いつかはさ、私を好きでいてよ
――いつかはさ、私を好きでいてよ
大した素性も知らぬ目先の女は、たった数秒の言葉を、咽び泣きそうな声を、血混じりながらに出し切ることで、他の誰でもない、自分にだけ遺していく。唇から掠れ出る息は、既にわずかな風量であったのに、その微弱さの加速は止まる気配がない。
先程まで、月明かりの下へ照らされていたはずの煌びやかな白髪は、女が息を引き取るのを待っていたかのように、死を確認するや否や、すぐさま塵となっていった。髪は抜け落ちこそしていないが、明らかに光を――命を失っていた。
……憐れむことさえ馬鹿馬鹿しくなる女だ。控えめに言って救いようがない。何がしたかった、何を掲げ、こんな無謀を犯したのだ。何故、言葉なんかを遺した――『俺にお前を好きでいる権利なんてない』というのに。
女が世界から命を絶つ、その瞬間までは、もしかしたらそれはただの妄言で済んだのかもしれない。戯言のように、言い訳に使えば良かったのかもしれない――しかし、命が絶たれた今、それは確固たる堅牢な真実となり、まやかしでなくなる。それをもし、虚偽、嘘なんだとまくしたてる――なんてことをする奴は、地獄の底から倫理を学び直すべきだとさえ、思える。そのぐらいに常軌を逸していたのだ、自分が女を愛するという行為は。
そもそも女なんてもの、どうでもいい。自分は記憶を亡くした身だ。こっちからすれば赤の他人だ。女を愛することなど、まずない、有り得ない。
……というのに、途方に記憶を亡くした――意味も、価値も、持たない脳が信号を送り出し、何かをしつこく訴え掛けてくる。胸を軋ませながら、誰かを懇願してくる、求めてくる――その正体は薄々感づいていた、この女だ。記憶を置き去りにした際に倫理までも無くした、とでも言うのか、自分は女を愛してしまっていた。あってはならない事、なのは重々承知している。血反吐が出そうなくらいに、心臓を突き刺される嫌悪感が、自身の体中を渦巻いているのも分かった。
ただ、女なんかよりも救いようのない自分の脳は、完全に想い、愛への欲求を理解しており、嫌悪感を纏う心とは裏腹に、ひたすらに女を求めていた。触れたくて、護りたくて、会いたくて、仕方ない。
だとしても、心がそれを拒み、想いだけに留めようとする――本当なら想うことさえ、禁ずるべきなのだ。というよりかは、前者に関して言えば、叶う日も、一生の内に訪れることはないだろう。
――俺が殺した
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パラレル・ロマンス(Parallel・Romance)だけに!?
……すみません(笑)