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十二色環~英雄はやがて黒く染まる~  作者: 永遠の大学二年生
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一章 黒い少年、便利屋になる(中編)

これは「一章 黒い少年、便利屋になる(前編)」の続きです。


「受付のねーちゃん、帰ってきましたー!」

 バン!と勢いよくドアを開け、事務所の中に入る。

「クロウさん、おかえりなさい!ずいぶん早く終わりましたね。」

 受付の女性は、持っていた資料を机に置き、小走りでカウンターに駆け寄る。

「『災害級』と言っても大したことなかったな。動きもなんか鈍かったし。」

「『顔はがし』はものすごくすばやい怪物ですよ。木々の中、忍者のように駆け回りますからね。逃げてもすぐに追いつかれてしまうので、『顔はがし』にあったら、顔を伏せてうずくまるのが一般的な対応策ですね。」

 受付の女性は、クロウから受け取った依頼書を確認する。

「へえー、忍者ですか。俺と戦った時は、酔いつぶれたユウキ隊長みたいな動きをしていましたよ。左右にふらふらと~」

 ごつん!と後頭部を殴られた。

「ほお、『顔はがし』の動きが私みたいか。では、『顔はがし』の真似をしてみようか。--ほれ、クロウ君。早く首を出してみな。」

 ユウキは紅色の刀を手にする。

「違います違います!馬鹿にしたわけではなく、先の読めない動きが凄いっということですから!顔をはがそうとしないでください!」

 クロウは両手をブンブン振り回しながら、ワタワタと慌てる。

「......まあ、『白い霧』を倒した君からしたら、『顔はがし』を弱いと感じるのも無理はないな。」

 ユウキはシュルっと刀を鞘にしまう。

 洞窟で戦った天使は『白い霧』という名で、『悪夢級』の次に危険とされている『災害級』に位置する怪物だった。二年前に初めて目撃情報があり、討伐記録のなかった怪物である。というのも、クラスB以上の便利屋でないと立ち会えない以上に、不死身ともいわれる再生力に、白い霧状になって行方をくらますため、討伐不可能とされていた。

 二週間前に、クロウが『白い霧』の一部を持ち帰った時には大騒ぎとなった。おかげで、『疫病神』と呼ばれることも少なくなった。

「ユウキ隊長、俺が持って帰ったガントレットはどうなったのですか?」

 持ちかえってきた『白い霧』のガントレットは、新たな武器にしようと、事務所が所有する鍛冶屋に依頼したのだ。

「武器にするのは難しいと言っていたな。なんせ、『白い霧』を加工する前例がないからな。」

 ユウキは、受付の女性が持っている資料を覗き見る。

「......『青ざめたダルマ』に『誘惑のコウモリ』、『揺れる蜻蛉』、『ファッション・ドール』、『沼竜』、そして、『顔はがし』か。一週間でこれだけの怪物を倒すとはな。」

「そうですよ!クロウさんは働きすぎです!このままでは倒れてしまいますよ!」

「そんなこと言われましても...。実際、便利屋の数、足りていませんよね?」

「うっ、......確かに、ものすごく助かっています。正直、クロウさんの仕事のおかげで、怪物の大量発生に対応できている点はあります......。」

 受付の女性はぐぅと鳴きながら押し黙る。

「最近のクロウの成果は事務所内で一番だしな。見習わなくちゃいけないな。」

 テーブルでビールを飲んでいた男が言う。

「『白い霧』の次は『顔はがし』ですか。並みのクラスBの便利屋以上の成果ですね。」

 本を読んでいる眼鏡をかけた少年が話す。

 そうか。俺、すごいのか。『英雄』に近づいているのか。

「次の仕事はありますか?!危険度は問いません!」

 クロウはカウンターに身を乗り出す。

「ええ!もう次の仕事を受けるつもりですか?!休んだ方がいいですって。」

 受付の女性は困った顔をする。

「仕事をしたいです!この町のために働きたいんです!みんなが俺のことを噂するぐらいに!」

 クロウはカウンターをバンバン叩く。

「わっ、わっ、わっ、わかりましたっ!仕事あげますから!少し難易度は高いですけれど!」

 受付の女性は、一枚の依頼書をクロウに渡す。

 受け取るや否や、クロウは外へと駆け出す。

「おーいクロウ。身の回りには気をつけろよ-。お前の周りに、『赤い妖怪』というストーカーが張り付いている噂が流れているからな。」

 店にいた男が酒を飲みながら言う。

 クロウはそのまま店から出て行った。

 ユウキはギイ、ギイと開け閉めを続けている扉を眺めながらつぶやく。

「『顔はがし』の動きが鈍いか...。」

「?どうかしたのですか、隊長。」

 受付の女性は首をかしげる。

「ただの独り言だ。」

 ユウキはぴしゃりと言い切る。

「悪い方へ進まなければいいが--------アルク。」

 店の中は、相変わらずにぎやかであった。




「あれがR社の御曹司、クロウか。」

 黒い帽子をかっぶった男は、物陰に隠れて道の様子を見る。

「本当にやるんですか?相手は名を上げている便利屋ですよ?」

 マスクで顔を隠している小柄な男は、不安げな顔で道を覗く。

「何を言っている。捕らえたら大金が手に入るんだぞ。それにだな、相手はまだクラスCの便利屋だ。二人係で襲えば問題なくいける。」

 男は麻袋を広げる。

「......本当にそれで捕まえるつもりなのですか?」

 小柄な男はげんなりとした顔をする。

「当たり前だろ。この袋を頭からかぶせて誘拐するんだよ。...おい、そろそろ用意しろ。目標が動き出したぞ。」

 クロウが、二人が隠れている路地裏に近づいてくる。

「......そうですね。人生逆転のチャンスですしね。ストーカーの姿も見当たらないし、絶好の機会ですね。」

「ストーカー?何のことだ?」

 男は首をかしげる。

「知らないのですか?あのクロウって人の周りには、よく赤い髪の少女が目撃されていて、クロウに手を出すと、人間でも怪物でもその存在を消されてしまうそうですよ。『赤い妖怪』なんて呼ばれています。」

「なんだそれ。そんなもん、ただの噂だろ。」

「それがね、あながち間違ってないのよね。」

 ハハハと二人は笑う。

「......おい、今の台詞、お前がしゃべったか?」

「......僕は何も言っていませんけれど。」

 二人はそーと後ろを振り向く。

 赤い髪の少女が、白い歯を見せながら仁王立ちしていた。

「君たち、なかなか面白そうなことをしているじゃないの。」

 二人の男はだらだらと汗を流す。

「......もしかして怒ってます。」

 少女はコクッと首を縦に振る。

「......もしかして、僕たち今から消されます?」

 少女はコクッと首を縦に振る。

「......許してくれたりします?」

 少女はニカッと笑う。赤い盾を手にする。

「クロウに近づくな!害虫ども!」

 路地裏に、二人の男の悲鳴が響き渡った。




「まったく。邪魔が入ったせいで、すっかり夜になっててしまったじゃないの。」

 アルクは息を切らしながら両手を膝につく。

「......それにしても、この遺跡、あんまり好きじゃないのよね。」

 山をかなり上った森の中に、錆びれた大きな建物が建っていた。

「......四つの大きな建物に、そこそこの怪物が三十匹ずつ。奥の平べったい建物に強そうな怪物が二体ってとこかな。」

 建物の割れた窓の内側で大量の影が蠢いている。

 背中の鞘から赤い剣を抜く。

「バケモノたち、いい感じに弱ってね。クロウのために---」

 アルクは建物の中へと歩く。




「まるで学校みたいだな。」

 クロウは月明かりに照らされた薄暗い廊下を歩く。

「『西の廃校』ということは、昔は町の外にも学校があったのか?」

 廊下の横にはずらりと部屋が並んでおり、まるでクロウが通っていた学校の教室みたいだ。

「町の外にも人が住んでいたのかな?」

 クロウはギシッといわせながら廊下を歩く。

 ---カサッ

 暗闇に包まれている廊下の奥から、何かが聞こえる。

「---やっと敵か。」

 クロウは剣の柄に手をかけ、構える。

 カサッ、カサッ、カサカサカサ、音の数が増える。

「来いよ。こっちの準備は十分だ--」

 クロウの頬に、一滴の汗が流れる。

 ギシッ、ギシッ、ギシッ--音の正体が現れる。しかし--

「またかよ......」

 クロウは構えるのをやめる。

 三十体以上の黒いもやが掛かった百四十センチほどの大きさの人型怪物が現れた。--が、傷だらけであり、すでに弱っていた。

 怪物たちはクロウを見て後ずさりをする。

 クロウは剣を抜き、怪物たちに近づく。

 最近、なぜか出会うのは手負いの怪物ばかりだ。

 剣を薙ぎ振るう。逃げ回る怪物たちの頭が飛ぶ。

 違う。これはただの『作業』だ。俺が求める『戦闘』ではない。

 クロウは何度も剣を振るう。怪物は次々と倒れていく。

 一体だけ残された怪物は、小刻みに震えてその場を動かない。

「お前、その傷は誰にやられた?」

 怪物は震えるだけで何も言わない。

「......まあ、しゃべれるわけないか。」

 クロウは大きなため息をつく。

「騎士の幽霊でもとりついているのか」と背中を手でワサワサとしてみる。が、特に何もない。

 クロウは怪物に近づく。

「お前に恨みはないが、これも仕事だ。」

 スパっと怪物の首を薙ぎ払う。飛ばされた頭は、宙でコマのように回転する。

 クロウは剣を鞘にしまう。

 やはり感じない。『白い霧』と戦った時のような、体の内で爆発するような感覚を感じない。あの日の戦いの後、『英雄』になるため数々の怪物と戦ってきたが、俺が求める戦闘にならない。俺が求める展開にならない。ただ、不完全燃焼な心が積み上げられるだけだ。

「......ま、どの怪物も『白い霧』より弱いらしいし、俺が強くなっている証拠かもしれないしな。」

 クロウはポジティブに考えることにした。

 そういえば、最近仕事ばっかりで二週間ほどアルクを見かけていない。

 キーンコーンカーンコーン---

 どこからかチャイムが流れる。同時にゾゾゾゾゾッと外で音がする。窓からのぞくと、大量の怪物が平べったい建物へと入っていく。

「---この仕事が終わったら、夏祭りでも誘うか。」

 クロウは外へと歩みだす。




「グギャ--ッ」

 黒い怪物はアルクの赤い盾につぶされる。つぶされた怪物は、倒れたままピクピクと痙攣する。

「あちゃー、やりすぎちゃった。」

 別の怪物が、アルクの背後から襲い掛かる。

「モード・攻撃反転(インバート)

