第34話 日向の内情
「さて、早速だが日向の内情を教えてくれるか?」
「畏まりました」
凛久と蒼は、風巻に案内を受けて宿屋へと向かった。
これまでの町と同様に、1階が食堂で2階以上が宿泊施設になているようだ。
一国の姫がこのような所に泊まるのは少々問題あるように思えるが、蒼は立場を知られるわけにはいかないので仕方がないのだろう。
蒼は宛がわれた部屋へと凛久を招いた。
日向の内情は凛久も知っておくべきだと、風巻の報告を聞かせるためだ。
「他の者から受けた情報を報告します」
国内に残してきた部下により仕入れた情報で、あくまでも自分が得た情報ではない前置きをして、風巻は報告を始めた。
「克吉様と頼吉様の間で戦端が開かれたそうです」
「そうか……」
風巻の言葉を聞いて、蒼は残念そうに俯く。
予想していたことだが、とうとう始まってしまったようだ。
「克吉? 頼吉? その2人って、もしかして……」
「あぁ、私の兄たちだ。克吉が長男、頼吉が次男だ」
蒼と風巻の間で、当然と言ったように話が交わされるが、凛久には全く聞いたことがない。
しかし、話の流れから凛久には予想がついた。
案の定、蒼からは凛久の考えた通りの答えが返ってきた。
蒼が国を出なければならなくなった原因の2人が、武力による衝突を開始したようだ。
「自陣の派閥への取り込み合戦が終わったのだろう。分かっていたことだが、本当に起きるとな……」
「そうか……」
父である国王が病に倒れ、意識が戻らない状況。
次なる王の座を狙って、血のつながった兄2人が争っている。
それにより、確実に命を落とす者が出る。
蒼はそれが心苦しいのだろう。
「克兄上は分かるが、頼兄上は無謀な賭けに出たな……」
「それはどういうことだ?」
兄2人の争い。
蒼の発言からすると、長男である克吉の方が争う前から有利だと言っているようだ。
克吉と勝頼のことなど分からないので、凛久は蒼に説明を求めた。
「凛久にも言ったが、日向でも長子が継ぐことが多い。そのため、元々克吉兄上に付く配下の者は多かった。私を王へ押そうとしていた者が全部頼吉兄上に付いたとしても、単純に数で負けている。とてもではないが、頼吉兄上に勝ち目はない」
「あぁ……」
蒼の説明を受けて、凛久は納得する。
元々、蒼は王の地位に就く気はなかった。
しかし、剣の才があるがゆえに、本人の気持ちを無視して蒼を押す者たちが現れた。
その数が次第に増えることに焦りを覚えた長子の克吉が、蒼の排除に動き出した。
暗殺者から逃れるために蒼が国を出て、蒼を押していた者たちは頼吉へ着くしかなかっただろう。
その者たちを配下にしたとしても、元々押されてもいない頼吉には勝ち目がない。
戦いが始まったといっても、克吉が勝つと予想することが当然なのだろう。
「じゃあ、俺たちは今回の戦いに勝利する克吉って兄貴の方を狙うって事か……」
「そうだな……」
蒼がいなくなり、多くの武官・文官は長子の克吉側に着いた。
それを覆すだけの数がついていない以上、頼吉に勝ち目はない。
それなら、凛久たちの標的は克吉と考えて良さそうだ。
「……失礼ながら、そうともならない可能性が……」
「えっ?」
「どういうことだ?」
地区と蒼の話に、風巻が待ったをかける。
その発言を受け、凛久と蒼は風巻へと視線を向けた。
「実は、頼吉様が勝利する可能性が出てきました」
「そんなバカな。頼兄上の方は数が少ない上に、所詮は私を押すことから乗り換えただけの烏合の衆ではないのか?」
長子だからということで、克吉には最初から一定数の支持者がいた。
しかし、克吉は長子というだけで、王としてはやや物足りなさを感じる。
そのため、剣の才ある蒼を王にと押す声が出た。
克吉と蒼の間に挟まれた頼吉は、克吉と比べれば王としての才は上だと思えるが、それでも戦争は数が勝利を左右するのは当たり前。
戦の才が頼吉の方が多少上でも、数の力を覆らせるほどではないはずだ。
しかも、頼吉側についたのは、蒼がいなくなって担ぐ神輿を変えた寄せ集め。
頼吉に勝ち目がないと思っていただけに、蒼は風巻の発言に強く反応した。
「頼吉様側に野木衆が組したとの話です」
「野木衆……」
続いて放たれた風巻の言葉に、蒼は納得したように頷いた。
その反応からして、どうやら頼吉側に付いた者が相当優秀なのだろう。
「野木衆って?」
またも2人の会話に付いて行けない。
その野木衆って言うのが相当強いのは蒼の反応を見れば分かるが、どんな集団なのか気になる。
そのため、凛久は蒼に野木衆の説明を求めた。
「日向には有名な忍びの里がある。風巻たち東の花紡衆に対し、西の野木衆だ」
「その野木衆が頼吉側に付いたことで、形勢が分からなくなったってことか……」
「そうだ」
凛久が知っている忍びと言うと、風巻くらいしか浮かばない。
風巻のような忍びが付いたとなれば、たしかに頼吉の不利も変わるかもしれない。
「その野木衆ってそんなに強いの?」
「強い。が、数が違う。花紡衆の方が1人1人の強さは上だな。風巻に勝てるのは日向にはいないだろ」
質より量とまではいかないが、野木衆はかなり強い集団のようだ。
しかし、そんな野木衆の中にも、風巻を越える実力の持ち主はいないようだ。
気配なくいきなり現れるような風巻なら、たしかに日向最強と言われても納得できる。
「蒼様以外は……」
『やっぱ蒼ってすごいんだな……』
風巻の凄さを感じていた凛久だったが、風巻が小さく漏らした言葉を聞き逃さなかった。
日向最強は風巻ではなく、蒼のようだ。
そう言えば蒼も同じように現れていた。
つまり、風巻と同じようなことができるということだろう。
そう考えると、凛久は改めて蒼の強さに感心した。
「奴らの場合、数もさることながらやり方が汚い。元々忍びに正々堂々なんてないが、奴らはそれが顕著なんだ」
野木衆を敵に回したら、戦の常識なんて無視して攻めてくる。
敵に回したら嫌な相手。
それが野木衆のようだ。
「奴らは、我ら花紡衆に代わり、御庭番の地位に就くことを狙っているのでしょう」
花紡衆と野木衆は、御庭番の座を争う間柄のようだ。
そのチャンスが巡ってきたため、野木衆はより自分たちが武功を上げられる頼吉側へと着いたようだ。
「まぁ、戦も始まったばかり。成り行きを待とう」
「うん」
「そうですね」
いくら野木衆が付いて頼吉側に勝機が見えてきたとしても、戦いは何があるか分からない。
野木衆を手に入れたといっても、まだ克吉の方が上かもしれない。
そのような状況で、争いがそう簡単に終わるとは思えない。
どちらが標的になるか分からないが、凛久たちは成り行きを待つことにした。
 




