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十二色環~英雄はやがて黒く染まる~  作者: 永遠の大学二年生
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一章 黒い少年、便利屋になる(前編)

初めて小説というものを書いてみました!今のところ、三章で完結って感じで考えています。

何もかもが初めてなので、良い点、悪い点、感想やアドバイスなと様々なことをコメントしていただければ助かります。

なにとぞよろしくお願いします!

 パチリ----少女は目を開ける。

 辺りに焦げたにおいが漂う。周りを見渡すと、瓦礫の山々が広がっている。

 日は落ち始め、辺りが夕日の色に染まっていた。

 ガラッ---瓦礫の崩れる音がした。もぞもぞと何か動いている。

 少女は音のした方を向く。瓦礫と瓦礫の隙間から人間の腕を覗かしている。どうやら一人の男が瓦礫の中に埋もれているようだ。

 ズサッ、ズサッ、ズサッ----少女は男の方へと近づく。

「---ひぃっ!ち、近づくな!」

 男は少女を見るや否や、気を動転させながら少女が近づくのを拒む。

「-----大丈夫、ですか?」

 少女は男にやさしく手を差し伸べる。

「......お願いします、見逃してください。お願いします、お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします-----」

 男は壊れたかのようにつぶやき始める。

「---また、なのですか......」

 スゥ-----少女は伸ばしていた手を引っ込める。

 少女は踵を返して歩き出す。

 ボコッ、ボコボコッ------突如、男の体が歪み始める。

「ぐっぎぎぎぎぎぎぎギギギギギギギギギギギギ-----------!」

 男がドロドロと溶け、ゲル状の生き物へと変貌した。「ギィ、ギィ」と鳴きながら瓦礫の山へと姿を消す。

 生き物たちは私に近づこうとしない。私が近づけば、生き物は怯え、狂い、やがて壊れていく。

 空には鳥だった何かが飛んでいる。瓦礫の山の天辺には、人間だった何かがゆらゆらと歩いている。この世界固有の生き物は、その姿を歪め、新たな生き物として姿を変えてしまった。

 少女は白い手を自分の胸に当てる。

 -----何も感じない。かつて感じていた音も、温かさも感じない。そこにはただ、空白が広がっていた。

 ヒュゥ---風が吹き、少女の白い髪がなびく。辺りが燃えているせいか、頬に当たる風に熱さを感じる。

「---感じられるのは、熱さと痛みだけなのですね......」

 少女はそのまま目を閉じる-------

 --------ドスッ。

「---えっ----?」

 少女は自分の胸元を見る。---黒色の剣が胸を貫いていた。

 ドクッドクッ-----燃えるような痛みが広がる。

「---お前は壊しすぎた。もう、収拾がつかないぐらいに世界を歪めすぎた。」

 背後から声がする。少年が背後から話しかけていた。

 壊す?歪める?何のことかわからない。私は立っているだけ。相手が勝手に壊れているだけ。勝手に歪んでいるだけ。私は何もしていない。はずだ----

「----お前がいなかったら、こんな惨劇は起きなかった。----お前さえ生まれてこなければ!---」

 背中にかけ刺さっていた剣がドプッと抜ける。支えを失くした少女は崩れるように倒れた。

 ドサッ---少女は仰向けの状態になる。胸から湧き水のように血が噴き出る。背中に生えた純白の翼が赤く染まっていく。

 ドクッ、ドクッ----燃えるような痛みが全身に伝わる。

 少女は少年に目を向ける。六枚の黒い翼を生やし、手に持つ黒い剣からはポタッ、ポタッと赤い雫が落ちる。少年は苦しそうな顔で涙を流している。

「お前はなぜ、平気な顔をして人を壊せる?!そんなに人々を歪めるのが楽しいか?!」

 ズブズブズブッ---肉をえぐりながら少女のみぞおちに剣が刺さる。

「---今度はもっとましな生まれ方をしな。じゃあな『怪物』。」

 少年は剣を刺したまま、少女の元から去っていった。

 ヒュゥ----熱い風が吹く。

 ドクドクと胸とみぞおちから赤い血が流れる。

「......私がいたから、歪んでしまった。私が生きていたから、世界が壊れた---」

 ズキッ-----空っぽのはずの胸に痛みが広がる。剣で刺されたからかもしれない。少女の胸は感じたことのない痛みに支配されていく。

「......私はなぜ、この世界に生まれてしまったのでしょうか---」

 ズキズキズキッ------胸に痛みが広がっていく。

 ドクドクドク---少女を中心に、赤い水たまりが広がっていく。

 少女は天を見る。夕焼け色だった空は、少しずつ黒色に染められつつあった。そんな中、一つ、白く輝く星を見つける。

 ベチャリと血だまりの中から手を動かす。少女は剣が刺さったまま、ゆっくりと星へ手を伸ばす-----

「......一人ぼっちで輝いても、寂しいだけですよ-----」

 白い少女は、夜空にポツンと輝く白い星の下、ゆっくり目を閉じた。




「--ですから、B社は新たなエネルギーを作り......」

 クロウは先生の話を聞き流しながら塀の外を眺めていた。そこにはスラム街が広がりさらに先には巨大な壁がそびえ建つ。

 モクモクと柵の近くの家から黒い煙が出ている。

「また怪物探しでもしているのか?」

 隣の席の生徒が唐突に話しかけてくる。

「いや。あの家っていつから燃えているんだろうと思って。」

「確か昨日の夜からだろ。聞いた話しでは家主が大量の怪物に襲われたらしいけど。」

「へ〜、どんな怪物?」

「頭が鳩のおっさん」

 クロウは「なんだ?その生き物。」と返すと、視線を教室内に移す。

 教室内には二十人の十四歳から十五歳の生徒が授業を受けている。いずれもこの町を管理するR社に将来入社することが決まっている。中でも、クロウはR社の御曹司として会社を継ぐことが決まっていた。

 クロウは大きなため息をつく。

 二つ後ろに座る女の子がクロウをちらちらと見ている。昨日「一緒に帰りませんか?」と誘われ、一緒にクレープを食べた女の子だ。

「はぁ」ともう一度ため息をつき、クロウは残り少ない授業時間で、この後来るであろう女の子の告白を断るための台詞を考えることにした。

 この町は人口約百万人に満たない大きな町ではないが、三百年前、六枚翼によって世界が崩壊した後発足した十二の会社の一つ、R社によって構築された歴史ある町である。

 しかし、富裕層と一般町民の居住地は、中央区・周辺地域と完全に分けられており、クロウにとって町は、R社とその周辺だけの窮屈な町であった。

 チャイムが鳴る。

 結局、断る口実は完成せず、女の子がこっちに来る前にクロウは屋上に避難することにした。

 廊下を歩くと、立ち話をしていた別のクラスの生徒がクロウを見ると声をかけに近づいてくるのが見える。

 入学当初は、自分を見るや否や頭を下げ、声をかける者など誰一人として存在しなかったことを思い出す。--よくここまでなじめたものだ。クロウは、自分自身の人付き合いの上手さに感心する。

 その生徒の話に興味がなかったクロウは、適当に返事をし、屋上に向かう。

 四月初頭のこの時期、昼を過ぎ、少し肌寒いためか、屋上には誰一人としていなかった。

「本でも読むか。」

 クロウはフェンスを背にして座り、父親の書斎からくすねてきた『赤い英雄』を読み始める。

 --物語に出てくる一人の便利屋。その便利屋は小さな街を守るため、赤い翼を広げ

無数の敵と凶悪な怪物と戦う。街に恐怖が訪れることはなく、その便利屋は『英雄』と呼ばれる。--

「『英雄』か--」

 クロウはそうつぶやき、フェンス越しに町の風景を眺める。

 そこには、いつもと変わらない日常が流れていた。



 

 学校が終わり、クロウは家に帰ってきた。

「「「お帰りなさいませ。」」」

 家政婦たちが一列に並んで頭を下げる。

 応接間でアペック事務所の便利屋と、クロウの父親ブラックが対談している。

「ブラックさん、先日、『個室のサーカス』の一人と思われるピエロを見かけたという報告がありました。私達の事務所から新たな便利屋をお呼びしましょうか?」

「必要ない。そのピエロは何も成し遂げることはできない。」

 父が応接間にいることを確認したクロウは、ある計画を進めるべく、ソーッと家の蔵に向かう。

 ギギギッと重い引き戸を開けると、そこには、大量の武器が並べられていた。工具職人が怪物から作った武器らしく、剣や鉄砲の見た目の物から、ただの球にしか見えない物まである。

 そんな武器を横目に、クロウは奥まで進む。

「あった、あった。」

 そこには、長さ一メートル程の黒い剣が立て掛けられていた。

 ヒョイとクロウは剣を持ち上げ、鞘から抜く。

 剣の刀身は透き通った黒色をしており、クロウの顔が映るほど磨かれていた。

 クロウは蔵から出て、剣を二、三回軽く振る。

「ふんっ!」

 剣を力強く振ると、ズン!っと音を立て、庭の木がなぎ倒される。

「やっと、ここまで使えるようになった。」

 そういいクロウは剣を鞘に戻す。

 黒い剣を掲げ、クロウは一人で宣言する。

「俺は『英雄』になる--。」

 この日、十五歳の少年は『日常』を捨てた。




「寒っ!」

「だーから言ったじゃないですか。ぜっったいに上着貸しませんから!」

 夜の二時を少し回ったころ、ショウタとタクヤは、中央区と周辺地域を分ける塀の門番をしていた。

「そんなこと言うなよタクヤ君よ。怪物に家を焼かれ、俺はすべてを失ったんだぞ。かわいそうとか思わないのか?」

「自業自得でしょ。そもそもなんで、関わるなといわれている『ポッポフレンド』と生活してたんすか?!」

「いやぁ。実は、あいつら良い奴なんだよ。俺の愚痴に付き合ってくれるし、家事は全てこなしてくれるし、俺が家に帰ると、『今日も一日頑張ったわね。あ・な・た?』と言ってくれるんだぞ。いい夫婦になれると思ったんだがなぁ〜。」