 怪物の拳と赤い盾が激突する。が、攻撃を仕掛けたはずの怪物の腕が吹き飛んだ。

「ガッ?!」怪物は後ろに大きく跳ぶ。

「戦意を失ったのなら、今すぐ退くことをお勧めするよ。」

 アルクは赤い槌矛の先を怪物に向ける。

「----!」

 怪物は体を小刻みに震わせ、暗闇へと姿を消す。

 アルクは一息をつく。

「あとはあの二体だけかな。」

 アルクは窓から平べったい建物を見る。

 今までは『咳気級』の『取り残された記憶』ばかりだったが、あそこには『恐怖級』の『連帯する記憶』が二体いる。そいつは他の生き物を取り込んで急速に成長する。

「クロウと鉢合わせる前に弱らせないと。」

 アルクは建物から出ようと体の方向を変える---

 ジャリリリリリリッ---

 突如、壁を貫いて緑色の刃物が襲い掛かる。

「----!んっ!」

 アルクは飛んできた刃物を掴み取る。

 十五センチほどの緑色の短剣だ。そのナイフは鎖につながれ、その先には--十字架の模様の仮面を付けた少女が立っている。

「あなた、怪物には見えないけれど、もしかして暗殺者?」

 アルクは鎖につながれた短剣を思いっきり引っ張る。

 仮面の少女の体がアルクのほうへと勢いよく引っ張られる。しかし--

「なっ--」アルクは短い悲鳴と共に、短剣を手放す。右手を見ると、手のひらに緑色の液がべっとりと付いていた。液はうねうねと蜘蛛の巣状に広がり続けている。

「アクション・強制解除(リリース)

 アルクの詠唱と同時に、液が右手から弾け飛び、パンッと分散する。

「......暇じゃないんですけど。」

 アルクは槌矛を握り、盾を構える。

 仮面の少女は、両手に短剣を持ち低く構える。

 ドドッ--アルクと仮面の少女は同時に地面を蹴る。

 仮面の少女は勢いに乗ったまま右手の短剣を突き出す。

「モード・攻撃吸収(アブソーブ)

 アルクは詠唱と共に盾で受け止める。短剣が盾にぶつかるが、音も衝撃も起きない。

 仮面の少女は宙を舞ってアルクの後ろをとる。

 両手の短剣が緑色に輝く。二つの短剣をクロスさせ、アルクの方へと跳ぶ---

 ガガガッ---鈍い音とともに、赤い盾が攻撃を吸い込む。

 攻撃を防がれた仮面の少女は、後方に大きく跳ぶ。

「くっ---」攻撃を防いだはずのアルクが、腕を抑えてうずくまる。

「アクション・強制解除!」

 アルクの腕からパンッと音がする。

「......鎖でつながれた緑の短剣に侵食系の能力持ち、その上私の能力を知っている人物---」

 ギロッと仮面の少女をにらむ。

「---私に勝てると思っているの、ロゼ。」

 仮面の少女、ロゼはぴたりと動きを止める。

「何しに来たの-----この町に。」

 アルクは立ち上がり、服の砂を払う。

 ロゼは黙ったまま顔を窓の外へと向ける。

「-----え、」

 アルクは外を見て絶句した---

 クロウが平べったい建物の扉を開けようとしている。が、問題はそこではない。

「なんで、開き始めているの---」

 あの建物は怪物『連帯する記憶』の能力によって常に閉ざされている。その扉は例えアルクの力をもってしても開くことはできない。開くには、『連帯する記憶』が外にいるときに倒し、能力自体を無効化するしかない。能力そのものに影響を及ぼす以外に扉を開くことは----

 アルクはハッと息を飲み込む。

「......扉に侵食して無理やりこじ開けた。あんたのその能力で!---」

 アルクはグググッと柄を握る。

「目的は達成した。---時間稼ぎは終わりだ。」

 ロゼは仮面を外した。翡翠色の髪とエメラルドのような綺麗な目が露になる。

 早く『連帯する記憶』を倒さないとクロウが危ない。その為にも-----

「モード・完全攻撃(デストロイ)!」

 アルクの槌矛が赤く輝き、背中から赤の片翼が生える。

「この一撃で決める!」

 アルクは地面を強く蹴り出す。

「能力開放---」

 ロゼの背中から緑の片翼が生える。

「--楽園の中の地獄(ヘル・イン・エデン)

 ロゼは二本の短剣を床にさす。

 廊下の壁や床、天井に緑の亀裂が入る。ボコボコと廊下の壁、床、天井が歪む。

「「「ヴヴヴヴヴォ----」」」

 歪みは人の顔の形に変形し、無数の腕のようなものを伸ばす---

 上から、下から、前から、後ろから--あらゆる方向からアルクを襲う。

 ガシッ、ガシッ、ガシッと無数の腕がアルクを掴む--アルクは腕に覆われた。

「---決めると言ったでしょ!」

 パァンッ---!

 腕の塊がはじけ飛ぶ。塊は分解し、アルクの姿が露になる。

 アルクは着地時に床を強く蹴り、一気にロゼに接近する---

 ロゼは短剣を両手に持ち直し、距離を一気に縮める---

 ロゼの短剣がアルクの顔に吸い込まれるように突き出される。

 短剣を盾で弾く--ロゼは大きく体制を崩す。

 アルクは大きく振りかぶり、足を踏み込む---

 赤い槌矛から赤色の蒸気が噴き出す。

「--アクション・断頭撃(エクスキューション)!」

 赤い槌矛がロゼの頭へと迫る--

「---っつ---!」

 ロゼは床に短剣を刺し、緑の腕を発生させる。腕は受け止めようと次々と槌矛に迫る--

 アルクが振り下ろした槌矛と緑の腕がぶつかる----

 衝撃が光となり音がかき消された----

「くっ----!」

 緑の腕は紙切れのように吹き飛ばされ、槌矛がロゼの右腕を潰す--さらに衝撃はとどまらず、建物全域に響き渡る---

 ドドドドドドッ-----建物全体が揺れ、床が崩壊し、瓦礫の雨が降る。

「急いでいるから。決着はまた今度で。」

 ロゼは瓦礫と共に下へと落ちた。

「待ってて---クロウ」

 アルクは瓦礫を蹴り、建物の外へと跳ぶ--

 降り注ぐ瓦礫を足場にし、中を進む。

 スタッと平べったい建物の前に着地する。扉はすでに開いていた。

 キンッと建物内から金属音が聞こえる。どうやら誰かが戦っているようだ。

 ドッドッドッと何かが建物に近づいてきた---銀色の鎧をまとった二体の大柄の黒い怪物だ。怪物は一直線に扉を目指している。

「よかった。『連帯する記憶』は外にいたのね---」

 アルクは胸をなでおろす--槌矛を地面にたたきつける。

 ドドドッ--と地面を伝って衝撃が伸び、、怪物の一体に当たる。

 二体の怪物はピタッと足を止め、アルクの方を向く---

「その先は行かせないよ。---クロウは私が守るから!」

 アルクは盾を構え、怪物たちのもとに駆け出す--

「---------!」

 一体の怪物が巨大な槍を構え、アルクへと猛進する--

 盾と槍がぶつかる----が、怪物の腕が不自然に歪む。

 内から殴られているかのように、怪物の体中がボコボコと波を打つ---

「モード・攻撃反転。ほとんどがロゼの分だから、恨むならロゼを恨んで。」

 怪物は呻きを上げながらガシャンと倒れる。

「あと一体---」

 アルクはもう一体の怪物に向かって飛ぶ。

 一体の怪物はアルクを見て建物内へ逃げようとする。

「---っ、行かさない!」

 アルクは槌矛を投げ飛ばす--怪物の足が吹き飛ぶ。

 ズドドッと怪物がこける。

 これで、クロウがこの怪物と戦うことはない。---クロウが死ぬことはない。

 アルクは怪物にまたがり、グッと盾を押し付ける---

「これで終わりよ。モード・インバ------」

 バキッ------

 建物の壁に無数の緑の亀裂が入る----

 バララララ-----

 壁が崩壊し、建物内が露になる。

 降り注ぐ瓦礫の中、建物内にいる一人の少年と目が合う----

 ----よかった。クロウは無事だ。

 アルクはホッと息をついた---




「......ここは体育館かな?」

 クロウは大量の怪物が向かっていた、平べったい建物の前にいた。

 クロウは引き戸に手をかける。

「---ん?開かないなぁ。」

 何度か力を入れて引くが、扉はびくともしない。よく見ると、鍵穴のようなものがある。

「なんだよ。怪物ってカギ閉めたりするのか?」

 いくつかの扉も試すが、すべて閉まっている。

「仕方がない。正面から行くか......。」

 クロウはとぼとぼと一番大きな扉へと向かう。

「本当はこそっと侵入して不意打ちを決めたかったのに。」

 クロウは扉の前に立つ。が、この扉にも鍵穴がついていた。

「おいおい、お願いだから開いてくれよ。」

 扉の取っ手に手をかける。

 ピキッ--鍵穴に緑色の亀裂が入った。

 ギ、ギ、ギ--と重い音を出しながら扉が動く。

 クロウはチラッと中の様子を見る。

 中には大量の黒い怪物が-----死んでいた。

 死体の真ん中には、赤い仮面をつけた少年が立っていた。

「すみません、これはあなたがやったのですか?...」

 クロウは恐る恐る尋ねる。

「そうだよー。僕も一応便利屋だからねー。怪物を見つけたら倒すのがセオリーってものでしょ。」

 仮面の少年は陽気に話しながら近づいてくる。

 よかった。どうやら敵ではないようだ。クロウはホッと一息をつく。

 少年は赤い仮面を外す。赤い髪にザ・好青年といわんばかりの顔が露になる。

「君が噂のクロウ君だねー。僕の名前はワン。よろしくー。」

 ワンは気さくな様子で手を振る。

 初対面でなんだ、こいつ?怖いから今すぐ離れよう。

「怪物退治を手伝ってくださりありがとうございます。私、次の仕事があるのでお先に失礼します~」

 クロウは頭をぺこぺこと下げながら出口に向かう。

「え~、もう帰っちゃうのー?せっかく教えてあげようと思っていたのに。---ストーカーと弱った怪物との関係性について。」

 ピタッと歩みを止める。首を動かし、ワンを見る。

「あれ、帰らなくてもいいの?それとも、やっぱり気になる?」

 ワンは必死に笑いをこらえている。

「......早く話してもらえます?時間がないのは本当なので。」

 クロウは鋭い目つきでワンをにらむ。

「わかった、わかった、そう怒らないで。」ワンは両手を上げて落ち着かせようとする。

「君、街の人からあまりよく思われてないよねー。たしか『疫病神』とかだっけ。そういう社会に『省かれた』人間はおもちゃにされやすいんだよ。」

「俺がおもちゃ...?」

 クロウは眉間にしわを寄せる。

「いやいや、キミをバカにしているわけではないよ。ただ、おもちゃにするには都合がいいのだよ--君は。」

 ワンはクロウの胸にトンっと指をさす。

「日々怪物退治に出ているクロウ君。ただ、『怪物を倒した』では何も面白くない。さあここで問題!このエピソードにどんな訳ありな理由を加えたら面白くなるでしょう?!ヒントは『哀れな人間』。」

 ワンはショーでもしているかのように両手を広げる。

「だから、あんたは一体何を言って-------」

「怪物を倒す少年。しかし、本当は誰かが意図的に弱らせた怪物。そんな訳ありな怪物を倒して喜んでいる。その姿は手加減されていることに気が付かず、勝負に勝って大喜びしている幼い子供とそっくり。ああ、なんて滑稽で面白いのだ---」

