愛情。
「本当なら、そばにいてくれた方が心強いけど、私室を漁られるのは嫌だし……ていうか、女性の部屋を漁るのはちょっと……感心しないよねぇ」
この施設は絶対に安全…とも正直なところ言い切れないし、というか『死の森』っていう、ダンジョン以上にか危険な場所の地下にいるわけだから、本来であれば常にまとまって行動して、周囲の警戒をすべきなのだけど。
違う意味でも危険が伴うのはね……困っちゃう。
「……しない」
「絶対に?」
「しない」
「じゃあゲストルームでも良いかなぁ。ユージアのことが心配なら、あのゲストルームと私の私室は壁を外してひとつながりに出来るから、大部屋にして使おう」
むしろ私の貞操の方が心配されるべきな気も、しなくはないんだけどさ……。
ユージアの身の方が心配なのもあって、さすがにユージアとルークだけで同室にさせたくはなかった。
「ちなみにあの本、育児書だからね?子供が好きだから書くし、読まれる本なのだから『子供に興味がある』って書き方になると思うんだけど、どうかな?」
育児なんて、全てが初めてのことだから『こういう事もあるんだよ』って、新米お母さんが困らないようにって書かれているのだもの。
赤ちゃんが生まれたら、その日から、赤ちゃんのお母さんになるけど、知識もいきなり『赤ちゃんのお母さん』仕様になるわけじゃ無いから。
(ていうかさ、赤ちゃん可愛いけど、お母さんだって初めての出産のために、妊娠初期の悪阻から何から。産んだら産んだで、悪露やら母乳やら身体も心もぼろぼろなんだよね……そんな状態からのいきなり育児のスタートなんだもの……少しでもヒントになる本があっても良いよね)
赤ちゃんと一緒に、お母さんも育っていく。
そんな頑張るお母さんのための、育児のヒントになる本。
育児の教科書、という意味での育児書が欲しいなと思ったことがあったけど、完璧ってないんだよね……。
小学校入学までの発達の個人差がとにかく大きくて……それを一律にとか、ものすごい無理な事なのだと、気づいたのは息子3人にがっつりと振り回されたあとだった。
(こっちの世界のお母さんは、医療の発達という意味だと、心配事は多いよなぁ。救急車呼べないもんね。もちろんすぐに医者にかかる事も難しいし)
「……わかった」
日本との状況の違いに思いを馳せ始めて、むむむ……っとなっていると、『降参』と言わんばかりに軽く手をあげられてしまった。
……怒ってたわけじゃないからね?ちょっと怒ったかもしれないけど。
(あぁ、でもルークの子供時代も姿ってのも見てみたいかもね)
息子であるユージアがあんなに可愛いんだもの。絶対に可愛いと思う。
思わずユージアを見つめてにやけてしまったのを誤魔化しつつ、ひとまず完全に脱力して夢の中のユージアを抱き上げて、自室のベッドへ寝かし直しに行った。
ベッドにそっと置くと、ぐぐーっと一瞬、全身で反り返るように背伸びをした後、自身を抱え込むように小さく丸くなって寝直してしまった。
起こしてしまうのも可哀想だったので、少し落ち着くまではぽんぽんと軽く毛布を叩きつつ、呼吸が落ち着いたのを確認してから、執務室へ戻る。
「熟睡みたいだったから、夕方まで寝かしておこうね」
可愛い後輩の著書。
今では一部が遺作となってしまったのだけれど。
その内容や知識が少しでも、世のお母さん方へ役立てられていく事を切に願いたい。
そう思いつつ、応接の本棚へ丁寧にしまう。
「さて……と、ユージアが寝ちゃってるところで悪いんだけど、早朝には出発できるように準備だけしておこうか?」
応接のソファーに視線をやると、相変わらず紅茶を飲んでいる。お茶が好きなのね……。
ついでだからクランベリーのジャムを追加でオーダーしておいた。
クッキーに付けて食べるんです。
甘いクッキーにクランベリーの強い酸味がすごく合うんだよ。
ほくほくとジャムを塗っている私の様子にルークは眉をひそめてる……酸っぱいの苦手だもんね。
「……では帰宅の予定は、明後日の夕方、もしくは明々後日くらいか。伝えておこう」
『はいはい~、あと、王から伝言ね「捜索隊の派遣は必要か否か」でも~ここまでどうやって入るつもりなのかしらね?』
名を呼ぶまでもなく、小さな鈴がころころと鳴るような可愛らしい声が響き渡って、真っ白なレースのワンピースを着た女の子、風の乙女がふわりと姿を現した。可愛い。
私に笑顔で振り向いてカーテシーをすると『成長してるっ!』と小さく拍手された。
幼児から10代後半くらいまでの急激な変化は、成長といえるのか……?
「返答は『否』だな……『先ほどの転移魔法自体が石版を使った一回限りの一方通行で、私達もだが、帰りは死の森を抜ける事になる』と伝えてくれ」
『……王は心配してたけど、他の人達は…うーん、ここにあるだろう古代の魔道具のことしか言ってなかったから、来ても面倒にしかならないと思うわ。じゃ、またね』
にこりと笑うと風の乙女は姿を消した。
唐突な登場と会話だったけど、あれで意思の疎通ができてるんだもんなぁ。
むしろ、精霊使いって会話することなく、慣れてくると思っただけで精霊を使役出来るんだって聞いてるから、この会話は周囲にも内容を聞かせるためってのが大きいらしいんだよね。
……なんかいつの間にやら、王城には安否の第一報入れてあったみたいだし、さすが保護者!ってことにしておこう。
「荒らされるのは、嫌だな……」
自室もだけど、学園も嫌だ。
考古学という分野で、今も完璧な状態で機能している、この魔導学院の存在は、ものすごく貴重なものだという事はわかってるけど、嫌なものは嫌だ。
「……学園の機能を『緊急時』にしてあるなら、シシリーが招かない限りは、誰も入れないさ」
「そっか……」
一安心、しつつ、しょんぼりとしてしまう。
魔導学院の管理者権限が『シシリー』の名で『私』に指定されてしまっているので、私がこの学園の所有者ということになる。
学園長、ね……。
学生も、先生も、誰もいないけど。
今の『緊急時』モードでも、外郭部分のエリアは生徒やスタッフ、先生の出入りは制限してないんだ。
避難所になるように、ね。
でも、履歴を見た限りでは…あの日以降の出入りはほぼ無い。
みんな、どうなってしまったのだろう?
国が滅ぶほどの大災害ではあったけど、ルークのように難を逃れている者もいたと思いたい。




