屑の上塗り
現在、毎日投稿企画を実施中です。
本作品は午後6時ごろを目安に毎日更新されます。
遅れることもありますが、原則翌日の午前6時までには更新されておりますので、見捨てずに見守っていただけると嬉しいです!
よろしければ、明日以降も読みに来てください!
「だって、しょうがないじゃない!」
過去の行動を責められると思っているメレーネは過剰なほどに攻撃的だ。
裏切りを聞かされ、茫然とするセレーネを前にメレーネが開口一番、悲痛な怒鳴り声を上げた。
「私だって姉さんを性奴隷になんかしたくなかったわよ! でも、奴隷と性奴隷なら性奴隷の方がマシだって聞いたんですもの! 大体、返済できない額を借りたのは姉さんでしょ! 私、そんなことしろなんて頼んでないもの! もしも姉さんが酷い目に遭ってたって、私、私、知らないわよ! 私は姉さんのためを思って契約書にサインをして、ただそれだけだもの!!」
メレーネは契約書にサインをしたことで男性から金銭を渡されたという事実をひた隠しにして、自分は悪くない、被害者だと叫んだ。
喉が擦り切れそうなほど甲高い金切声を上げており、少しでも自分を攻撃したら千切り殺してやると言わんばかりに目を血走らせている。
「大体、姉さんは良いわよね! 結局、金持ちに買われて、悠々自適の生活を送ってるんでしょ! 私がたいして美味しくも無いカチカチのパンを食べて具の少ないスープを啜っている頃に、姉さんは大きいお肉とか甘いスイーツを食べてゴロゴロ寝てたんでしょ、性奴隷の分際で! 私が穴の開いた服を繕いながら着ているのを横目にドレスみたいな服でも着てたんでしょ、今日のフリフリのブラウスとリボンのついたキュロットパンツみたいな服をさぁ、平気で着てたんでしょ! 私はそんなの着たこと無いのに!!」
少し前にメレーネから浴びせかけられた水が少しずつ乾き始めている。
薄くシミの出来たブラウスや分厚い、上等な生地のキュロットパンツをメレーネが忌々しそうに睨みつけた。
「服もお金もご飯も、そんなにたくさん持っているなら分けてくれたっていいじゃない! 私たち姉妹なのよ! なんで姉さんばっかり恵まれてるのよ! どうせ私のために奴隷になったって『ご主人様』とやらに言いふらして、泣きついて、それで甘やかしてもらってるんでしょ! それなら私に分けてくれたっていいじゃない! そうやって稼いだのなら姉さんが持っているのは私の金でしょ! 私のおかげで性奴隷になって、買われた先で私をダシに金を稼いだのなら、それは私のお金でしょ! 早く渡しなさいよ、ねえ!!」
メレーネがカッ、カッ、カッとテーブルを指で弾く。
捲し立てる声は段々に大きくなって、頭に血が上るにつれて拳でテーブルを叩くようになる。
腐った目がセレーネを捉えて、唾液に濡れた剥き出しの牙がギリギリと軋んだ音を上げる。
喉の奥で唸り、咆哮を上げる邪悪な獣のような姿をした彼女は、今にもセレーネに飛びかかってきそうだ。
「なんで、なんで、そんなにお金が欲しいの?」
セレーネだって、ずっと貧乏な暮らしを送ってきた。
お金の大切さは身にしみてわかっている。
だが、ソレは姉妹の仲を切り裂いて、清らかだった人間を薄汚い化け物に変えるほどの価値があるものだったのか。
メレーネの言うように「恵まれた」状態になってしまったから、セレーネは彼女の心が分からなくなってしまったのか。
セレーネには何も分からない。
分からないが、それでも聞けずにはいられなかった。
「ねえ、メレーネ、教えて。また、病気になっちゃったの?」
幼い子供が親に縋るようなか細い声にはセレーネの希望が詰まっている。
きっと、メレーネは再び大病を患ってしまったのだ。
精神的にも肉体的にも病んで、生活も苦しくて酷いことになっている時に自分の浮かれた手紙など読んでしまったから、「恵まれている癖に」助けてくれなかったから、こんなにも怒っているのだ。
そうに違いない。
せめて、そうであってほしい。
それならばもう一度、援助の件を考えるから。
もう、自分のことを性奴隷へ貶めた件は咎めたりしないから。
願うような気持ちで問いかけた。
しかし、メレーネはそんなセレーネの繊細で愚かな心を嘲笑った。
