第33話 到着
「あれがキョーワの町か……」
「あぁ」
ぐったりとした様子で凛久が呟く。
蒼は凛久のことを気にしない様子で答えを返した。
「南大陸に向かう船が出ているんだよな?」
「そう。南大陸へ向かい、アカルジーラ迷宮近くの町へ向かう」
現在、日向国内は荒れていて、蒼は国に戻りそれを治めたい。
そうなると、兄とそれを支える者たちとの争いは避けられない。
その争いに勝利するために、凛久の異世界の知識がカギになるはず。
しかし、今の凛久の戦闘力では自身を守ることもできないため、とても日向に連れて行くことなどできない。
そのため、凛久の戦闘力を向上させるために、アカルジーラ迷宮へと向かっている最中だ。
「その迷宮じゃないとダメなのか?」
この世界では生物を殺すことで、微弱ながら能力が向上する。
蒼はそれを利用して、自分を強くしようと考えているのだ。
しかし、時間を無駄にはできないと、イタヤの町からキョーワの町までの道程に出現した魔物全てを任されたのには困ったものだ。
これまでクウに頼っていたこともあるため、思っていた以上の魔物の出現に結構疲れた。
こんなに魔物が出現するのなら、わざわざアカルジーラ迷宮へ向かう必要があるか凛久は気になった。
「能力向上には、数を倒せばいいってものでもないんだ。弱い魔物ばかりではかなりの時間を必要になってしまうんだ」
「ふ~ん……」
蒼の説明を受けて、凛久は頷く。
『つまり、ゲームのレベルみたいなものか……』
元の世界でRPGのゲームをプレイした経験がある。
蒼の説明は、まさにゲームのシステムに類似している。
転移した時に神様のような存在に会ったわけではないが、この世界の神様はもしかしたら地球のゲームをヒントにしてこの世界を作り上げたのではないかと思えて来た。
「凛久が自身を守れる程度となると、中層の魔物を相手にしても平気なようになってもらうつもりだ。とは言っても、いきなり中層とかはいかず、凛久の能力に合わせて進むから安心してくれ」
「そうか……。でも、それで良いのか?」
一気に中層の魔物を相手にして、成長するのがいいのではないかと考えていたのだが、蒼はそういった方法を取るつもりはないようだ。
日向の国のことを考えると、蒼としては少しでも早く戻りたいところだろう。
凛久としても、地球に帰るために初代の日記を早く見たい。
それなのに、そんな悠長なことを策で良いのかと、凛久は疑問に思った。
「私や風巻たち御庭番がフォローするといっても、もしもということもある。強いの相手に大怪我を負ったら元も子もないだろ?」
「……そうだな」
何事も予定通りに進むとは限らない。
急がば回れというし、凛久は蒼の説明に納得した。
「クウも、もしもの時は頼むな?」
「ワウッ!」
蒼から剣の訓練は受けているといっても、自分は近接戦より銃による遠距離戦闘の方が向いている。
もしも魔物と接近戦をするようになった時は、クウを頼りにすることにした。
その凛久の言葉に対し、クウは任せてと言わんばかりに返事をした。
「風巻……」
「ハッ! お待ちしておりました」
『えっ!?』
キョーワの町に入り、周辺に人がいないことを確認した蒼は、突然呟く。
その声に反応するように1人の年限が現れたため、凛久は声を出さずに驚いた。
返事をしたところを見ると、蒼の配下である御庭番の風巻なのだろうが、凛久の知っている顔と違う。
「……あぁ、変装術だ。御庭番の長ともなると、百の顔と名を使い分けるそうだ」
御庭番となると、様々な地へ移動してそこに溶け込み、主の求める情報を得るために隠密行動をおこなわなければならない。
そうなると、顔や名前を変えなければならない状況が出てくるため、変装術を習得するそうだ。
風巻はその技術が特に秀でているらしく、主人である蒼でも全て把握している訳ではないそうだ。
「散っていた部下たちと連絡を取りました」
風巻の配下の御庭番たちは、異世界人が出現する可能性のある地へと散っていたが、結局凛久という異世界人に遭遇できたのは蒼だった。
他にも異世界人が転移しているかもしれないため、風巻には先にキョーワの町へ向かい、蒼は他の御庭番に連絡を取ってもらった。
風巻はその指示通り、連絡を取ってくれたようだ。
「残念ながら、凛久殿意外に異世界人らしき者は発見できなかったとの話です」
「そうか……」
異世界人なら初代国王の様に強力な戦闘力を有する者や、凛久の様にこの世界にはない知識を有する者がの可能性が期待できる。
少数で国の奪還を計るのならば、1人でも多くの異世界人が味方にしたいところだが、そんな都合の良いことは起こらなかったようだ。
風巻の報告に、蒼は少し残念そうに頷いた。
「それで? 散っていた者に招集をかけたのか?」
「はい。アカルジーラ迷宮に集合するように指示しておきました」
「そうか」
初代日向国王王妃の予知夢では、初代国王がこの世界に迷い込んだ日から数百年後の同じ月日に、異世界人が出現するという話だった。
その予定日からかなりの日数が過ぎているにもかかわらず、御庭番たちが異世界人の手掛かりを見つけられなかったというのなら、凛久以外に転移した者はいないということだろう。
もしも他にいたとしても、盗賊や魔物に殺られたという可能性も考えられる。
これ以上異世界人の捜索に力を割くよりも、凛久の能力向上に協力してもらった方が良い。
そのため、風巻は凛久たちの目的地であるアカルジーラ迷宮へ部下たちを向かわせることにした。
蒼も同じ考えだったらしく、風巻の報告に頷いた。
「……お疲れのようですし、ひとまず、宿屋へ向かいましょうか?」
「……そうしてもらえると助かります」
「そうだな……」
蒼がここまでの移動で疲れているとは思わないが、凛久が疲労しているのは見て取れる。
恐らくだが、蒼が厳しめの訓練を課したのだろう。
凛久は、蒼が国に戻るために貴重な人材だ。
あまり無茶をするのは好ましくないので休んでもらおうと、風巻は宿屋へ向かうことを提案した。
その発言を聞いて、凛久は若干嬉しそうに反応したため、蒼もその提案を受け入れることにした。
「部下たちからは、他にも日向の内情を受けております。そちらは宿屋に入ってからといたしましょう」
「あぁ」
日向の内情。
次の国王の座を巡り、兄たちが争っているのだろう。
それがどのような状況になっているのか気になるが、蒼は凛久たちを連れて宿屋へと向かうことにした。