 ショウタは遠くを見つめながら言う。

「え、そういう生体の怪物ですけど?!親友のように接し、おねだりを聞いてくれないと仲間を連れて襲い掛かってくる怪物っすよ!」

 そんなたわいもない会話をしている時、タクヤは剣を背負った少年が、こっちに向かってきているのを見つけた。

「先輩、R社の方から誰かこっちに向かって来てますよ。どうしたんでしょうか?」

 ショウタは煙草に火をつけながら、

「なんだぁ?俺は今、ユミコ以外の人間に興味がないからな。」と生返事をする。

「ユミコって誰ですか?怪物のことだったら、『赤色の便利屋』に殺されてますからね。」

 そう言いながら、タクヤは少年の方に近づく。

「中央区にお住みの方でしょうか?よろしければ、身分証明書の方をお見せください。」

 タクヤがそう言うと、

 ぽん!、と少年はタクヤの手のひらに紙の束を置いた。

「こういったものは受け取れないようになっておりまして---」

 タクヤが言い切る前にスバッと横から紙の束を取られた。

「ユミコ。ダイヤの指輪を買ってやるから待ってろよ!」

 ショウタは雄叫びを上げながら飛び跳ねるように走り去った。

「先輩?!その金受け取ったら色々ヤバいですから!あと、ユミコはもう死んでいますから!」

 そういい残し、ショウタとタクヤはスラム街へと走り去った。少年を置いて--。




 朝の九時ごろ、朝食をとるため、キョロキョロとクロウはあたりを見渡しながら歩いていた。

 クロウがこのスラム街に入った時はすでに真夜中だった為、食事はとれていなかった。

「えっと、ケバブにラーメン、隣がうどんで次がハンバーガー、うどん、牛丼、コンビニ、うどん、うどん、うどん...うどん多いなー。」

 そうつぶやきながら、クロウは初めて見るスラム街を楽しんでいた。

 道は人で溢れかえり、様々な出店が並ぶ。店は客引きをし、歩く人々はそれに答える。新聞を配る人がいれば、人力車で人を運ぶ人、芸を披露する人もいる。

 この街は、中央区に無いもので溢れかえっている。クロウにとって、この町は新鮮でいっぱいだった。

 クロウは一番客が少なそうなうどん屋に入った。

「いらっしゃい!お客さん何にします?」

 がっちりした体のおじさんが話しかけてくる。

 クロウは壁に掛けられていた品書きを見る。

 食べたことのない料理でいっぱいだ。

「メニューは、かけうどんにぶっかけうどん、わかめうどん...きつねうどん?狐って食べられるんですか?!」

 クロウは身を乗り出して尋ねる。

「君、きつねうどんを知らないのかい?」

「昨日中央区から来たばかりで...そんなことより狐のうどんって何ですか?!どんな味ですか?!どんな見た目ですか?!私気になります!!」

 おじさんはほくそ笑む。

「そぉーなんだよ!中央区では食ったことないかもしれないけど、この街では狐は食用とされているんだよ!しかし、狐さんは牛さんや豚さんと違い飼育することができない。非常に入手が困難なんだよ...。そこで、街の猟人と協力し、狐の新たな入手ルートを確立!狐のヒレ肉を使ったきつねうどんを提供することに成功!!」

「狐のヒレ肉?!でもお高いんでしょう?」

「通常八千円のものが、今ならなんと四千五百円!さらに、新春キャンペーンとしてさらに五百円引きで四千円!プラス三百円で天のかすまでついてくる!」

 おじさんの熱弁を聞いたクロウは「買った!」といい、すぐさま財布を手にする。

「四千円のうどんなんて、聞いたこともないんですけど。」

 二人が熱く語り合う中、後ろから声がした。

 振り返ると、クロウと同じ年くらいの赤い髪の少女が、呆れた顔で二人を見ていた。




「これのどこに狐が使われているんだ...?」

 クロウは、気難しそうにうどんの揚げを見つめる。

「本当に、きつねうどんのきつねを動物の狐と間違える人が実在するなんて。しかも『狐のヒレ肉?!』て何?筋だらけでちっともおいしそうじゃないんですけど〜。プークスクス!」

 少女はバンバンと机をたたきながら笑う。

 なんだろう。この女、無性に腹が立つ。

 クロウは揚げを器の隅に置き、うどんをすする。

 あの後、おじさんは二人を追い出し、店を閉めてしまった。仕方なく、クロウは別のうどん屋に入り、赤い髪の少女とうどんを食べていた。

「あんた、私が来なかったら有り金全部巻き上げられてたからね。ほら、感謝の言葉は?」

「...っ、ありがとうございます。」

 少女は誇らしげな顔をし、再びうどんをすすり始める。

 ここまで馬鹿にされるのは生まれて初めてだ。クロウはむかっ腹を立てながらうどんをすする。

「ところであんた、中央から来たばかりって言ってたけど、この街に何しに来たの?」

 少女は、ほとんど空の器から、うどんの麺が残っていないか探しながら質問する。

 ガッとクロウは勢い良く立ち上がる。

「俺は便利屋になるためにこの街にやってきた!怪物どもをどんどん倒し、『十二英雄』になる!」

 --そして、いつか『英雄』になる。

 便利屋には階級がある。初心者のクラス『D』、一番数の多いクラス『C』、一流と呼ばれるクラス『B』、事務所の所長や重役を任されたり、多くの伝説を残すクラス『A』の四段階に分かれている。そのクラス『A』の中でも特に世界を支える十二人の便利屋は『十二英雄』と呼ばれている。

「『十二英雄』かぁ。かなり果てしない目標だと思うけど?」

 少女はうどん屋の品書きを見ながら質問する。

「俺は、この本の主人公のようになりたいんだよ。」

 クロウはカバンから『赤い英雄』の本を取り出し、少女に渡した。

 少女はパラパラとめくる。

「『赤い英雄』?『夜明けの便利屋』のことかな。」

「『夜明けの便利屋』?どんな人なんだ?」

 パタンと本を閉じ、少女は顎に手を当てながら話す。

「昔、『十二教』と『陽光事務所』が協力して、『終末級』の怪物によって怪物の住処になってしまったC社の町を奪還する作戦が行われたの。その時、『終末級』の怪物を倒したのが『夜明けの便利屋』だったの。」

「その便利屋、強いのか?」

「今の世界で『終末級』と渡り合えるのは彼女だけだよ。」

 クロウは右手の拳をぎゅっと握る。

 そんなクロウの様子を見た少女は、ニッと笑い、赤い盾を背負いなおして立ち上がる。

「まずは怪物を倒すところからだね。応援してるよ。未来の『英雄』さん♪。」

 そういい、本と会計の札をクロウに渡すと、少女はその場から走り去った。

「オイオイ!一言もおごるなんて言ってないが?!」

 クロウは急いで支払いを済ませ、あとを追いかけるが、赤髪の少女はすでに人ごみの中に消えていた。

「この街、まともじゃねぇ...。」

 一人、ぽつんと呟いた。




 --シジン事務所--クロウは看板にそう書かれている店の前に立っていた。

 『便利屋』。町や人に依頼された様々な仕事をこなすいわゆる何でも屋に属する職種だ。中でも、町を守る『守護職』と、壁の外に存在する遺跡を探検する『探検家』は、怪物と戦わなければならず、最も酷な職種と言われている。

 シジン事務所は、遺跡の探検を主格とする便利屋事務所である。

「ここが便利屋の事務所か。」

 クロウは胸を躍らせながら、店の扉を勢い良く開ける-----

「隊長!血が止まりません!」

「出血個所を布で強く押すんだ!」

「ダメです!勢いが強すぎます!」

「代われ!お前は医者を呼ぶんだ!」

 .........ん?なんだ、この状況は。

 隊長と言われている大男とその隊員と思われる女性が、慌ただしく重傷を負っている青年を手当てしている。

 クロウはぽかんと口を開けていた。

「シジン事務所への加入をお考えの方ですか?」

 受付係と思われる女性が話しかけてきた。

「え、この状況大丈夫なんですか?!」

 クロウは困惑しながら女性に訊ねる。

「ま、まあこの位のケガなら日常茶飯事ですね。で、でも安心してください!最近の医療は発達していますので!死に至ることはレアなケースですので!」

 女性はワタワタしながら話した。

 この状況が日常茶飯事...?便利屋になるとこれが普通?

 そんなことを考えていると、

 --ゾクリ

 背中を『何か』が走る。

 クロウは『何か』を振り払うように首を振る。

「そ、そうですよね、便利屋になると怪物と戦うわけですし、この位のケガ大したことじゃないですよね。僕も、怪物と戦い、よく死にそうになりましたし〜。」

 クロウは隠し事をするように早口で話す。

やべ、思わず『怪物と戦ったことがある』なんてうそをついてしまった...。

 クロウが後悔するのも束の間、

「よく怪物と戦っていたのですか?!もしかしてフリーの便利屋ですか?!クラスはいくつですか?!」

 女性は満面な笑顔で、クロウに弾幕のように質問をする。

「いや、ええと、僕、便利屋ってわけではなくて-」

クロウはたじろぎながら対応していると、

「試す価値があるな。」

 店にいた人たちは各々していたことをやめ、声がした方を向く。

「「「ユウキ隊長!!」」」

 紅色の刀を帯びた高身長の女性がいた。

「君がR社社長の子、クロウ君か。怪物と戦ったことがあると言ったな。最近、怪物の数が急増したため、人手が足りていないのだ。そこで、今すぐ君の入社試験を行いたい。」

 全員がクロウに注目する。

 まずい。この流れはまずい。もう『話を聞きに来ました。』なんていえない。そもそもなんで俺の名前を知っているんだ?おねがいだから簡単な試験にして--

「今から、クラスBの便利屋バースと、フリーの便利屋クロウの模擬戦を行う。」

 ドドドッと店内で歓声が起きる。

 取り返しのつかないことになった...。




 小さな運動場に、がやがやと人だかりができていた。その中心にクロウはいた。向かいには『マッスル』という言葉がよく似合う巨漢な男、バースが、木でできた大剣をブンブン振り回している。

 クロウは、ブルブルと生まれたての小鹿のように震えていた。

 どうしてこんな状況になったかって?俺が聞きたいよ。俺の運命の神様が、テレビでも見ながら仕事をしているとしか思えない。お願いしますよ神様。マジメに働いてください。

 クロウは心で悲鳴を上げながら、木刀を体の中段の位置で構える。

 大丈夫。この日のために二年間、三つも武術を習っていたのだ。剣道、ボクシング、柔道。相手が人である以上、いずれかの動きをすれば勝てる!!

「模擬戦、始めっ!」

 ユウキが開始の合図をし、観客たちが喚声を上げる。

「コロォォォォォォ-----!!」

 バースは雄叫びを上げながら、五メートルの距離を一瞬で詰め、クロウめがけて大剣を振り下ろす。

「ひょえ---っ!!」

 情けない悲鳴を上げながら、剣道でも、ボクシングでも、柔道でもない動きで攻撃をよける。

 バースの大剣は空振り、ズンと音を立て地面に激突する。よく固められた地面にクレーターができ、無数の地割れができる。

 バースさん、あなた本当に人間ですか?

