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短編集

海の日まで

作者: 海蒼柊

「いやーすまんな、お先に失礼します」

「うざすぎだろこいつ!!」

 ……親友、工藤の彼女出来ました報告はひどく嫌味に満ちたものであった。大学生になって三か月といったところか。こいつとは高校一年からの付き合いで、志望大学も一緒だった。

 高校ではモテない連合会(自称。なおこいつ以外の他人に言及したことはない)を組んで恋愛運のなさを嘆いていたのに、大学に入ってからこいつは見違えるほどクールなやつになった。ファッションとか、結構イカしてると認めざるを得ない。俺? 頑張ってるよ。察してほしい。

 今は午後最終コマの時間。二人とも講義を取ってないので、学食で駄弁ってたら唐突にこの彼女出来ました報告である。

「でも大丈夫、お前にもいい奴きっとできるよ」

「マジで殺す」

「怒んなって!」

 どうどう、と向けてくる工藤の手のひらをべしッと振り払って、俺はむすっとした表情で腕を組む。

「あのな、彼女出来たのは素直に喜ばしいよ。ね? 喜ばしいんだけど、それを嫌味たっぷりに言うその言い方が俺は気に入らないの! わかる?」

「でもだって……はずいし」

 人差し指の先をつんつん合わせる工藤。こいつふざけてやがる。

「それがムカつくっつってんだよ!」

 と自分の膝をぶったたく。工藤はこっちに指を向けてきた。

「でも逆に考えてみ? 素面で俺がさりげなく『実は彼女出来たんよね』ってまるでテスト範囲を聞くかのように話したとするじゃん? それはそれでムカつくだろ?」

「おう?」

「だ・ろ?」

「……おう」

 なんか圧を感じたがそれは置いとこう。

「だから、どんな言い方してもお前のそのイライラは避けられないの。」

「それは、そう」

 ほれ、みたいな顔する工藤。

「だからと言ってな?」

「うん?」

「一番神経逆なでする言い方をするバカがどこにいンだよ!?」

 俺はこいつに何度も何度も――それこそ高校の時から――彼女を作るには、とか、好かれる奴になるには、とか相談した仲だったのに! 喜ばしい事ではあるのだ。あるのだが、素直に喜べない。全部こいつの報告の仕方が悪い。十割悪い。

「いやー、……。すまん」

「ぜってぇ思ってないよこいつ」

 テンションがいやにあがってしまったから、溜飲を無理やり下げる。

「で、もっかい聞くけど誰だよ」

「……みつきちゃ」

「はぁ……ダンス部の同級生じゃねえかよ。一番人気」

「人の彼女キャバ嬢みたいに言うのやめーや」

 みつきちゃ……綾瀬みつき。一言で言えばとにかく人当たりのいい子だ。それから何というか、真面目だけど真面目過ぎないというか。力を抜くときはしっかりと抜けるタイプ。ダンス部には俺も入っている。

 これから先、こいつらとどういう絡みで付き合っていったらいいんだ……。ふと、部内恋愛は泥沼になるぞ、と先輩が言っていたのを思い出した。

「部内恋愛しちゃったな」

「それなんだよな……頑張る、頑張るしかない、もう。サークルに迷惑はかけられん」

「なんやかんや言ったけど応援してるよ。嫌味だけは許さんけどな?」

 今後のために嫌味だけは許さんけどな、を強調しておく。工藤はあわあわと手を振って、

「マジごめんって! あーあと言っとくけどちゃんとお前とも遊ぶ気満々だから! 頻度は減るかもだけど」

「それはねぇ、ちゃんとした方がいい」

 そこまで話したところで講義時間終了のチャイムが鳴る。

「定期ミーテだ、行くぞ」

「うーす」

 二人はのろのろとカバンをしょって食堂を後にする。


「じゃこれで定期ミーテ終わりまーす」

「あじゃじゃしたー」

 先輩方の円滑な進行で、三十分と経たずミーティングは終わった。挨拶をするが早いか、工藤が声を上げる。

「一年、教室の後ろに集まってくれー!」

 呼びかけに答えて、一年生がさっと集まる。

「何の話?」

 先輩に聞かれて、俺は答える。

「旅行です」

「へぇー仲いいねえ」

「まあ、まぁそうですね」

 同級生は各々メモ帳やスマホを広げている。俺もスマホを開いて机の間にしゃがむ。

「それではこの前話した旅行の話だ」

 単刀直入、工藤がさっさと話を始める。旅行の提案自体は同級生内でなんとなく上がったものだが、いろいろあって工藤とみつきちゃがこの旅行計画を引っ張っている。

「行きたいやつはLINEでアンケート取った通りね?」

「うん」

 みつきの呼びかけに一同うなずく。

「日付は七月第三週の土日で決定?」

「うん、それで」

 一同異論がないので黙っている。

「で、行く場所大阪なんだけど……行きたい場所、俺とみつきちゃで決めるけどいい?」

 その提案はおおむね受け入れられたようで、賛成の意を唱える声が多い。

「いいよー」

「えリクエストは?」

「あもう全然普通に聞くから、行きたいとこあったら言ってくれ」

「ごめん、一週間後までにはLINEでルート発表したいから、今週の土曜までにリクエストあったらあたしか彼におねがいしていい?」

「あぁそうだね、そういうことで。……みんなメモ取った? 今日のところはこれで!」

「あじゃじゃしたー!」

 飯行こ飯、とか金ないわーみたいなことを言ってる同級生。

「お前行く?」

「行きたいけど、工藤も連れてくぞ」

「あー確かに。」

 工藤とみつきちゃは旅行について話している。

「楽しみだね」

「ちゃんとした旅行計画立てなきゃな」

「ね」

 二人を見てるとなんだか、変な感じがする。

「くどー」

「ん?」

「めしー、行くか?」

「あーどうしようかな。金なくて」

「あたしが払おっか?」

「それはナシ! 女の子におごられる男とか情けなくて仕方ない」

「いいのに、全然」

「んー……行かないわ、すまん! 次は行くわ」

 同級生はその返答を聞いて肩を落とす。

「あらら残念。次は一緒にな」

「はーい」

「お前も行くかと思ってたのに」

「すまんて。ほら行って来いよ」

「うす」

 工藤とみつきちゃを置いて、俺たちは駐輪場へ。

「……」

 教室を出てから変な感じがずっと抜けないから、俺は自転車のカギを引っ張り出したままたたずむ。

「おい、どうした」

「……すまん、気ぃ変わった」

「え?」

「飯行かんわ、節約したい」

「えー!? じゃーわかった今度な」

「うん」

 いつもより少し強めに自転車止めを蹴り上げたせいで、自転車のフレームがビリビリと揺れる。

 変な感じは消えないけれど、せめてそこから目を背けるように、自転車のペダルを蹴るように帰った。

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