最期の大勝負
魔法。
極めれば世の理すら変えうる、究極の神秘。
己の絶対的な素養に気付いてから、もうどれほどになるか。
寿命を伸ばし、俗世を離れ。生きた時間の殆どを魔術の研究、修練に費やしてきた。
しかし。そろそろ潮時だろう。
魔力で補強を続けた肉体が、とうとう限界を迎えようとしている。
悲しいかな。どれだけ魔力を高めても、所詮、人間の身体には限界があるということか。
まあ、構わない。研究に終わりは存在しないとはいえ、もうそこまで知的探究心が溢れているわけでもない。
終わりが来るなら、その時を大人しく受け入れよう。
特にやり残したこともない。やりたいことも無い。
そうだな。最期にひとつ、昔、昔。遥か昔に表舞台で動いていた時の日記でも見返そうか。
厳重に保管してあった木箱から取り出した本は、1冊の手帳。
昔、冒険者として活動していた頃の日記だ。
ぱらぱらとページをめくっていく。
初めて冒険者の登録をした日の高揚。
長く組むことになった者達との出会い。
魔導師として、パーティを支え続けた日々……
冒険の間ずっと持ち歩いていた日記帳は、相応にボロボロで。
魔力により経年劣化こそしてないものの、確かな私の足跡を感じられた。
長らく忘れていた気持ちが、ふつふつと湧き上がるのを感じる。
共に世界を回った戦友を看取って以来ずっと忘れていた、この想い。
「あー…………また、冒険したい、なぁ」
ずっと昔に捨てたことが、何だか今になって恋しい。
もう、今更だけれど…………そうだな。最期にちょっとだけ、足掻いてみようか。
研究に研究を重ねた魔法。その中で、未だ未完成の、究極のもの。
[転生魔法]
生物が命を失った時、最終的に魂は全ての記憶を喪った上で輪廻の輪に還る。
そしてまた、新たな世界でまっさらな生を受ける。
そんなこの世の理に干渉し、本来失うはずの記憶を保ったまま新たに人間として[転生]する魔法。
もちろん、並大抵のことではない。尋常では無い魔力と、輪廻の輪の中でも記憶を意図的に保ち続けることが出来るほどの魂の強さは必須だ。
奇跡的に完璧に発動したとしても、成功する確率は低い。
ただ失敗して転生時に記憶を喪うだけなら問題ない……と言うか、本来それが正常。
一番怖いのは、全ての力を使い果たしちゃった上で失敗した未来、かな。
命尽きるまで、もしかしたら何も出来ない永遠とも思える時間を過ごさなければいけないかもしれない。
……けれど。
「どうせ、私が死んじゃったら、この魔力も知識も全部消えちゃうんだからね。それを、残せる可能性があるのなら……」
どんなリスクだって、安いものだろう。
やるのならば、魔力も、体力もまだ残されている今の方が良い。
善は急げ、と言う。善いことかって言われると非常に怪しいけども。
もう紐解くこともないと思っていた、禁術に近い研究資料を引っ張り出す。
未完成とは言ったが、術式自体は理論上完成している。動作実験を一度も出来ていないだけ。当たり前だけどね。
だから、まあ。きっと大丈夫。
指を軽く傷つけて、すらすらと床の中心に魔法陣を描く。
ありったけの魔力を込めて、細心の注意を払って。
陣は、すぐに完成した。後は、この上で極限まで魔力を高めておいて、満月の晩に実行するだけ。
大丈夫。きっと、うまくいく。
そして、当日。
私は全ての魔力を解き放った。
注)炎ブレスに分類される極大呪文のことではありません
サクサク進めます。