 バースの破壊力に驚くのも束の間、バースは体制を戻し、すかさず突進してくる。

「ちょ、ま、タンマ、---」

 反応が遅れたクロウは、木刀でバースの攻撃を受け止める。バースの全体重の乗った攻撃は、クロウを吹き飛ばす。

「グッ!!」

 クロウは観客の中に埋もれる。

「いいぞバース!!」「コテンパにやれ!!」「どこぞのガキなんて潰してしまえ!」

 観客はバースに様々な言葉をかける。

 ああ、こんなの完全にアウェイじゃないか。相手はチートレベルのパワーを持っているし、こんなのどうやって勝てばいいんだよ。

 クロウは倒れたまま、持っていた木刀を放した。

 もう、好きにやってくれ。

 クロウの様子を見たバースは大剣を肩に担ぎ、誇らしげに笑う。

「諦めな少年。戦い慣れしていないのがバレバレだぞ。--一つ、アドバイスをしよう。君は便利屋に向いていない。」

 そういい、バースはまたクロウに襲い掛かる。

 --ビキッ。クロウの中で何かが千切れた。

「今、なんて言った...?」ヨロッと起き上がる。

「誰が、何に、向いていないって?」剣先を下に向け、足に力を入れる。

「お前が決めんな!」

 ボッとクロウの体から黒い煙が噴き出し、バースに向かって勢いよく駆け出す。

「--っ!!」

 意表を突かれたバースは、慌てて大剣を振り下ろす。

 剣先を斜め下に構え、迫ってくる大剣にあわせて振り上げる。ぶつかった攻撃は「ギギギッ」と音を立てた。

 バースの大剣は、木刀に沿って軌道を変え、クロウの横へと流れる。ドンと音を立てて地面に激突する。

「終わりだ。」クロウは言い放つ。

「なめるな、少年!」

 バースは大剣を振り上げようと腕に力を籠める。

 が、クロウはバースののどを突いた。

「がっ--!」

 バースは大剣を放し、のどを抑える。

 よろけるバースの腹にけりを入れる。

「ふごっ!」

 バースはお腹を押さえて転がる。

 クロウは大剣を手に取り、黒い煙をゆらゆらと揺らしながら、ゆっくりバースに近づく。

「潰れろ---」クロウは大きく剣を振りかぶる。

「や、やめ--」

 ブンッ!と振り下ろされる。

 ガキッ-!横から紅の刀が割り込んできた。

「戦闘終了だ」クロウの攻撃を止めたユウキが、そう告げた。

 人々が「ワ---!!」と喚声を上げる。

「『破壊の象徴』に勝ちやがった!!」「新たなエースの誕生か?!」「あの黒い煙は何なんだ?!」「『赤色の便利屋』と同じ能力持ちなのか?!」

 人々が各々声を上げる。そんな大歓声を聴きながら、空を見つめる。

 --ああ。俺って強いんだ。みんなと違って特別なんだ。天才だったんだ。

 俺は『英雄』になれる--

 クロウは木刀をぎゅっと握った。




「やるじゃん、シティーボーイ君。」

 赤髪の少女は、運動場から少し離れた高台から模擬戦を見ていた。

「それにしても、君が能力持ちだったなんて、驚きが隠せないよ〜。」

 少女はフェンスに肘を載せて、リンゴをまるかじりする。

 模擬戦が終わってしばらく経つというのに、運動場の声援はいまだ鳴りやまない。人だかりの中心には、クロウが胴上げをされている。

 フフッっと、少女は喜びをほほに浮かべる。

「クロ様...。」

 隣から、か細い声が聞こえた。少女は声のした方を向くと、そこには、一人の少女が、白色の長い髪をなびかせながら、寂しげに運動場を見つめている。

「あんた、彼の知り合い?」

 白髪の少女に尋ねると、白髪の少女は体をビクッとさせ、その場を去ってしまった。

「私、そんなに怖い顔してたかな...。」

 赤髪の少女は、運動場を見ながら、再びリンゴをかじった。




「----食らいやがれ!」

 クロウは黒い剣を振り下ろす。バシュッ!と飛び出た斬撃は、前方を逃げていた怪物を切り飛ばす。

「ギャウンッ!」

 切られた怪物は、きりもみ回転しながら宙を舞った。

「先輩?この怪物、なんすか?」

 クロウは倒れている頭に花が生えている犬?を剣先で突きながら言う。

「それは『陰り級』の怪物、『愛らしい犬』だね。」

 ミナはクロウの横から、怪物を覗き見する。

 模擬戦闘の後、ユウキ隊長はクロウに初仕事を言い渡していた。その初仕事をこなすべく、こうしてクロウは壁の外を歩いているのだ。

 クロウは気持ちに圧迫感を感じていた。

 便利屋としての仕事は、とても楽しみにしていた。壁の外は一度行ってみたいと思っていたし、ミナ先輩は優しくて、話しやすい。しかし、--このおっさんと一緒はどう考えてもおかしいのでは?!

 クロウはチラッとおっさんを見る。

「...なんか用か?少年。」

 このおっさんこと、バースは、あからさまにイラついている様子でクロウをにらみつける。

「いやぁ、変な怪物ばかりで面白いですね。バース先輩。」

 クロウは、ハハハと苦笑いしながら答える。

 調子に乗って、『終わりだ。』とか『潰れろ。』とか言うんじゃなかった。一緒に仕事に行くとわかっていたら、『終わらせます。』とか、『潰します。』とか、いくらでも言い換えられたのに。そもそも、模擬戦で戦った相手と、次の日に一緒に仕事をすること自体がおかしいのではないか?ユウキ隊長、人間関係をしっかり考えるべきですよ...。

 大剣を手入れしているバース先輩を横目に、はぁ...とクロウはため息をつく。

「バース、早く機嫌を直す。怪物の大量発生の原因を探らないといけないんだから。」

 ミナはバースのお尻をバシバシ!と叩く。

「うるさいなぁ、ミナ。俺のオカンかよ...。」

 バースは鬱陶しそうにしている。

 ミナは、バースと同期で、クラスBの女性便利屋であり、銃を使って戦う珍しいタイプの便利屋である。

「それにしても、『シジンの固定砲台』って二つ名を持ってて、羨ましいですね。」

「固定砲台以外の呼び方、無かったのかな-と思うけどね。」

 ミナは文句を言いながらも、照れながら笑う。

 バース先輩は『破壊の象徴』という二つ名を持っているし、将来、俺も二つ名を付けられるのかな。例えば、無敗の便利屋とか、不屈の剣士、モンスタースレイヤーとか。あとは--

「独り言の多い変態。」

 クロウの妄想に、バースが割り込んできた。

「?!?!?!」クロウは目を白黒させる。

「クロウ君、全部口に出てたよ。素敵な二つ名でいっぱいだね。」

 ミナは微苦笑を浮かべる。

 クロウは顔を真っ赤にし、ダッシュでその場から駆け出す。

「クロウくーん。一人で行っちゃ危ないよー。新人なんだから。」

 ミナは「おーい」と言いながらクロウを追いかける。

 何故、人は恥ずかしくなると穴にはいりたくなるのか謎であったが、今、解明されたかもしれない。

 クロウはそんなことを考えながら走っていると、

 ボコッとクロウの足元が崩れた。

「うへっ?!」と声を上げながらズサーと壮大にこけた。

「クロウ君大丈夫?ってこの穴は何?」

「中は階段になっていて、かなり奥まで進めそうだな。」

 ミナとバースはクロウの下に駆け寄り、穴を覗く。

「いててて...。なんで急に、地面に穴が開くんですか。」

 クロウは腰をさすりながら立ち上がり、穴を覗きこむ。

 そこには、幅が一メートル五十センチほどの穴が開いており、暗闇で先が見えなくなるまで、階段が下へ続いている。

「この辺りに、遺跡の発見報告ってなかったよね。怪物たちの巣かしら?」

「いや、怪物の巣にしてはあまりにもきれいすぎる。しかも、この上蓋、中に鉄筋を使っている。これは...」

 バースは懐中電灯で穴の奥を照らす。

 壁はコンクリートでできており、蛍光灯が等間隔で付いている。その見た目は、学校などにある普段使われない非常階段のような、薄気味悪さを醸し出している。

「...これを人が作ったとでもいうのですか?怪物たちが沢山いる、壁の外に。」

 考えられない。普通、人間は壁の外には出ない。怪物は、昼夜問わず活動し続けるため、よっぽどの実力を持った者でない限り、壁の外で夜を越すことはない。それを何日も壁の外で暮らすことなどまずありえないことである。

 --ゾクリ

 背中を『何か』が走る。それはかつて感じたときよりも大きくなっていた。

「...バース先輩、ミナ先輩。ここの探索は、またの機会に回しませんか?もっと人数がいる方が安全だと思いますし。」

 やめよう。本当に嫌な感じがする。背中にいる『何か』は一向に取れない。だから今回は--

「恐怖を感じているのか。ならば少年、一つだけアドバイスをしよう。」

 バースは真剣な顔になる。

「この壁の外には多くの遺跡が残されている。その中には誰も立ち入ったことのない遺跡もある。はじめ、その遺跡についての情報はゼロであり、必要な道具、人材、時間、遺跡内の構造、仕様、何もかもが謎に包まれている。危険な遺跡探索を安全にするには、誰かが立ち入って解明するしかない。...危険を承知で。」

 バースは目に力を籠める。

「それを率先して行える便利屋こそ『一流の便利屋』と呼ばれるんだ。」

 そうだ、あの『赤い英雄』も常に危険の中で戦っていた。バース先輩もミナ先輩も、危険と隣り合わせで便利屋をし続けているのだ。

 バチン!とクロウは自分の頬を叩く。

「大丈夫です-。いけます。」

 クロウはきちっと口を結ぶ。それを見た二人はニッと笑う。

「じゃあ、行こうか、『謎の地下室』の探索に。」

 三人は階段を降り始めた。




「ミナ、生き物の気配意を感じるか?」

「...特には感じない。この先、広い空間につながっているよ。」

 ミナは、コンコンコンと一定間隔で壁を叩きながら耳を澄ましている。

 バース、クロウ、ミナの順番で長い階段を降り、薄暗い廊下を進んでいた。道中には怪物どころか生物の一匹もおらず、より一層不気味さを醸し出していた。

「この壁の向こうに部屋が広がっているということですか?」

 クロウは目の前にあるドアを見る。

「そういうことだね、クロウ君。...中を調べたいのだけれど、バース、この壁壊せそう?」

 バースは壁をコンコンと叩く。

「鉄筋コンクリートか。...しかし、このぐらいの壁なら蹴破れそうだ。」

 ミナは目をつぶり、考えるしぐさをする。

「...分かったわ。バース、お願い。」

 バースはコクリとうなずき、右足を上げ、そのまま壁を思いっきり蹴る。

 バコンッ!

