第32話 野営
「さて、今日はこの辺で休むか?」
「あぁ」
蒼と共にキョーワの町へと向かう凛久と従魔のクウ。
これまで凛久を監視していた御庭番の長である風巻は、部下たちを凛久たちが目指すアルカジーラ迷宮へ招集するべく別行動になった。
キョーワの町で落ち合う予定だ。
姫である蒼を、一応男である凛久一緒にしていなくなるなんて護衛として良いのかと問いかけたくなる。
しかし、よく考えたら蒼に襲い掛かろうにも返り討ちにあうのがオチだ。
それが分かっているから、風巻も蒼の側から離れても平気だと判断したのかもしれない。
時折出てくる魔物を倒しながら街道を進んでいると、そろそろ日が暮れ始めて来た。
そのため、凛久は蒼にこの場で野営する事を提案し、蒼はそれを受け入れた。
ちょうど周辺は少し開けており、ここなら魔物が出現したとしても対応できるだろう。
「……これでよし!」
街道から少し離れた場所で平らな地面を探し、凛久は慣れた手つきでテキパキと寝床となるテントを張る。
異世界に来る半年前に購入したもので、何度も使用しているドーム型の1人用テントだ。
「ほ~う。これが異世界のテントか? こんなに小さいのがあるんだな……」
凛久が張ったテントのサイズを見て、蒼は物珍しそうに眺める。
それもそのはず、この世界にも当然テントは存在しているが、1番小さいものでも3人は入れるようなサイズで、1人用が存在していないからだ。
基本旅をする場合、普通凛久の様に1人でなんて珍しく、4人組以上のパーティーで行動することが大半だ。
もしくは、大人数で長距離を移動する時用に、大きい物が必要となるくらいだ。
そのため、1人用のテントなんて必要としないため、需要がないから作られないのだろう。
「……珍しいのは分かるけど蒼の休む場所は?」
周りを一周するようにしてテントを眺める蒼。
珍しいのは分かるが、凛久のテントは1人用。
クウも合わせて3人(2人と1匹)で交代で夜番をするにしても、荷物もあることだし2人で入ることは無理だ。
そもそも男女で一緒のテントで寝る訳にもいかない。
どう見ても手ぶらな蒼に、凛久はどこで寝る気なのか尋ねた。
「あぁ、大丈夫だ」
「……?」
凛久に寝床のことを聞かれた蒼は、自信ありげな表情で右手を地面に向ける。
何をする気なのか分からない凛久は、首を傾げるしかない。
「ハッ!」
「わっ!」
蒼の一声と共に右手を向けた地面が変化する。
土が隆起し、あっという間に凛久のテントの横に1人用の寝床が完成した。
「土魔法による休息スペースだ」
「それめちゃめちゃ良いな……」
蒼はドヤ顔で完成した寝床を紹介する。
そんな表情をするのも分からなくもない。
こんなことができるなら、テントを持ち運びするする必要がない。
蒼の場合、収納の魔道具である魔法の指輪を使用すれば、テントの持ち運びなんて問題ないだろう。
魔法の指輪なんて高価で買えないため、凛久はそうはいかない。
移動距離を考えると、ザックの中身はなるべく最小限にしないとならないため、元の世界から持ってきた荷物はいくつか売って売るしかなかった。
ザックをテント分軽くできるなら、土魔法をもっと練習するのもいいかもしれない。
「練習と並行して魔物を倒していれば、凛久にも使えるようになるよ」
「本当か?」
「うん」
魔法を上達させるは、練習と魔物を倒すことだ。
魔物を倒すと、僅かばかりだが肉体が強化されると言われている。
ゲームで言う所の、経験値を獲得するというのと同じなのだろうか。
蒼が言うには、自分は普通よりちょっとは魔法の才があるようだし、使えるようになるのが楽しみだ。
「というより、これくらいはできるようになってもらわないと……」
「……そうだな」
小さい島国といっても一国を相手にするのだから、相当な実力をつけないと無理だろう。
そう考えると、小さな寝床を作るくらいのことはできないと話にならない。
遠回しにそのことを告げられ、凛久はごもっともと頷いた。
「ついでに釜戸も作ってもらえるか?」
「了解」
寝床ができたのなら次は夕食だ。
別に焚火で調理してもいいが、火の調節ができるようにした方が調理しやすいだろう。
そう考えた凛久は、蒼に釜戸も作ってもらうことにした。
寝床も簡単に作れるのだから、簡易的な釜戸をくらい簡単だろう。
凛久に頼まれた蒼は、頷くとすぐに土魔法で釜戸を作り出した。
「蒼は料理できるのか?」
「できない」
「だよな……」
蒼は一国の姫様だ。
料理なんて、自分で作ることは無いだろうと、凛久は半ば答えが分かった上で尋ねる。
案の定、蒼は潔く答えを返して来た。
「じゃあ、2人と1匹分作るか……」
「悪いな」
「仕方ないさ」
恐らく、あの風巻さんとか御庭番の人に作ってもらっっていたのだろう。
材料はそんなに多くないし、試しに作らせるなんて挑戦する訳にもいかないため、凛久は蒼の分も作ることにした。
「材料が足りるか? 足りなかったら言ってくれ。少しは指輪に入れているから」
「あぁ、でもイタヤである程度野菜も買ってきたから多分大丈夫だろ」
調理ができなくても、さすがに煮るくらいはできるだろうから、蒼は念のため食材を魔法の指輪に入れているようだ。
しかし、凛久はイタヤの町で野菜を余分に購入してきたし、野草がそこらに生えている上に、肉は魔物を倒せば手に入る。
なので、恐らく蒼1人分増えても大丈夫だろう。
「一角兎の肉もあるし、チャチャッと作るか」
そう言うと、凛久はザックから一角兎の肉を取り出す。
蒼と共にイタヤの町から移動を開始して、すぐに遭遇した魔物の肉だ。
倒した後にちゃんと血抜きしてある。
その肉を取り出すと、凛久は適当な大きさに切り、野草と少しの野菜とともに炒め始めた。
「ほい。一角兎肉の野草菜炒めだ」
「すごいな……」
あっという間に1品作り出した凛久の手さばきを見て、蒼は面白いものを見たというかの様に目をキラキラさせている。
「冷める前にどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
調理しただけで喜んでもらえるのは嬉しいが、せっかく作ったのだから出来たてのうちに食べてもらいたい。
凛久は料理を皿に盛り、蒼にとクウに渡した。
「いただきます! おぉ、美味い!」
「アンッ!」
「それは良かった」
簡単に作った料理だが、蒼の箸どんどん進む。
いつもは女性に見られないようにキリっとした表情をしているが、こういった時は素が出てしまうのか、女性らしい笑顔をしている。
そんな蒼の言葉に同意するように、クウもバクバク食べている。
とりあえず気に入ってもらえたようなので、凛久も自分の分を食べ始めた。




