憩をとったセレーネが壁にかかった時計を眺めた。
時計の針は午後八時半を指している。
『なんか、ケイさんがいないと暇。一応、今夜はケイさん疲れを癒すという目的もあったのに』
結婚届を出す昨日までベッタリとケイに張り付かれていたセレーネだ。
いくら彼女がケイを構うのが大好きで側にいるとイチャつきたくなる性格をしているとはいえ、流石に一緒にいる間中くっつかれていたのでは、どうしてもストレスや疲労が溜まる。
ケイのことは好きだが少し疲れていたセレーネは、
「今夜はのんびりお夕飯を食べて、ゆっくり一人でお風呂に浸かるぞ~」
と意気込んでいた。
しかし、彼がいない状態を歓迎していられたのも最初の頃ばかりで、気がつくと彼が近くにいないことに、ほんのりと寂しさを覚えるようになっていた。
『自分で思うよりも、私って寂しがり屋だったのね。お風呂、少し前に入ってゆっくりできたけど、なんか物足りないし。ご飯も独り占めできるって思ったのに、どうしてか食べ尽くすほどの気力がわかないのよね。私、食い意地張ってるのに』
チラリと視界に映りこむテーブルにはセレーネの好物が少量ずつ残っている。
ケイと余裕のある暮らしをすることで今ではだいぶ落ち着いているが、過去に食うに困る過酷な生活をしていたセレーネは体が食いだめをすることを覚えており、食事を残すことが苦手だ。
テーブルに残った料理を眺めるとソワソワしてしまう。
『ケイさんと話しながらだったり、あ~んってされたりすれば、私の中でくすぶっている食欲も正しく動き出すんだけれどな。私、食い意地張ってるのも食べるのが大好きなのも本当だけど、でも、本当の本当はケイさんに甘やかしてもらって食べる食事が好きだったんだろうな』
仕方がないなと笑ってオヤツや食事を分けてくれるケイに甘えてばかりのセレーネだったが、何故か止まったまま動かなくなってしまった自分の手と口に苦笑いを浮かべた。
結局、セレーネは食事を食べきることを諦め、空になった皿や汚れたグラスをシンクの中に入れた。
『ケイさん、お兄さんたちと楽しくお喋りしてるのかしら。楽しんでるといいな。ケイさんがお兄さんたちと飲むことなんてめったにない事なんだから、ゆっくり楽しんでくれてると嬉しいと思うの。でも、もしも少し早くに帰ってきてくれたら、嬉しいな』
洗い物を進めながら思う。
少し感傷的な気分に浸るセレーネは、のんびりと居酒屋で飲食を進め、兄たちと会話をするケイの姿を思い浮かべた。
『そう言えばケイさん、今日はどれくらい飲んだんだろう』
基本的に飲酒を好まず、セレーネに付き合って少し酒を嗜む程度のケイがガッツリと酔っている姿をセレーネには想像できない。
体質上お酒に弱いわけではないが、かといって強いわけでもないケイだ。
もしかしたら兄弟で飲むのが楽しすぎて気がつかない間に普段よりも杯を重ね、かなり酔った状態で帰宅してくるかもしれない。
セレーネはかつてケイに作ってもらった、対二日酔い用のスープを思い出すと鍋を取り出し、料理を始めた。
そして優しい味の野菜スープが完成する頃、お土産のケーキを携えたケイがニコニコと笑顔で帰宅した。
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