 と大きな音を立てて壁が吹き飛ぶ。

 バラバラバラと崩れながら壁に穴が開き、部屋の中が露わになる。三人は崩れた壁から部屋に入る。

「なんだ、これ...。」クロウは目を見張る。

 そこには、気味の悪い仮面が壁にびっしりと掛けられていた。他にも、猛獣用の檻や、大玉、血だらけのベッド、メスや針などが置かれている。サーカス?いや、手術室にも見える。

「もしかして、『個室のサーカス』のアジト...?」

「『個室のサーカス』だと?奴らが今回の、怪物の大量発生に関係しているのか?」

 ミナとバースは部屋をくまなく調べている。

『個室のサーカス』。確か、親父がアペック事務所との会話で出てきた名前だ。

 クロウも部屋を調べ始めると、バサッと一冊の黒本が落ちてきた。クロウはその本を手に取る。

 『アペック事務所研究科--白の六枚翼と脱色について--』。そう書かれていた。

 ページをめくる。

 --トウキョウの地に突如として発現し、級世界を滅ぼした白の六枚翼。記録には残っているものも、十二色に分類しない白色の翼、理論的に発生不可能な六枚目の翼、数々の矛盾を抱え、空想上の生物だと言われている。しかし、白い翼を疑似的にと繰り出すことに成功した。--

「なんでこんな場所にアペック事務所の書類があるんだ?」

 クロウは次のページをめくろうとすると、

 がちゃり--

 クロウの後方の扉が開く。

「「誰だ!!」」とクロウとバースがドアに向かって叫ぶ。

 ペタ、ペタ、ペタと何者かが入ってくる。

 そこには、皮のはがれた人間に、むりやり腕を二本足されたような怪物が、ふらふらと十匹ほど入ってきた。

「この人たち、本当に怪物ですか...?この姿、まるで--」

 改造手術を受けた人間ではないのか...。

「こんな怪物、見たことも、聞いたこともない...。」

「オ、オ、オ、オ、オ-」と低いうめき声をあげながら、五匹の怪物が襲い掛かってくる。

「--!来るよ!!バース、クロウ君!」

 二匹の怪物が、鋭いかぎ爪でバースに襲い掛かる。

 ガツッと、大剣の側面で受け止める。

 動きの止まった怪物の頭部を、ミナが二丁のハンドガンでうち抜く。

 二匹の怪物は、血しぶきをあげながら倒れる。

「少年!そっちに一匹行ったぞ!頭部を狙え!」

 クロウは、はっと前を向くと、一匹の怪物がこっちに向かってきている。

「オオオオオ-!」と怪物は、斧状に変化した腕を振り上げる。

 クロウは攻撃を避けようと、足に力を入れる。だが、--足は動かない。

 足がピクリとも動かない。何故だ?!動かないと!このままじゃ怪物が、攻撃が。お願いだ、動け、俺の足!

 怪物の斧がクロウに迫る。

「っ--!あのバカ野郎!!」

 バースはさらに襲い掛かってきた二匹の怪物の攻撃を受け止め、そのうち一匹の首をつかみ上げる。そのままクロウに向かって思いっきり投げ飛ばす。

「が-ッ」クロウに投げ飛ばされた怪物がぶつかり、怪物もろとも床を転がる。

 少し遅れて、スカッと怪物の斧が空を切る。攻撃を外した怪物は、「オ、オ、オ」と呻きを上げながら、顔をクロウの方に向ける。

 クロウの足はぶるぶると震えるだけで、立ち上がることができない。

 だめだ。あの攻撃を食らったら間違いなく死ぬ。だから動けって、俺の足!

「少年、何をもたもたしているんだ!このぐらいの敵、お前の敵ではないぞ!」

「クロウ君!君は、うちのエースを倒したんだ!君はものすごく強いんだから!」

 バースは怪物の攻撃を受け止めている。ミナは攻撃をよけながら、ハンドガンで攻撃している。

 そうだ、忘れていた。俺は強いんだ。こんな怪物、俺の敵ではない!!

 シュ--とクロウの体から黒い煙が出る。クロウは立ち上がり、剣の柄を力強く握る。

 怪物が斧状の腕をぶらぶらさせながら、近づいてくる。

 攻撃に入る前、必ず動きが止まる。そこが勝負どころだ!

「オ、オ、オオオオー!」と怪物がうでを振り上げながら突進してくる。

 下半身ががら空きだ!

 クロウは体を低く沈め、足を薙ぎ払う。

 怪物は体制を崩し、ずしんと前に倒れた。

「おおおおっ!」

 クロウは倒れた怪物の頭を剣で貫く。

 ズボッと怪物の頭に剣が刺さる。バタバタと暴れたのち、ピクリとも動かなくなる。

 ハア、ハアと息を切らしながら剣を抜く。

 戦える。こいつら相手なら、俺は負けない!

 クロウは次の敵を求め、ドアの方を見る。

 ドアの近くにいる三匹の怪物たちは、一歩後ずさりをする。

「どうやら、戦意を喪失しているみたいだな。」

「どうする?一応倒しておく?」

 バースは怪物の頭を飛ばし、ミナは床に倒れている怪物に、とどめの弾丸を打ちながら言う。

「--あの三匹は俺がやるっす。」

 クロウは怪物たちに近づく。

 ミシッ

 なんだ?床から音がしたが?

 クロウは足元を見る。

 床にクモの巣状の亀裂が入る。メキメキと亀裂が広がる。

「まずい!この部屋から脱出を--」

 ミナの忠告もむなしく、床の崩壊とともに三人は下に落ちた。




「いてててて。下が藁になっててよかったよ...。」

 よいしょっとクロウは立ち上がる。

 いったい、どのくらい下に落ちたのだろうか。天井を探すも、暗闇が続くのみだ。

「バース、クロウ君、大丈夫?」

 ミナは、懐中電灯であたりを照らしながら探している。

「ああ、なんとかな。部屋の下にこんな広い空間があったとはな。」

 バースは、ミナとクロウの方へ駆け寄る。

 クロウはあたりを見渡す。足元には藁が高く積みあげられており、目の前には大きな木の円盤?いや、テーブルが置かれてある。

「なんか、巨人の部屋みたいですね。」

 クロウはバースとミナの方を見ながら言う。しかし、二人は青ざめた顔をしていた。

「...嘘でしょ。なんでこんな町の壁の近くに。」

「...逃げるぞ。早くこの場所から離れるぞ!」

 バースは何かに追い詰められたかのように焦りだす。

「先輩たち、何に焦っているんですか?この場所がどうかしたんですか?」

 クロウはきょとんとしながら質問する。

「この場所は怪物たちの家だ!しかも、その怪物は--」

 ギギギと石の壁が動く。五メートルほどの巨人が三人入ってくる。

「オトウサン、テンジョウガコワレテイマス。」

「ウエカラニンゲンガフッテキタノデショウ。キョウハニンゲンヲタベマショウ。」

「ソウデスネ、ニンゲンノニモノニシマショウ。ダンナ、ムスコ、カリノホウヲオネガイシマス。」

 なんだ?こいつら、何をしゃべっている?俺たちを食べる?

 その巨人はそれぞれ鶏、豚、牛に似た頭をしているが、首から下はどう見ても人間だ。持っているものも巨大だが、猟銃、包丁、バットと、人間が持っていないとおかしいものばかりだ。