 クロウは柄を握り剣を抜く。

「......その話が俺とどう関わるのだ。」

 ワンは薄ら笑いを浮かべ、馬鹿にした態度をする。

「まだわからないのかい?弱った怪物、『赤い幽霊』というストーカー、最近よく怪物討伐をしている少年。...おや、キミに当てはまるではないか。」

「......赤い髪。お前がストーカーか!」

 クロウはブンッとワンに斬りかかる。

 ワンはハハハと笑いながら軽やかによける。

「残念ながら僕ではないよー。『災害級』の怪物相手に手加減できるほど強くないしねー」

 キンッとワンは赤い大剣でクロウの剣を受け止める。

「赤髪で『災害級』の怪物よりもはるかに強い人物---思い当たる人物はいないのかい?」

 ワンは鍔迫り合いをつづけながらクロウの顔を覗き込む。

「お前、アルクのことを疑っているのか!」

 クロウはワンを押し返す。

「やっぱり、お前が言っていることはでたらめだ。--これ以上喋るんじゃねえ。」

 ハア、ハアと息を切らしながらワンをにらむ。

 ワンは大剣をしまう。

「ハハハッ!キミは本当に面白いね。君が正しいと思えるものを信じるといい。真実は誰も知らないのだから----」

 突如、ワンの足元に緑色の水たまりができ、ワンは沈み始める。

「おい!逃げる気か!」

 クロウはワンに剣を振るう---

「どうやら時間のようだ。私はキミを応援しているぞ---この世界の『異端児』よ。」

 剣が当たるより先にドプンッと地中に姿を消した。

「一体何なんだよ...。」

 クロウは困惑したまま剣を鞘にしまう。

 街のみんなが俺をおもちゃ扱い?俺の仕事がお遊び道具?事務所のみんなが俺をバカにしている?だめだ、胸糞が悪い。

「そもそも、ストーカーの犯人がアルクだと。笑わせんな。だってアルクは憧れであり----」

 ぎゅっとこぶしを握る。

「------友達だから。」

 クロウは踵を返し、出口へと向かう---

 バキッ------

 体育館の壁に無数の緑の亀裂が入る----

 バララララ-----

 壁が崩壊し、建物外が露になる。

 降り注ぐ瓦礫の中、建物外にいる一人の少女と目が合う----

「何、やってるんだよ------アルク。」

 アルクは怪物の上にまたがっている。少し離れた場所に、よろよろと歩く怪物の姿があった。

 クロウの胸に靄がかかる-----

「クロウ、怪我はない?」

 アルクがこっちに向かってくる---

 胸にかかる靄が増え、重くのしかかる。

「......なあ、なんでこの場所にいるんだ?アルク。」

 ピタッとアルクは足を止める。

「なんでって、仕事だよー、仕事。」

 アルクは薄ら笑いを浮かべる。

 明らかに何かを隠している----さらに靄が増える。

「......なんで、あの怪物は弱らせたままで殺していないんだ?」

 一体の怪物がずりずりと地面を這いつくばりながら逃げている。

「それは、『災害級』の怪物が二体いたからだよ。......何かおかしなことでもあったの?」

 アルクは不安げな顔をする。

「......アルク、俺に隠し事をしていないか?」

 クロウはアルクに詰め寄る。

「なによ。私も人間なんだから、隠し事の一つや二つはあるよ。......なんか怖いよ、クロウ。」

「最近、俺の前に現れる怪物、すでに弱っている状態なんだよ。--何か知らないか。」

 クロウはさらに詰め寄る。

「なんでそんなことを聞くのよ!早く、帰ろうよ。」

 アルクはクロウの威圧に押され、たじろく。

「本当のことを言ってくれ。いつも俺の後をつけていたストーカーって誰なんだ。」

 クロウは詰め寄る---

「え、ちょっと、本当にやめてって---」

 アルクは後ずさりをする。

「『赤い幽霊』というストーカー。----お前じゃないよな?」

 さらに詰め寄る---

 違うといってくれ。私じゃないって言ってくれ。その一言で解決するんだ。だから--

「何とかいえよ!アルク、お前じゃないんだよな!」

 ガシッとアルクの肩を掴む。

「ひっ!痛いよ、やめてよ-----」

 アルクは必死に抵抗する。

「違うんだよな!俺にストーキングして怪物を、殺さずわざわざ弱らせている赤い髪の人っていうのはお前じゃないんだよな---アルク!」

 クロウは両肩を掴み、壁に押し付ける。

 アルクは涙目になり、その顔は恐怖に染まっていた。

 わかっている。アルクは俺の友達なんだ。この町の『英雄』なんだ。ストーカーがアルクじゃないことなんかわかっている。人の心を傷つけるような悪人じゃないことなんてわかりきっている。俺は胸にたまる『不安』を取っ払いたいだけなんだ。だから---------

「早く答えろよ!『私じゃない』ってさ!------なあ、アルク!」

 ドンッ-と、とどめと言わんばかりに壁に押し付ける。

 アルクはすすり泣く。震える唇から声を発する---

「ごめん、な、さい。ごめん、な、さい。ごめん、な、さい------」

 アルクは壊れたオルゴールのように声を発する。

「私が、ストーカーです---。怪物を弱らせていたのは、私です-----。」

 アルクは単調に話す。手で顔を塞ぎ、すすり泣く。

「................................................えっ、」

 目の前で起こるアルクの様子

「......なんで、そんなことをしたんだよ。」

 クロウはアルクの肩から手を放す。

「......誰かに頼まれたのか?例えば街の人とか。」

 アルクはその場にしゃがみこむ。

「全部私がやりました。---すべて私の行いです--」

 アルクはただ、すすり泣く。

 ああ、もうわからない。『赤い英雄』は強く、たくましく、誰に対しても善人だ。アルクは常に明るくて、路頭に迷う俺を守ってくれた。そのうえ強く、この街の守護者であり『英雄』だ。----じゃあ、目の前の姿は何だ?子供のように泣き崩れているのが『赤い英雄』なのか?この少女が俺が目指す『英雄』なのか---

 クロウは踵を返す。

「......もう、お前のことがわからない。......お前は一体何なんだよ。」

 クロウは歩き出す。

「......じゃあな、アルク。」

 しゃがみ込むアルクを残して、遺跡の外へと進む。

 月明かりが照らす遺跡の中、少女のしくしく泣く声だけが静かに響いていた----。




 蝉がけたたましくなく中、辺り一面氷柱に覆われた住宅地区に便利屋たちが集まっている。

「被害規模の確認を急げ。」

 ユウキは便利屋たちに指示を出す。

「報告します。死者六名、重傷者二十七名。いずれも『恐怖級』『凍て刺す針の山』によるものだと思われます。」

 便利屋の一人が報告する。

「町の中での突然発生。約一分でこの被害か...。危険度を『災害級』に上げたほうがよさそうだな。」

 ユウキは氷柱の発生元、氷塊の山の方を見る。

 ウニのような形をした氷塊の山の中央には水晶のような水色の球がぱっくりと割れていた。

「このレベルの怪物を一人で倒すとはさすがだな。『約束された死』の異名は伊達ではないな。」

 白い白衣を着た黒髪の男が近づいてくる。

「マジック副社長。なぜここに?」

 ユウキは振り向く。

 マジック副社長。この町を統括するR社のナンバー2である。

「『凍て刺す氷の山』の氷塊は高値になるからな。--君たち、怪物を回収しなさい。」

 マジック副社長と共について来ていたR社の職員たちが作業を始める。

 ユウキは苛立ちを積もらせる。

「お言葉ですかマジック副社長、なぜR社は動かないのでしょう。怪物の発生数は例年に比べて異常なほど増えています。このままでは町が崩壊するのも時間の問題だと思われますが。」

「簡単なことだよ。これぐらいの被害は我が社長にとって想定内のうちだからだ。それに、君たちクラスAの便利屋が二人に、『赤色の便利屋』がいるというのに処理できないというのかね?」

 マジックは「ハッハッハッ」とわざとらしい笑い方をしながら、怪物の死骸の方へと歩いていく。

 ボコンッ---ユウキは氷柱を蹴飛ばす。

「---ふざけやがって。便利屋はお前らのために命を懸けているんじゃないんだぞ。」

 ガラガラと氷柱が崩れた。

 一人の便利屋が走ってきた。

「報告します!西地区で発生した『咳気級』『ゴーストフィッシュ』の群れが討伐されました!」

「そうか。ホルト事務所が対応したのか?」

「いえ、ホルト事務所は南の大門の防衛に主力の人材を充てていました。」

「......じゃあ、フリーの便利屋でもいたのか?」

 ユウキは顔をしかめる。

「それが、クラスCの便利屋、クロウによって討伐されたようです。」

「クロウは先日の戦闘で怪我を負っているはずだ!あれほど働くなといったのに、このままじゃ体力が尽きるぞ!」

 ユウキは声を荒げる。

「しかし、代わりの便利屋がもういません!正体不明の精神汚染の流行で、動ける便利屋の数が減少しています!」

「くそっ!『個室のサーカス』の居場所さえ特定できれば!」

 ユウキは地面に八つ当たりする。

 そんな中、ホルト事務所のクラスCの便利屋がやってきた。

「緊急です!西地区でさらに『恐怖級』『オールド・マキナ』が発生!現在一人の少年が戦闘中!」

「私が向かう!指揮はクラスBの便利屋に任せる!」

 ユウキは近くに止めていた大型バイクに跨り、西の方角へと走り出す。

「......このままでは町は持たない。お願いだ、戻ってきてくれ----アルク。」

 日々増え続ける怪物による被害に、街は混乱に幕こまれていた---




 カチッ、カチッ、カチッ---暗闇に包まれた部屋の中、病身の刻む音のみが響く。

 部屋の片隅に赤髪の少女がふさぎ込むように座っている。

「なんで、こうなってしまったんだろう...」

 ふっと小さく笑う。

「死んでほしくなかった。失いたくなかった。ずっと一緒にいたかっただけなのに...」

 外では子供たちの笑い声が聞こえる。

「......昔からこうだ。誰かを守ろうと怪物と戦っても、思い描く結果にならない。その時守れても、最終的には私の前から消えていく---」

 棚に立て掛けられた一つの写真が目に入る。

 お母さんは私を生んで死んだ。お父さんは私を狙う謎の組織と戦って死んだ。友達は模擬戦で私と戦った後、首を吊って死んだ。定食屋のおっちゃんは怪物『オモイデガタリ』に寄生され、死んだ。心を許せた人は----みんな死んだ。

