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12月のオニヤンマ

作者: あさぎ

 


「はぁ〜、終わった終わった〜」


 仕事が終わり、会社を後にする。




 今日は結構頑張ったから、自分にご褒美あげなきゃ。


 そうだ、前に知り合いからもらったちょっとお高めのワインを開けちゃおうか。

 バゲットはまだ残ってるし、冷蔵庫にチーズがあったはず。うん、そうしよう。




 そんな事を考えながら、いつもの電車に乗り……いつものように街灯に照らされた薄暗い道を歩いていく。


 変わり映えしないいつもの帰り道。

 駅前通りを真っ直ぐ行って、郵便局の前で横断歩道を渡って……で、しばらく道沿いに進む。


 それで、大きな桜の木のある角があるからそこを……




「……って、あれ?」


 なんだかひどくさっぱりとした視界に、思わず道を間違えたかと思いかけたけど……


 でも、やっぱりここだ。

 ほぼ毎日通ってる道だし、間違いない。


「うそっ……」


 今、そこには大きな切り株がひとつ。

 つまり、切られてしまったようだ。


 まぁ、この辺りは昔から薄暗かったからなぁ。

 見通しが悪くて危ないってよく言われてたし、仕方ないことなんだろうけど……ちょっと残念だ。




 しょんぼりしながら……桜の木ならぬ、桜の切り株の角を曲がり……またしばらく真っ直ぐ進む。


 老舗のお店が並ぶレトロな街並みを進んでいくと、途中にいきなり、ちょっと毛色の違う比較的新めのお店が出てくる。


 そこが、私のお気に入りの焼きたてメロンパンのお店。

 いつ通っても甘い良い香りがしていて、ちょっとした私の癒しスポットになっていた。

 もちろん、買って食べたことも何度もある。


 いつだったかテレビにも取り上げられた事もあったし、一時期すごい行列だったこともあって……




「な、無い……!」


 が〜ん。


 店が潰れたとかじゃない。

 建物が跡形もなく無くなっていて、綺麗に更地になっていた。


 あのカリカリふわふわのメロンパン、大好きだったのに。

 まさか無くなっちゃうなんて。


 近所の人だってちょくちょく買いに来てたのになぁ。







「はぁ〜あ……」


 桜の木は切られちゃうし、メロンパン屋さんは無くなるしし……なんだか、嫌な事が続くなぁ。




 でも、まだだ。今日は最悪だったと言うにはまだ早い。


 なんてったって、今日はご褒美の日。

 家に帰れば、美味しいワインが私を待っている……




「……よし!」


 なんとか気を取り直した私は空き地の前を通り、細い脇道に入っていく。


 この道、狭いけど交通量は結構あって……歩いて通ると大体一回は必ず脇に避け、車をやり過ごさないといけないのだった。


 今日も案の定そうで、道に入り数歩歩いたところで車のエンジン音が聞こえてきた。


「よいしょっと」


 脇に避けて待っていると、ゆっくりと黒いミニバンが近づいてきた。

 よく見かける、いかにもファミリーカーって感じの大きな車だ。


 それにしても、こんな狭いところをわざわざ通るなんて……道に迷ったのかな?


 あるいは、ここを通らないといけないような場所に向かってる?例えば、私の家みたいな。

 もしかしたら、ご近所さんだったりするのかもしれない。




 狭い道だからか、慎重にスピードを落として進むミニバン。

 そのスモークガラス越しに、忙しなく動き回る小さな子供のシルエットと派手な色味の浮き輪やらバナナボートやらがうっすらと見えた。

 どこか遊びに出かけた帰りのようだ。


 こんな遅い時間に帰ってくるなんて、結構遠くまで行ったのかな。運転お疲れ様です……




 何気なく運転席の方をチラッと見ると……


「あっ!山田さん……!」


 思わず大きな声が出てしまい、慌てて口元を押さえる。

 運転していたのが知っている人だったから……つい、声が出ちゃって。


 運良く、周りには誰もいなかったけど……ちょっと恥ずかしい。




 山田さんは隣の家のお父さんだ。

 アパートの隣にある一軒家に住んでいて、奥さんに子供二人の四人家族。


 確か子供は二人とも男の子で、上の子は小学校上がったばっかり、下の子は幼稚園。

 どちらもやんちゃ盛りで、笑ったり泣いたり元気に騒いでいる声が毎日のように聞こえてきていた。




 軽く会釈し、もう一度窓ガラスの向こうの山田さんを見る。今度はしっかり彼の方を向いて。


 あれ?珍しいな。

 今日はメガネかけてないんだ……いつもかけてるのに。


 しかも、なんだか服装も普段よりオシャレな感じだ。

 いつものヨレヨレのポロシャツじゃない。


 ぽよんと出ていたお腹はキュッと引き締まっていて……気のせいか、顔のシワも少なく見えて……なんだか本当に若返ってしまったかのようだった。


 イメチェン?何かいい事あったのかな?