「あいつらは、危険度『悪夢級』の怪物、--『自由の象徴』だ。」

 危険度『悪夢級』。それは『終末級』の次に危険であり、町を一夜で滅ぼすことができ、決して会ってはならないと言われている存在。

「...三分稼ぐ。クロウ君、今すぐ逃げなさい!!」

 ミナが意を決したようにライフルを構える。

「早くいけ!少年!」

 バースが怒ったような真顔で、大剣を構える。

「なにを言ってるんですか?だって二人はクラスBの便利屋じゃないですか。シジン事務所のエースじゃないですか。それじゃまるで...今から死ぬみたいじゃないですか!」

 だってそうだろ。さっきの怪物たちも、簡単に倒してたじゃないか。バース先輩とミナ先輩。この二人なら『悪夢級』の怪物だって--

「ソロソロカリヲハジメマショウ。」

 牛頭の怪物が猟銃の銃口をクロウに向ける。

 クロウは剣の柄を握り、低く構える。

「--っ!だから逃げろって!」

 バースがクロウの前に割って入る。

 ボンッと空気を震わせながら、怪物の銃口から弾丸が飛び出す。

 バースは大剣の側面で受けようとするが、勢いに押され、後ろのクロウもろとも大きく吹き飛ばされる。

 ブシャッと、クロウの顔に赤い液体がかかる。

「バース先輩?...」クロウは恐る恐るバースを見る。

 --バースの体の半分が大きく欠けていた。

 失った部分からは、赤い液体が、噴水のように勢いよく噴き出している。右腕は大剣ごと吹き飛ばされ、右の脇腹は型抜きでくりぬかれたように欠けていた。

「......え、......え、......え?」

 クロウはずりずりと後退する。

 牛頭の怪物はガチャリと猟銃に弾を詰めなおす。

「--撃たせないっ!」

 ミナは怪物に向かって引き金を引く。

 ッ----と空気と地面を燃やしながら、弾丸が飛び出す。

 ズゴンッと牛頭の怪物の腕に命中する。あたりに焦げたようなにおいが充満する。

「アノニンゲン、カナリキョウボウデス。ミナサン、ケガヲシナイヨウキヲツケマショウ。」

 怪物には、かすり傷の一つもなかった。

「......はあ、はあ、......やっぱり、ダメか。」

 ミナは息を切らしながら、銃口を下に向ける。ポケットから二つ手榴弾を取り出し、怪物たちの足元に投げ捨てる。

 シューと辺りに白い煙が立ち込める。

「お願い、クロウ君。---逃げて。」

 ミナは両手を二丁のハンドガンに持ちかえる。

「な、に言ってるんですか?あんな怪物に、一人で勝てるわけがないじゃないですか!」

 クロウは青ざめた顔で叫ぶ。

 バン!とクロウの足元の地面が撃ち抜かれる。

「時間がないの...。だから!早く逃げてよ!--お願いだから...。」

 ミナはもう一度地面を撃つ。

 クロウはわなわなと震えながら後ろを向き、走り出す。

 解らない。解らない。解らない。---どうするべきか、解らない。

 クロウは一人、走り出す。




 ミナは、タッタッタと走り去るクロウの背中を眺めていた。

「......やっと、行ってくれた。」

 ミナは顔の筋肉を緩ませる。

「......ごめんね、クロウ君。君の大切な初仕事だったのに...。」

 ミナはクロウが大きな空間から出て行ったのを確認する。

 突如誰かが、後ろからミナの肩をつかむ。

「ミ、ナ......最、後まで、つき、合う、ぞ----。」

「バース。そんなボロボロな体で何ができるのよ。」

 バースとミナはお互いの顔を見てハハハと笑う。

「ヒトリ、ニガシテシマイマシタ。ムスコヨ、オイカケナサイ。」

 鶏の頭の怪物が、クロウが走り去った方向へと歩き出す。

「絶対に、行かせ、ない。」

 ヨロッとバースは立ち上がる。

「必ずクロウ君を守る。」

 ミナは、二丁のハンドガンの引き金に指をかける。

「だって、俺は--」

 バースの大剣が赤く輝く。

「だって私は--」

 ミナのハンドガンが赤く輝く。

「「この町の便利屋だから!!」」

 二人の便利屋は地面を蹴り、---悪夢へと立ち向かう。




「ハァ、ハァ、ハァ---」

 クロウはひたすら走り続けていた。

「ハァ、ハァ、ハァ---」

 壮大に広がる花園の中、色とりどりの花々を踏みにじりながら走る。

 解らない。解らない。解らない。解らない。解らない。解らない。

 クロウはミナに言われた通りひたすら逃げ続ける。

 本当に逃げてよかったのか解らない。いつまで逃げればいいのか解らない。どこへ逃げればいいのか解らない。

 クロウは石につまずき、体勢を崩す。

 ズサーと草花を掘り返しながらこける。

 クロウはゆっくり立ち上がり、もう一度走り出そうとする。

 ---どこへ行くの。

 近くで声がした。

「だ、誰だ!」グルんと後ろを向くが、ただ花々が生い茂るのみだ。

 ---どこへ向かっているの。

 クロウの右側から声がする。

 ---なぜ走っているの。

 クロウの左側から声がする。

 ---なんでそんなに必死なの。

 クロウの前から声がする。

「なんでって、ミナ先輩に逃げろって言われたからだよ!仕方がなかったんだ!これしか方法がなかったんだ!」

 クロウは、誰かもわからない何者かに叫ぶ。

 ---なぜ、逃げずに戦わなかったの。

 ---一緒に戦えば、あの二人は死ななかったかもしれないのに。

 花々からけたたましい笑い声が聞こえる。

「死ななかったかもなんて...そんなの解るはずがないだろ!でたらめを言うんじゃない!」

 クロウは腰から剣を抜き、周囲の花々を薙ぎ払う。

 笑い声が気持ち少なくなったと感じた。

 ---怖かったのでしょ。逃げたかったのでしょ。行きたかったのでしょ。

 ---あの二人の命よりも、自分の命の方が大切だったのでしょ。

 何者かがささやく。

「わかっているんだ!お前ら花どもが好き勝手にしゃべっているんだろ?!死にたくなければとっとと黙りやがれ!」

 クロウは剣を振り回す。切られた花々が宙を舞う。

 それでも何者かはケタケタと笑い続ける。

 ---お前が死ねばよかったのに。

 ---お前が生き残っても、この世界の何の役にも立たないのに。

 ---実質、お前が二人を殺したんだよ。

「......違う、違う、違う、違う----」

 剣を手放し、膝から崩れ落ちる。

 ---お前が死ねよ。お前が死ね。死ねよ。

「......いやだ。いやだいやだいやだ!」

 その場にうずくまり、幼い子供のように泣き叫ぶ。

 クロウの背中で『何か』が蠢く。

 ---死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!」

 何者かの声が、クロウの中で音楽のように響く。

 思考は歪み、何も考えられなくなる。感覚が歪み、水平を保てなくなる。視界が歪み、景色が波を打つように変化していく。

 ---死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

 「あががががががががががががががががががががががががががががががががががが」

 クロウは頬を爪立ててゴリゴリかきながら叫ぶ。

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。

 背中で『何か』が激しく蠢き、熱を持つ。

 ---死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 クロウの体中から、黒い煙が出始める。

 花々は歌うように笑う。

「こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい---------」

 クロウの周辺の地面が歪み始める。

 ミシミシミシとクロウの背中から黒い『何か』が生え始める。

 ----死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね--

「もう--やめてくれ!!!」

 バリバリバリ----クロウの頭上に黒い環が現れる----

 ドドドッと衝撃が走り、花園全体が大きく歪む。

 クロウの意識はそこで途絶えた。




「ユウキ隊長、ここが救難信号の発信場所です。」

「そうか。......状況は?」

「『自由の象徴』と思われし怪物が三匹、正体不明の怪物が十匹。いずれも死亡しています。」

 ユウキ隊長率いる三十人の便利屋が救難信号に駆け付け、あたりを捜索していた。

「......生存者は?」

 一人の便利屋は、言葉を詰まらせながら言う。

「......クラスBの便利屋バース、同じく、クラスBの便利屋ミナ、どちらも死亡を確認しました。クラスDの便利屋クロウはいまだ発見できていません。」

 ユウキは唇を強くかむ。

 バースは肩から下を失っており、ミナは体の至る所が大きく欠けており、一つに繋がっていることが奇跡であった。しかし、外傷とは裏腹に、二人は穏やかな表情をしている。

「今までよくがんばったな、バース、ミナ。......ありがとう。」

 ユウキはバースとミナの遺体を地上に運ぶよう命令する。

「お言葉ですかユウキ隊長、バース先輩とミナ先輩が『自由の象徴』を倒したのでしょうか?」

 便利屋の一人がユウキに恐る恐る尋ねる。

「その線は考えにくい。相手は『悪夢級』の怪物が三体。クラスB以下の便利屋じゃ戦いにもならないだろう。」

「では、いったい誰が?」

 ユウキは少し考える。

「我々が出発する前、一人の便利屋が壁の外に出たという報告を受けた。」

「まさか、その人って--」

「ああ、おそらく『赤色の便利屋』だろうな。」

「十五歳の少女にして『夜明けの便利屋』に引けを取らない強さを持つ、『十二英雄』の一人--ですよね?」

 ユウキは瓦礫に腰を掛けながら話す。

「七年前、今と同じようにR社の町の周辺では、怪物が大量発生していた。町の便利屋だけでは手に負えなくなり、R社はH社に協力を要請した。その時、H社から送られて来たのが八歳の少女だった。」

「八歳の少女?!何の助けにもならないのでは...。」

「ああ、誰もがそう思ったよ。」

 ユウキは上を見上げながら話す。

「少女は、片翼の赤い翼を生やし、町に入ろうとする怪物たちを次々と切り刻んだ。私は絶望したよ。...本当の天才というものに。」

「ユウキ隊長も『約束された死』の異名を持ち、世界中に名を轟かせる、クラスAの便利屋じゃないですか!」

 一人の便利屋は大声で言う。

「......少女は常にだれかを守るんだよ。何かに囚われたように。私にはそれができない......。」

 ユウキはフッと小さく笑う。

 別の便利屋が何か叫びながらやってくる。

「報告です!『赤色の便利屋』の探索により、クラスDの便利屋クロウが、『叫ぶ花園』にて発見されました!意識不明の状態ですが、生死に問題はありません!」

 ユウキはバッと立ち上がる。

「そうか。すぐに救出しろ。花園に入るときは、耳栓をし、花が出す声を聴かないように注意しろ!」

 はっ!と返事をし、十人ほどの便利屋が救出に向かう。

「もう一点あります」とさっきの便利屋がユウキに近づく。

「『陰り級』『咳気級』『恐怖級』を含む怪物の死体が、ざっと百体ほど確認されています。」

「『赤色の便利屋』がやったのか?」

 ユウキ隊長が尋ねると。その便利屋は困った表情をする。

「それが......『赤色の便利屋』が駆けつけた時には、すでに死体の状態でしたようで、さらに不可解なのは...」

 その便利屋は言葉に迷いながら話す。

「何がおかしいのだ?」とユウキが尋ねる。

「怪物たちは、いや、花園全体が、無理やり特殊な力を加えられたように変形しているのです。」

 ユウキは茫然とする。

「いったい、何が起きているのだ......」

 ユウキは胸騒ぎを感じた。




 ザザザ--と雨が降っている。

 六月に入り、町は四日間ぐらい雨が続いている。

 クロウは雨の中、傘もささずにとぼとぼとスラム街を歩いている。

 ああ。俺、仕事もせずに何をしているんだろう...。

 夜の八時。街の家々には明かりがついている。雨が降っているからか、クロウを除いて外を歩く人はいない。

 水たまりに映る自分の顔を見てフフッと笑う。

 あの時、死ぬべきだったな......。

 水たまりを思いっきり踏みにじる。水面が激しく歪み、映し出されていた自分の顔が消える。

 あの初仕事の日の翌日、クロウは街の病院で目を覚ました。次の日にバース先輩とミナ先輩の葬式が行われたが、頭が真っ白になっていた俺は、人がたくさん来ていたことしか覚えていない。その次の日から仕事を再開したが、まともにこなすことができなかった。

ユウキ隊長は「もう少し休んでもいいぞ」と言っていたが、それでも仕事をつづけた。しかし、三日前、怪物の前でおびえて動けなくなった俺を別の便利屋が助けに入り、大けがを負わせてしまった。この事件により、ユウキ隊長は今日、俺に長期休暇を言い渡した。

 長期休暇か。ユウキ隊長はまだ俺を事務所に残してくれるんですね。

 街の人々は、俺のことを『疫病神』と呼んでいる。不本意ながら、これが俺の二つ名となった。

 民家の壁に「便利屋募集!」と書かれたポスターを見つける。

『英雄』になる。それは物語の中の話。人間である以上、『英雄』にはなれない。

 立ち並ぶスラムの建物の奥にそびえ建つ、高いビル群を眺める。

 そうだ、帰ろう。あの『無色』な日常に。

 クロウは塀の関所に向かって歩き出す。

「ねえ、あんた。傘もささずに何してるの?風邪ひくよ。」

 突然後ろから声がし、クロウを打ち続ける雨が止まった。

 クロウは聞こえていないふりをして歩く。

「ねえ、気づいていないの?もしもーし?うどん屋の時の女の子ですけどー?」

 クロウは気づかないふりをして歩く。

「あれ?もしかして怒ってる?食い逃げしたこと怒ってる?ならば安心しなさい!実はその時のお金を今返そうと思っているの!」

 クロウは無視を通して歩く。

「ちょっと?!だから待ってって--」

 クロウはグイッと肩を引っ張られて体制を崩す。

 バッシャーンと、二人は水たまりの上でこける。

「もう、いったい何なんだよ...。」

 クロウは文句を吐きながら、ゆっくりと目を開ける。

「やっと---見てくれた」

 そこには、暗い雲に覆われた空には似つかわしい、満面の笑顔をした、赤い髪の少女の顔があった。

「私の名前、教えてなかったよね。クロウ君。」

 クロウの上に跨ったまま、少女は話す。

「私の名前はアルク、あなたと同じ十五歳よ。」

 アルク。その言葉が頭の中で反響しながら、視界がぼやけだす。

 アルク--君はなぜ、こんなどうしようもない世界で美しい笑顔ができるんだ。

 クロウの意識が途絶えた。




「......あー、ここは......」

 クロウはもうろうとする意識の中、目を開ける。

 目の前には、少し高い位置に木の天井があり、ランプが吊るされている。

 寝返りを打ち、壁とは反対の方向を向く。

 部屋には一つの机と、隅にぽつんと置かれたバケツが置かれている。天井からしずくが滴り、ぽちゃん、ぽちゃん、と一定のリズムを刻んでバケツに落ちる。机には、何やら大量の袋が置かれている。

 クロウは誰かの部屋で寝ていることに気づく。

「俺、また、気絶したのか。」

 クロウは上半身を起こす。

「あ、やっと起きたんだね。」

 ギィとドアが開き、赤髪の少女が入ってくる。

「--アルクだっけ。ここは君の家なのか?」

 何やら大量の荷物を持っているアルクに尋ねる。

「そうだよ。あんたがずっと目覚めないから私、床で寝てたんだからね。ほら、感謝の言葉は?」

 アルクは胸を張りながら言う。

「......ありがとうございます。」

 クロウは少し、悔しそうに言う。

 ああ、懐かしいなこのやり取り。まさか、あの時の少女にまた出会えるなんて。

 クロウはうどん屋での出来事を思い出し、少し涙ぐむ。

「ところで、あの雨の中、何してたの?」

 アルクが荷物を机の上に置きながら、聞いてくる。

 嫌なことを聞いてくるな。できれば、答えたくないな...。

「便利屋の仕事はうまくいってるの?」

 クロウは体中からダラダラと汗を流す。

「黙秘権とか、あったりします?」

 アルクは人差し指を顎に当て、うーんと考える仕草をする。

「じゃあ、無しで♪」

 明らかにいたずらっぽい声で言う。

 クロウはふとんの裾をぎゅっと握る。

「......あの日、中央区へ帰ろうと思っていたんだ。シジン事務所の入社試験でBクラスの便利屋に勝ち、みんなに期待されていたんだ。俺は強いと思っていてんだ。でも、壁の外に出て、本当の怪物に会ったんだ。」

