愛してる
案の定、遅れて申し訳ないです……
現在、毎日投稿企画を実施中です。
本作品は午後6時ごろを目安に毎日更新されます。
遅れることもありますが、原則翌日の午前6時までには更新されておりますので、見捨てずに見守っていただけると嬉しいです!
よろしければ、明日以降も読みに来てください!
リビングの長テーブルにはホコホコと湯気を立てる温野菜のスープやジャムの乗せられたヨーグルトが並んでいる。
何となく生野菜は胃にダメージを与えそうで食べたくなかったので、サラダがないのはありがたい。
風呂から戻ってきた、ぎこちない様子のセレーネにケイが、
「温かい内に食べよう」
と、声をかけたため二人は黙々と食事を始め、淡々と料理を食べ進めた。
スープの野菜はトロトロに煮込まれて甘く、体に染み込むようだったし、ベーコンの塩っ気や旨味が全体に溶けだしているのも堪らない。
一度食べ始めたら夢中で匙と口を動かしてしまう美味しさなのだが、スープを食べ終え、ヨーグルトもいただいたところで一気に沈黙が苦しくなり、気まずさが押し寄せた。
胃腸を始めとする体全体は満腹による幸福でリラックス状態にあるが、脳と心臓だけは緊張で震えている。
セレーネの体調は複雑だ。
「セレーネさんってさ、昨夜の記憶はあるの?」
記憶があるか否かによって叱り方にも変化が生じる。
あまり飲酒をしないケイには人間がどの程度の酔いで記憶をなくすのか分からなかったし、純粋な興味もあってセレーネに問いかけた。
すると、シッカリ記憶の残っているセレーネがビクリと肩を跳ね上げた。
みるみるうちに白かった顔色が赤く染まっていって、「はい」と小さく頷く。
「その、飲酒は昔からたまにしてたんです。でも、私はそこまで体質的にお酒に弱くないですし、飲むときもほどほどにしてたので、あそこまで酔ったのは昨日が初めてです。でも、あの、記憶って意外と残っているものなんだなぁって、驚くほどなくならないというか、甘えてから寝かしつけられるまで全部覚えているなんて、あるんだなぁって初めて知りました。アハハ……」
乾いた笑みを溢すセレーネは怖くてケイの顔を見ることができない。
目線を下げ、テーブルの木目をジッと見つめた。
「ごめんなさい、もう飲みません」
下げた視線ごと頭も下げ、真剣な声色で謝罪する。
「そこまでしろとは言わないけど、気をつけてほしいな。一気にアルコールをとると死んじゃうことだってあるんだし。俺、そんなの嫌だよ。体を壊されるのも嫌だし。あと、酔っ払いの相手って大変だし」
「はい。ごめんなさい」
しょぼんと落ち込むセレーネは一度下げた頭の位置を元の場所へ戻すことができないまま、ギュッと両手を握って謝り続けている。
これに対しいつもよりも言葉数を減らして不機嫌な態度を作り、怒った雰囲気を醸し出しているケイは、実は反省を深くするセレーネの態度にだいぶ溜飲を下げていて、既に怒りの感情も薄くなっていた。
だが、一度ガッツリと怒りの雰囲気を作ってしまった手前、引っ込めることも難しかったし、そもそもケイは普段あまり怒らない性格をしているので説教の切り上げ方もよく分からない。
そのため、ケイ自身も途中からは少し困りながらセレーネの様子を眺めていた。
『なんか、セレーネさんとカイ兄さんって性格とかが少しだけ似てるけど、反省した時の姿まで似てるな』
セレーネと違って叱られている最中にも言い訳を並べ立て、逆切れしたりするカイだが、少し時間が経つと一人で反省してズーンと落ち込んでいく。
ガックリと項垂れて部屋の隅っこで正座をしてみたり、後からもう一度ケイの元へやってきて、
「さっきは悪かった」
