04:事案、ではない、はず
さて、どうしたものか。
状況を整理しよう。
宇宙の藻屑から、知らない世界で天涯孤独の無一文にジョブチェンジを果たしたところだ。
しかし、元居た世界、というか時代の痕跡を見つけたため、何とかそれを追いたい。
で、あるが……、先立つものが無い。
そうこうしていたら、胃腸が機能を取り戻してきて空腹を自覚する。
「はぁ……」
腹が減った。思えば、衣食住のうち、衣に関してはそこまで心配がいらないにしても、食べ物と屋根については全く当てがない。
「そんなため息つきなさんなって~。それで?」
墜落しているところを助けてくれた、命の恩人であるこの羽根っ娘については、感謝しているといえばそうなのだが、どうも何か企んでいる様子である。
「いや、まぁ、そうだな……」
この少女に助けを乞うとして、その代償は何だろうか。とはいえ、この少女がそこまで都合の悪い要求をしてくるとは思えない。そもそも、こちらから与えられるものは労働力以外ない。そして労働力の対価として、この世界の金品および食事を得られるのであれば、悪くはない。
というか、目の前にいる少女のナリを見る限りは、(見た目で人を判断すると痛い目を見ることは重々承知だが、)ヤクザな要求をしてくるとは思えない。フードから覗く幼さの残る顔は、整っている方だと思う。北欧の色が濃いような気もするが、アジア人のような丸さも見られる。しかし、化粧っ気がないためか、野暮ったくも見える。端的に表すのであれば、田舎娘、である。……この評価には、今までの会話によるバイアスがあることは認めよう。
「……助けてもらえないだろうか?」
少女の見た目年齢は、知っている物差しで考えると15歳から17歳だろうか。自分より低い年齢であると予想できる。そのせいで、年下の少女にお願いをするという構図になってしまっている。他人事であれば笑えるのだが、自分のこととなると、どうも恥ずかしいような、屈辱的なような。だが、今はそう言っていられるほど楽な状況でもない。
「具体的には、食べ物を恵んでほしいのと、少しばかりの現金を貸してもらいたい」
少女はというと、その言葉を待っていましたというように、口を開いた。
「いいよ。でも、条件があるんだ」
彼女はフードを外す。顔は見えていたからそんなに印象が大きく変わったわけではない。ただ、髪質がいいなと思った。細くて、ふわふわしていて、明るいアッシュグレーの頭髪だ。地毛だろうか? 今は櫛を入れている程度なのだろう、全体的にボサっとしている。しかし、整えれば形になるだろう。そんな感じだ。つまり地毛。
それはそうと、様相をしっかりと見せてから話し出してくれているところ、良識はきちんと持っているようだ。
「何だ?」
そんな彼女のことだ。かなり良心に甘えさせてもらえそうな予感がする。
彼女の言葉は待つまでもなく放たれた。
「私の相棒になって!」
「……は?」
ちょっと理解できない単語が出た。相棒とは?
「えっと、私さ、リラクトとかの街に一度でいいから行ってみたいんだよね。でも、一人だとダメなんだよね。勇気が出ないっていうか……」
「いや、」
「というか、旅に出たい! でも、ここって正直田舎で、あまり理解されないっていうのと……でも、農場で働いて暮らしていくのも、そんなに悪くはなくて……」
「???」
「えっと……無駄に話しすぎたかな。何をしてほしいかというと、旅の準備が終わるまで、私の家でお仕事をしてもらいます。準備が整ったら、私の旅の道連れになってもらいます。どう!?」
「……いや、どうって。何で見ず知らずの俺なんだ? そういうのは友達と行けばいいじゃないか。いないにしても、こんな行きずりの男を誘うか?」
良心に甘えさせてもらおうと思っていたが、的外れだ。まさか良心を問われる立場になるとは思いもよらなかった。
正しい心に従うのであれば、他種族とはいえ,(おそらく)年頃の少女と出自不明の男の組み合わせは、警察組織に連絡し、面倒を見てもらう必要があるはずなのだ。少なくとも、長年住んでいた町ではそういった常識があった。
「……村には、じゃなくて私の家の近くには同年代が全然いないんだよね。それに、キミは悪い人じゃないでしょ」
初めて会った人間を悪い人ではないと言い切れる、その自信が一体どこから来るのかがわからない。羽根が生えていることはそこまで重要ではない。脳みそにも羽根が生えているのではないかと、この少女の行く末が不安になってくる。
だが、ここで拒絶したとして、得るものはないだろう。悪い気もするが、ここは彼女の提案を受けようと思う。もし、この世界の警察力が自分の体験してきたものほどに強いのであれば、明日見る天井は彼女の家などではなく、牢屋の冷たいものになるだろうと想像できる。そうはならないと直感が言うが、これは希望に過ぎるだろうか? なんというか、この世界は都市とはかけ離れた、云わば田舎と呼ばれるものに近い気がするのだ。とはいえ、
「まぁ、そうだな……働くってことは、給料は出るんだな?」
直感に従い、彼女の提案を呑む旨を伝えようと思う。
「お父さんが、最近は忙しくなってきて困るって言ってたから、たぶん。それに、今なら食べ物と住むところもついてくるよ」
「……本当にいいのか?」
「う、うん」
「なら世話になろう」
「本当? ……そっか」
少女は少しうつむく。何かを思案しているようにも見える。後悔か?
