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06:はじめの一歩にしては見知った一歩

 ――物語とは記述され、遺され、人々に読まれるものだ。読まれたとき、それは物語として生を受ける。

 なのでこれは物語ではない。


 夕刻になり、窓から差し込む陽光がちょうど目に入り、少しまぶしい。時刻と景色の変化に一切の違和感がないことから、システムがこの星を地球と誤認したことを思い起こす。その後AIのWILOCがこの星、および公転の中心としている恒星が、地球と太陽に酷似していると判定したことも。

 この星は、生まれ育った場所に似ている。

 大地が空に浮かんでいることは大きな相違点だが。

「ところで、なぜ宇宙人だと?」

 スミス・マクラウド。農場で彼は、宇宙人を探していた。ヒューイの反応を見た限り、宇宙人という言葉自体は知られているが、それはSF小説の域を出ていないようだった。それに、この世界の建物や道の開発具合、馬車が現役で用いられているところは、1900年序盤辺りの米国をテーマにした作品を思い出させる。開発され切っていない感じの、人や馬、馬車が多く通るという理由で道となった道。元居た時代では、道とは必要によって”作られる”ものであったが、この世界や作品のテーマの時代は、道とは"できるもの"である。

 そういった世界をリアルで体感できていることは感動すべきではある。しかし、その時代背景を元に考えると、宇宙人というものを真に信じ、それを求めて農場の筋骨隆々かつ羽の生えた大男に強気な態度を示すというのは、端的に言えば変人の類だ。それかカタギじゃない。

 馬車に乗って20分ほどだったと思う。その間にそういった思考をして、手元の武装(簡易なもの。多分うまく当てれば人なら死ぬ)を使う可能性はゼロではないなと感じていた。屋敷(これまた1900年初頭のもの、または西部劇をテーマとしたテーマパークにあったものに酷似している)に着くまでの彼については、馬車の運転手……つまり御者?となっていたため、会話は無かった。到着してこうしてゆったりとしたソファに座り、1対1になったので、話を切り出したところだ。

「#宇宙__そら__#から降ってきたと聞きました。ああ、ここで言う#そら__・__#は、我々のいる空ではなく、遥か上、飛行限界高度を超え、更に上に行った先のことです」

「逆にわかりづらいんだが……宇宙からこの星に落ちてきたところを見ていた、という認識でいいのか?」

「……ほう。いえ、そうです」

「そうか。それで?」

「まずは自己紹介からさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 いろいろと興味が尽きないが、とりあえずは彼の話を聞きたい。頷く。

「改めましてわたくし、エヴァンズ商会の南支部営業課長のスミス・マクラウドと申します」

 そういって彼は、#懐から名刺を取り出し、それを一礼と共にこちらに両手で差し出した__・__#。

「……。……これは。……どうも、ご丁寧に」

 一瞬の逡巡はあった。しかし、それをされて何をすべきかが予想できる手前、しないのは失礼にあたるだろう。なので、こちらも30度くらいの礼と共に、差し出されたカードを受け取る。すると、彼は固まった。そしてこちらに疑いの顔を向ける。

「……まさかとは思いますが、宇宙でもこの作法がスタンダードなのですかな?」

 確かに、宇宙人だと思っていた相手が名刺を丁寧に受け取ったら、困惑するだろう。役者を疑うのが自然だ。

「名刺交換は、宇宙というか、生まれ故郷でのスタンダードな作法で……。貴方が所属する国はその……ジャパンとかニホンとか名乗っていないですか? あるいはヤマトとか」

 名刺自体は世界中で古くから用いられていたアイテムだが、"真のデジタル時代"になってからも利用を続けていたのは本邦だけであった。これを文化と呼ぶのか、時代に乗れていないというのかは意見が分かれる。

「いえ、エヴァンズ商会はエルスキー・メイズドライに籍を置いておりますが……なるほど、そうですか。面白い偶然もあるものですね。作法が同じとは。世界は広しといえども世間は狭し……いや、宇宙からの来訪者となると、世間と呼ぶには広すぎますかな」