 今度会った時にでも聞いてみようっと。




 しかし、待てど暮らせど山田さんからのリアクションはなく。

 しばらく待ってみたけど、何も無いまま通り過ぎていってしまった。


 でも、普段無視をするようなタイプじゃない。

 むしろ私が気づかなくても、向こうから近づいて挨拶してくれるくらいの気さくな人だ。


 暗くてよく見えないし、きっと運転に集中してて気づかなかったのかも。


 まぁいいや。家はもうすぐそこだし。

 もうすぐ、ちょっと贅沢な一人飲み会が始まるんだから……




「くしゅんっ!」


 さっきからなんだかやけに体が冷えている。一歩歩くたびに体がスースーするのだ。


 そういえば……仕事中に会社のトイレで手を洗っていたら、顔が真っ青でびっくりしたんだっけ。

 血流が悪いとかそういうレベルじゃなくて、なんならもう全身から血を抜いたのかってくらい白くって。


 やだな、熱でも出たかな。


「っくしっ!」


 ああ、まただ……これは本当に風邪引いたかもしれない。

 まずいぞ、これから呑もうって時に……


「しかも明日は大事な会議があるから、風邪なんて引いてられな……あれ?」


 そうこうしているうちに、ふと気づいたら私はだだっ広い空き地の前にいた。




「え……」


 はい、我が家に到着〜!って?いやいやいや、流石にこれはない。

 青空教室ならぬ青空ハウス?いや、ないないない。


「えっ、まさか……道間違えた?」


 慌てて鞄から携帯を取り出す。

 地図を見ると、やっぱりこの場所だった。


 そう……ここは、私の住んでいるアパートがあるはずなのだ。


 というか、あるのだ。今朝だってそこから通勤してきたんだから。

 慌てて出かけたから、朝食の皿もマグカップも水入れてそのままシンクに置きっぱなしのはず。




 なのに……え、どういう事?

 悪い夢でも見てるのかな、私。


 もしやと思って携帯をカパッと開く。

 画面を見ると、『200◯年12月◯◯日』と表示されていた。


 うん、合ってる。

 間違いない……いや、間違えるはずがない。昨日は友達の誕生日だったんだから。


 昨日は、仕事終わりにいつものメンバーで集まってお祝いして。

 今日はその翌日の、◯◯日の夜……そこはちゃんと合ってる。


 そう考えると、やっぱりここは現実……?




「で、でも……そうだとしたら……」


 私、帰る家が無いじゃない。


「これは……夢、よね……?きっと、こんなの嘘よね……?」


 悪い夢ならさっさと覚めて!お願い……!

 縋るような思いを込めて強く強く頬をつねるも……手はひんやりと冷たく、つねられた頬もヒリヒリと痛かった。


 無情にも、やっぱりこれは夢じゃなかった。


 でもそれなら、じゃあ……一体どういうこと……?




「……へくしっ!」


 考え事は一旦中断だ。


 今はそれより、この寒さだ。

 立ち止まってたら、さらに体が冷たくなってしまって……震えが止まらなくなってきた。


「はぁ、さむ……」


 厚手のコートを着て中もしっかり着込んでるのに、どうにも体が冷える。

 鞄からマフラーを取り出して首に巻いても駄目。全然暖かくならない。


 今日はすごい冷えるなぁ。まだ12月なのに。


「カイロ、買ってこようかな……」


 手を擦り合わせ身震いしていると、私のすぐ目の前をオニヤンマがスーッと通っていった。







 ……オニヤンマ?


「あれ……?」





だいぶ前に亡くなり幽霊になった主人公が、生前住んでいた家(のあった場所)に帰ってくる話です。


彼女の記憶は死んだ時のまま、それはもう二十年近く前の話なので……桜の木は切られ、メロンパンのブームは終わり、そして小さかった子供は親になっていたのでした……



やたらと寒がってるのは本人が幽霊だから、というつもりでした。

それが普通だと思って書いたけど、周りに聞いてみたらそんなのなかったっていう…… むしろ、それどこ情報?とか逆に聞かれる始末。やっちまったぜ……!(?)


幽霊が近づいてきたら空気が寒くなる、ってのはみんな共通でしたが……本人が寒がるパターンはあまりメジャーじゃないみたいで。


でも、せっかくだから直さないでおきます……誰か同じ考えの人がいるかもしれないし!ねっ!(??)


色々説明不足感ありますが……読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラストの直前まで、だんだん「前日の延長でない」という感じが出ていました。 [気になる点] それだけに、ネタバレが後書きというのが惜しいです。 ラジオの音か何かで2023年という時報を入れれ…
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