と謝ったりする、意外と素直なカイと目の前のセレーネが妙に重なってしまう。
『駄目だ、考えれば考えるほど面白くなってきた』
正座して項垂れるセレーネとカイ、そしてゴールデンレトリーバーを横並びで想像してしまうと堪えきれなくなって、ケイはとうとう吹き出してしまった。
一度笑い出せば止められず、押さえた口元からクスクスと笑い声を漏らす。
すると、ケイが怒りのあまり精神を崩壊させてしまったのかと勘違いしたセレーネがギョッとして顔を上げる。
「ど、どうしました、ご主人様! 大丈夫ですか!?」
心配そうに問いかければ、ケイが目尻に溜まった涙を指で拭ってフルフルと首を横に振った。
「驚かせちゃってごめんね、セレーネさん。大丈夫だよ。ただ、落ち込む姿が凄くカイ兄さんに似てたから、おかしくて」
「カイさんって、ご主人様がたまに話題に出されるお兄さんのことですか?」
「そうだよ。俺の大切な兄さんで、少しだけセレーネさんに似てるんだ。優しい所とか、格好良い所とか、真直ぐで素直なところとか。でも、酒癖までになくてもいいのになって思った」
半笑いでセレーネを軽く睨むケイはまだ少し彼女を責めているが、先ほどと違って冗談めいた明るい雰囲気も放っている。
セレーネもふざけ合うような心持ちで、「う……!」と心臓を押さえながら目を逸らした。
「今回は自棄酒してみたかっただけで、あんな風になったのは本当に昨夜が初めてなんですよ。だから、酒癖が悪いって言われるのはちょっと心外です。でも、まあ、それはともかくとしてカイさんはお酒に弱いんですか?」
「湿疹ができたりするわけじゃないし、すぐに顔が赤くなったり酔っぱらったりするわけじゃないから弱くはないんだろうけれど、落ち込むとグデグデになるまで大量に飲んじゃうんだよ。それこそ昨日のセレーネさんみたいに悪酔いするまで飲んで、俺やスイ兄さんに絡むんだ。あんまりにも飲まれちゃ体が心配になるし、くっついてくるから扱うのが面倒くさいし、段々何を言ってるのか分からなくなってくるし、とにかく困った兄さんなんだよ」
カイもセレーネと同じように記憶は無くさないから「大変だったんだよ!」と叱れば話が通じる、比較的マシなタイプの酔っ払いだ。
しかも、カイの場合は甘える先がセレーネのように愛しい恋人ではなくケイやスイのような兄弟なので酔いがさめた後は本当に恥ずかしくなるらしく、深酒の翌日は二日酔いを抱えながら猛省することが多い。
「兄さんもセレーネさんみたいに毎回反省するんだけどさ、振られるとすぐに飲んじゃうんだよ。本当に困った兄さんなんだ」
苦笑いを浮かべるケイだが、乾いた笑いや困り眉をした表情の中には兄への愛情や絆が滲んでいる。
「ご主人様はお兄さんが好きなんですね」
「うん。普段はあんまり話題に出さないスイ兄さんも含めて、俺は兄さんたちが大好きだよ」
素直に頷くケイは少しだけ子供っぽくて純粋だ。
スイもカイもセレーネにとって顔すら見たことがない人物だが、ケイから真直ぐ親愛の情を向けられているのが羨ましくて、ちょっぴり嫉妬してしまった。
「あの、ご主人様、その、ちょっと聞きにくいんですが、私は?」
ほとんど許されたとはいえ、一応、叱られている最中なので露骨に「甘やかして!!」と強請るわけにもいかない。
そのため、セレーネはほんの少し上目遣いになるとモジモジとしながら控えめに問いかけた。
セレーネの態度を見て、ケイが「仕方がないな」と眉を下げて笑う。
「好きだよ。大好きで愛してる。知ってるでしょ」
言葉を出すケイは照れがちだが真直ぐセレーネの顔を見ている。
一昨日のセレーネはケイとケンカをして険悪な雰囲気のままで一日を終える羽目になったし、昨日は妹との問題を解決しようと行動してトラウマを負う羽目になった。