「まぁ、そうですね。ただ――いえ。こうして言語が通じていることを鑑みると、意外とこちらの星とこの星は所縁があるのかもしれませんね」

 この星に降り立ってから、二つ目の共通点を見つけたことになる。最初の一つは言語だ。言葉が通じることはとてもありがたいことではある。そして今の名刺交換で二つ目。言語の共通も衝撃的ではあったが、名刺交換など実利を伴わない分、衝撃の具合が異なる。

「言葉、が通じるのは、何か特別な装置を用いて自動翻訳しているわけではなかったのですね。これは少し残念ではありますが……なるほど。考古学者であれば、この話に食いついているところでしょう」

 彼は、自動翻訳装置なるアイテムが無いことの残念さと、言葉が通じる=この星の人類の文化起源に宇宙がかかわっていることの証明の手がかりが目の前にいることの有用性を比べると、8対2くらいだというような表情をしている。

 考古学者相手に自分の話は価値が付きそうだということを聞けたのはラッキーだ。考古学者が金を持っていれば、脱無一文を達成できるかもしれない。……まぁ、金を持った考古学者というものはなかなか居ないものだとは思うが。


 その後、こちらも名乗り、挨拶を済ませたので本題に入った。こちらとしては訊きたいことがいくつもあったのだが、あまり質問できる立場ではないことがわかってきた。

 まず、彼は目の前にいる人間が宇宙人であるということに疑いを持っている。

 彼とその上司は落下する人工物を間近で確認し、その落下物から人間が脱出したという情報を手に入れた。上司はいたく感銘を受けたそうで、その落下物は宇宙で彷徨っていた宇宙文明のパイロットであり、その人物は失われたテクノロジーの所有者であると信じ、その人物を探しだし、エヴァンズ商会で技術顧問として雇うべきだと考えているそうだ。そこで最も信頼に足る部下である(強調していた)スミス課長は、その人物を探しだし、ヘッドハンティングすることになった。

「しかし」とスミスはこちらを少し厳しく見据える。

「遙か高高度から落下してきた物があり、そこから人が脱出したという事実は信じましょう。だが――ああ、気分を悪くしないでいただきたいのだが、貴方が宇宙からの来訪者であり、エヴァンズ商会に功を奏する人物であるか、それとも……そうでないのか。それを見極める必要があるのです」

 云わんとしていることはわからなくもない。というか、その警戒自体が物語っている。彼らエヴァンズ商会には敵がいる。それが商業における競争相手なのか、それとも、武力をぶつける必要のある相手なのかはわからない。その敵と関わりのある人物である場合、足下を掬われるかもしれないということだ。


 さて、ここでのミッションを整理しよう。

 まず、自分の目的からだ。少し悩ましいが、第一に生きること。そして、どこかに存在するだろう、故郷の文明の痕跡を探すことだ。そのために、この世界での生活の基盤を建てねばならない。つまり手に職を持たなければならない。

 そして目の前には商会の課長。彼のミッションは“宇宙人”が商会に利をなすかを判断すること。

 よって、自分の直近の目標は彼に宇宙人としての有益性を披露し、職を貰えるようにすることだ。

 ファイッ


「まず始めに、これを見て貰いたい。そしてその感想をいただきたい」

 電子タバコを机の上に置く。手元にある稼働する装置はこれだけだ。充電は5段階ゲージのうち1段階は行きの馬車の中で行うことができた。

「これは……?」

「本邦の嗜好品、電子タバコといいます。電気という宇宙のチカラで蒸気を作り、香りをつけて放出します」

 コップに入った水を少し拝借し、電子タバコの注ぎ口に入れる。少量とはいえ充電はできている。フレーバーは……よし、出ている。爽やかグレープの香りだ。それをスミスの前に出す。

「……ほう。確かに。これは柑橘系の果物の香りですな」

「ええ、モノ自体は単純ですが、この装置に使用されている電気というエネルギーについてですが、これは従来の石油石炭といった火力によるエネルギーと違い……」

「電気はそこまで目新しくはないですが」

「……あれ」

 あるんかーい。

 来る途中で見かけたモノに電気を扱ったアイテムは見かけなかった。フェルの家の照明器具は主にガスランタン、蝋燭、オイルランプだったはずだ。来る途中で電線を見かけることもなかった。そもそも、電気が普及しているのであれば、何かしら見かけるはずでは?