「守っても、結局何も変わらないじゃん......」

 クマゼミは鳴きやみ、ヒグラシの合唱が始まっていた。

「やっぱり、私トラブルメーカーだし、誰かと関わらない方がいいのかな...」

 ははっと力なく笑う。

「クロウ、元気にしているかな。危ないことしていないかな。友達はいっぱいできたかな。街の人気者になれたかな......」

 涙がポタっと滴れる。

「やっぱり一緒にいたいよ。もっと笑い合いたいよ。もっと一緒に街を歩き回りたかったよ。街の外に出て、二人で旅したかったよ。でも----」

 ボロボロと涙が落ちる。

「私が守ったせいでクロウが傷ついた---わたしのせいで...」

 下唇をかみしめる。

 後悔が積み重なる。自分がどんどん嫌になる。

「もう私は----」

 顔を太ももにうずくめる。

「誰も守らない----」

 赤く染まるはずの景色は、覆いかぶさる灰色の雲によりそのまま暗闇が広がる--




「ガガガ-----ッガ----」

 錆びた鉄でできたロボットからプシューと蒸気が噴出され、停止する。

 ロボットの残骸と青白い魚の死骸が積み重なってできた山の上で、一人の少年が黒い煙を発し、肩を上下に動かして立っていた。

「---はあ、はあ、はあ、---」血が混ざった汗が頬を伝って滴り落ちる。

 黒い剣を鞘にしまい、ふらふらと死骸の山を下りる。

「大丈夫か、クロウ!」

 ユウキがバイクから降りて、こっちに向かって来ている。

「ひどい怪我だ。今すぐ病院に行くぞ。」ユウキが腕をぐっと引っ張り歩く。

「---なぜ動こうとしない?」ユウキは歩みを止め、こっちを向く。

「......俺に関わらないでください。」うつむいたままその場を動かない。

「......アルクのことか----」

 ユウキはパッと腕を放す。

「アルクの行為を悪だというのなら、私が君に命令する資格はないな。君の思うようにすればいい。病院は...行くことを推奨しておこう。」

 ユウキはバイクの方へと歩き出す。

 ユウキの背中を横目に、死体の山と反対方向に歩く。

「......君がどれほど傷ついたかはわからない。自暴自棄になって戦闘に明け暮れるのを止めたりはしない。だが、-----」

 ズサッとユウキは立ち止まる。

「アルクのことを少しでも思うなら、自分の命を大切にしろ。それがアルクの『願望』だ---」

 ブロロロ--とユウキはバイクで走り出す。

 呆然と立ち尽くしたまま、走り去るバイクを眺める。

「......やけを起こしているつもりはねぇよ。」

 再び町へと歩き出す。




「おーい、こっちにテントを建てるの手伝ってくれ。」

「花火大会実行委員会のみんなは集まってくれー」

 街は夏祭りに向けていつにもましてがやがやとしていた。

 来週には夏祭りが開催される。災厄の怪物、巨悪の天使を倒したとされている十二体の天使を称えて、それぞれの天使をモチーフとした色の花火が打ち上げられる。

 がやがやと作業をする人々の中、クロウは一人とぼとぼと歩いていた。

「......おい、あの人が『モンスター・スレイヤー』のクロウか。」

「まだクラスCでありながら『赤色の便利屋』に引けを取らない数の怪物を討伐しているんだろ。」

「でも、なんか怖いよ。血だらけの体で怪物の軍団の中に向かうし、常に無表情だし、まるでロボットみたいだし......」

 人々はクロウを見て好き勝手に噂をする。

 クロウは背後に気配を感じ後ろを振り向く。町の人々が作業をしているだけだ。しかし、気配は消えない。

「......一体、何なんだよ。」

 クロウは歩く速さを上げる。

 クロウは自分の実力に自信を持てなくなった。強さを自分に証明するため、毎日怪物と戦い続けた。---しかし、倒しても、倒しても、強さを証明することはできなかった。背中にこびりついた気配がアルクに感じ、またアルクがストーカーしている、またアルクが弱らしている。戦えば戦うほど、感情は歪んでいった。少しずつ何かを考えることをやめ、ただ仕事をこなすことだけに集中するようになった。おかげて、戦っているときは気配を感じなくなった。---が、戦いが終わると、気配を今まで以上に感じるようになった。

 ----おもちゃにするには都合がいいのだよ----

 街の人々の姿が目に入る---ぎりっと奥歯をかみしめる。

 お前らみんな、俺のことを馬鹿にしているのか。

 誰かと話しながら笑っている、笑顔で何かを叫んでいる、みんな笑っている、俺を見て笑っている---

 クロウは走り出す。人のいないほうへと走る。

 こっちを見るな。俺を見るな。見るな。見るな、見るな、見るな、見るな-----

 視線を感じる。気配を感じる-----

「......オレを見るな-----!」

 街路を駆け、坂を上る。

「はあ、はあ、はあ、」

 しばらく走ると、高台についていた。北の大門が見える。

 かつてクロウが蹴り飛ばして壊れた柵は、ロープで雑に修理されていた。

 柵に手をつき、街の風景を一望する。

 住民たちは夏祭りの準備で賑わっている。高い塀で囲まれた中央区は、いつも通り静かだ。しかし、一部の地域では、黒い煙が出続けたり、青白い氷におおわれている。

「......誰も、俺たちの苦労を知らないんだな。」

 クロウはぼーっと風景を眺める。

「アルクは、この町の何を守りたいんだよ......」

 街の住民は俺のことをバカにしている。俺が怪物から町を守っているというのに。バース先輩とミナ先輩は命を落としてでも戦ったのに、街の人たちは普通に暮らす。アルクと絶交してでも討伐の仕事をこなしたのに、人々は影で俺をバカにする。便利屋達が死ぬ気で町を守っても、人々は平然と笑顔で過ごす---

