ジャンプスケア
すみません、今日は忙しくて遅くなっちゃいました
現在、毎日投稿企画を実施中です。
本作品は午後6時ごろを目安に毎日更新されます。
遅れることもありますが、原則翌日の午前6時までには更新されておりますので、見捨てずに見守っていただけると嬉しいです!
よろしければ、明日以降も読みに来てください!
妹と改めて話をするために家を出たセレーネは列車に乗ってメレーネの住む町へ向かった。
借金して手に入れた金銭の全てをメレーネに渡して以来、セレーネは彼女の家を訪れていない。
久々に見るメレーネの家は記憶の中で眠る家屋とほとんど同一の姿をしていた。
『変わらないなって思ったけど、それも当然か。メレーネの所を最後に訪れてから、まだ一年が経つか経たないかくらいなんだもの』
妹の家を訪ねるだけなのに妙に緊張してしまって体の末端が細かく震える。
セレーネは深呼吸をすると、それからコンコンと数回ドアを叩いた。
鈍い木の音と共にチリンチリンと呼び鈴が揺れる音が聞こえる。
数分後、ドスドスと響く不機嫌な足音と共に一つだけ打たれた舌打ちの音がドアの内側から聞こえてきた。
「わっ!」
ガチャリと乱暴にドアが開かれてセレーネが扉とぶつかりそうになる。
外と内を隔てる細い線の向こうで立っていたのは、妙に煌びやかな姿をしたメレーネだった。
クルリと内側に巻いた薄茶色の長髪に、おしろいで染め上げられた真っ白な肌。
キラキラと光る目元にチークで血色の良くなった頬。
ベッドで穏やかな休憩をとるのには適さない、フリルやビーズがたっぷりと縫い付けられたネグリジェに手首や首元でキラリと光る鈍い黄金色。
原液を鼻先へ突きつけられたかのように嗅覚を刺激する香水の匂い。
あまり体が強くないためか、セレーネに比べて全体的にほっそりとしているメレーネだが、肉体が衰弱しているかと問われると、そうでもない。
むしろ大きく開いた白く薄い鎖骨が蠱惑的に映るくらいの肉体的、あるいは性的魅力をメレーネは保有している。
メレーネの姿は、どう考えても寝たきりで貧困にあえぐ病人のソレではない。
だが、セレーネが気になったのはメレーネのとても生活苦で悩んでいるとは思えない容姿ではなく、グチャリと奥の方が濁りきった怨恨渦巻くヘドロの瞳だ。
不機嫌に下げられた口角に吊り上げられた鋭い瞳、うんざりとした舌打ち交じりの溜息。
姉さん! と明るく無邪気に笑っていた妹の姿と、今、目の前にいる女性の姿がうまく結びつかない。
全身に耳鳴りのような違和感が走る。
「メレーネ?」
飛び出た声は少し怯えぎみだ。
セレーネの声を聴いて、メレーネの俯き気味だった瞳が持ち上がる。
「ねえ、メレーネ、久しぶり」
もう一度声をかけると、セレーネをギロリと睨んでいたメレーネの瞳が改めて彼女を捉えるようになる。
メレーネは驚いたように目を丸くすると、それから、ふんわりと顔をほころばせて異様に綺麗で可愛らしい笑顔を作り上げた。
「久しぶり、姉さん。急に来るから驚いちゃった! どうしたの?」
「えっと、ちょっと話したいことがあって」
「そっか、それなら中に入って。お茶を淹れるわ」
緊張でモジモジとするセレーネの腕をメレーネが掴んで引き寄せる。
メレーネに連れられたまま玄関を通り、廊下を歩いたセレーネが行きついたのは台所だ。
「ごめんね、ちょっと散らかってるの」
メレーネが台所のドアを開けた瞬間、生臭いような腐敗した酸っぱい匂いが生ぬるく辺りに広がった。
台所内の状況は酷い。
籠に入ったタマネギなどの野菜類は痛んで一部カビが生えているし、床にもテーブルにも棚にも埃が積もっている。
チラリと覗いたシンクには汚れた食器が溜まっており、ヌチャヌチャとした水垢と生ゴミに侵されたゴミ受けにはハエが集っていた。
また、ゴチャゴチャとしたテーブルの上には、店で購入したと思われるサンドイッチの包み紙やメレーネが服薬しているのだろう薬の瓶が転がっていた。
とにかく雑多で散らかった印象を受ける台所は薄暗く汚らしい。
「ごめんね、姉さん。最近、あんまり掃除もできていなくて」
メレーネ自身も台所が酷いことになっている自覚はあるようで、申し訳なさそうにセレーネの方を振り返り、再度、謝罪の言葉をいれた。
「ううん、大丈夫よ」
セレーネがフルフルと首を横に振ると、メレーネが「よかった」とにっこり微笑む。
それからメレーネは食器棚を漁って二つほどマグカップを取り出すと、別の棚から埃のかぶった茶葉の缶も持って来て茶を淹れた。
『やっぱり、メレーネはメレーネよね』
丁寧に茶を淹れる手つきや柔らかく微笑んだ表情はセレーネの知っているメレーネと変わらない。
セレーネが「変な感じがしたのは気のせいだったのかな?」と、つい数分前に感じた酷い違和感を振り返っていると、突然が床に叩きつけられ、割れる音共にメレーネの「キャッ!」という悲鳴が響いた。
「メレーネ!?」
ギョッとしてメレーネの方を確認すれば、彼女が額を押さえつけてテーブルにもたれかかっているのが見える。