「あのさ、姉さん。アンタはいつからそんなに馬鹿になったの? 私が病気してるように見える? こうやってアンタを怒鳴っても息切れ程度しか起こしてない私がさ、病気で今にも死にそうな人間に見えてるの?」
「それは……」
俯くセレーネを偉そうに見下すメレーネが鼻で嗤う。
「私ね、借金しちゃったの」
「え?」と素っ頓狂な声を出して顔を上げるセレーネに対し、メレーネがニヤリと嫌らしく口角を上げる。
それから、メレーネはふんぞり返って張り出した胸に手を当て、自らを誇示するようなポーズをとった。
「このお洋服やアクセサリーをね、買ったの。もちろん、姉さんみたいにバカみたいな額は借りてないわよ。どこかの誰かさんのおかげで臨時収入もあったから、余った分をね、使ったの。その残りを借金で賄った感じ。だから、その返済のためのお金と贅沢をするためのお金が欲しいのよ。それで、姉さんに手紙を出したの。姉さんは馬鹿だから私が病気になったって言えばすぐに金を用意してくれると思ったのに、まさか本人が来るとは思わなかったわ。なんで無駄に行動的なのかしら。愚図なノロマのくせに」
毒を吐いて歪む唇の隣で、シャランと大きな耳飾りが揺れる。
「どうして、どうして、そんなものが欲しかったの? 借金をしてまで? 姉さんを騙してまで……どうして?」
「物を買うのに『欲しい』以外の理由が必要なの? いつから姉さんはそんなに理屈っぽくなったわけ? 学者でも気取ってるつもりなの? 一緒にいる男の影響? よかったわね、賢くなれて。文字も随分上達したもんね、男に教えてもらって」
随分と最低な人間になり果てたメレーネだが、流石に彼女も契約書にサインをした日からこんな調子だったわけではない。
契約書にサインをしたばかりの頃は、自ら性奴隷にへ貶めてしまったセレーネの人生を思って、何度も自己嫌悪しながら涙を流した。
小切手の金にもなかなか手をつけられず、旦那が借金返済に充てているのを、ただ横から眺めていた。
余った金は金庫に詰め込んで封印した。
生活が上手く回るようになってからは夫婦仲も回復し、自然と会話も増えたのだが、セレーネの話題は禁句となった。
そんなある日、セレーネから手紙が届く。
楽しげな日々がつづられた手紙を読んだメレーネは心の底から安心した。
金銭的な関係上、すぐに手紙を返すことはできなかったが、それでも毎回、送られてきた手紙はキチンと呼んでいた。
明るい姉の手紙に罪悪感が和らいで、彼女の幸せを心から喜ぶことができた。
だが、セレーネと本格的に手紙でやり取りを始め、彼女の暮らしを見せつけられていく内にメレーネの心は歪み始めた。
温かいベッドに高級料理、フリルたっぷりのきらびやかな衣装。
硬いベッドに美味しいが庶民的な料理、着古した私服。
セレーネの暮らしぶりと比べると、決して悪くはないと思っていた生活がドブのように思えてくる。
姉が羨ましくて堪らなくなる。
セレーネが自分よりも良い暮らしをしているのが許せなくなった。
だから、セレーネを売った対価に得た金を使って衣服やアクセサリを購入した。
ケイに甘やかされてマトモに家事もしていないだろうセレーネを尻目に、自分だけ働いているのが惨めだから、家事もやめた。
「お前が私をそそのかしたから、私はたった一人の肉親を売る羽目になったんだ」
そう怒鳴ってやれば黙る旦那を従えたメレーネは、まるで女王様のような気分だった。
「私のおかげで性奴隷になれて、良い飼い主に買われることができたくせに、私には感謝も礼も送ってこない」
過去の過ちを正当化し、セレーネへの嫉妬心さえも認めてくれる理屈に憑りつかれた。
今のメレーネにとって、セレーネから金銭を巻き上げる行為は「彼女にしてあげた」ことに対する正当な対価だ。
だからこそ、セレーネに向かってテーブルに乗っかっていたゴミや食べ物を投げつけて、早く金を用意しろと怒鳴っても心は痛まない。
見たことも無いケイを、「ブスで馬鹿で臭くてはげたデブのキモいジジイ」だと罵っても、セレーネを「馬鹿に飼われていい気になっている豚」だと侮辱しても、心は晴れるばかりで決して、よどまなかった。
ずっと俯いて黙っていたセレーネの瞳からボロボロと涙がこぼれ、床へと落ちていく。