 ガシャッと柵を握る。

「こんな町を守るとか、マジで、馬鹿馬鹿しいわ--!」

 柵を蹴とばす。結んでいた縄は簡単にほどけ、崖を転がり落ちる。

「......仕事のことだけ考えよ。」

 クロウは帰ろうと振り返ると、二人の大柄な男が何かを蹴っていた。

「いい加減にしろよ!お前は盾役だろ!怪物の攻撃を受け止めなくてどうするんだよ!」

「お前みたいな無能は、俺たちが拾ってなかったら壁の外に捨てられるのが普通なんだぞ!俺たちの役に立てよクソガキが!じゃないと今すぐ怪物の餌にするぞゴラァ!」

 上半身裸に黒光りしたパンツ。悪役ですといわんがばかりの格好をした二人の男はボコボコと人を蹴り続ける。

 ハァとため息をつき、クロウは二人の男のもとに近づく。

「あ?何見てんだ、あんちゃん?」

「見せもんじゃねぇぞゴラァ!」

 二人の男のは蹴るのを止め、クロウの方へと向く。

「そういうの、他所でやってもらえます?気分を害するんで。」

 クロウは二人に対してさげすむような目で見る。

「喧嘩打ってんのか!調子に乗んじゃねぇぞ!」

「ぶちのめすぞゴラァ!」

 二人の男が指や首をゴキゴキ言わせながら向かってくる。

 クロウは不快感をあらわにした顔でこぶしを構える。

「「うぉぉぉぉ!」」

 二人の男が襲い掛かってくる。

 一人の男がこぶしを突き出す。

 クロウは体を沈ませてよける。そのまま男の腹に拳を入れる。

「グヘッ?!」

 男はおなかを抑えてよろめく。

 もう一人の男が両手を組んでクロウの頭をたたき割ろうとする。

 降り下げた両手をクロウは片手で受け止め、思いっきりねじる。

「痛たたたた!」

 男は顔をゆがませ、悲鳴を上げる。

 クロウはよろめく男のほうへと投げ飛ばす。

「「グヘッ!」」

 二人の男は絡まり合いながら柵のほうへとゴロゴロと転がる。ゴロがる先の柵は一部壊れていた。

「「ぎゃああああ!」」悲鳴と共に二人の男は崖を転がり落ちる。

「ふぅ。」クロウは一息き、男たちが蹴っていた人のほうを向く。

 一人の少女が座り込んでいた。

「大丈夫か?」

 クロウが声をかけると、少女は顔を上げクロウのほうへと向く。

 まるで真珠のような透き通った白い肌に金色の目を持つ十二歳ぐらいの見た目の少女は、まだ何も書き加えられていない白い紙のような長い白髪をなびかせる。

 綺麗だ---。今まで見てきたどんな人、物、景色よりも綺麗だ---。

 少女は目をぱちぱちさせ、クロウを不思議そうに見つめる。

 クロウは自分が性的になかなか危ない行為をしていることに気づき、バッと少女から目をそらす。

「う、動けそうじゃなかったら病院連れて行ってやってもいいけど?」

 クロウは目をそらしたまま早口でしゃべる。

「......あ、-----」

 少女は立ち上がり、クロウに近づく。

「歩けそうだな。病院行っとけよ。」

 クロウは踵を返し、立ち去ろうとすると、

 ---グッ。少女がクロウの服をつかむ。金色の目を潤わせ、口を開く。

「----クロ様。」

 少女はクロウの服に顔を埋める。

「え、急にどうしたんだ?そもそも俺クロじゃなくてクロウだし。」

 急にしがみついてきた少女に驚き、クロウは慌てる。

「人違いだし、意外と元気そうだから俺は帰らせてもらうわ。」

 クロウは少女を引きはがし、早歩きをする。

 しかし、少女は再び服をつかむ。

「......あなた様で間違いありません。」

 少女は力強く握る。

「どうか、お願いです。---私の願いを叶えてはくれませんか。」

 少女は顔を上げ、金目でクロウを見つめる。

 クロウはたじろき、息をのむ。

「......だから、俺はクロウだって。」

 クロウは眉間にしわを寄せる。

 なんだよ。この少女は何だよ。こいつを見ると変な気持ちになる。何だよ、このほっとけない気持ちはどこがら湧き出ているんだ----

「--で、お前の願いって一体何だ?」

 少女は少し考えこむ。

「......あなた様とこの世界を知ること--」

「わけがわからん。」

 クロウは少女の顔を見るが、少女は首をかしげるだけだ。

 俺がおかしいのか?あんな答えで理解できるわけないだろ。

 クロウははぁぁと大きなため息をつく。

「......わかったよ。とりあえず俺のそばにおれ。---で、何と呼べばいいんだ?」

 少女は首をかしげる。

「だから名前だよ。俺、お前の名前知らないからさ。」

 クロウは体をかがめ、少女と同じ目線にする。

 少女は少し目を閉じ、やがて意を決したように目を開き、口を開く。

「--シロエ。」

 クロウはうなづき、体を起こす。

「シロエか。俺の名前はクロウ。これからよろしくな。」

 クロウは右手をシロエの前に出す。

「?」シロエはクロウの右手を見て首をかしげる。

「ほら、握手だよ。握手。」

「あくしゅ?」

 シロエは目をパチパチさせる。

「知らないんか?握手はな、手をこうやって---」

 シロエの右手を手に取り、クロウの右手を握らせる。

「今後の互いの関係を緊密なものにするために、こう手と手とつなげることでお互いの心をひとつにするんだよ。」

 シロエは胸に手を当てる。

「心......」

「ん?どうかしたか?」

 クロウはシロエの顔を覗き込む。

「これがクロ様の心......」

「だからクロウだって。...まあ、そう呼びたいのなら別にいいけど。」

 クロウはシロエの手を放し、くるっと振り返る。

「じゃあ、この高台で待ち合わせってことで。--また明日な、シロエ。」

 シロエは長い白髪をなびかせながら、

「はい、またお会いしましょう---クロウ様。」

 ペコっとお辞儀する。

「わざと間違えてたんかよ...」

 クロウはため息をつきながら右手を上に挙げ、軽く手を振りながらシロエの元を後にした。




 シロエは遠くなるクロウの背中を眺めていた。

「......クロ様の心。様々な色の感情。」

 シロエは自分の右手をじっと見つめる。

「悩んでいる?苦痛、苦悩、心が悲鳴を上げている?」

 シロエは一人でつぶやく。

「アルクという人物が原因?......」

 クロウの後ろ姿はもう見えなくなっていた。

「私がお守りしませんと。『赤い英雄』の代わりに守護者になりませんと。...」

 右手を胸に当てる。

「......守るとは何でしょう?一体どうすればいいのでしょうか---」

 シロエは空を眺める。

 赤く染まるはずの空は、分厚い灰色の雲に覆われていた--




 ジジジジ--接触が悪いのか、街灯が不自然に点滅する。

 暗闇に包まれた街路を赤い髪の少女が歩いていた。

 チカチカと点滅する街頭のせいで、アルクの歩く先の景色が見え隠れする。

 街灯のふもとに一台の赤い自動販売機が置いてあるのが見える。

 自販機の前に立ち止まる。

 自動販売機には二十四種類の飲み物が売っていた。アルクは決まって果汁百パーセントのアップルジュースを買っていた。

 アップルジュースを買おうと一番右下に位置するボタンに指を伸ばす。

「---あっ。」

 アップルジュースのボタンには赤文字で『売り切れ』と出ていた。

 伸ばしていた指を引っ込める。

「戦わない私って、この町に必要なのかな...」

 下をうつむく。一匹の赤色の蛾が羽をはばたかして地面をくるくると回っていた。

「この力、もう何の役にも立たないね...」

 アルクは自分の手のひらをじっと見つめる。

 ポタッ、ポタッと水滴が手のひらに落ちる。

「せっかく友達ができたのに。ずっと、一緒にいたかったのに。こんなことになるなら---出会わなければよかったんだ。」

 ボロボロと涙がこぼれる。

 そんなとき、

「大丈夫かい?お嬢さん。」

 突然後ろから声をかけられた。

「どちら様ですか?」

 振り返ると、黒いロングコートに身を包んだ高身長の男が立っていた。

「私でよければ相談に乗ろうかい?」

 男は体を曲げ、アルクの顔を覗き込む。

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。」

 アルクは男を避け、その場を立ち去ろうとする。

 ポンッ--突然破裂音と共にアルクの目の前で何かが現れた。アルクはそれを両手で受け止める。

「これは---」

 それはアルクが買いたかったアップルジュースだった。

「私はちょっとしたものを生み出すことができるんだ。--さあ、キミの望むものは何だね?」

 男はゆっくり近づいてくる。

「私の望むもの...」

 アルクは考え込む。

 小さいころ、いじめられっ子を守れるだけの力が欲しいと思った。その後、不思議な力を使えるようになった。でも、望むような結果にならなかった。いま、私が心から望むのは---

「......友達が欲しい---」

 アルクはぼそりと呟いた。

「友達か。喧嘩でもしたのかね?」

 アルクは小さくうなずく。

「ならば、仲直りするためのとっておきな道具を与えよう。」

 男はパチンっと指を鳴らす。

 ポンッと、アルクの手のひらに一つのプレゼント箱が現れた。

 アルクは箱を開けようとする。

「ダメダメ!それはプレゼントとしてその友達にあげるんだよ。」

 男は慌ててアルクの手を止める。

「これを渡すの?」

 アルクは男をじっと見る。

「そうだよ。その道具があれば、その友達と一生一緒にいられるんだよ。どうだ、すばらしいだろ!」

 男は高笑いをする。

「ずっと一緒......」

 アルクは箱を見つめる。

「勇気をもって渡すんだ。---必ず願いはかなうから。」

 男はそう言い、指を鳴らす。

 パチンっと音とともに男は姿を消した。

 アルクは男がいた方向を向く。

「これがあればクロウと一緒。でも...」

 再び箱を見る。

「どう渡せばいいんだろう......」

 ジ、ジジジ、----

 点滅していた街灯が完全に消えた-----




 フサッ---闇に包まれた路地に黒い布が舞い上がる。

「作戦は--順調だ。」

 布の影から杖を持ち、二本の青色の角を生やし、赤鼻のピエロの仮面をつけた高身長の男が現れた。

「やはり人間という生き物は非常にもろいな。」

 男の服の裾から様々な色のビー玉がぼろぼろと出る。

「半端な意思、弱い決意、安定しない感情。実に惨めだ。」

 地面に転がり落ちたビー玉に次々に亀裂が走る。

「それに比べて怪物は非常にいい。たった一つの感情を持ち、一つの願いのために行動する。その生き方に一つの無駄もない。」

 ビー玉の亀裂からどろどろとした赤い液体が漏れる。

「はい、ジョイ様の言うとおりでございます。人の心は様々な色のせいで濁っていて汚いです。--私達が純粋で穢れなき色に掃除すべきです。」

 カラフルな風船を持ち、一つ目の仮面をつけた小柄な少年が現れる。

「その通りだ、シー。この世界は人間によって汚されつつある。すべての人間を浄化するには『六枚翼』がしたように、この世界を一度終わらせなければならない。しかし、そのためには『六枚翼』に匹敵する力が必要だ。」

「かつて、『六枚翼』に従えた十二体の最恐の怪物、『使徒』。そいつらの力を使えば万事解決、浄化完了ってわけだろ。その十二体のうちの一体がこの町のどこかで眠っている---」

 四本の腕を持ち、黒いハットをかぶり、豚の仮面をつけた大柄な男が現れる。

「君の言うとおりだ、ミラクル。いまフィナーレがこの町の『使徒』の在処を調査中だ。その間にこの町の便利屋どもを---一人残らず片付けろ。」

「「了解」」

 シートミラクルは勢いよく返事をする。

「しかし、『赤色の便利屋』と『約束された死』はどうすれはよいのでしょうか?」

 ジョイは「ああ、」と言いながらシーの方を向く。

「『約束された死』は私が相手をしよう。『赤色の便利屋』のことは心配しなくていい。」

 次々とビー玉が歪み始め、形が変化する。

「あの少女は----すでに地に落ちている。」

 暗闇の路地裏で無数の怪物が蠢きだす---




「おらぁッ!」

 クロウは、トカゲのような姿をした怪物の腹に黒い剣を突き刺す。

「ピギャッ」

 怪物は甲高い声で鳴き、ドバっと赤い血が噴き出る。

 横方向から別の怪物がかぎ爪で襲い掛かる。

 クロウは腰をひねり、剣を引き抜くと同時に斜め上に振り上げる。

 ザシュッと、襲い掛かっていた怪物の首が跳ね飛ばされる。

 首から上を失った体は、クロウを素通りして地面を転がる。

「シャーッ!」

 振り返ると、背後から新たな怪物が口を大きく開けて跳んできていた。

「やばっ」クロウは体制を立て直すが、すでに怪物は目の前まで迫っていた。

 クロウは剣の両端を支えて防御態勢をとる

「三、二、一---」

 誰かのカウントダウンと共にドンッと発砲音がした。

 パァンッと破裂音と共に怪物の頭が吹き飛ぶ。頭を失った怪物はズサーッと地面を滑る。

 クロウは剣を鞘に戻す。

「ナイスタイミングだ、シロエ。」

 名前を呼ばれたシロエは、瓦礫の影からひょこっと顔をのぞかせる。

 シロエはとことこと両手で白いライフルを抱きかかえて近寄ってきた。

「いかがでございましょうか、クロウ様。」

「銃弾もほとんど命中していたし上出来だな。ライフルの扱いにも慣れてきたんじゃないか?」

「おほめにあずかり、シロエ、光栄に思います。」

 シロエは顔を緩ませ、ライフルをぎゅっと抱きしめる。

 シロエが持っている白いライフルは、クロウがかつて討伐した『白い霧』の一部から作られた武器だ。加工が非常に難しく大量の工具を駆使したため、加工職人のおっちゃんにシャレにならないほどの金額を払わされたことをシロエには内緒にしている。

「銃使いの便利屋か。ミナ先輩を思い出すな......」

 クロウはシロエが抱えるライフルをじっと見つめる。

「?」

 シロエはクロウを見て不思議そうな顔をする。

「クラスCの便利屋、クロウ。怪物、『イエモリ』の発生があったのはこの場所か?」

 ズサッズサッズサッと白装束の男を中心に三人の便利屋がやって来た。

「我々はホルト事務所の者だ。現場の詳細を説明しろ。」

 クロウはいやげな顔をする。

「数は十一体。周辺被害は、死者ゼロ、行方不明者十一名、重傷者一名、軽傷者七名。怪物は全て討伐済み。...俺たちは帰らせてもらう。」

 クロウは必要最低限の情報を吐き捨てたのち、踵を返し歩き出す。白装束の男が何やら言っているがクロウは無視を貫く。

 とことことシロエはクロウの後ろをついていく。

「......あの人たちの話を聞かなくてもいいのですか?」

 シロエはクロウの裾をクイクイと引っ張る。

「話が長くなるのが嫌なんだよ。」

 クロウは歩みを早める。

 シロエは辺りにちらほらといる民衆に目を向ける。

「あの人が『黒染め』のクロウか。」

「あの剣は、怪物たちの血が固まり、こびり付いたせいで黒く変色したのですって。」

「やだぁ、ちょっと怖いわ。」

「いつも流血と怪物の返り血で血だらけですし、あまり近寄りたいとは思いませんわ。」

 クロウの戦闘を見物していた民衆たちが何やらひそひそと話をしていた。

「クロウ様、なぜあの方々はあんなことを言っているのでしょうか。」

 シロエは再び裾を引っ張る。

「俺のことをあまりよく思っていないんだろ。俺も、この町の人たちも、互いに距離を置いているんだよ。」

 クロウは気だるそうに答える。

 シロエは何かが理解できないのか呆然とした表情をする。

「どうしたんだ?」

 クロウは立ち止まり、シロエの方へ顔を向ける。

「......守ったのはクロウ様なのに、なぜ感謝をしないのでしょうか。」

 ぼそっと放ったシロエの言葉にクロウは少し沈黙した。

 感謝されることを俺がしたのか?そもそも俺はあの人たちのために戦っているわけじゃないのに、感謝されることなどあるのか?