「この島――ローレライでは未だに港町以外では見かけることもないですな。とはいえ、電気がどのようなモノであり、それがどれほど有用かは知っておりますよ」

「……そ、そうですか」

 正直なところ、異世界転生モノの話の流れを想定していたから、簡単な物理学の知識や、新しいエネルギーの提案だけでいいところまで行けないかなと期待していた。ここで「デンキ?何もないところからエネルギーを出せるなんてスゴイ!」という反応があったら最高だったが……。

 よく考えてみたら、翼の少女フェルの話でちらっと、飛行機とか言っていたなと。飛行機があるのだから、電気くらい発見されていてもおかしくないか。

「とはいえ、ふむ。香りがでる機械ですか」

 スミスは電子タバコを手に取りまじまじと見つめる。

「触れたことのない素材ですが……これは何でできているのですか? 石ではないし、金属でもない……木材ですらない」

「あぁ、それはプラスチックという素材です」

 正直なところ、素材の話は盛り上がれない。

「……プラスチックとは、どのような素材ですか?」

 その言葉の中に少々期待が込められているのがツラいところだ。

「あー……石油とか、植物とかを化学的にアレコレ処理して作れる、加工性抜群な素材、ですかねぇ」

 手元にある端末が起動しないことが悔やまれる。いや、起動していてもネットワークに接続していないからどうしようもないが。

 端的に言えば、化学は専門ではない。まだ電気とかの物理学寄りの話ならばできたが、素材とか、そういった話はできない。

「詳しくお聞かせ願いたいが……何か言い澱む理由でもあるのですか?」

 スミスの所作が不採用を考えている面接官のような物になる。有用な情報を出し渋るというのは、敵対寄りの行動だ。

「その、いえ。……スミスさんは電気の存在はご存知の様ですが、その電気が物質の何によって発生しているか等の専門的なことはご存じですか?」

「それは……確かに私は学者ではないので、知り得ないことですな」

「それと同じで、自分も残念ながら、プラスチックという素材の存在は知っていますが、その詳細な構造、製造方法などは全くわからないのです。専門外です」

「では、貴方は何を為されていたのですか?」

「……前職ではソフトウェアエンジニアをしておりました」

 ソフトウェアエンジニア。コンピュータ言語を用いてソフトウェアを構築するひと。

「柔らかい……何ですかな?」

 最近……最近までやっていた具体的な仕事は、現場まで行ってその場で対幾何移動体自動照準プログラムのアップデートパッチを適用させることだった。現場技官が「現場まで来て説明してくれ!」としつこいのでわざわざ行ったのだが……。その帰りにまさか襲撃されて遭難するとは。

「この世界にコンピュータはありますか?」

 まずここからだ。

「はて? コンピュータとは……?」

 はいおわりー


 天井を仰ぐ。

 そもそもそうなのだ。ハードウェアにしてもソフトウェアにしても、基礎のレベルならばともかく、そういった“現代”の、それも専門家された知識は、ある程度の下地があってこそ活用できるものなのだ。この世界にコンピュータの概念がないのであれば、自分の培ってきた知識は、役に立たない。

 読みやすいソースコードの書き方とか、Gitの使い方とか、他人の書いたソースコードの解読のコツとか、そんなものは特に役に立たないだろう。

 専門知識はここでは役に立ちそうにない。そうなると、システムエンジニアをやっていた経験から、ある程度のプロジェクト担当ができますよというアピールくらいはできるか。

「コンピュータ、ソフトウェアの概念の説明はひたすら長くなるのでまたにしましょう……。そうですね、具体的な仕事内容としては、ある技術的課題案件に対して、どう解決すればいいかを考え、具体的な作業に落とし込んで実際に作業する。という感じですね」

「それは学者の仕事では?」

 学者というと、大学で研究をしている教授を思い浮かべる。確かに、彼もそのようなことをしていた気がする。……実際に作業するのは研究室生だったが。太古は研究者自身が実験などを行っていたということを考慮すると、確かに、課題解決は学者の仕事と言われても納得できる気がする。

 それに、実際に修士まで卒業しているのだから、学者であったといえるのでは……? その経歴から就職先が決まり、そこで作業を――いや、商品用のソースコードを書くのは学者のすることではないな。明らかに合理性に欠けた仕様とかあったし。

