第77話 別れ
「日向王万歳!!」
「蒼様万歳!!」
生存不明だった王は、地下牢に幽閉されていた。
それを、行方不明になっていた王女の蒼が救出に成功した。
そして本日、吉護によって正式に次期女王として認定された。
父である王の吉護を助け出した剣姫の情報はあっという間に広まり、今や蒼は女傑として国民に知れ渡った。
次期女王の決定に、国民たちはお祭り騒ぎ。
そこかしこから、このような歓声が上がっていた。
「…………」
王都の民たちが喜びの満ち溢れている中、蒼は浮かない表情をしていた。
「……どうした?」
「父上……」
国民とは反対の表情をしている娘に気付き、吉護は心配そうに問いかけた。
「頼吉兄上のことで……」
「あぁ……」
蒼の表情が浮かない理由。
それは頼吉の最期に関することだ。
今回の跡目争いで父の吉護を幽閉し、兄の克吉を殺し、国を乱した罪により、頼吉は投獄された。
その後、吉護の命により頼吉は処刑されることになった。
その刑の執行の時に放った言葉が、蒼の心に残っているのだ。
「私は結局、蒼の引き立て役でしかなかったのだな……」
このように呟き、頼吉は刑を執行された。
自分は、ただ純粋に剣の技術を高めようと鍛錬を重ねていた。
しかし、そのことで頼吉に劣等感を募らせることになり、そのことが今回の内乱を起こすことに繋がったのではないか。
自分のせいで多くの命を失うことになってしまったのではないかという思いが、蒼の心の中で渦巻いていた。
「お前があの言葉を気にする必要はない。全てはワシの責によるものだ」
「父上……?」
自分を励ましての言葉。
そう思って吉護を見ると、どうやらその思いだけではない表情をしている。
今回のことで、吉護の責任なんて無いように思える。
そのため、蒼は不思議そうに吉護へ話しかけた。
「頼吉のためにも、ワシがもっと早く跡継ぎを決めておくべきだったのだ」
元々、この国は跡目は長子が継ぐという風潮にある。
次男ということもあり、頼吉も王になることは諦めていたはずだ。
しかし、飛びぬけた武の才を持った蒼が生まれ、家臣たちの間で派閥ができてしまった。
次期王は誰にするのか決めておけば、今回のようなことにならなかったはず。
その思いから、今回の内乱の責は頼吉だけでなく自分にもあるのだと考えているようだ。
「しかし……」
「……?」
結果として息子2人を亡くすことになり、愁いを帯びた瞳をしていた吉護だったが、蒼と目が合うと何かを思いだしたようにいつもの優しい目に変わった。
「ずっと辛いことばかりだったが、まさか蒼が剣以外に好意を持つものが現れるとはな……」
「っっっ!?」
父のその言葉に、蒼は言葉を失い、顔を真っ赤にさせた。
娘の蒼は、昔から剣の腕を磨くことばかりに気を向けていた。
「女性なのだから、着飾ることにも気を向けろ」などと言うつもりはないが、少しくらい色恋に興味を持って欲しいという思いがあった。
このまま行けば、政略的でしか結婚することができないかもしれない。
吉護は、ずっとそんな不安を持っていた。
しかし、最近の蒼は、頻繁にある者の所へと足を運んでいる。
今回の跡目争いで活躍し、初代国王と同じ世界から来た中原凛久という青年だ。
「な、何を申されるのですか!?」
「……隠しているつもりのようだが、皆気付いているぞ」
「そ、そんな……」
蒼としては隠せているつもりなのだろうか。
これまで恋愛をしたことが無かったため、気持ちを表情に出さないということが上手くないのだろう。
凛久の話をする時の蒼の表情を見ていれば、どう思っているかは容易に理解できるというものだ。
そのことを指摘すると、蒼は信じられないと言うかのような表情をした。
「……失礼いたします。姫様……」
「風巻?」
蒼が顔を真っ赤にして黙った所で、突然風巻が現れる。
しかも、どこか慌てた様子をしており、蒼は何事かと首を傾げた。
「凛久殿が……」
「……凛久がどうした!?」
凛久に何かあったのか。
心配になった蒼は、慌てたように風巻へと尋ねたのだった。
◆◆◆◆◆
「黙って出てきたのは、申し訳なかったな……」
凛久とクウが今いる場所は、日向の最西端の町だ。
本当は転移魔法で一気に日向から出るつもりでいたのだが、凛久の魔力量ではここまでが限界なので仕方がない。
蒼が次期王に決定したことに、日向国内が喜びで湧きたっているこの時を利用して、誰にも告げずに王都から移動したのだが、今になって少々心苦しくなっていた。
「まぁ、しょうがないか……」
昔の日本に似ているせいか、この国は居心地がいい。
そのため、長い間過ごしていると、出ていくことなんて出来なくなってしまうだろう。
そうならないためにも、凛久はタイミングを見て出ていくことにしたのだ。
「さて、いくか……」
凛久は、日向から西大陸に渡り、北大陸に向かうつもりだ。
そうするため、まずは西大陸へと向かう船へと乗った。
「…………」
「ワウッ?」
船が出港し、離れていく日向の島を眺めながら、考え事をする凛久。
そんな凛久を、従魔のクウは心配そうに声をかけた。
「大丈夫だよ……」
クウに返事をし、凛久は頭を撫でてあげる。
しかし、その言葉とは裏腹に、表情は優れない。
「仕方ないんだ。元の世界に帰る方法が分からなかったんだから……」
蒼には嘘を吐いた。
実は、初代日向国王の日記に、元の世界への帰還方法は書かれていなかったのだ。
「……怒っているかな? 蒼……」
何故嘘を吐いたのかと言うと、蒼から離れるためだ。
側に居ると、蒼への思いが断ち切れないからだ。
いきなりこの世界に転移してしまった自分に、蒼は生きる術を教えてくれた。
そして、それからずっと共に行動しているうちに、凛久の中にある感情が湧いた。
簡単に言えば、凛久は蒼に惚れてしまったのだ。
しかし、蒼は今やこの国の次期王だ。
そんな蒼に、いつまでも自分が側に居る訳にはいかない。
そう思ったため、凛久は黙ってこの国から出ることにしたのだ。
「また逢えたら謝ろう……」
一国の女王になんて、もう会うことなど無いだろう。
しかし、もしも逢えたとしたら、その時は謝るしかない。
そう思いながら、凛久を乗せた船は西の大陸へと進んで行ったのだった。