「......怪物と戦うのが、俺の仕事であり当たり前だからだろ...」

 必死に考えてクロウが導き出せたのは、この短い回答だった。

 こうして、深夜に急に発生した『恐怖級』『イエモリ』の襲撃事件は解決された---




 太陽が空高くに上るお昼時、街はがやがやと人々が賑やっていた。

 夏祭りの準備は着々と進み、路頭は様々な色の提灯で飾られている。

 人々が行き来を繰り返す街路を、アルクは一人とぼとぼと歩いていた。

 アルクは最近、深夜帯に外に出かけていたため、これほど多くの人を見るのは久しぶりだった。

 会話をしていたり、作業をしていたりと、街の人々は何か目的を持って行動している。そして、満足そうな顔をしている---

 アルクは視線を地面に移す。

 守ることを辞め、何の目的も持たなくなったアルクにとって、この街の風景は眩しすぎた。

「別の仕事でも探そうかな......」

 地面に向かってボソッと呟く。

「あら、アルクちゃんじゃないの。」

 ふと、声をかけられた。振り向くと、小太りしたおばさんが野菜や魚などの食材が入った紙袋を持って立っていた。

「定食屋のおばちゃん......」

「最近食べに来ないから心配だったわよ。仕事でほかの町に行ってたの?」

 アルクは少しの間うつむき、沈黙する。

 やがて顔を上げ、

「別のお店に浮気しちゃってましたぁ。いやぁ、最近きつねうどんにはまっちゃって~。」

 薄ら笑いをし、少し相手を小ばかにする態度をとった。

「あら、浮気だなんて。きつねうどんならうちのお店にもあるわよ。」

「ぐっ、......えーと、本格的なものを食べたくて~」

「ふーん。本格的なきつねうどんね-。...この街にそんなお店あったかしら?」

 アルクはハハハと頭の後ろを掻きながら誤魔化す。

「まだお昼食べてないんじゃないの?よかったらうちのお店にいらっしゃい。」

 おばさんはアルクの手を引っ張る。

「え?ちょっと--」

 アルクはおばさんに引っ張られ、店へと向かった。

「さあ、入って入って。」

 アルクはおばさんに押されて店に入った。

 カウンター席にテーブル席が少々。壁には様々なアンティーク品が飾られた小さな食堂だ。

 壁に飾られた一つの写真が目に入った。定食屋のおばちゃんと中老のおじさんが写っている。

「......、----」

 定食屋のおっちゃん。この街にやってきたばかりの幼きアルクの面倒をよく見てくれた優しい人。そして---守ることのできなかった人。

 ググッと手を握り締める。

「ご飯できたわよ-。ほら、いつまでも立ってないで。」

 アルクは言われたようにカウンターに座る。

「はい、めしあがれ。」

 コトッとアルクの前にうどんが置かれる。

「きつねうどん?......」

「あら、最近きつねうどんにはまってるんじゃないの?これが当店の本格的きつねうどんよ。」

 アルクは割り箸を手に取る。

「......いただきます。」

 パキッと割り箸を割り、うどんをすする。特段おいしいわけではない。いつもと変わらない味だ。---クロウに初めて会った時に食べたうどんとおんなじ味だ。

 麺がなくなり、揚げがぷかぷかと浮く。

 アルクは揚げを器のふちに追いやる。スープの表面にアルクのぎこちない笑顔が写る。

 アルクはさっと揚げを中央に持ってくる。

「アルクちゃん、どうしたの?」

 おばさんがアルクの顔を覗き込んでいた。

「いやぁ、この揚げをいつ食べようかと思って。」

 アルクは顔をあげ、ハハハと笑って見せる。

 しかし、おばさんは首を横に振る。

「なんで、苦しそうな顔をしているの?」

 おばさんの言葉にピタッとアルクは動きを止めた。

「--なんでって......」

 おばさんはアルクの顔をじっと見ている。

「わたし、そんなに苦しそうな顔をしている?」

 アルクは笑って見せる。しかし、おばさんの表情は一向に変わらない。

「ええ。とても苦しそうよ。だって、あなたの笑顔は、私が生きてきた中で一番輝いていたから。」

 アルクは笑顔を作るのをやめた。張っていたほほの筋肉が緩み、少し楽になった。

「やっぱり。それが今のあなたの『表情』ね。...よかったら何があったのか話してもらえる?」

「.........」

 アルクは片手にグラスを握ったまま押し黙る。

「『戦わない』私に存在する理由ってある...?」

 アルクはぼそっとつぶやく。

「『守る』以外に私に求めることってあるのっ---」

 アルクは吐き捨てるようにつぶやく。

 おばさんはガタッと立ち上がり、ポットでアルクのグラスにお茶を継ぐ。

「私にとってあなたは実の子供のような存在だし、存在する理由なんて、生きているだけでいくらでもあるわよ。ただ---」

 ポットの口を上にあげ、テーブルの上に置く。

「あなたは守り続けるわよ。---この街を。」

 アルクはその言葉を聞き、ガンッと机にこぶしを打ち付けた。

「なんで、---私が『守る』って決めつけんのよ!私が守ったせいで結局傷つく。もう嫌なんだよ!守らなかったほうがましって結果になるのは!」

 おばさんに向かって叫ぶ。そんなアルクの罵声を、おばさんはじっと聞いていた。

「本当に『守る』ことをやめたの?」

「......さっきからそう言ってるじゃないの。」

 アルクはふてぶてしくいう。

 おばさんはアルクのとなりに腰かける。

「--じゃあ、なんで身に着けているの?」

 おばさんはポンポンとアルクが背負うものをたたく。

 アルクは背負っていたものを手に取る。

「あれ、なんで----」

 赤い盾--『赤色の便利屋』を象徴するまぎれもなく『守る』ための武器。

「人ってね、考えや感情がころころ変わる生き物なの。状況によっては今までやってきたことと真反対のことをし始めちゃったりするのよ。---そんな人間にも一つだけ変わらないものがあるの。」

 おばさんはアルクの胸にトンっと指をさす。

「正しいと信じ、どんな気持ちにも影響されない心の感情。---それが『信念』。そして、あなたの『信念』は---」

 アルクは赤い盾を見つめる。

「......『守る』こと--」

 アルクはぼそりとつぶやく。

「わかってるじゃないの。あなたが苦しんでいるのは存在理由を日失ったからじゃないの。『守る』という『信念』を無理に抑え込んでいるから。自分自身の強い『感情』を否定し続けているからなんだよ。」

 おばさんは優しく語り掛ける。

 赤い盾を見るアルクの視界が波打つように歪み、ぼやける。

「......じゃあ、この心の痛みも、吐き気がするようなこの気持ちも、だれかを『守る』ことで治るというの......」

 赤い盾の上に次々と水滴が落ち、川のように流れ落ちる。

「......まだ、私に『戦え』というの---」

 アルクは幼き子供のように泣き崩れる。

 おばさんはアルクの背中をさすりながらじっと見守る。

「大丈夫だよ。すべてがよくなるから。だって、アルクちゃんは夫にとっての--『英雄』だから。」

 しばらくの間、小さな店から少女のすすり泣く声が聞こえた。




「......遅いな。」

 壁の外の地下室に、ジョイは椅子に腰かけて待っていた。

「それにしても、『自由の象徴』がやられるなんてな。末恐ろしいものだ。『赤色の便利屋』というものは。」

 ジョイは底の抜けた床の穴から下を覗く。壁には大量の斬撃跡が残り、床は怪物たちの赤い血がびっしりとこびりついている。

「また、危険度『悪夢級』になりえる素材を捕まえてこないとだな。」

 ジョイはポケットから三つのビー玉を取り出し、地面に転がす。

 バキッと割れ、ビー玉が変形を始める。みるみる変形し現れたのは、手足をもがれた三人の便利屋だった。

「~~~~~っ!」

 必死にもがいているが、のどを潰されているため何を言っているのかわからない。ただ、苦しんでいるのは明確だ。

「まあ、あわてるなって。フィナーレが帰ってきたら貴様たちも『怪物』にしてもらえるんだからな。」

 ジョイの言葉を聞いてか、三人の便利屋はより一層もだえる。

 ギィ--、奥の扉がゆっくり開く。

「---きたか、フィナーレ。」

 ひょろりとした体に白い布で首から上を覆い、顔の部分ではボタンと糸で雑に顔を表現した、一見テルテル坊主を連想させた姿の男が立っていた。

「遅かったじゃないか、待ちくたびれた---」

 次の瞬間、ドサッとフィナーレの頭が下に落ちた。頭はごろごろと転がりジョイの足元でピタリと止まる。首からはだらだらと赤い血が流れている。

「は?」

 ジョイは扉の奥にいるもう一人の人物に目を向ける。

「お初にお目にかかります。わたくし、エンバン事務所所属の便利屋、ワンという名前の者でございます。」

 赤い仮面をつけたワンは紳士的なお辞儀をする。

「便利屋か。---なら死ね。」

 ジョイは六つのビー玉をワンに向かって投げる。

 ビー玉は次々に変形し、ダイナマイトへと姿を変える。

 ダッダッダッダ----!次々と爆発の連鎖が始まる。

 しばらくして爆発は収まり、シューと辺りに白い煙か立ち込める。

「いきなり攻撃してこないでおしいな。びっくりしたじゃないか。」

 煙の中からワンの声がし、ジョイは目を凝らして煙の中を見る。

 ダイナマイトの爆発を食らったはずのワンには、体どころか着ている服ににすら、傷の一つもついていなかった。

「貴様、並の便利屋じゃないな。クラスAか。」

「いやいや、きみが弱いだけじゃないの?」

 ジョイはワンの言葉に血管を浮きだたせる。

「......調子に乗るなよ小僧。次はどデカい技をぶち込んでやろう。」

 ジョイはバサッとハンカチを広げる。ハンカチに右手を突っ込み、何かを一気に引っこ抜く。

 バチバチバチ---

 帯電した機械仕掛けのライフルが現れる。

「旧世代の兵器---超電磁砲。なかなか興味深いものを持ってるね。」

 ジョイはスコープを覗き引き金に指をかける。

「---死ね」

 ツ---ッ-------------!

