着せ替え人形
現在、毎日投稿企画を実施中です。
本作品は午後6時ごろを目安に毎日更新されます。
遅れることもありますが、原則翌日の午前6時までには更新されておりますので、見捨てずに見守っていただけると嬉しいです!
よろしければ、明日以降も読みに来てください!
ケイの指定したアパレルショップは、普段、高級ブランドの衣装製作を手掛けている人間が利用するとは思えないような大衆向けの店だった。
専門店とまではいかないが、基本的に店頭に並んでいる商品は男性向けの衣服ばかりのようで、奥の方ではベルトやアクセサリーなどの小物もいくつか並んでいる。
工場で大量生産されているらしい衣服は生地も分厚く、形もしっかりしており、決してみすぼらしくはないが、かといって他者と一線を画す何かがあるわけでもない。
明確な高級店ではないが、一般市民が利用するにはほんの少しだけお高めな店という印象だった。
「普通のお店ですね。でも、結構可愛いお洋服がたくさんある。こんなに色々売っているなら、ケイさんも普段の真っ黒で無地なシャツやパーカーばかり着ないで、もっといろいろ試してみたらいいのに」
今からケイにどんな衣服を着せるのか考えて気分を紅潮させているのだろう。
セレーネはハンガーにかけられている衣服をカチャカチャと弄りながら、嬉しそうに笑ってお節介を口にした。
すると、ケイが何とも言えない微妙な苦笑いを浮かべる。
「仕事柄、兄さんにも身なりに気を使えって怒られるんだけれどね。でも、自分の服ってあんまり凝る気になれないんだ。着やすくて動きやすいのが一番だし」
よく言えばシンプル、悪く言えば地味な服がケイの好みだ。
「ケイさんが作るお洋服は着やすいのも多いですから、まるっきり逆ってわけではありませんが、それでも、お仕事で作ったり私に着せたがったりするお洋服とは反対の趣味なんですね」
セレーネの手持ちの衣服の中には彼女が自分で選んだものの他にケイが選んだ物や彼自身が制作したものが複数、存在している。
ケイの趣味が反映されている衣服の代表例と言えばネグリジェやワンピースだろう。
いずれもたっぷりのフリルやレース、リボンが付けられており、非常に可愛らしいデザインをしていた。
また、セレーネにキラキラとした装飾の可愛らしいアクセサリーや大きなリボンを購入することも少なくない。
「俺は女性用のお洋服を作るのと、可愛い服をセレーネさんに着せるのが好きってだけだからね。服の全てが好きなわけじゃないし、仕事になったら一生懸命に取り組ませていただくけれど、男性用の服にも特別に興味があるわけでもないんだ。ましてや自分用は……って感じかな」
このような調子であるから、ケイは着古さない程度の無難なシャツや長ズボンを身に着け、アクセサリーなどで自身を飾り立てることも無く、静かに町や職場を闊歩していた。
大人しい姿をしているせいで、職場では新人に間違えられることも少なくない。
「ケイさんんは暗い色や濃い色のお洋服を着ることが多いですが、実は白とかベージュとかクリーム色の優しくて明るい色合いのお洋服も似合うんじゃないかと思うんですよね。見た感じ、体型もスラッとして綺麗なので、体の線が見えるお洋服とか。いつものモフモフっとした感じもいいですが、たまには……」
ブツブツと早口で捲し立てるセレーネが衣服の山からテキパキとケイに着せたい物を抜き出していく。
買い物かごの中には、みるみるうちに数着の衣服が溜まっていった。
フスフスと妙に鼻息の荒いセレーネに対し、ケイはどうしたらいいのか分からずオロオロとしている。
「ケイさんは、何か着たいお洋服はありますか?」
唐突に問われたケイが、モゾモゾとした動きで服を漁る。
「えっと、俺は、コレかなあ?」
取り出したのは真っ黒い無地のトレーナーにフードが服、すなわちパーカーだ。
洗濯の関係で頻繁にケイのクローゼットを開け閉めするセレーネは知っている。
ケイが既に似たようなパーカーを何着も持っていることを。
「ケイさん、今日はパーカー禁止です。あと、無地のシャツも」
バッサリと切り捨てられたケイが、「そんな!」と声を上げて目を丸くし、それからしょぼんと項垂れて衣服を売り場に戻す。
「俺、パーカー好きなんだけれどな。温かいし、動きやすいし、一枚だけ着れば、それで済むし。シャツだって、カジュアルすぎない程度にまとまるから着やすいんだよ」
しょぼんと凹んだ背中に負のオーラを背負うケイがモソモソと文句を言う。
「いや、私だって普段のケイさんをバカにするつもりはないですよ。不必要に高級品に走らない所が好きですし、よくいるお兄さんってお洋服も親しみがあって大好きですし。それに、うっかり開けっ放しな胸元がセクシーなシャツも、素肌に一枚、軽く身に着けただけのダボダボなパーカーも可愛いですし。やっぱり、覗き込んだ鎖骨や胸元が非常に最高ですし。それに、微妙に生地が余っていて足の形が分かりにくくなっちゃう長ズボンも相まって、全体的にモフモサしちゃう姿が何らかの動物っぽくて可愛いですし。ですが、たまにはちょっと違うお洋服を着たケイさんも見てみたいんですよ! 一年中シャツかパーカー、冬は厚手のパーカーかモフモフセーターしか着ないケイさんを放置していたら到底見られないだろう、可愛い秋服に身を包んだケイさんが見てみたいんです!!」