 クロウは今にも零れ落ちそうな涙を、必死にこらえる。

「本物の怪物の前で、俺は何もできなかった。そんな俺をバース先輩とミナ先輩は守ってくれた。必死に、必死に、必死に......。そんな二人を置いて、俺は逃げ出してしまった。二人を置いて......。俺が、殺したんだ......。こんな人間、役には立たないんだ。正に、『疫病神』だ。」

 ハハハとクロウは力なく笑う。

 沈黙を続けていたアルクが口を開く---

「......もしかして、中央区に帰るといった?」

 クロウはアルクの唐突な質問に呆然としながら、首を縦に振る。

「関所をこえるのに、確かお金を払わなくちゃいけなかったよね...十万円くらい。」

 クロウは不安に駆られ、枕元にあるバックから財布を取り出す。

 取り出した財布は、やけに薄かった。

 あれ?家から持ってきた一万円札十枚、便利屋として稼いだ五万円、計十五枚の一万円札があるはずだが----

 恐る恐る財布を開く。

 そこには、一枚しか紙が入っていなかった。

「--なあ、その机に上にあるものは一体何なんだ?」

 初めから気になっていた。その机の上にある、山のような荷物が。

 アルクは頭の上で手を合わし、頭を下げる。

 おい。まさか、----

「ごめん!ちょっとだけ使っちゃった。いやだって、あんたが『狐のヒレ肉?!』なんてパワーワードを使うから、ヒレ肉が好きなのかなーとおも-----」

「十四万円はちょっとじゃね---!!」

 クロウのスラム街での生活が始まった---




「いい天気だなぁ。」

 クロウはヒュンと竿を投げる。少し遅れて、目の前に広がる湖からぽちゃんと音がする。

 クロウはアルクと共に、壁の外に広がる湖に来ていた。どうやら、様々な怪魚が釣れることで有名であり、便利屋達の中では、『異界の湖』なんて呼ばれている。

「なによ、全然釣れないじゃないの。せっかく新しい釣竿を買ったのに、魚がいなかったら意味ないじゃないの。」

 アルクは一人で文句を吐きながら、リールを巻いている。

「釣りって辛抱強く待つもんじゃないの?」

「普通の魚を狙うならね。でも、私が狙うのはそんな安価な魚じゃないの。狙いは一点、怪魚『ウオノメイタイ』よ!一匹百万円!」

 なんだ、そのふざけた名前の魚は。絶対、食用の魚じゃないだろ。

「焼くと、脂がのっててとてもおいしの。おすすめは断然ホイル焼きね。身がぶりっぷりで、口に入れると身がとろけるのよ。あのおいしさ忘れられないわ〜。」

「まさかの食用かよ!」

 アルクは「あ〜」と妄想に浸り、うっとりした顔をする。

 ウオノメイタイか。名前からはどんな魚か全く想像できない。確か、仕事の依頼内容に書かれていた名前だったか。捕まえると追加報酬が支払われるとか。

 クロウはふと、気になっていたことをアルクに聞く。

「なあアルク、俺たち便利屋なのに、怪物と戦わなくていいのか?」

 そう、今行っている仕事は、守護職でもなけれは探検家でもない。この一か月の間、アルクと二人で便利屋の仕事をしている。しかし、壁の外で木の実の採取や動物の狩猟、町の道路の工事や壁の塗装など、あまりにも『日常』すぎる仕事をしている。

「うーん、一番数が多く、手っ取り早く稼げる仕事は、やっぱり守護職と探検家だね。危険な仕事だから報酬金も高いし、怪物の死体は様々な物の材料になるから高く売れるしね。」

「じゃあ、なんでアルクはこんな仕事をしているんだ?」

 アルクは決して弱くなかった。道中に怪物が現れても、盾ですべての攻撃を防いでいた。アルクが必ず守ってくれるため、俺は安心して戦うことができた。タンク役としてはかなり優秀だと思う。

 アルクは頭を上げ、うーんと考える。

「やっぱり、怖いからかな。後悔することも多いし。仕事は安全で楽しいほうがいいかなーと思うよ。まだクラスCだし。」

 アルクはアハハと笑う。

 そうか。アルクも怪物が怖いんだ。怪物を目の前にして、恐怖を感じることは何もおかしくないのだ。バース先輩とミナ先輩が特殊なだけなんだ。俺は--何も間違ってなんかいない。

 クロウの心に安堵の気持ちが広がる。

「......そうだよな。平和が一番だもんな。俺も、こういうのどかな時間を過ごすの好きだしな。」

 クロウも笑い返す。

「ほら、笑ってないで手を動かす。いくら平和が良くても、お金がなきゃ生きていけないんだから。ほら、早く釣る。」

「いやいや、ご冗談を。もう十匹ぐらい釣っているんだが?......おやおや?君のバケツの中身を見せてもらおうか?」

「別にいいもん......。ウヲノメイタイを釣ったら、私の勝ちだもん......。」

 アルクは鳴りもしない口笛を吹く

 いつの間にか釣り勝負になっているが、何の問題もないだろう。あと一時間もすると夕方になる。残りわずかの時間で十匹も釣れるとは到底思えない。

「そんな奇妙な魚を狙わず、一匹でも釣って俺の足を引っ張らないことだなー。」

「あったまきた!見てなさい!『ウオノメイタイ』どころか『魔王の使い』も釣ってやるんだから!」

「だから何なんだよ!その物騒な名前の魚は!」

 アルクは思いっきり振りかぶる。「そいやっ」という掛け声とともになげた釣り先は、ヒュルヒュルヒュルとどこまでも飛び--

 ぱくっと空を飛んでいた大きな鳥?にくわえられた。

「...アルクさん、あちらは何て名前の魚なのでしょうか?」

「あれは『空の支配者』という名前の生き物で、怒ると数千匹を超える数の仲間を呼ぶ--鳥だね。」

 鳥はギロりとこっちを見ている。

「アルクさん、ウオノメイタイ釣り、頑張ってくださいね。--お先に失礼っ!」

 クロウはピュンとその場からいなくなる。

「こらー!置いていくなー!」

 アルクは、ダッシュで逃げるクロウを追いかける。

 クロウとアルクは大笑いしながら走る。

 ああ。『英雄』になんてならなくていい。今の『日常』が楽しい。俺は、アルクのそばにいたい。ずっとこの『日常』を続けたい。

 空っぽになったクロウの心は、いつの間にかアルクという少女のことでいっぱいだった。




 七月も終わりに差し掛かり、夕暮れ時になっても、体はしつこく汗をかいている。

 クロウとアルクは、公園のベンチに座ってアイスを食べていた。

「今日は散々だった......。」

「依頼主、カンカンに怒ってたね......。」

 二人ははぁとため息をつき、うなだれる。

 今日、クロウとアルクは、屋敷の全館清掃の依頼をこなしていた。途中までは順調だった。しかし、黒光りした奴を見たアルクは悲鳴を上げ、破壊兵器のごとく暴走しやがった。結果、スラム街で一、二番を争うほどの豪邸を半壊させる伝説を残したのだ。

「前々から思ってはいたのだが、アルクってトラブルメーカーだよな〜。」

「否定はできないわね。......直接言われると腹が立つけど。」

 二人はお互いの顔を見合わせ、重いため息をつく。

 俺も『疫病神』らしい失敗を起こしてしまったわけだな。...涙が出そうだ。

 二人は無言でアイスを食べる。

 太陽はどんどんと地表へと進み、空がより赤色に染まる。

 街の人々は、空が赤色に染まるにつれて家路につく。

「この町に来て、もう四ヶ月か...。」

 家出してからいろいろあった。多くの人に出会い、--失ったりもした。期待され、喜びを知った。--恐怖を知り、絶望を覚えた。まだ、この絶望から抜け出せてはいない。しかし、それ以上に楽しい日常を得た。気を許せる友達を得た。かつての日常では取り入れれなかったものを、この街では向こうからやってきた。この街に来て、何がしたかったのかは思い出せないが、今は、この日常を謳歌したい。

「なんか、老後のおじいさんみたいなこと言ってるけど、私なんてもう七年がたつのよ。」

 アルクは何か不思議そうな顔をしている。

「七年目?この街の生まれじゃないのか?」

「そうよ。生まれはH社の町だよ。」

 H社。白世が管轄する会社であり、世界の崩壊後、一番最初に作られた会社だ。この世界に様々な法を作り、現在も世界を統治している。

「H社の町にもスラム街があるのか?」

「この町で言う中央区しかないよ。......って私が常識がないとでも言いたいわけ?」

 アルクはキリッとにらみつける。

 おっしゃる通りだが?なんて口が裂けても言えないな。

 クロウは笑ってごまかす。

「......でも、私はこの町のほうがすきだな。面白い友達もいるし。」

 アルクはこっちを見ながら微笑む。

「アルクが面白いと思う人か。一度会ってみたいな。」

 どんな人なんだろう。アルクみたいにものすごいトラブルメーカーなのだろうか。それとも、アルクを支える、おせっかいな人だろうか。いずれにしても、まともな人ではないだろう。

 アルクは立ち上がり、パンパンとおしりを払う。

「いずれわかるよ。......そろそろ帰ろっか。」

 クロウは頭に『?』を浮かべながらも、つられて立ち上がる。

 もうすぐ今日が終わる。明日には、明日の色の日常がやってくる。

「...そうだな。帰るか」

 二人は家路につく----

『緊急警報!町の北部の壁の大門より、二十体を超える怪物が侵入!内二体は危険度悪夢級怪物、誘う笑顔。近隣住民は避難を、クラスB以上の便利屋は至急応援をお願いします!』

 街中に設置されたスピーカーから発せられる放送は、クロウの『日常』を壊すには十分すぎた。

「?---だろ。」

 危険度『悪夢級』。その言葉がクロウの心の底を掘り返す。視界がぐにゃりと歪む。頭の中で笑い声が聞こえる。

 ---お前が死ねよ。

 ぞわりと背中で『何か』が蠢く。

「アルク、早く逃げよう--」

 クロウはアルクの腕をグッと強く引っ張る。しかし、アルクは動かない。

「早く逃げようって!アルク!」

 クロウはさらに強く引っ張る。しかし、アルクは動かない。

「......行かないと。」

 アルクは、クロウが望んでいた答えとは真反対のことを言う。

「行くって、相手は『悪夢級』なんだぞ!俺たちみたいな雑魚が行ったところで、足を引っ張るだけだぞ!......後悔しかしない。だから!一緒に逃げよう!」

 クロウは無理やり引っ張る。が、アルクに振りほどかれる。

「ごめん......守るべき人たちがいるから。行ってくる!」

 アルクは、怪物がいる壁の大門へと駆け出す。

「おい!行ってどうするんだよ!何ができるんだよ!」

 クロウは叫ぶが、アルクは止まらない。

 ぽつんと一人残された。

 歪んだ視界の中で、街の住民たちは、大慌てで動き回っている。街は様々な声で騒いでいる。そのどれも、朝の客寄せや新聞配り、曲芸師の芸を観客する客人の声ではない。模擬戦が終わり、見物人による喚声でもない。初めて聞く、街の恐怖の声だ。

 これが普通だ。逃げるのが普通だ。これが怪物を怖いと認識している人間の正しい行動だ。

 なぜ、アルクは戦いに行ったのだ?

