勇気が欲しい
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本作品は午後6時ごろを目安に毎日更新されます。
遅れることもありますが、原則翌日の午前6時までには更新されておりますので、見捨てずに見守っていただけると嬉しいです!
よろしければ、明日以降も読みに来てください!
「ご主人様、抱っこしてください」
目元を拭いがてら、ケイの後頭部に顔面を押し当ててグリグリと揺らしていたセレーネが強請る。
それから甘えたようにアムアムとうなじを唇で食むとケイが「くすぐったいよ」と、笑いを溢した。
「甘えん坊だね、セレーネさん。ほら、おいで」
ケイがセレーネの方を振り返って柔らかく笑い、両腕を広げる。
するとセレーネは喜んで彼の胸元に入り込み、椅子の上でお姫様抱っこをしてもらった。
「モチモチふわふわであったかいです、ご主人様」
「モチモチふわふわ? 俺が?」
ケイにはぜい肉も筋肉もついていないのでモチモチふわふわという言葉には首を傾げざるを得ないのだが、膝の上でグデェと溶けるセレーネは幸せそうだ。
自分のモチモチとした頬をケイの胸元に擦りつけて温かい溜息をもらす。
「ねえ、ご主人様、大丈夫ですか? 重くないですか?」
ゆっくり瞳を閉じてケイを堪能した後、思い出したように不安になったセレーネが彼の方を見上げて問いかける。
ペタリと全身の体重を預けていたセレーネが少しだけ起き上がって体を浮かし始めたのを察すると、ケイは小さく笑みを溢した。
「大丈夫だよ、セレーネさん。セレーネさんは体重が軽いから、何時間でもこうしていられる気がする」
安請け合いをしてセレーネを抱き直すケイだが、それは流石に嘘だ。
普段ロクに運動もせず、一日中、作業部屋に引きこもって黙々と裁縫をしているケイが豊かな胸と尻を持ったムチムチふわふわな女性を何時間も支えていられるわけがない。
何なら既に太ももや腕が痺れ始めている。
だが、それでもセレーネに嘘をついてしまったのは、好きな人に見栄を張りたいちょっとした恋心が故だろうか。
可愛らしい事だ。
「ねえ、セレーネさん、ごめんね」
腕の中でくつろぐセレーネの背中を撫で、ケイがポツリと謝った。
「何がですか? ご主人様」
「今まで、セレーネさんの目を見なかったこと」
「目?」
セレーネが閉じていた目を開いてケイを見上げ、キョトンとした表情になる。
「そうだよ、目だ」
ケイもセレーネの方へ顔を向ける。
改めて見つめ直したセレーネの瞳は純粋で綺麗だった。
奥の方まで澄んでいる、快晴や雲の無い夜空のような美しい瞳だ。
ケイがセレーネの愛情を受け入れる時に見た瞳と同じで、「信じられる人間の目」としていた。
「もっと早くに俺がちゃんとセレーネさんに向き合えていれば、目を見て話をしていれば、あんな風に疑って傷つけずに済んだから。あの日、酷い事をしてごめん。たくさん疑って、傷つけて、ごめん」
グシャリと歪みそうになる声が何度もセレーネへの謝罪を紡ぐ。
セレーネはガラス細工にでも触れるような心持ちで彼の頬に手を添えた。
「大丈夫ですよ、ご主人様。私は、ご主人様が私のことを信じてくだされば、それで十分ですから。でも、そういう風に話すということは、あの日私が話したこととか気持ちとか、全部信じてくださるということなんですか?」
ケイがコクリと頷いた。
「信じる、けど、理由がある」
「理由?」
「俺、どうしても人のことを信じられないんだ。疑心暗鬼が先行して、兄さんたちから以外の好意を手放しで受け取れない。でも、俺、どうしてもセレーネさんのことを信じたくなって、兄さんに人を信じる方法を聞いたんだ。そしたら兄さんは、セレーネさんの目を見て判断しろって言ってくれた。俺なら分かるはずだから、セレーネさんの目を見て話を聞けって。実際、セレーネさんが俺のこと好きだって言うのは、セレーネさんの目を見て判断した。セレーネさんが、その、俺のことすごく好きって目をしてたから信じたんだ。でも、他の部分は、俺があの日セレーネさんにぶつけた疑心暗鬼は、ほとんど全部、素行調査で解消した」
素行調査の結果、「セレーネは全くもって嘘をついていなかった」ということが客観的事実に基づいて証明されたからこそ、ケイは彼女自身を信じてみようと思えた。
もう少し早くにセレーネの瞳を真正面から見ることができていたらと後悔するケイだが、実際にはそのようなことができるはずもなく、彼にとって素行調査による裏付けは必要不可欠なことだった。
しかし、だからといって素行調査をされて喜ぶ人間というのも多くはないだろう。
軽く探りを入れられるだけで不快になることだって少なくない。
セレーネのように相手を純粋に信じられる人間ならばケイが素行調査を行った理由すら理解できず、彼へ軽蔑的な感情を抱くかもしれない。
「セレーネさんみたいに人のことを信じられない人間でごめん。疑り深くて、ごめんね」
セレーネの綺麗な瞳が自分への嫌悪で濁るところを見たくなくて、ケイはギュッと彼女の顔面を胸板に押し付けた。
抱き締めてしまうのは逃がしたくないからだろうか。
「ご主人様、私の目、見られますか?」
問いかけるセレーネの声にケイはフルフルと首を横に振る。