メレーネの暴言に傷ついたことも事実だが、それ以上に、今まで純粋で優しくて姉思いの良い子だと信じてやまなかった妹が、酷く醜い化け物に変わり果てているのを見せつけられているのに耐えられなかった。
心の大切なところでキラキラと輝いていた光が、内側に毒を塗り込んだ棘を内包してデロデロと蠢いている粘着質なヘドロへ変わっていく。
メレーネの声を聞いていると酷い動悸と頭痛、吐き気に襲われて、胃の中の物を全てぶちまけてしまいたくなった。
逃げ出したい、消えたい、意識を失ってしまいたい。
グチャグチャになって崩れ落ちそうなセレーネの心を何とか繋ぎ止めているのは、記憶の中で優しい笑顔を浮かべているケイだ。
『ケイさん……』
帰りたくなった。
ケイの待っている家に帰って、ギュッと抱きしめてもらいたくなった。
よく頑張ったね、辛かったね、いい子だったねと慰められて、優しく頭を撫でられたくなった。
心臓に刻み込まれた傷を舐めとってほしくなった。
セレーネが無言で席を立って、ヨロつく足で台所を出ようとドアの方へ向かって行く。
「ちょっと姉さん! どこへ行くつもり!? せめて財布は置いて行きなさいよ!!」
セレーネの意図を察したメレーネが大慌てで彼女の元へ駆け寄り、ガシッと財布を掴む。
だが、グイグイと引っ張られる力に対抗してセレーネが財布を引っ張り返し、懐に抱え込むと、争った反動でメレーネが尻もちをついた。
「アンタなんかに渡すお金はないわよ、このバカ!!」
キッと涙目でメレーネを睨みつけるセレーネが吠える。
本日、初めて見せたセレーネの反抗に一瞬だけ怯んだメレーネだが、すぐに彼女を睨み返すと、
「何よ! 姉さんだって結局はお金が大事なんじゃない!」
と罵り返した。
だが、大切な物を抱え直したセレーネは、もうメレーネには負けない。
「アンタには分かんないわよ! アンタなんかには!!」
ガンと床を蹴飛ばす。
ひときわ大きな声で怒鳴って、蔑むように妹を睨みつけた。
セレーネは一から新しいものを作り出すケイの手が好きだ。
以前、どうしてもセレーネに会いたくて定時で帰りたがったケイが家へ仕事を持ち帰ったことがあったのだが、その時に彼女はドレスに使うフリルを作るところを見せてもらっていた。
シュルシュルと白い布の海へ純白な生糸を潜り込ませて繊細なフリルを作り出していくケイの大きな手。
その時のケイは不調だったようで、売り物にならないよと作ったフリルを解いてしまったのだが、セレーネはただの布と糸を美しい作品に変えていくケイに魅了された。
財布の中にあるのは、ただの金ではない。
ケイが自らの素晴らしい両手を使って稼いだお宝であり、俗な価値ではとらえきれない札束だ。
そうはいっても貨幣は道具なので宝石のようにジュエリーボックスへ仕舞い込んで拝むつもりはなかったが、少なくとも汚泥のような手で汚らしく財布を触るメレーネにだけは渡したくなかった。
「アンタに一つだけ言っとくけどね、ケイさんは格好良くてかわいくて優しくて素敵な、私にはもったいないくらいの男性だから! アンタなんかが見たら、神々しくて目が潰れちゃうんだからね!!」
尻もちをついたまま自分の方を見上げるメレーネに吠えるようにして怒鳴りつける。
それからセレーネは台所を飛び出して力強くドアを閉めると、メレーネの家を後にした。
家に帰るため、列車に乗り込む。
伽藍洞な列車には乗客も少なく、指定席に座ったセレーネは窓から外を眺めて、何度も妹からの暴言を思い出して泣いた。
どんなに目元を拭って涙を消し飛ばしても、二度も妹に裏切られたという事実は変わらない。
『ケイさんが帰ってくるまで、耐えられないかもしれない。それに、もしもケイさんにまで厳しくされたら……』
町に帰ってきたセレーネは、気がつけば酒屋に入って、ヤケ酒用の酒を一本、購入していた。
その後、真直ぐ帰宅して台所へ直行し、適当に冷蔵庫の食べ物を漁りながら酒を煽る。
満腹感と酔いですっかり眠くなってしまったセレーネはケイが帰ってくるまでの暇つぶしがてら眠って、それから目覚めた時にケイに甘えまくった。
これが昨日、セレーネに起きた出来事だった。
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