 アルクが走っていった方を向く。

 戦えば何か変わるのか?戦うのが正解なのか?戦えば--バース先輩とミナ先輩は死ななかったのか?

 クロウは壁の大門へと走り出す。

 街の住民たちが走っていく。住民たちは、一つの流れになって進んでいく。

 クロウは流れに反して走る。訳も分からず走り続ける。

 やがて、人だかりがなくなり、視界が開ける。

「え、-------------」

 クロウは状況を飲み込むことができなかった。

 しっぽの先に笑顔の仮面をつけた十メートル超えの二体の怪物が、暴れまくっている。その付近には、海老らしき怪物の死骸が大量に転がっている。

 便利屋の姿はユウキ隊長と白装束の男の二人、それと------

 赤い髪の少女が戦っていた。

「なん、で-----」

 赤い髪の少女は真っ赤な片翼を生やしている。

「どう、して-----」

 赤い髪の少女は赤い盾と赤い鎚矛を持ち、無数の怪物たちと戦う。

「だって、きみは----」

 赤い髪の少女は『悪夢級』の怪物に剣を振る。

「アルク、だろ----」

 赤い髪の少女は舞い上がる血のしずくの中、踊るように戦う。

 怪物の攻撃は赤い盾に吸われ、赤い槌矛は怪物の肉をえぐる。

 二体の巨大な怪物は、奇声を上げながら倒れる。

 赤い髪の少女は、倒れた怪物の上に立ち、肩を上下に揺らしている。

 町の人々は各々喚声を上げる。

 人々は赤い髪の少女を見てこう呼ぶ。

 町の守護者、『赤色の便利屋』と-----

 アルクは今日も、町の『日常』を守る。




 日も落ち、スラムの街は夜の暗闇に飲み込まれていた。

 誰もいない道を一人の少年が走る。

「はあ、はあ、......なんでだよ。」

 クロウは何かを振り切るように走る。

「同じだと思っていた......。」

 クロウは誰かから逃げるように走る。

 走る速度を徐々に緩め、やがて膝に手をついて止まる。

 いつの間にか高台についていた。壁の大門の近くが赤く燃えている。

「......友達だと思っていた。心を許せる友達だと思った。初めて、隣にいたいと思える友達ができた。そう思っていた。」

 クロウはおもいっきり柵を蹴る。

「怖いって言ってたじゃないか!安全な仕事がいいって言ってたじゃないか!楽しい仕事がいいって言ってたじゃないか!後悔したくないって言ってたじゃないか!だったらなんで!」

 柵を蹴る。何度も蹴る。狂ったように蹴り続ける。

「怪物と戦っている!最前線で戦う!怪物を怖がらない!なんでだ!どうして、どうしてどうしてどうして-----!」

 何度も蹴られる柵は、バキッと根元から折れ、崖を転がる。

「-----お前が『赤い英雄』なんだよ?!!」

 当たる物をなくしたクロウは、手のひらをぎゅっと握り、うつむく。

 あの本の便利屋はかっこよかった。みんなに称えられ、『英雄』と呼ばれていた。あの世界で一番輝いていた。自分もそうなりたかった。退屈な『日常』を送るぐらいなら、この世界で輝きたかった。かっこよくなりたかった。主人公になりたかった。みんなから『英雄』と呼ばれたかった。

 目尻が熱くなる。

 なりたかった。『英雄』になりたかった。今までの人生をすべて捨ててでもなりたかった。でも---なれなかった。怪物は『恐怖』を教えてくれた。『絶望』を教えてくれた。この世界の『現実』を教えてくれた。『恐怖』が邪魔をする。『絶望』が行く手を阻む。『現実』が進みたい道を壊してくる。----『心』が『英雄』をあきらめさせる。

 視界がぼやける。

 遠すぎる夢はあきらめた。険しすぎる道を歩むのを辞めた。手の届く日常を求めた。アルクと送る日常は色鮮やかだった。満足だった。この世界を楽しむには十分だった。---『英雄』を諦める理由にしては、十分だった。

 瞳から熱い滴がこぼれる。

 そんなアルクは、この世界で輝いていた。特別だった。街の人から称えられていた。アルクは--この世界での『赤い英雄』だった。俺の隣にいた少女は、『日常』から一番遠い位置にいる『英雄』だった。

 クロウはボロボロと涙をこぼす。声を震わせる。

「......なりたい。やっぱりなりたい。『英雄』になりたい。アルクを超える、『英雄』になりたい!」

 ......ああ。俺は何を言っているんだろう。怪物は怖いし、まだ、ロクに戦えもしない。アルクのように強くもない。おかしなことを言っている自覚はある。それでも-----

 クロウは涙をぬぐう。頭を起こす。こぶしを握りなおす。まっすぐ前を向く。

「もう一度頑張ろう。俺は『英雄』になる----」

 少年の瞳には、もう、迷いはなかった。




「ここが、遺跡『錆びた洞窟』か。」

 クロウとアルクは、洞窟の入り口に立っていた。南の大門の外に広がる『黒鳥の森』の中に位置する洞窟である。

「確か、洞窟内の怪物の駆除だったか。」

 クロウは、依頼書を読む。

 R社が所有する洞窟に大量発生した『咳気級』怪物、『脂取り虫』を駆除し、洞窟内の安全の確保が今回の仕事内容だ。

「最近、この洞窟で危険度『恐怖級』、『真紅の鎌』の発見報告があったはずだけれど...」

 アルクは心配そうな顔でクロウを見る。

「--本当に一人で行くつもりなの?」

 何度も「今日は一人で行く」と言ってもアルクは聞かず、最終的に洞窟に着くまでは付いてきてもいいことになっていた。

「大丈夫だよ。ヤバくなったらすぐ逃げるから。」

 クロウは笑いながら答えるも、右手をギュッと握る。

 アルクは紛れもなく『赤い英雄』だ。伝説になるぐらい強い。アルクの傍にいたら、俺は強くなれない。だから、---------

 クロウは踵を返し、暗闇が続く洞窟へと歩き出す。

「---行ってくる。」

 アルクはクロウの背中をじっと見ていた。その背中が見えなくなるまで。




 カツン、カツン。足音が洞窟内に響く。暗闇からガサガサッと緑色の生き物が出てくる。ひょうたんのような形の体に針のような六本の足が付いた生き物は、四つの目でじっとクロウを見る。

 クロウは剣の柄に手をかける。怪物はジリッと少し動く。

「シャ----ッ」と怪物がクロウに向かって駆け出す。

「--ッ、くらえっ」とクロウは一気に距離を詰める。

 互いの距離がゼロになる。怪物は前の二本の足を頭上にあげ、針のような足先をクロウに向ける。が、---

 ザシュッ---と弧を描いて振られた黒い剣が、怪物の体を通過する。

 ザバッと怪物の体が真っ二つになる。

「これで十二体目。」どざっと地面に落ちた怪物の死体を見ながらつぶやく。

 クロウは『脂取り虫』を駆除しながら、どんどん洞窟の奥へと進んでいた。危険度『咳気級』といえど、クロウにとって苦戦を強いられる相手ではなかった。

「そろそろ最深部かな。」クロウは剣を鞘に戻し、再び歩き出す。

 この『錆びた洞窟』はR社が所有する鉱山である。入り口付近と中層部は既に採りつくされていたが、最深部になるとちらほらと鉱物が生成されている。

「そろそろ鉱石でも取って帰ろっと。」

 ピッケルに持ち替えながら歩くと----べちゃり。何かを踏んだ。

 足元を見ると、緑色の物体が転がっていた。周りを見渡すと、十匹を超える怪物の死体が転がっている。その中央には、赤色の生き物がうずくまっている。

 赤色の生き物は背中に白い塊を背負ったまま、鎌状の腕でクロウを威嚇する。

「お前が『真紅の鎌』か。---」

 がしっと剣を構え、戦闘態勢に入る。

 互いにピクリとも動かない。クロウはカマキリのような怪物をじっと観察する。

 腹には大きな穴が開き、体中にはレーザーにでも撃たれたかのような小さな焦げた穴が無数にある。怪物は小刻みに震え、今にでも倒れそうだ。

 この怪我はいったい何なのだ?『脂取り虫』がやったのか?いや、『咳気級』の怪物が『恐怖級』の怪物にこれだけのダメージを与えることはできない。じゃあ、『恐怖級』以上の怪物がこの洞窟にいるのか。こいつ以外に----

 ジジジジジジジ-------

 暗闇の奥からノイズのような音が聞こえた。

 真紅の鎌は暗闇に向かって鎌を構える。

「......何かがこっちに向かって来ている----」

 クロウはぎりっと奥歯を噛み締め、暗闇に剣を構える。

 その何かが暗闇から現れる---

「-----へ?」

 姿は白色の少女だった。頭上には白い輪が漂い、背中には大きな光の輪がゆっくり回っている。黒色の装飾をされた白いワンピースを着、胸部には緑色の球が埋め込まれている。まるで小さな天使のようだ

「人間か?」

 天使は和やかな表情をしている。

 なんだ、この違和感は。肌をなぞるこの不気味さはなんだ---

 クロウは真紅の鎌を見る。真紅の鎌は天使を見て後ずさりをしている。

 クロウはふわふわと宙を浮いている天使を見る。

 ----右手には大きな槍頭が付いたガントレットをはめていた。

「ガアアアッ---!」

 真紅の鎌は咆哮しながら天使に襲い掛かる。

 天使は槍先を真紅の鎌に向け、一気に距離を縮める。

 ボコッと真紅の鎌の首を貫く。すごい形相で襲い掛かっていた真紅の鎌は、ぐたっと体から力が抜ける。

 ずりずりと槍頭を滑り、ドサッと地面に落ちる。真紅の鎌はぴくぴくと震えるだけで今にも死にそうだ。

 クロウはぞわっと背中に『何か』を感じる。思考が歪み、混乱する。体中から汗が噴き出す。

 なんだ、この少女。優しい顔をしているのに。愛らしい姿をしているのに。そのガントレットはなんだ?さっきの攻撃はなんだ?これじゃまるで----怪物じゃないか。

 天使はふわふわとクロウに近づく。

 ジリッと一歩後ろに下がる。

 天使がさらに近づく。

 ジリッと一歩後ろに下がる。

 トンと背中に何かが当たる。後ろは洞窟の最深部の壁。これ以上は下がれない。

 天使がピタッと近づく。クロウの顔を覗き込むようにして、顔を近づける。

 ---っ、殺される!

