湿り気プロポーズ
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遅れることもありますが、原則翌日の午前6時までには更新されておりますので、見捨てずに見守っていただけると嬉しいです!
よろしければ、明日以降も読みに来てください!
ケイは食事中も特に会話などをすることなく、黙々と料理を食べ進めている。
やがてケイはセレーネよりも先に食事を平らげると食器をシンクの中に置き、それから、再び席に戻ってきて彼女が食べ終わるのを待った。
そして、セレーネが食事を終えたのを確認すると飲みかけの水が入ったコップを残して、それ以外の食器を彼女の代わりにシンクへ運ぶ。
「ありがとうございます、ケイさん」
礼を言うセレーネにケイはコクリと頷くとシンクに溜まった洗い物を片付け始めた。
調理器具まで洗い終えると、今度のケイは無言でセレーネの椅子を引いて、彼女の腹部に顔を埋めた。
「セレーネさん、俺のこと、嫌いになった?」
「なってないですよ。ケイさんは変わらず堪らないくらいかわいいです。お皿洗い、ありがとうございました」
「うん」
落ち込んだ声で小さく頷く姿がかわいらしくて、どうしても頭を撫でたくなってしまう。
だが、セレーネがモフモフの髪の上に手を置き、ゆっくりと撫でようとすると、その前にケイがフルフルと頭を横に振った。
「撫でられるの、嫌ですか?」
少し寂しくなって問いかけるセレーネにケイは頷かなかったが否定もしなかった。
「嫌じゃないけどモゾモゾする」
嫌悪感を覚えるわけではないが羞恥に近い微量の不快感を覚えて、いてもたってもいられなくなるらしい。
それをセレーネへ告げると同時にモジモジと身じろぎをし始めたケイは落ち着かない様子で彼女に抱き着いた。
様子を見るに、甘えたい心はあるのだろう。
甘えた心に応えたくて、セレーネが背を擦る。
だが、それもすぐに弾かれてしまった。
ケイの周囲に張り巡らされた分厚いバリアに少し腹が立つ。
「ちょっと、ケイさん!」
セレーネがムッと口角を下げれば、腹部にしがみつくケイが嫌々と首を振った。
「怒んないで」
「だって……ケイさんは、どうされたいんですか? 甘えたいわけじゃないんですか?」
「分かんない。寂しい。触られると落ち着くけど、すぐにモゾモゾする。だから、何もしないでほしい。抱っこだけさせててほしい。あと、あんまり俺のすること拒否しないでほしい」
「いいですけど」
弱ってグデェ……と溶けているケイを見ていると愛しい気持ちがせり上がって、つい頭を撫でたり頬をつついたりしたくなってしまう。
しかし、嫌だと言われている以上、むやみに触れることもできないだろう。
セレーネだって慰めるつもりで傷つけるのはごめんだ。
そのため、セレーネは自分自身の手をキュッと握り合って自制すると、ケイが落ち着くのを待った。
「俺さ、セレーネさんと結婚したいんだ」
セレーネの下っ腹に顔を埋めたまま、ケイがポツリと言葉を出す。
「結婚? 私はケイさんのお嫁さんで、ケイさんは私の旦那さんですよね?」
セレーネの言葉は二人にとって当然の共通認識だったはずだが、ケイはフルフルと首を横に振った。
「そうだけど、そうじゃない。だって、そりゃあ、もちろん意識の上ではそうなんだけど、法的にはセレーネさんは俺の奥さんじゃないし、俺もセレーネさんの夫じゃないでしょう。性奴隷とご主人様だ。俺、大切な奥さんが戸籍上の扱いで性奴隷になってるの、すごく気になる。今はセレーネさんのことを本当に愛していて、セレーネさんからも愛情を返してもらっているから余計に」
ポツリポツリと紡がれる声は少し掠れているが言葉は重たく湿っている。
セレーネは髪を梳くようにケイの頭を撫でたくなったが、拒否されたことを思い出して止めた。
セレーネと法的に結婚するのは簡単だ。
まずはセレーネとの間に結んでいる奴隷契約を解除して、それから結婚の手続きを踏めばいい。
ただし、奴隷契約の解除後にはセレーネは一般市民に戻るため、当然ながら彼女に婚約を強制することはできない。
また、国では元奴隷の人権と意思を尊重し、保護するための政策として、元奴隷だった人間に対する自立支援というのを行っている。