 すべての音かかき消され、空間すべてが白い光に染まる。

 ジョイはスコープから目を外す。少しの間、白色と無音の空間が続いた。

 ジョイの視界と聴力が回復する。空間は何倍にも広がり、壁の一部はマグマ化している。もともと部屋にあったものは全て塵も残らず消えていた。

「......何だったんだ、あの小僧は。」

 ジョイはレールガンをハンカチに戻し、一息をつく。

「だから、私はエンバン事務所のワンだって。」

 突然発せられた声に、ジョイはギュルッと体を反転させ大きく後ろに跳ぶ。

「勝手に死亡扱いすんなよ。--、まあ、今の攻撃の威力だったら『悪夢級』位の強さはあるんじゃない?」

「......小僧、本当に人間か?」

 ジョイは眉間にしわを寄せ、しかめっ面をする。

 ワンはジョイの質問に対して、手を顎に当て、考えるしぐさをとる。

「うーん、怪物ではないが、人間っという分類に該当するかっと言われれば怪しいところだな。......そんなことよりも、そろそろ攻撃するのを辞めてもらえないかな?僕はキミと敵対するためにやって来たわけではないんだよ。」

 ワンは両手を上げ、無抵抗であることを表す。

「何を言っているんだ?貴様は私の仲間を一人殺しているくせに。」

 ジョイは悪態をつきながらも警戒を緩める。

「いやいや、フィナーレだっけ?この子はすでにR社の人物に殺されていたんだ。僕はその死体を持ってきただけ。キミが話も聞かずに攻撃したからややこしくなったんだよ。」

 ワンはやれやれといわんがばかりの仕草をとる。

「仲間の死体を持って『便利屋です』って自己紹介されたら、普通敵だとみなすのは当たり前だろ。」

 ジョイは釈然とせずため息をつく。

「......で、話ってなんだ?ワンさんよ。」

 ジョイはふてぶてしい態度をとり続ける。

「いやぁ、R社のやつらの話を盗み聞きしたんだけどさぁ、」

 ワンはニヤリと笑う。

「この町にいるらしいよ。---白髪の少女が。」

 ジョイは目を見開く。

「何、だと--」

 ジョイは動揺を隠しきれないでいた。

「さて、キミはどうする---」

 ワンの問いかけにジョイは不気味な笑い声をこぼす。

「作戦変更だ。」

 ジョイは地上へと階段に向かう。

「---『浄化』の前に『復讐』だ。」

 日が沈み始める中、ジョイは町へと向かう---




 がやがやと人々が集まっている。数多くの屋台が並び、子供たちが仮面をもって走り回っている。

 クロウは人込みから少し離れたベンチに座っていた。

 人込みの奥のほうから、ドンッドンッドンッと太鼓をたたく音が聞こえる。

「間近で聞くと、かなり大きな音なんだな。」

 クロウはビリッと袋を破り、アイスキャンディーを片手に持つ。

 今日は夏祭り。正式には『聖天祭』。約三百年前、世界を歪ませた『六枚翼』の従者、十二体の『使徒』を討伐した十二の『天使』を称える祭りであり、八月の最後の日にすべての町で同時開催される。

 クロウはアイスをなめながら祭りのほうをぼーっと眺める。

 屋台の前で集まる子供たち、店の前でジョッキを片手に騒ぎ立てている大人たち。多くの人たちが肩を組み、各々楽しんでいた。

「......やっぱり、街って変わってるな。」

 クロウはどこか寂しそうにつぶやく。

 中央区にも夏祭りはあった。しかし、祭りというよりかは式典に近く、表彰や演説が行われ、その後にホテルでパーティーが行われるというものだった。

「......この街に溶け込めたら楽しくなるのかな?」

 アイスを口にくわえる。--バキッと半場半ばで折れた。アイスの棒に書かれた『あ』という文字が現れた。

 アルクといたときはこの街に対して退屈と思ったことはなかった。アルクの行動に振り回され、様々な出来事に巻き込まれた。時には怒られ、時には感謝され------

 ズシッと急に胸が重くなる。

「......どうして、アルクに、あんなことを-----」

 目頭に手を当て、顔を俯かせる。

 アルクは今、何しているんだろうか。この祭りのどこかにいるのかな。それとも、また一人で戦っているんだろうか。もし、もう一度出会い、謝ることができれば-----

「...............流石に都合がよすぎるよな。」

「アルクってどなたでございましょうか?」

 前から突然声がした。顔を上げるとりんご飴をぺろぺろとなめながらシロエが立っていた。

「クロウ様のお友達でしょうか?」

 シロエは無表情のままリンゴ飴をなめ続ける。

 クロウはしばらく考え、

「友達......だったかな。」

 クロウはにヘラと笑いながら答えた。

「そんなことより、祭りのほうは大丈夫なのか?」

「はい、もう充分です。......クロウ様と一緒じゃないとあまり楽しくないので。」

 シロエはぽつんとつぶやく。

「......悪いな。俺、こういうのあんまり好きじゃないからさ。」

 クロウは謝りながらもシロエの様子を見る。

 頭にはお面をかぶり、手には綿飴とりんご飴、それと、一匹の赤い金魚が入った袋を持っている。背中には白いライフル銃のほかにおもちゃの光る剣を背負っている。

「かなり楽しんでたんじゃないのか」と疑念を持ちながらもベンチから腰を上げる。

 ヒューと冷たい風が吹く。見上げると、夜空に灰色の雲が広がりつつあり、今にも雨が降り出しそうだ。

「こりゃあ、花火は無しかな。」

「花火?......」

 シロエは首をかしげながら聞いてくる。

「知らねえのか?」

 シロエはコクリとうなずく。

「花火っていうのはな---」

 クロウは腕を組んで考える。

「火薬を空に打ち上げて爆発する-もの?」

 説明するが、シロエはきょとんとしたままだ。

「説明が難しいな。...要するに、いろんな色の光が夜空に広がってすげぇきれいなんだよ。」

「......いろんな色。」

「そうだよ!赤や青、黄色や緑なんかに光るんだよ!」

 シロエの反応に対して、クロウは興奮気味に説明する。

「......他には?」

「んーと、紫にオレンジ色、黄緑に青紫色かな。」

「......他には?」

「紅色に青緑、赤紫に...薄緑色。」

「......他には?」

「さすがにキツいっす、シロエさん。」

 シロエの質問攻めにクロウは折れた。

 シロエはどことなく寂しそうな顔をする。

「他って......一体何色がいいんだ?」

 シロエはクロウのほうを向く。

「いえ。......花火、大変美しそうでございますね。」

 シロエはいつもの無表情な顔に戻っていた。

 本当に納得したのだろうか。ほかに求めていた答えがあったのじゃないのか?

「さあ、参りましょう。クロ様。...雨が降りそうです。」

 シロエはくるっと踵を返し歩き出す。

「お、おう。」

 クロウはシロエの後を追いかけるように歩き出す。




 クロウとシロエは会話もなく街路を歩く。

 この街路は通行量の多い、街のメインストリートの一つである。しかし、祭りの影響でクロウとシロエの二人を覗いた通行人は誰一人としていなかった。

 コツッ、コツッ--二人の足音が街に響く。この異様な静けさが、この世界にクロウとシロエの二人しか存在しないのかと錯覚させられる。

 クロウは少し前を歩くシロエの後ろ姿をじっと見ていた。

 似てる。『白い霧』にどことなく似ている。外見も、雰囲気も----しかし、どうしても同一とは思えない点があった。

 クロウは胸に手を当てる。

 ドクンッ---胸が熱くなるのを感じる。『白い霧』を見たときは胸を締め付けられ、体が凍っていくのを感じた。しかし、シロエを見ていると胸が熱くなり、不思議な感情に支配される。悲しみも、怒りも和らいでいく。アルクの横にいたときに感じた楽しさや安心感とはまた違った、なんていうか、懐かしいような、新鮮なような----

「クロ様、如何なされましたでしょうか?」

 シロエはクロウの方を向き、不思議層に見ていた。

 クロウはじーっとシロエを見る。

「?」

 シロエは不思議そうに首をかしげる。

 あまり気にしていなかったが、年寄りでもないのに髪が白いのってシロエ意外に見たことがない。それに、あまり世間的一般常識を知らなかったり謎な所が多い。

「なあシロエ。お前について質問してみてもいいか?」

 クロウの唐突の質問にシロエは歩みを止めた。

「......はい、何なりとお申し付けくださいませ。」

 シロエは無表情のまま振り返る。

 クロウは少し考えて、一番気になっていたことを質問する。

「俺のことを『クロ様』って呼んでいるけど、それって誰の事?」

「.........」

 シロエは少し困った顔をする。

 シロエの様子を見て質問を変える。

「じゃあ、『クロ』ってどんなことをしてくれた人?」

「クロ様は---。」

 シロエは口ごもる。伝えようとはしているが、言葉にできないでいる様子だ。

「クロ様は?」

 クロウはシロエの返答を待つ。

「......英雄だったと思います。」

 --英雄。久しぶりにその二文字を頭にした。クロウが憧れた人物。同時にこの町でのアルクであり、人々に称賛される存在。

「--その『クロ』ってやつはお前を守ってくれたりしたのか?」

 クロウは少し息苦しさを感じながらもシロエに質問する。

 知りたい--『英雄』はどんなことをするのか。どんな行動を起こせば『英雄』になれるのか--

 クロウはシロエが出すであろう答えに期待する--

「......『守る』とはどういったものでしょうか?」

 シロエの答えに対してクロウはひどくがっかりする。

 またいつもの質問か。

 クロウは溜息を吐く。

「『守る』っていうのはな---」

 クロウの話はそこで止まった。次の言葉が出なかった。

 『守る』ってなんだ?体や命を傷つけさせないように身を呈してかばうことか?それなら、俺にストーカーをして怪物と戦ったアルクの行動は俺を『守った』ことになる。そうなれば、アルクが俺を『守った』せいでアルクのことが信用できなくなったことになる。これが『守る』ってことにしていいのか?それとも、バース先輩とミナ先輩のように命を落とすぐらいじゃないと『守る』ってことには成らないぐらい困難なことなのか?

 ぽつぽつと雨が降り始める。雲は雨を落とさずにいられるのも限界のようだ。

「ごめんシロエ。どうやら俺も理解できてないようだわ。」

 クロウはハハッと笑って誤魔化す。

「......」

 シロエは目を閉じて黙ったまま首を横に振る。

 ザ---------------ッ

 雨が本降りになった。

「やばっ。とりあえず屋根の下まで走ろう!」

 クロウは少ししたところにある、店の軒下を目指して走り出す。しかし---

「......どうしたんだよ、シロエ。」

 シロエはその場に突っ立ったままだった。

「そんなところにいたら濡れるぞ。...て、もう濡れてるけど。」

 シロエは顔を上げる。

 シロエの顔は笑顔だった。初めて見るシロエの笑顔。しかし、無理をして笑顔を作っているのは目に見えて明らかだった。

「......すみません。ここでお別れみたいです。」

「--え?」

 クロウはシロエの言葉を理解できなかった。

 雨と一緒に一個のビー玉が降ってきた。何やらうねうねと歪んでいる。

 シロエの顔の真横に位置したとき、ビー玉が変形する。

「この場からお逃げください。クロ様。」

「何を言って---」

 ドウン--------!!