「---おおおっ!」

 剣を抜き、天使の顔を真っ二つに切り裂く。

「----ツ--!」天使は弾かれた様に後ろに跳ぶ。

「やったかっ?!」クロウは天使の顔を見る。

 パッカリと開いた天使の顔は、傷口の間に光の粒子が伸び、みるみる修復されていく。

「そんなのありかよ?!」

 天使は顔を上げ、ガントレットをガチャリといわせる。

 クロウの背中を『何か』が蠢く。大量の汗が噴き出る。

 ああ、次は俺の番。この天使に殺される----

 動こうと必死に力を入れる。---が、足は動かない。鎖につながれたように動かない。

 また、これか。思い通りにならない。何をしようとも、『恐怖』が俺の邪魔をする。結局、戦えないのか---

 カランと黒い剣が地面に落ちる。腕の力を抜き、重力に従って腕が下がる。

 この状態では、一度引くこともできない。攻撃しても、すぐに再生する。もう手段がない------

 天使は槍頭をクロウに向ける。

 ああ。あの夜、決意したのに。諦めるしかないのか-----

 ズサッと音がした。暗闇の中で何かが立ち上がる。何かを引きずりながら近づいてくる。

 真紅の鎌が立っていた。左腕の鎌を引きずりながら歩いている。

 天使は背中の輪を無数の光の粒子に変形させ、弾丸のように撃ち出す。

 ドドドドドッと粒子が真紅の鎌の体を貫く。---それでも、倒れない。

 なんで、戦おうとするんだ?なんで立ちあがるんだ?どっちにしたって死ぬことに変わりはないのに、なんで----諦めないんだ?

 天使はもう一度粒子を撃ち込む。真紅の鎌は紙切れのように宙を舞う。ずしんと地面に激突する。それでも---よろよろと立ち上がる。

 クロウは下唇をぎゅっと噛む。

 俺は、『英雄』になると言って家出をした。『英雄』を目指すために便利屋になった。なのに、未だになにも成し遂げていない。

 歯をぎりぎり言わせる。

 バース先輩とミナ先輩は絶望の中、巨大な怪物に立ち向かった。アルクは、数多の怪物にたった一人で立ち向かい、町を救った。だから----逃げちゃだめだ。

 クロウは剣を拾う。

「......後ろを向くな。前だけをみろ。余計なことは考えるな。」

 剣を顔の前に構える。

「俺はもう---------」

 背中から何かが生え、天使に向かって一直線に駆け出す。

「-----諦めない!!」

 剣先を天使に向け、一気に突き出す。刀身はクロウに応えるかのように黒い煙をまとい、勢いを増す。

 天使は槍頭ではじく----ガッガッガッと火花を散らしながら、互いの武器が弾かれる。

 天使は背中の輪を無数の光の粒子に変え、撃ち出す。ズドドドドと音を出し、次々とクロウの体を撃ち抜く。

「あが--っ」クロウは短い呻きとともに吹き飛ぶ。

 体中が痛い。初めて味わう感覚だ。これが本当の『痛み』--

 クロウはヨロっと立ち上がる。

「......負けてたまるか。俺は---」

 剣をぎゅっと握る。刀身が黒色に眩く輝く。背中から生えた『何か』は形を変え、片翼の『黒い翼』となる。

「---『英雄』になる漢だ!!」

 クロウは地面に剣先を擦ったまま、天使に突っ込む。天使は槍頭を振りかぶり、高速で近づく。

 ---互いの距離がゼロになる

「オオオオオオォ-----!」クロウは地面をえぐりながら、剣を振り上げる---

「ツ----、ツ-----!」天使は頭上の輪をバチバチ言わせながら、振り下ろす---

 バチン!と大きな火花を散らし、鍔迫り合いになる。

 クロウは奥歯をギリギリと噛みしめ、一歩、また一歩と踏み込む。

 クロウが踏み込むごとに、天使は後ろに下がる。

「進め、進め、前に----進むんだあああああああ!」

 また一歩、また一歩。その繰り返しは次第に早くなり、どんどん天使を押し返す。

 天使は、クロウの斬撃を受け止められず、後方に飛ばされる。

 天使は背中に無数の粒子を作り、迎撃態勢に入る。

 これを食らえば、間違いなく俺は動けなくなる---

 クロウはにやりと笑う。

「今だ!----カマキリ!」

 天使は後ろを向く。

 天使が飛ばされるその先に、真紅の鎌が立っている。両腕の鎌をクロスさせ、攻撃の機を窺っている。

「そいつを粉々に切り飛ばせ!」

 真紅の鎌はカッと赤い目を開き、体を回転させながら跳ぶ。---高速で回転する二つの鎌は、斬れる竜巻になる。

 天使と竜巻がぶつかる----天使の頭、体、右手、左手、右足、左足、全てがバラバラになる。

 ドサッ、ドサッ、ドサッと地面に落ちる。体の各パーツのつなぎ目から光の粒子が伸び、修復が始まる---

「そこだあああ!」

 クロウは黒色に輝く剣を弧を描くように空を切る---ズバッと斬撃が伸びる。

 パキッ---赤い球が真っ二つに割れた。

「ツ----、ツツツツツ----ツ...」

 天使は動きを止めた。




 ハア、ハアと肩を上下に動かしながら、クロウは剣を鞘にしまう。背中から生えていた片翼の『黒い翼』は、黒い煙になって消える。

「倒した、のか...。」

 クロウは天使の残骸に近づく。

 真紅の鎌の攻撃により、天使の体は無数の残骸に変わり果てている。

 クロウは白いガントレットを拾う。

 黒と金色の刺?が施されたガントレットは、槍頭が根元から折れている。

「......これを戦利品にするか。」

 ガントレットをバックにしまう。出口に向かって踵を返す。

 こつんと足に何かが当たる。足元を見ると白い塊が転がっていた。

 確か、真紅の鎌が背負っていた物だったか。

 よく見ると、白い塊の中で何かが蠢いている。

「もしかして、----カマキリの卵?」

 クロウはよく見ようと塊に手を伸ばす。

 ズサッ、後ろで何かが動く。

 真紅の鎌が鎌を構えて向かって来ている。

「カマキリ、お前の卵なのか?」

 真紅の鎌はクロウを威嚇している。

 こいつは『恐怖級』の怪物だ。そんな奴の子供が生まれたら、町にどんな被害を与えるかわからない。怪物である以上、カマキリとその卵を--殺さないと。

 クロウは柄に手をかける。

「ギ、ギギギ--」

 真紅の鎌は威嚇し続ける。

「おいカマキリ、この洞窟には、近々大勢の炭鉱夫が来る。お前と人間が会えば、必ず面倒ごとが起きる。だから----」

 真紅の鎌は、穴だらけの腹を地面に擦りながら、卵のもとに来る。卵を守るように、クロウの前に立ちはばかる。

 ああ、そうか。守るために、何度も立ち上がったんだな。バース先輩とミナ先輩が俺を守ったように。

 柄を持つ手が震える。

「----その卵を守りたいなら、この洞窟から逃げた方がいい。できるだけ早くな。」

 クロウは柄から手を放し、出口へと歩き出す。

 今の俺に、お前を『殺す』ほどの『決意』を持ち合わせてはいないな---

「...無事に生まれるといいな。」

 そうつぶやきながらクロウは進む。

 -----アリガトウ

 突然、後ろから声がした。

 クロウはハッと後ろを振り向く。しかし、一匹のカマキリがこっちを見ているだけだった。




「クロウ、大丈夫かな...」

 アルクは洞窟の入り口前を、八の字を描くように歩き回っていた。

「ついてくるなって言ったけど、一人で戦えるのかな?でも、模擬戦ではあんなに強かったし、『咳気級』の相手なら大丈夫だよね。...しかし、『真紅の鎌』の発見報告もあったし、やっぱり後を追いかけた方が...」

 アルクは洞窟に入ったり、出たりを繰り返す。

「いやいや、危なくなったら逃げると言っていたし、信じてあげることも大切だもんね!」

 アルクは、洞窟の前で体育座りをする。

「......失ってからじゃ遅い--やっぱり、後をつけよう。」

 アルクは立ち上がり、洞窟の内部へと足を踏み出す。

「----おーい!帰ってきたぞー!」

 洞窟の暗闇から声がした。

 あ、クロウの声だ。よかった。生きて帰ってきた----

 暗闇から、黒い剣を背負った、一人の少年が現れる。

「ちょっと遅くなっちまった。待たせたな、アルク。」

 クロウはそう言いながらニカッと笑う。

 アルクには、クロウの言葉がほとんど耳に入らなかった。

「『脂取り虫』はほとんど駆除したし、強そうな怪物も倒したし、この仕事は大成功だな!」

 クロウはカッカッカと笑っている。

 アルクにとって、そんなことはどうでもよかった。

 アルクは口を開く。

「その、大量のケガは、どうしたの-----」

 クロウのケガの量は、アルクから見て、まともではなかった。いや、誰が見ても、大怪我に見えるだろう。体中に何かに撃たれたような跡があり、赤い血が出ている。腕や顔には大量の擦り傷があり、左足を引きずって歩いている。表情にも疲れがにじみ出ている。

「ああ、このケガか?さっき言った、強そうな怪物と戦った時にできてだな----」

 ガシッとアルクはクロウの肩をつかむ。

「なんで逃げなかったの!なんでたたかったの!もし負けてたらあんた、死ぬのよ?!」

 ガシガシとクロウの肩を揺さぶる。

「うげっ?!吐く、吐く!」

 アルクは「あ、ごめん」とクロウの肩から手を放す。

「ケホ、ケホッ。......えっとだな、逃げようとも考えたんだけどな、結局、追い詰められてしまったんだ。---でもさ、一匹のカマキリが戦っていたんだ。俺よりボロボロな体を引きずって立ち向かっていたんだ。だから----」

 聞きたくない---笑顔で話す、クロウの次の言葉を、聞きたくない---

 クロウは言葉を放つ--

「---逃げずに、立ち向かうことを選んだよ。」

 一流の便利屋は、みんなそう言う。恐怖に立ち向かうことこそが『正義』だという。強敵に立ち向かうことが『かっこいい』という。そして----みんな死んでいく。

 クロウは英雄談でもするかのように、楽しそうに話している。

 アルクは、何も聞こえなかった。何も頭に入ってこなかった。

「---そういうことで、めっちゃ大変だったんだよ。だから、そろそろ帰って休もうぜ。」

 クロウは上機嫌に歩き出す。

 クロウの背中が、少しずつ小さくなっていく。

 お父さんが死んだ。お母さんが死んだ。先輩が死んだ。同僚が死んだ。仲間が死んだ。行きつけの、定食屋さんのおっちゃんが死んだ。------

 真っ赤な夕日が沈んでいく。

 もう、誰も死なせたくない。誰も、失いたくない。

 クロウが「おーい」と手を振っている。

「クロウ、大丈夫だよ。私が君を------守るから。」

 暗闇に包まれていく森の中、一人、小さくつぶやいた。




一章 黒い少年、便利屋になる(中編)に続きます。

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