 システムエンジニア時代の仕事も、課題解決とかっこよく言ったは良いが、それは学者でなくともやっていることだし……単純労働とは違うが、何だろう、混乱してきた。

 こうして悶々としていると、スミスは見かねてか、席を立った。

 面接官に席を立たれるという状況に、過去の就活を思い出して血の気が引いた。

「ミスタ・ハヅキ。貴方はすこし考えすぎるきらいがあるようだ」

 彼は棚まで歩き、グラスを一つ手に取って目の前に掲げる。

「何をしていたかは、私には重要ではないのです。貴方がどこから来たのか。それが宇宙であり、遥か彼方であることを、証明しさえしてくれればそれでよいのです」

 グラスがテーブルの上に置かれる。水差しから水が注がれ、目の前に差し出される。

「とはいえ、この証明が無理難題であることはこちらも承知しています。何かしらの物品を出されたところで、私はそれを宇宙人のものなのか、単に私の知らないものなのかを判断できない。宇宙人かどうかを調べるための要素を、こちらは持ち合わせていない。貴方がもっと人ならざる姿をしていれば、悩むこともないのですがね……」

「証明、ですか……」

「無理でしょうね。この世に自らを詐欺師ではないと証明できる者はいない。ですが、信じさせることはできる。貴方の過去を、どこで何をしていたのか、どうしてここに居るのかを話していただきたい。そして貴方の今を、これからどう生き、どう死ぬつもりなのかを語っていただきたい。

 ただ、嘘はつかないでいただきたい。私は嘘を見抜くことだけは得意なのです」

 彼はそこまで言うと、椅子に座り直し、こちらに視線を合わせた。その目は確かに、こちらの心の奥底まで見えているかのようだった。

 何から話すべきか少し悩んだが、難しいので出自から始めた。第三惑星にはいろいろな国があり、その中の一国で育ち、2つに割れた世界の派閥のうち片方の連合軍になりゆきで入った。そこで自らに兵士の才覚が無いことを思い知り、辞めようとしたがエンジニアの人手不足で引き留められ、その仕事をしている最中に戦闘に巻き込まれて宇宙の藻屑となった。

 あとは、長い眠りからAIに起こされて、地球に帰還できたと喜んでいたら知らない惑星で、しかも地面は浮いてるし羽がある人が居るしデカい鳥に乗ってるし……、死んだか異世界転生でもしたのかと疑った。

 途中で茶を出してもらったり、夕食を合間に挟んだりしながら、そういったことを結構細かいところまで話した。

 例えば国の名前とか、国と国の関係とか、軍隊ではどんな訓練をしていたとか、交友関係で思い出深い出来事とか。夕食の時は食事についても訊かれた。軍の配給食は、味が単純に美味いのだが深みがなかったし、レーションは甘みがあってやはりそれなりに美味しいのだが、食べ続けたい味ではない。酒については、夕食で出されたワインの方が明らかに美味い。そもそもワインと安いウィスキーを比べるのは間違っている気もするが。

 そういった雑談じみたことを挟みながら話を進め、「今に至る」で締める頃には夜も更け深夜くらいの時間帯になっていた。

「いやはや、なかなかボリュームがあり面白い話が聞けました」

「話し続けていたおかげで喉が少し痛いくらいです」

 ここまで長く話し続けていたのは、軍で訓練生時代以来だ。

 スミスは相づちをうつのが上手い。確かに彼から訊かれて答えた部分も多いが、後の方はこちらからいろいろ話を脱線させることになった。危うく、誰にも話さないようにと留めていたことまで漏れそうになった。(喉に詰まらせたことは悟られたが、「誰にでも語るには恥ずかしい個人的な出来事はあるでしょう」ということで見逃してもらった)

「それでは、もう夜も遅いですしここまでにしましょう。私の判断は明日お話しします」

 その後は個室に通された。シックな感じのログハウス風ホテルといった感じだ。


 久々にベッドに横になると、一気に睡魔が来た。思えば、長らく時間は止まっていたのだ。いきなり動き始めた時計の針に、追いすがるので精一杯で、1日の反省も感想も湧かない。

 目を閉じて――

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