セレーネだって、勝手に他人の服を選び、自分の趣味を押し付けることがとんでもないエゴであることは理解している。
だからこそ彼女は「ケイのために服を選んでいる」とは言わない。
「ケイをオシャレにしてあげる」とも言わない。
言い訳はせず、正直に「ケイを自分好みに仕立て上げたい」と宣言する。
そんなセレーネの宣言を自分勝手な! と憤慨するほどケイは厳しくないし気も強くない。
どちらかというとおっとり、穏やかな彼は、フスフス鼻息を荒くし、
「ほら、ケイさん! とりあえず、コレとコレを着てみてください」
と、衣服を手渡してくるセレーネの熱量に負けて、大人しく試着室に押し込まれた。
「……パーカーじゃない。そして、シャツでもない。本当に俺に似合うのかなあ?」
セレーネに渡されたのは白に近い薄いクリーム色の薄手のセーターと細身のジーンズだ。
他にもセーターの上に着るのか、あるいは、それ以外の衣服に合わせることを想定しているのか、黒いジャケットなども渡された。
別に奇抜なオシャレでもなければ上級者向けのオシャレというわけでもない。
普段の衣服と同レベルか、あるいはパーカーに少し気が生えた程度のオシャレさを誇る、庶民に親しみやすい衣服である。
だが、いきなり色の明るくなった着慣れぬ形状の服たちに動揺したケイは着るのにさえ勇気がいる状態になってしまって、試着室の中でモジモジとしていた。
しかし、外から「ケイさん、どうですか?」と、問いかけてくるセレーネの声を聴いたケイは仕方がなく着替えると。シャッと試着室のカーテンを開けた。
「どう、かな? あのさ、やっぱり俺には似合わないんじゃないかな?」
セーターとジーンズ、それにカッチリとした形のジャケットを身に着けたケイが目を伏しがちにして、照れくさそうに頭を掻く。
よほど自信がないのか、ケイは苦笑いに近いはにかみを浮かべて、背筋をキュッと丸めていた。
しかし、穏やかで優しい顔つきをしているケイには柔らかい色合いのセーターが良く似合っていたし、黒い上着を重ねがけしたモノクロでシンプルな雰囲気も彼の格好良さを増長してやまなかった。
カチッと体のシルエットが映し出され、男性らしい骨格が強調された姿からは普段よりも大人っぽい印象を受ける。
着替え終わったケイの姿を確認した途端、セレーネの瞳がキラキラになって奥の方に甘いハートが浮かんだ。
「そんなことないですよ! よく似合っています。ほら、ケイさん。シャンと立ってください」
ニマニマと嬉しそうなセレーネがケイに寄って行って優しく背中を撫でる。
すると、ケイはセレーネに従って背筋を伸ばしたのだが、それでもモゾモゾと両手を擦り合わせて落ち着かない様子で周囲や彼女を見回した。
居心地が悪いのか、チマチマと身じろぎをしては何かを言いたそうに口を開く。
セレーネは、そんなケイの表情ではなく姿全体を眺めて彼と衣服の相性や衣服そのものの完成度を確認した。
「すみませんが、ちょっと後ろを向いてください」
フムフムとケイを眺めていたセレーネが突然に口を開く。
セレーネの言葉に内心で何故? と首を傾げるケイだったが、特に断る予定も無かったので彼は素直に彼女に背を向けた。
すると、セレーネが「失礼しますよ」と声をかけて、ペロッとお尻付近のセーターや上着を捲った。
「セ、セレーネさん!?」
急なセクハラにギョッと目を丸くし、動揺した声を上げるケイに対してセレーネが「落ち着け」とでもいうように彼の腰にポフンと手のひらを乗せる。
「そのまま軽く屈んで、お尻を突き出してください」
「え? なんで?」
「いいから出してください」
困惑しながらも、ケイはセレーネに向かって軽くお尻を突き出す。
ケイは触れられたり見られたりするのが苦手な恥ずかしがり屋の青年だ。
周囲に客はいないしケイの体は一応、試着室の中に納まっているのだが、それでも公共の場でお尻を突き出させられているという事実が既にかなり恥ずかしい。
加えて、そのお尻がセレーネにガン見されているから羞恥も一塩である。
「セレーネさん、まだ?」
耐えきれなくなったケイが顔を真っ赤に染め上げながら後ろを振り返り、弱った声を出す。
すると、ケイのモジモジとしたかわいらしい姿に当てられたセレーネが「うぐっ!」と喉を締め上げられたような悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。
「ケイさんの愛らしいご反応、非常に助かります……じゃなくて、このジーンズは駄目ですね。ケイさんのプリっとした可愛いお尻の形を野暮ったく映しちゃってます。本当はもっとプリンプリンなのに!」
「プリンプリン……?」
お尻を引っ込ませ、棒立ちになったケイが首を傾げる。
「張り付く生地よりは、ぶ厚めが好みですが、かといってお尻のお肉が無かったりダラしない贅肉がついているかのように見えるジーンズでは駄目ですね! もうちょっとかわいいのを探してくるので待っていてください!」
顎に手を当て、ブツブツと呟くセレーネが新たなジーンズを求めて売り場に戻っていく。
以後、ケイは売り場と試着室を往復するセレーネの着せ替え人形となり、彼女が満足するまで、お着替えに付き合わされた。
自分の服を見るより他人の服を見る方が楽しいですよね……へへ……
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