「そうと決まれば、私の家に行こう。お父さんに紹介するよ」
彼女は立ちあがり、スカートを叩いて、そばに待機していた巨大な鳥型の生物の方へ行った。表情は見えなかったが、声音は強めだった。
しかし、別の用事の際に用いられる言葉に聞こえたが、そうでは無いと思う。もしそうなら、あまりにも展開が早い。これは『薄い本』のような世界が現実になったものか、それとも、美少女ゲームか。いや……。
自分の頬を軽くつねる。
ここは現実なので、少しだけ湧いた期待を奥底に沈めて、その少女とその連れのもとに行く。
そういった妄想の世界は願望のみによって存在すべきであり、こうして自意識の存在するこの世界では自重が必要になるのだ。
「この……鳥は何て名前なんだ?」
ただ、これだけ大きい鳥……背丈は3メートルくらいか? あまりしっかり見れていなかったが、翼を開いた時の大きさは、小型の航空機くらいの大きさはあったと思う。こういった生物は、鳥というよりも、恐竜と表現すべきではないだろうか?
「この子? フィーリっていうの。優しい子だよ」
彼女は鳥……フィーリの首をなでる。心地よさそうに喉を鳴らす仕草は、知っている動物で言うと馬に近いと思う。サイズ感は……哺乳類では例えづらい。
「そう、フィーリ……ね。そういえば、君の名前を聞いてなかった」
「あー……そうだね。私はフェル・フィ・ファラデーだよ。フェルって呼んで。キミは?」
結構会話していたはずなのだが、その間に名乗りあっていなかった。元居た場所では、互いの情報は、事故的な遭遇でもなければ、事前に書類や連絡等で知っているのが当然であったから、確認的に名乗ることはあっても、こうした自己紹介というものはする機会が随分無かった。随分といっても、記憶にない期間の方が長いから、その割合的にはほんの少しだが。
「ハヅキ、だ。よろしく、フェル」
「よろしく、ハスキ」
あー……。
濁音の発声が適当になる文化(特性?)は、もしかしたら、あの国の由来なのかもしれない。
「ハヅキ。スじゃなくて、ヅなんだが……言いにくかったら、ハスキーでいい。呼ばれなれてる」
「え、何が違うの? ハスキ、バスキ……?」
「ハスキー。ほら、犬の……」
「え、犬?」
「ハスキー犬って知らないか……? ……いないのか。いや、忘れろ。ハスキーだ。少し発音を伸ばす感じだ」
墓穴を掘ったようだ。この星にはハスキー犬はいなさそうだ。
「ハスキー、犬と同じ名前なの?」
犬はいるようだ。
「いや、まぁ、そういうあだ名だよ。長くそう呼ばれてきたから慣れてるんだ」
「そっか。よろしく、ハスキー」
「ああ、よろしく」
彼女とは良好な関係を築けていけたら良いと思って、握手のために手を差し出す。
「?」
空中に独りになっている右手を不思議そうに眺められると、なんだかこちらが悪い気がしてきてしまう。どうやら、握手の文化は伝わっていないらしい。
「挨拶だよ。手を握り合う。対等な関係としてやっていこうって意味合いだ」
「対等な関係……いいねそれ、よろしく!」
納得すると、彼女は勢いをつけて手を握った。
対等な関係。フェルは快く思ってくれたようだが、今の状況をよく考えてみれば、こちらは立場が低い方だ。まぁ、あえて言うことでもないが。それに契約上は『相棒』という立場であり、それは一応、対等な立場であると認識している。