「大丈夫です。ご主人様が思うようなことにはなっていませんから、私を信じて、見てください」
コクリと頷いたケイが腕の力を緩めるとセレーネが彼の方を見上げる。
ドクドクと心臓の鳴らしながらセレーネの目を見る。
彼女自身はケイを扱いかねるような少し困った表情をしていたが、瞳自体は相変わらず綺麗なままだ。
しいて言うのならば、瞳に籠っているケイへの感情は「心配」だろうか。
「ご主人様、私は今回、ご主人様の疑心暗鬼に手を焼かされました。好きって言ってるんだから素直に信じてよ! って何回も思いました。一昨日のことではすごく傷つきました。でも、それでも、ご主人様のそういうところ、好きですよ」
「なんで? 俺は嫌いだよ、こんな自分。セレーネさんや兄さんみたいに人を信じられる方が素敵だ」
セレーネの言葉を聞いて率直に抱いた気持ちは「信じられない」だったが、首を横に振る前に彼女の目を見て唇をキュッと横に結んだ。
そして、代わりに疑念を口にした。
油断すると逸らしそうになるケイの視線やどこか拗ねたような態度にセレーネが苦笑いになる。
「そう言われましても、ない物ねだりでしょうか。私は自分が単純なだけの馬鹿に映るんです。信じたい物を信じて踊らされてる夢見がちな馬鹿だって、思うんです。それで、ご主人様は凄く賢く見えるんです。物事を深く考えられる人なんだろうなって、思うんです」
自己嫌悪を口にした時、少しだけセレーネの笑顔が苦々しい複雑さを帯びる。
だが、ケイの話を始めると笑顔が純粋で可愛らしいものに戻った。
セレーネを眺めていたケイが途中で目をそらしてしまったのは、彼女の瞳が濁ってしまったり、彼女を信用できなくなってしまったりしたからではなく、彼女からの尊敬の視線が眩しくなって真正面から受け止めることができなくなってしまったからだろう。
ケイは真っ黒いヘドロが強制的に太陽の元へ引きずり出されて炙られ、焦がされて縮められていくような苦しさを覚えた。
「賢くないよ。俺のコレは客観的視点から成立する正当な疑念じゃなくて、皆、俺を裏切るに違いないって思いで生み出してる被害妄想みたいな疑念なんだから。セレーネさんが信じたいだけなら俺は疑いたいだけ。賢いふりして逃げ続けてる、周囲に意味もなく怯えているだけの馬鹿だよ。挙句の果てに一番大切な人を傷つけた。馬鹿で最低な人間なんだ、俺は」
セレーネが賢いのか否かはケイにもよく分からない。
カイに関しては、彼が裏切られたと落ち込むたびに、
「だから簡単に人間を信じちゃ駄目だって言ったでしょ! もう少し疑いなよ! このお馬鹿!!」
と、怒りの感情を覚えることも少なくない。
だが、仮に疑う人間が賢くて他人を信じられる人間が愚かなのだとしても、あるいは実際に騙された姿を目の当たりにしても、ケイは二人に憧れた。
実際に騙されていいわけではないし、人に虚仮にされるのも嫌だ。
回避できる苦痛に直面するのも耐え難い。
だから、実際にケイがセレーネたちのようになることはない。
極端な事を言えば、二人のようになることはケイの本当の望みではない。
しかし、それでも、なれるのならば二人のようになってみたかった。
きっと、この欲求には理屈など存在するようでしていない。
空腹になったら食事をとりたくなるように、眠たくなったらベッドに潜り込みたくなるように、ケイはただ、大好きな人間になってみたかった。
憧れた人間になってみたかったのだ。
だが、セレーネと会話をすればするほど自分と彼女は根本的に違う人間なのだと分かってしまう。
ズキンと胸が痛み、しょぼんと落ち込むケイの頭をセレーネが遠慮がちに撫でる。
「馬鹿じゃないですよ。だって、私がご主人様みたいにちゃんと物事を考えられる人だったら……」
信じてもらいたくてケイの瞳を覗き込んだセレーネだが、今度は何故か彼女の方が言葉を喉に詰まらせて唇をキュッと横に結んだ。
「ねえ、ご主人様。すごく、すごく恥ずかしいんですが、私のお願いを聞いてもらえますか? 嫌がらないで、聞いてもらってもいいですか?」
「いいよ。どうしたの?」
「その、私のこと、後ろから包み込むみたいに、ふわふわギューッて抱っこしててください。それと、もしも私が途中で泣いてしまったら、頭をいっぱい撫でてください。その、『いい子、いい子』って何回も、泣き止むまで撫でてください。それで、最後までお話を聞いてください」
ケイの顔を見上げるセレーネの瞳は既に少し潤んでいる。
なんだか嫌な予感がした。
「いいけど、セレーネさんがそんな風にしてもらいながら話したい事って、どんな話なの?」
問われるセレーネが押し黙って一度ケイから降り、改めて彼の膝の上によじ登る。
温かい胸の中にキュッとおさまると後ろからケイの腕を引っ張って自分の肩へ巻き付けた。
ケイが何となくセレーネに合わせて抱き締める力を込めると、彼女の指定した「ふわふわギューッ」になる。
そうやって自分のお願いした環境が整うと、ようやくセレーネは口を開いた。
「私がこれから話すのは昨日の話で、唯一の妹に、メレーネに裏切られた話です」
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