黒っぽい床には熱い茶と割れた茶器が散乱していた。
「メレーネ、大丈夫!? 怪我はない? 火傷は平気!?」
慌てて駆け寄ったセレーネがメレーネの体をザックリ確認する。
血や茶で濡れている箇所はなさそうだ。
続けざまにメレーネの顔を覗き込むと、じっと目を瞑っていた彼女がゆっくりと瞼を開き始めた。
「大丈夫よ。ただ、眩暈がして……お茶、ごめんね」
メレーネが何かに堪えるように表情を歪ませた後、気丈に笑む。
「謝らなくていいわ。メレーネは座っていて。後は姉さんが簡単に片付けておくから。水、飲みたい?」
コクリと頷くメレーネを見て一杯分の水を用意し、彼女へ手渡す。
それからセレーネはカチャカチャと割れた食器を弄ってボロ布に詰めると台所の端の方に置き、雑巾を使って茶を拭きとった
。
『なんで、今、メレーネのこと嘘くさいって思っちゃったんだろう』
苦しそうに笑った姿が強烈な違和感ごと脳に居座って離れない。
細心の注意を払って食器を片付けたから、セレーネの指先にはかすり傷の一つさえもついていない。
だが、何にも触れていないはずの心臓が小さく傷を負ってズキンと痛んだ。
「ねえ、メレーネ、具合はどう?」
「まだ、だいぶ悪いわ。今も気を抜いたら倒れそうになる。おかげで最近はロクに家事もできていなくて部屋も台所も荒れちゃってるの。食べ物も出来合いの物ばかり。それでも、食べられてるだけ、まだマシなんだけれどね」
水を数口飲んだメレーネが苦笑をする。
『まただ……』
メレーネの言葉や態度をみた瞬間、セレーネの心の奥にある何かが警鐘を鳴らす。
言葉ではうまく説明できない。
確かに、一度死にかけたような人間が再び体調を悪化させれば家事なんかできなくなるだろうし、無理に起き上がれば倒れそうになって当然だ。
言葉の内容そのものに大きな問題があるようにも思えない。
だが、それでもセレーネはメレーネの言葉に素直に頷けず、彼女にうまく同情することができなかった。
『全部、芝居がかってる? でも、なんで?』
真直ぐ相手を見つめることができるセレーネは嘘に敏感だ。
そして、彼女は特別に馬鹿というわけでもない。
相手がメレーネではなく赤の他人だったら、セレーネは見え隠れする悪意や人間的なイヤらしさに気がつくことができた。
奥の方に隠れた真相と心の内を引きずり出すことができた。
だが、今セレーネの目の前にいるのは自分の全てを使って守ってきた純粋でか弱いが優しい大切な妹であり、心の大切なところに住んでいる肉親だ。
そのメレーネが「仮病をしている」事実に気がついてしまったら芋づる式に嫌な事実を掘り起こすことになる。
彼女たちの保有している「真実」と「裏切り」を知ったら、セレーネの心は粉々に砕けてしまうかもしれない。
そのため、セレーネの心を守る防御機能と利益を守る防御機能が大喧嘩をしてしまい、彼女は酷い違和感を覚えながら混乱する羽目になっていた。
「姉さん、姉さんまでボーっとしてどうしたの? 大丈夫」
「ううん。平気よ」
「そっか、それなら良かった。それで姉さん、話って何なの?」
不安そうなメレーネに、セレーネが無言で鞄から取り出した財布を手渡した。
「姉さん、これは?」
「それね、お願いされていたお金。ご主人様……ケイさんが出してくれたお金よ」
重々しい雰囲気のセレーネが言葉を出すと、チラリと彼女の顔を確認したメレーネが財布を開けた。
そして中身を素早く数え、財布を閉じてテーブルの上に置く。
「そっか、そうだよね。いきなりあんな大金をお願いされても出せるわけないよね。ごめんね、無茶を言って。でも、ありがとう。次は、いつ持って来てくれるの?」
メレーネが眉を下げて優しく笑う。
シレッとセレーネが持って来てくれた大金をはした金扱いし、気遣う素振りを見せて更なる金銭を要求するメレーネの内面は化け物という外にない。
しかし、水滴に変じる寸前の濃霧のような分厚いフィルターがかかっているセレーネにはメレーネの異常に気がつけない。
セレーネは少し押し黙った後、心の中にケイを思い浮かべた。
そして、メレーネを説得する覚悟を胸にフルフルと首を横に振った。
「ごめんね、メレーネ。私はもう、貴方の面倒は見てあげられない」
俯くセレーネが震え出す声を絞り上げて言葉を押し出す。
その途端、メレーネがドンとテーブルを拳で叩いた。
「はぁ?」
地の底から這うような低くドスの効いた声がメレーネの腹の奥から湧き出る。
短い言葉にビリビリと皮膚を刺激するような怒りが詰め込まれている。
ギョロリと動くメレーネの瞳は、シンクに放置された魚の内臓のようにデロデロと濁っていた。
真相がわかるまでもう少し……あと数話……
長いなぁ、と思っていらっしゃるかもしれませんが、もう少しお付き合いください
次回「ヒステリック」 デュエル、スタンバイ!!
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