挙句に深酒をしてケイに酔った勢いで甘え、暴走した欲求をぶつけてしまい、叱られた。
そして今日も、つい先ほどまで羞恥と猛省を抱えながらケイに説教されていた。
一昨日以外は何だかんだとケイに優しくしてもらえていたので少しずつ心を回復させていたセレーネだが、それでも甘えん坊で寂しがり屋な彼女は深刻な愛情不足にさらされていた。
そんな中、ケイから「好きだよ」と告げられ、素直で温かい愛情を渡されてしまえばセレーネはテンションを爆上げせざるを得ない。
ケイの言葉を聞いた途端、セレーネは申し訳なさそうだった表情をパァッと明るくして、
「ありがとうございます、ご主人様! 私もご主人様が大好きです!! 愛してますよ!!!!」
と、興奮がちに愛情を返した。
綺麗な瞳は歓喜でキラキラと輝いているし、頬も喜びで上気して赤くなっている。
自然と上がる口角はニマニマとした笑みを浮かべていて、透明な大型犬の尻尾がワフワフと揺れていた。
抱きつきたい体がウズウズと揺れていて、椅子にお尻を張り付けるのに必死になっている。
ケイに両腕を広げながら「おいで」と言ってもらいたくて、数秒刻みに彼の顔を盗み見てしまう。
ソワソワ、モジモジ、チラチラ。
そんな擬音の似合うセレーネの姿を見たケイは一つ覚悟を決めて深呼吸をすると、真直ぐ数秒間だけ、彼女の瞳を見つめた。
「ありがとう」
小さく呟いたケイが恥ずかしそうに俯く。
すると、想定外のケイの反応にセレーネがパキリと固まった。
「ご、ご主人様、今、なんて?」
目を丸くしたまま、酷く動揺した様子で問いかける。
「え? だから、ありがとうって。どうしたの? セレーネさん」
愛情を受け取るのが恥ずかしくて目線を逸らしてしまったケイだが、言葉や態度自体にそこまで不審な点があったとは思っていない。
そのためセレーネが何に対して驚いているのかが分からず、不思議そうに首を傾げた。
「ご主人様、私がご主人様のこと大好きだって、認めてくださるんですか?」
よくお礼を言うケイだが、セレーネの記憶する限り彼女の「好きです」にケイが素直な礼を言ったことはない。
今までのケイは、セレーネがどんなに愛情を示しても行動に対して礼を言うばかりで、「好き」という言葉にも、
「俺を愛してくれてありがとうね」
ではなく、
「俺を好きだと振舞ってくれてありがとうね」
という捻くれたニュアンスがハッキリと見える言い方でしか、礼の言葉を告げることがなかった。
しかし、今回出されたケイからの短い「ありがとう」にはセレーネの愛情をそのまま受け取ったような雰囲気を感じられたため、彼女は喜ぶよりも先に驚いてしまったのだ。
恐る恐る出された緊張感漂うセレーネの声に、ようやく事情を察したケイが小さく頷く。
すると嬉しくて嬉しくて仕方がなくなったセレーネが、居ても立っても居られない様子で席を立ち、ケイの背後まで忍び寄った。
それからギュムッと彼にバックハグをする。
「ご主人様、ご主人様! ふふ、ご主人様~!」
上機嫌なセレーネがケイの後頭部に頬ずりをしたり、鼻先を埋めて深呼吸をしたりしながら歌うように彼を呼ぶ。
ギューッと肩を抱いて、ふわふわ揺れる姿は少しだけ昨日の酔っぱらった彼女に似ていた。
「そんなに嬉しいの? ちょっと恥ずかしいや」
真っ赤な身にキスを落とされ、ポリポリと頬を掻くケイは顔も体も真っ赤に茹っている。
「嬉しいですよ~!!」
笑ってつむじにもキスをする彼女の目元は、ほんの少しだけ濡れていた。
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