 シロエの真横で大きな爆発が起きた。

「シ、シロエ--------!!」

 クロウは我を忘れて駆ける。

 爆発の煙を抜ける。シロエは爆風によってかなり飛ばされていた。

「シロエ!大丈夫か?!」

 クロウはシロエを抱きかかえて呼びかける。

 だらだらだらと血がこぼれた。シロエの脇腹には大きな傷ができていた。

「ク、ロ、様?なぜ、逃げ、て、いらっ、しゃらない、の、ですか--」

 シロエは今にも消えそうな声で反応する。

「げほっ!」

 シロエは咳詰まる。べちゃッと血を吐く。

「今はしゃべるな!息をすることに集中しろ!-くそっ、なんで止まらねえんだよ!」

 クロウは必死に傷口を抑えるが、血はどろどろと滝のように流れる。

「お願いだ!止まってくれ!死ぬのだけは!死ぬのだけはやめてくれ!」

「おね、がいで、す。逃げて、下、さい--」

 シロエはクロウの頬へ手を伸ばす

「何を言っているんだよ!今は自分の身を心配しろって----」

「邪魔だ、人間。」

 ズガッ----腹に重い衝撃を感じた。

「ごはっ!」

 クロウはすごい勢いで地面を転がる。

「っ、何なんだよ!--------」

 クロウは顔を起こす。シロエの後ろに一人の男が立っていた。

 杖を持ち、二本の青色の角を生やし、赤鼻のピエロの仮面をつけた高身長の男がそこに現れたのだ。

「やっと見つけたぞ、白い少女。」

 ピエロはガシッとシロエの首を掴み、持ち上げる。

 ボタボタボタと血がこぼれる。

「は?瀕死じゃないか。おいおい、勘弁----」

 ピエロはシロエの首を持ったまま振りかぶり、

「--してくれよ!」

 シロエを地面にたたきつける。

 ドゴンッと地面にクレータができた。

「てめえ、何やってんだ------!」

 クロウは剣を抜き、ピエロに向かって駆け出す。

 剣を握る手に力を籠め、大きく振りかぶる---ゴゴゴッと黒い煙が噴き出る。

「シロエから離れろ---!」

 クロウはピエロめがけて振り下ろす--

「喚くな」

 ピエロはシュッと一枚のカードを投げる。カードには長槍を持った騎士が描かれている。

「やれ、『JACK』。」

 ボシュッ、カードから槍が飛び出した---

 槍はクロウの右脇腹の肉をえぐり取る--

「がはっ!」

 脇腹に燃えるような痛みが走る。体から力が抜け、膝から崩れる。

 ピエロは倒れてくるクロウの首をガシッと掴む。

「私は忙しいのだよ。君にかまっている時間はない。」

 ピエロは持っていたハンカチを変形させる---グニャグニャと歪み、スタンガンへと変貌した。

「血で服を汚したくはないからな。---そのまま意識を失え。」

 ピエロはクロウの脇腹の傷口に、帯電したスタンガンをねじ込む。

「ぐががが---っ」

 クロウの全身に電流が駆け巡る。クロウの体から焦げたような臭いが漂う。

 ドサッとクロウは背中から倒れる。

 視界がぐらぐらと歪む。体の感覚が狂い、動かすことができない。

「忌々しい白いバケモノが。簡単に死ねると思うなよ!」

 ピエロは、倒れたままぴくぴくと震えることしかできないでいるシロエに手を伸ばす--

 このままだと、シロエを連れていかれる---

 クロウは両手を地面につき、震えながらも体を起こそうとする。

「待て、よ。クソ怪物、野郎、が。」

 ピクッとピエロは立ち止った。

「クソ怪物?」

 ピエロがクロウに近づいてくる。

「無能な人間ごときが我々怪物たちに向かって『クソ』扱い?」

 ドンッ--ピエロはクロウの頭を踏み潰す。

「調子に乗るな!力もなく、体は脆く、意思も決意も中途半端!そんな奴らがなぜ、怪物たちを馬鹿にできる!」

 ピエロはスタンガンをクロウに突き刺す。

「ぐがが---っ!」

 全身に電気が駆け巡る。

「なに苦しそうにしてるんだ?我々をクソ扱いするんなら、これぐらい耐えてみろよ!」

 ピエロはさらに電流を強める。

「がああああああ!」

 全身に激痛が走った。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い-----

 頭の中が『痛い』で埋め尽くされる。

「---!------------!------------!」

 ピエロが何か言っている。

 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ-------

 クロウのすべてが『イタイ』で埋まっていく----

 かすかな感情でクロウは思う---

 このまま苦痛が続くのか----このまま痛みが続くのか-----

 クロウは手を伸ばす。わけもわららずその名前を口にする---

「シロ、エ...」

 バンッ-------乾いた音がした。

「っは!」

 ピエロの息の詰まったような呻きとともに、クロウの感じ続けた痛みが止まる。

 クロウはゆっくり目を開く。

 ピエロは肩を抑えていた。ピエロの目線の先には-------

 ライフルを構えたシロエの姿があった-----

「はあ、はあ、はあ、」

 シロエは息を切らしている。額からは血が流れ、純白の髪は真っ赤な血で濡れている。腹からは相変わらず血が流れる。

「くそっ、まだ動けたのかよ---」

 ピエロはシロエに向かって歩き出す。

 シロエはピエロに銃口を向けなおす。

「---ふん、遅いわ」

 ピエロはハンカチから銃を取り出し、ためらいもなく撃つ。

「ぐっ---!」

 弾丸がシロエの肩を貫通する。

 シロエは痛みに耐えながらライフルの引き金を引く---

 バンッ---銃口から弾丸が勢い良く飛び出す---

「二度も当たると思ったか?」

 ピエロはビー玉を一つ投げ、パチンっと指を鳴らす。

 キンッとシロエの放った弾丸は、突如現れた鉄の壁に阻まれ、無残にも飛び散る。

 バンッバンッ---ピエロは連続して二発撃つ。

 ライフルを持つシロエの手に当たった。ライフルは弾かれ、シロエは履けるように後ろへ倒される。それでも---

「はあ、はあ、---」

 シロエは震えながら立ち上がる。

「なに、やってんだよ、シロエ---」

 クロウはシロエの行動を理解できなかった。

「もう戦うな!どうやっても勝てる相手じゃない!今すぐ逃げるんだ!」

 クロウは腹の底から叫ぶ。

 シロエはいつもクロウの命令を聞いてくれる。一度も無視したことがなかった。

「今は生き延びることを考えろ!俺のことは放っておけ!」

 シロエは必ず命令を聞く。クロウの言うとおりに逃げてくれる。しかし、

 シロエはライフルを手に取った。

「クロ、様、を、いじめ、ない、で--」

 シロエは再びライフルを構える。

「は?この小僧を守ろうとしているんかい?ははは。...ふざけんな--」

 ピエロはわなわなと体を震わせながら銃口をシロエに向ける。

「自分が何をしでかしたのが分かってんのか?!貴様が存在しているせいで世界が歪むんだ!貴様はこの世界にとって害そのものだ!」

 パンッ---ピエロは引き金を引く。

「もういい。貴様の力が手に入ればそれでいいからな。---じゃあ、死ねよ!」

 銃弾がシロエの頬をかすめる。

 シロエは動じない。ピエロに照準を合わせる。

「嫌われたっていい---恨まれたっていい-----私は--------」

 シロエは引き金に指をかける。

「クロ様を、お護りします-----!」

 ドウンッ------!

 赤色じみた銃弾が勢いよく飛び出す---

「だから、----それは無駄な抵抗に過ぎない!」

 ピエロは再び鉄の壁を展開する。

 銃弾と鉄の壁が接触する。銃弾は壁に阻まれ--------

 ガンッ!----

 銃弾が鉄の壁を突き破る。そのままピエロへと迫る---

「なっ----?!」

 ピエロは咄嗟に銃で顔を守る。

 ガシャッ!と銃に銃弾が当たりバラバラになる。銃弾は軌道をずらし、ピエロの顔をかすめて後方へと消え去った。

「はあ、はあ、はあ、」

 シロエはひどく息を切らし、がシャリとライフルが地面に落ちる。

「----ふざけやがって。」

 ピエロはプルプルと肩を震わす。

「貴様ごときがこの私に!二発も当てやがって!」

 ピエロはハンカチから引っこ抜く---チェーンソーが現れる。

「殺してやる!」

 ガガガガッとチェーンソーの刃が回り出し、ピエロはずかずかと歩き出す。

「消えな!この世界から!」

 ピタッとピエロの歩みが止まった。

 ピエロは肩を強く捉まれ、一歩も前に進めない。

 ピエロは後ろを向く-----

「それ以上、喋んじゃねえ!-----」

 クロウはピエロの顔面を思い切り殴った。

 バシャンッとピエロは水たまりの上にこける。

 クロウのこぶしから血が垂れる。

 ピエロはおでこを抑えたまま立ち上がる。

「小僧、戦意喪失したはずじゃ----」

 ピエロの仮面の一部がボロッと崩れ、片目が露になる。

 クロウはさらに強くこぶしを握り、たらたらと血が流れる。

「俺は弱いよ。シロエやあんたより。」

 俺はすぐに弱気になる。恐怖や痛みに駆られると、それしか考えられなくなる。

「意志も、思いも、心も弱い。」

 他人の思いや痛みも考えず、自分を被害者だと思い込む。結局自分のことしか考えられていない。

「夢も、決意も中途半端だ。」

 ただ『英雄』に憧れるだけで、それを目指す決意はすぐに崩壊してしまう。

「それでも--便利屋として、俺のやるべきことは分かるよ。」

 シロエの『決意』を見るまで分からなかった。気づくまでに時間がかかった。それでも--まだ間に合う。

 クロウは剣を手に取る。力強く握る。全身に力を籠める。---感情が高ぶり、決意がみなぎる----

 英雄になる?そんなもの今は必要じゃない。

 目の前にいる敵をまっすぐ見る---

「俺は-----シロエを『護る』!」

 ボッと黒い煙がクロウから噴き出す。

「なんだ、その煙は。お前、そのなりで能力持ちか?!」

 ピエロはカードを投げる。

 カードは歪み、槍を持った騎士に変貌する。

 騎士は槍先をクロウに向け、襲い掛かる。

 クロウは剣先を下に構える。呼吸を整え、両手に力を籠める---

「---『開幕』!」

 背中から二本の『黒い翼』が生え、煙が剣に集まる。

 剣を横なぎに振る。煙は形を変え、大きな黒い刃となる---

「なっ-----------!」

 黒い刃は槍を切断し、騎士の体を真っ二つに薙ぎ払った。

「バカな?!『災害級』の怪物を一撃だと?!」

 ピエロは驚愕し、一歩後ろに下がる。

「シロエ!夏祭り会場の方へ迎え!このことを知らせるんだ!」

 シロエは体をビクッと言わせる。

「しかし、クロ様が--」

 シロエは困った顔をしている。

 クロウは少し考え、微笑んで見せる。

「--大丈夫。絶対に死なねえから。」

 シロエは少し驚いた顔をした。その後、意を決したように踵を返す。

「......信じていますから。」

 シロエは祭り会場へと駆け出した。

「行かせると思ったか?」

 ピエロは猟銃を取り出し、シロエの背中を狙う---

「させるかぁぁぁぁ!」

 クロウは翼をはばたかせ、突風のように襲い掛かる。

「くそっ!」

 ピエロは猟銃で受け止める---

 ギィィィィン-----!甲高い音が鳴りひびく。

 ピエロは勢いに押され、建物の壁へと吹き飛ばされる---

 バラバラバラと壁が崩壊する。

「最悪だ。何もかもうまくいかない---」

 誇りが立ちこもる建物の中、ピエロはヨロりと立ち上がる。

 ズサッ、ズサッ----

 二つの『黒い翼』を携えた少年が入ってくる。

「......それが貴様の力か。--ならば、『悪夢級』の真の恐ろしさを味合わせてやる。」

 ピエロはハンカチから青い杖を引き出す。

「お前を倒さないとシロエが殺される。だから----」

 クロウは黒く輝く剣をグググッと握る。

「勝負だ、クソ野郎!」

 雨の中、人知れず戦いが始まった----


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