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懐古。

 



「……セシリアといると本当に退屈しないよね」


「退屈な毎日の方が幸せだと思うよ」



 ぎゅうっと庇うために抱き込まれた腕に力がこもると、ユージアの半ば呆れたため息混ざりの呟きが耳にかかった。

 今の身長差だと、抱き込まれていても私の方が少しだけ背が高い状態なので、肩口から周囲の景色がしっかり見えているわけなのだけど……。



(転移の魔法陣だなぁ……これ。また教会の妨害とか?転移先で待ち構えられてたら逃げようがないよなぁ)



 足元で絶賛発動中の紅い魔法陣。

 教会の地下にあった監獄から抜け出す際に使った、転移の魔法陣と術式が同じもののように見えた。

 一つ違うといえば……。


 紅い魔法陣と周囲の景色の歪みが、大きく揺らぎ、また戻り、何度か見知らぬ景色を映し出し、また大きく揺らぎ…と繰り返している。



「ねぇ。これ、この前の転移の魔法陣と同じやつだよね?なんか様子がおかしくない?」



 転送直後の襲撃を警戒しつつ、周囲を忙しなく見渡しているが転送が一向に完了しない事に少し焦りが出ているようだった。



「異常はない。移動距離が……長いだけだ」


「げっ……」



 ぎくり、とユージアが強張るのが伝わる。

 私も「げ」だったんだけど……。


 声の方を向くと艶やかな長く伸ばした黒髪を、緩く後ろで纏めた、玲瓏たる美貌のエルフの青年。



「げ、とは何だ……おまえが考え無しにセシリア嬢を引き寄せたから、魔法陣ごと寄ってきて、危うく王子達までこの移転に巻き込まれるところだったんだぞ?……代わりに私が巻き込まれたが……王族誘拐の大事にならなかっただけ、感謝されても良いと思うのだがね」



 声や雰囲気から醸し出される、憮然とした表情のルーク。

 しかし次の瞬間には好奇心で目を輝かせて、私の腕を取りブレスレットへと変形してしまった石板の観察を始める。



「しかし面白いな……この石板、常々優秀な古代のアイテム(アーティファクト)だと思っていたが、そもそもが学園の備品だったのか」


「こんなのごろごろしてるとか僕、学園通うの怖くなってきた」


「魔法学園では無い。我が母校でもある、今は亡き魔導学園の、だ」



 ですよねぇ。というか、意外にこの親子、仲良さそうで少し安心した。

 ユージアの警戒が反抗期から来るものなのか、襲われたとか言ってたし、そちらからのものかはわからないけど、せっかくの親子なんだから仲良くしてほしい。



(ていうか、自分の友人が当時の姿そのままで子育てしてるとか、何かすごく微笑ましいんです)



 そうこう思っているうちに、移転が完了したのか、景色の歪みが落ち着いていく。







 ******







 まず視界に飛び込んできたのはボルドーの絨毯張りの広い個室。

 黒檀のような木製の家具と調度品で纏められた上品な執務室兼、応接……。


 応接セットには、今まさに来客をもてなすためにだされた、湯気を立てるティーセットが4人分あり、来客側の席に『只今席を外しております。少々お待ちくださいませ』のカードが見えた。



「ここは……」



 飛ばされた先は、学園長の部屋だ……。

 そのティーセットは見覚えがある。



『所有者情報の書き換え。学園長権限により…生存者、導師シシリーを認識。緊急時につき全権を同導師に移譲とする』



 転移魔法が発動した時と同じ、機械的な女声の声で施設管理のメッセージが館内に響き渡り、私の視界が歪んでいく。

 ──あのティーセットは、シシリー(わたし)が学園長へと、贈ったマジックアイテムだった。



『ありがとう。大切に使わせてもらうよ』と、贈った時に、いつもの厳しい表情を崩して、晶瑩玲瓏な完成された美貌にふわりと頰を上気させて微笑んでくれた、あの光景が浮かび上がる。



 ……深い知識や魔法・魔術の性能・技術だけがモノをいう世界だった。

 それでも、上へ上へと上がっていけばいくほどに、実験や研究の成果を出すためには膨大な費用や時間がかかる。

 少しでもロスを減らすためには失敗は許されない世界で、裕福な出身のものは実家の支援を持ち出しての余裕ある行動ができた。


 私は孤児で…最低限の生活は学園で保証されてるとはいえ、責任のある職務につくには成果が必要だったが、そうなるとまずは研究に関しての支援や協力者、スポンサーを探すところからの作業となる。

 その時点での大幅なロス、そして協力者からの裏切り、ライバルからの妨害、そういうものを個々にしっかりと見抜き、正当な評価をしてくれる凄い方だった。


 知識も技術も群を抜いて素晴らしい、当時のトップクラスの魔導師でもあった学園長。



(メッセージカードの通り、待っていたら逢えます…か?…ラディ…導師(せんせい)……っ!)



 我慢しようにもぽろぽろとあふれだす涙に、私を抱きしめたまま背をさすり、おろおろするユージア。……ごめん。


 ……私が「生存者」としてここに緊急移転させられたのなら、他に生存者はいないということになるのでしょうけど……でも、逢いたいです。導師(せんせい)



「セシリア、大丈夫。今回は怖いとこじゃなさそうだから、大丈夫だよ」


「これはまた懐かしい……転送(とば)されたのは3人か。また遠くまで飛ばされたな」



 ルークのみ弾むような声で颯爽と室内の検証を始めている。



(生存者、と言っていた)



 それはつまり……この学園は、あの時から時が止まっていたという事で。

 あの魔物の氾濫(スタンピード)で止まっている。

 ……本当に生存者は、いなかったのだろうか。



学園生(みんな)はどうなったのだろう?)



 緊急時、指揮権の有るものがいない場合は、下位へと順に指揮権が移譲される…。



「ユージア、ありがとう…大丈夫」



 ユージアから離れて、涙を袖で拭い、学園長の机に座ると、机一面に文字が浮かび上がる。

 学園内の異常や損傷は無い。機能も正常だった。

 ただ、館内には3人以外の生物的な反応は無かった。


 指揮権の移譲履歴には、当時の学園長から直接に今、私へと委譲された事になっている。



(学園長が最期まで護りきってくれたのか、もしくは……)



 私は今までの転生の初代にあたる、シシリーの死因を覚えていない。

 記憶は…魔物の氾濫(スタンピード)に遭遇したのは覚えている。

 あの時、この魔導学園はどうなったのだろうか?



(私はあの時、街にいた…と思う。その後の記憶がひどく曖昧だ)





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