第12話 街道
「とりあえず順調だな……」
日本へ帰るための方法を探すための旅を始めた凛久は、歩みを進めながら呟く。
始めの町ヤーセンを出発して街道沿いを進んで来たが、盗賊や魔物などに遭遇することもなく、順調に目的の町であるゾーダイに進めている。
「ハッハッハッ……」
「……これじゃまるで散歩だな」
すぐ隣を歩く黒柴の子犬。
嗅覚によって、いち早く盗賊や魔物を発見するために手に入れた従魔のクウだ。
何だか楽しそうな表情のクウを見ていると、これではリードを付けていないだけの、ただの犬の散歩のようだ。
「まぁ、何も起きないのは良いことだ」
クウには、魔物を発見したら教えるように指示してある。
それが何の反応も示さないということは、周囲に危険生物が存在しないということ。
剣も魔法もまだまだ実力不足なのは承知しているので、好き好んで危険に首を突っ込むようなことはしない。
このままゾーダイの町に着ければ、それに越したことはないだろう。
「そろそろ昼食にしようか?」
「ワウッ!」
ヤーセンの町を朝出発して、もうすぐ昼になる。
見渡しがいい場所に出たことだし、凛久はここで昼食休憩をとることにした。
昼食と聞いて、凛久の料理が気に入っているクウが反応する。
「兎肉を焼いて、パンにサンドするか……」
一角兎は広範囲に生息していて、繁殖力が高いからか数も結構存在している。
旅のための食料として、昨日のうちに1羽仕留めておいた。
その肉を調理することにした凛久は、ザックから調理セットを取り出した。
「フッ!!」
石を集めて簡易的なかまどを作り、集めた小枝を重ね置く。
そこに人差し指を近付けると、凛久は魔力を操作し指先に集める。
そして、魔力を火に変えるイメージをすると、指先から小さな火が出た。
「魔法があればマッチもいらないな」
キャンプで火をつける時、凛久はマッチを使用している。
一時期は、スターターや火打石で火種を作るという方法をとっていたが、それも一周して、最近はあっさり火を付けるようになっていた。
この世界に来て魔法があると聞き、チート的な能力を期待していたが、どうやら地道に訓練しないと強力な魔法を撃てるようにはならないらしい。
今できるの火魔法は、このように火種を付けるくらい。
それでも、何も使用せず簡単に火をつけることができるのだから、やはり魔法は便利なものだ。
「美味いか?」
「ワウッ♪」
景色の良いところで自分の食べたいものを食べる。
キャンプの楽しみの1つだ。
大学を卒業して1人暮らしを始める、キャンプと共に料理も始めたため、今は多少腕に自信がある。
そんな凛久が作った兎肉サンドを、クウは嬉しそうに頬張った。
「まだ大丈夫そうだな」
食事を終えて、凛久は移動を再開するために片づけを始める。
その時、肉を焼いたフライパンを見て呟く。
凛久が使っているフライパンは、日本では安物だ。
ザックに入れての移動を考えて、少し雑に扱ってもいいようにという考えからそうしている。
しかし、安物だから、すぐダメになる。
日本にいるなら、すぐにまた買い替えればいいくらいに考えるが、ここは異世界。
同じような軽いフライパンなんてなかなか売っていないため、このフライパンを丁寧に扱っている。
安物をそうしているのには訳がある。
「魔法の指輪が欲しいな……」
こちらの世界の調理器具は、フライパンだけでなくみんな重いため、持ち運びには不便だ。
調理の時のことよりも、そちらの方が問題だ。
それを解消するのが魔法の指輪だ。
魔法の指輪とは、ドラ〇もんのポケットのような物で、大量の物を異次元空間に収納できる魔道具だ。
異世界ならばと思って、淡い期待と共に魔道具屋へ行ってみると、思った通り販売していた。
旅をするのなら、荷物は少ない方が良い。
当然凛久も魔法の指輪の購入も考えたが、リクのザックと同じくらいの容量の指輪でも、日本なら車が買える値段がするため手が出せない。
そのため、凛久は今持っている安物の調理器具をを丁寧に扱うしかないのだ。
「っ!! グルル……」
「っ!?」
片付け終わり、移動を再開しようとしたところで、クウがある方向へ向けて小さく唸り声を上げた。
それを受けて、凛久もすぐさま反応し武器を手にする。
旅の護身用に買った片刃の片手剣だ。
「ゴブリンか……」
クウの視線の先を見た凛久は、少し離れた林の所にゴブリンが2匹いるのが見えた。
こちらの察知が早かったため、どうやらこっちには気づいていないようだ。
「ハッ!」
「ギャッ!!」
音を消して静かに近付くと、凛久はゴブリンに斬りかかる。
気付いた時にはもう回避不可能。
ゴブリンは短く悲鳴を上げると共に、凛久の剣に切り裂かれた。
「ゲギャ!?」
目の前で仲間を殺されて、もう1匹のゴブリンが怒りを露わにし、持っている棍棒を振り上げて、凛久へと迫った。
「ガウッ!!」
「ガッ!?」
ゴブリンの攻撃は、凛久に届くことはなかった。
凛久に届く前に、クウがゴブリンに襲い掛かったからだ。
クウの前脚に殴られ、ゴブリンの首はおかしな方向に折れ曲がり、地面へと崩れ落ちた。
「フゥ、他にはいないな」
ゴブリンたちを斬り殺した後、凛久はすぐに周囲に視線を送る。
敵がいないことを確認すると、凛久は剣を鞘に納めて一息ついた。
「よし。取れた」
その容姿から食べることが躊躇われるため、ゴブリンは金にならない。
唯一素材として利用できるとしたら、魔石だけだ。
そのため、凛久はゴブリンの体内から魔石を取り出す。
顔の見た目はともかく、人間に近い姿をしているゴブリンを解体するのは最初抵抗があった。
しかし、蒼の指導もあって、それもだいぶ苦でなくなった。
「まだ火が完全に消えていなくて良かった」
ゴブリンが現れたのが、火を完全に消す寸前だったことに安堵する。
もしも消してしまっていたら、ゴブリンの死体を焼却処分するのに、また最初から火を起こさなければならなかったからだ。
この世界では、死体を放置しておくとアンデッドの魔物へと変化する場合があるため、死体は火葬するようになっている。
このまま放置してゾンビ化させるわけにはいかないので、凛久もゴブリンの死体を焼却処分した。
「よし。出発しよう」
「アンッ!」
焼却処分を終えた凛久は、改めてゾーダイの町へ向けて移動を再開したのだった。