元主人からの望まない干渉を拒絶するための法やルールも設けられており、その一環として、元主と奴隷が婚約をするには契約を解除してから少なくとも一ヶ月ほど待たなければならなかった。
正直、性奴隷として購入した人間を配偶者として据え、対等に接しようとする美しく澄んだ心の持ち主など奴隷の主人の中にはケイくらいしかいないため、ほとんど実用されたことがない手続きとルールである。
「俺、怖いんだよ。セレーネさんの奴隷契約を解除するのが、すごく怖い。だって、契約解除後は元奴隷と主人の関係って厳しくみられるからさ、もしも俺がセレーネさんとスケベな事してさ、セレーネさんが強姦されたって訴えれば、俺は簡単に捕まってセレーネさんから引き離されるんだよ。契約解除後にセレーネさんが心変わりして逃げ出しちゃったら、俺、最後まで追えるか分かんない。だって、捕まえておいたら監禁になるし、過度に食い下がったらストーカーになるし。俺、お縄につく未来しか見えない」
ケイは大切な相手に対して「悪いこと」ができない性格をしている。
よく言えば非常に素直で誠実であり、悪く言えば少し不器用だ。
契約の解除と婚姻届けの提出は当事者が二人で出向かずとも片方が役所に出向いて必要書類を提出すればいいのだから、赤裸々にセレーネへ手続きの方法やルールを告白する必要はない。
セレーネは単純な性格をしていてケイのことを全面的に信頼しているのだから彼女に黙って手続きを終わらせてしまえばいい。
それに、そもそも「自分から絶対に離れない人間」を妻にするためにセレーネを買ったのだから、酷く怯えながら契約を解除する必要もない。
だが、それでもケイは解除や婚約の手続き、それによって自分に降りかかるデメリットを偽ることなく語ると不安で沈んだ。
「そんなに怖いなら、別に解除しなくていいんですよ。私はケイさんが旦那さんとして優しくしてくれるなら、肩書に興味はありませんし。性奴隷だからって、そういう扱いをするわけじゃないでしょう? 私は、どんなに怒っていても嫌だって言ったらとどまってくれたケイさんを知っています。ちゃんと私のことを人として扱ってくれるって知ってるから、だから、このままでいいんですよ。私はケイさんが安心してくれる方が嬉しいです」
声を震わせ、泣きそうになるケイが不憫でセレーネが優しく声をかける。
しかし、ケイは彼女の言葉を受け取って少し固まると、それからブンブンと首を横に振った。
「『性奴隷』なんて、そもそも人間に与えていい身分じゃない。俺は、セレーネさんが奴隷なんて嫌だ。人として間違ったことをしたくないし、そういうことをセレーネさんに強いたくない。ちゃんと、セレーネさんの愛情を信じた日に決めたんだ。この間だって指輪の注文をしてきて、完成品だって手元にあるんだ。でも……」
指輪の注文を入れた日というのが正にケイが珍しく帰りを遅くした日であり、セレーネが少し彼の浮気を疑った日だった。
ケイは事前にセレーネの指を測ってサイズを知っていたから、アクセサリー店へ出向き、婚約指輪を注文していたのだ。
セレーネが自分のことを異様に愛していることは知っていたから、注文したばかりの頃は彼女の喜ぶ姿を想像して胸を弾ませた。
だが、注文を完了させ、支払い証明書と注文票を鞄に忍ばせて帰る頃には、ケイの心臓は興奮ではなく不安ではち切れそうになっていた。
先ほどケイ自身が語ったような、万が一、起こるかもしれない恐ろしい現実が脳を襲うようになったからだ。
完成品が手元に届いてしまえば、早くセレーネにプロポーズと各種手続きの話をしなければと焦る反面、現実から逃げたい、セレーネを性奴隷状態のままにして閉じ込めておきたい、という思いも異常なほどに募る。
正反対の心が心臓の中で喧嘩しているのが苦しくてセレーネに甘えたくなったが、それをすると自分が卑怯で哀れで惨めな人間になってしまう気がして、頼れなかった。
これが、ここ最近ケイが様子をおかしくしていた理由である。
ようやく心の内を吐露できたケイは、淀みを吐きだせた安心感と恐ろしい現実が一歩近づいてきた恐怖でセレーネにしがみつき、震えている。
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