甘いクレープ
「ねえ、セレーネさん。お腹空いてない? 夕食まで時間があるし、次のお店まで休憩がてらクレープでも食べる?」
ケイの指差す方角には屋台式のクレープ屋があった。
クレープ屋の店主は意外にも頑固そうな外見をした壮年の男性で、彼は辺りに甘い匂いを漂わせながら黙々と生地を焼き、クレープを作り続けている。
店の周囲には子供連れの夫婦やカップル、友人同士のグループなど様々な人間がいるのだが、売られているクレープがクリーム盛り盛りの重たい品であるせいか基本的に若者が多い。
キャッキャと人々がはしゃぐ可愛い空間の中でクレープを巻き続けている男性は、いっそのことマスコットキャラクターのようで少しだけ愛らしかった。
客の食べているクリームたっぷりの甘味に惹かれたセレーネが、ケイの問いかけにコクコクと頷く。
店では数人の客が注文に並んでいたため、二人も並びながらメニュー表を眺めた。
「わぁ! 定番のイチゴバナナに、キャラメルに……ティラミス!? クレープにケーキが乗るなんて、ステーキにビーフシチューがかかっているようなものですよ!? 大丈夫なんですか、コレ! 贅沢すぎません!?」
メニュー表に載ったイラストや写真がセレーネには宝石のように映るのだろう。
ケイとシェアしたメニュー表をキラキラの瞳で見つめ、頬を紅潮させている。
「面白いよね。ティラミス風のクリームを巻いて、てっぺんにケーキを乗せるみたい。ショートケーキとかモンブラン、レアチーズケーキ風もあるみたいだね。セレーネさんはケーキ系にするの?」
「うーん、悩ましい所なんですが、ここはやはり、王道を行っておくべきだとも思うんですよね。よし! 私はイチゴバナナチョコにします!」
「アイスも欲しい?」
「はい!!」
ケイの誘いにコクコクと頷いて、順番が来るのを待つ。
それからケイが注文してくれるのを見届け、自分の分を手渡されると、セレーネはメニュー表を眺めていた時以上の笑顔になった。
二人で空いているベンチを見つけ、仲良く並んで座る。
「溶けない内に食べちゃおっか」
「はい! ありがとうございます、ケイさん。いただきます!」
元気に挨拶をして、カプッとストロベリーアイスに齧りつく。
それからセレーネはアイスの美味しさに、まん丸く目を見開いた。
「ケイさん! これ! これ、本格的ですよ! バニラアイスにストロベリーアイスがマーブルな感じで混ぜ込まれてて、果肉感あふれる冷凍イチゴが入っていて! このアイスだけで物凄く高級な感じがします」
鼻の頭にアイスをくっつけたセレーネが口元を抑え、大興奮でケイに訴える。
少し子供っぽい態度がかわいらしくて、ケイの口角も自然と上がった。
「美味しかったなら良かった。実際、ここのクレープ屋さんはアイスに力を入れてるみたいだからね。お客さんの中にはクレープを注文せずにアイスだけ買って帰る人もいるみたいだよ」
スラスラと語られるクレープ屋豆知識の情報源はカイだ。
以前、ふとした折りにカイから美味しいクレープ屋さんとして件の店を紹介されていたケイは、
「セレーネさんが好きそうなお店だ!」
と思い、いつか彼女を連れてきたいと思っていた。
それがちょうど道の途中にあったため軽い気持ちで誘ってみたのだが、そうすると予想以上にセレーネが喜んでくれたのでケイの気分も高揚していた。
「チョコレートの方も美味しいよ」
クラッシュチョコがふんだんに混ぜ込まれた、ザクザク食感が楽しい濃厚チョコレートアイスを一匙掬ってセレーネに差し出す。
「ありがとうございます、ケイさん!」
嬉しそうなセレーネがパクッとスプーンに食らいつき、それから美味しそうにアイスを咀嚼した。
「とっても濃厚なのに一口、もう一口と食べたくなる魔のお味、上品なお味……堪らないです」
ゆっくり舌で味わった後、名残惜しそうにアイスを飲み込む
。
それからセレーネは、
「よろしければケイさんも私のアイスを一口食べませんか?」
と、お返しをするように自分のアイスを一匙掬ってケイに差し出した。
だが、スプーンにこんもりと盛られたアイスがあまりにも大きくて、ケイは思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「セレーネさん、気持ちは嬉しいけど、こんなにいっぺんには食べられないよ」
「あら? 本当ですね。でも、頑張ってみてください、ケイさん」
ニコッと笑うセレーネにおされてケイが大口を開け、あむっとスプーンごとアイスを口に押し込む。
すると、案の定はみ出たアイスがケイの口の周りに付着した。
「ふふ、ケイさん、お口の周りが汚れてますよ~」
「そりゃあ、随分と大きい一口をもらったからね」
クスクスと笑われたケイが困ったように口の周りを拭う。
そうしてアイスの付いた指をケイが何気なく舐めようとすると、その前にセレーネがパシッと彼の手を取って代わりにアイスを舐めとった。
「セレーネさん、ここ、お外だよ!?」
家の中でされれば「甘えん坊だな」とニヤけて終わるのだろうが、屋外でされるとなると話は別だ。
セレーネからの過剰な甘えに動揺したケイが顔を赤らめながらギョッとセレーネを見つめる。
だが、彼女の方は驚いて固まるケイに悪戯っぽい笑みを返した。
「頑張って大きい口を開けるケイさんも、口元に食べこぼしをくっつけるケイさんも、指を舐められて赤くなっちゃうケイさんも、全部かわいいです。これだからケイさんに大きめの一口を上げるのがやめられません」
幸せそうに笑うセレーネが揶揄うように言葉を紡ぐ。
「ケイさん、溶けたアイスやクレープから漏れ出たクリームでお手々を汚したら、その分は私が食べちゃいますよ。ふふ、ケイさんは食べるのゆっくりで、この手のお菓子を食べるのが下手だから楽しみです」
元々から変質的だったのが恋愛感情によって目に見えるところまで出てきたのか、あるいはケイから要らぬ影響を受けてしまったのか。
ニマニマ~ッと変態っぽい笑みを浮かべたセレーネが自分の分のクレープを器用に食べ進めながら、真っ赤になって緊張するケイを眺める。
「ケイさんの甘い甘いチョコレート」
やがて、ペロリとクレープを平らげたセレーネが愛おしそうにケイの食事姿を見守った。
しかし、セレーネの甘い期待に反して、緊張しながらも丁寧にクレープを食べ進めたケイの口や手にはほとんど汚れが付着していない。
「ケイさん、急に食べるの上手でちょっと残念」
キュッキュと口元や手をハンカチで拭うケイを見て、セレーネがポツリと溢す。
「俺もお外で舐め回されるわけにはいかないからね。そういうのは家までお預けだよ。ほら、セレーネさんも綺麗にしてあげる」
ガックリと項垂れたセレーネの鼻先を得意げな様子のケイが軽く拭ってやる。
すると、クレープを食べ始めてから拭われるまで、ずっと鼻先をアイスで汚していたことに、たった今、気がついたセレーネが羞恥に駆られて顔を真っ赤にした。
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