花。
顔を上げたユージアをまともに見つめてしまったレオンハルト王子は、笑いが我慢できなくなったのか、真っ赤な顔になり、涙目で紅茶を激しくむせていた。可愛すぎる。
……我慢しなくていいのにね。
「……で、セシリア嬢は…。龍の巫女として龍の離宮へ通うことになるのだけど、当面はこちらに顔を出したら、そのまま王子達と一緒にお勉強してもらうからね」
「龍の巫女とはどういうものでしょうか?何をすれば良いのでしょうか?」
「当面はお茶会でもしようか?本格的な仕事は、もう少し大きくなってからで良いんだけど……君は花だから、安全を確保するためにも、必ず通ってほしい」
守護龍はにこりと笑う。
……結局、龍の巫女の意味はよくわからないし、毎日必ずやらないといけないような重要な仕事もなさそう。
簡単に言えば、
……今は特にやる事ないけど、とりあえず花だから安全確保のために登城してね♡
って事でしょう?
(どういう意味?そもそもだけど、花ってなんだ?)
ルークは「こんなに幼いのに見い出された花とは難儀な」と言っていた。
この国の守護龍アナステシアスは「花だから危険な目に遭わせないために」と言っていた。
さっきも「花だから、安全を確保するため」って。
私の前前世の知識を総ざらいしてみても、思い当たる語源が見つからない。
でも、龍やエルフが使う言葉なのだから、大切な存在なのだろう。
「花とは、どういう意味なのでしょうか?」
「自分に対しての唯一の相手のことを『番』と呼ぶ。『花』は一般的には自分より『上位種族の番である女性』の事を言うんだ」
(番は番じゃないの?上位種族の女性だけ、花なの?)
ルークの説明を肯定するようにこくりと頷く守護龍。
「花……」ぽつりとユージアの呟きが聞こえて、振り向くと、呆然とした顔でルークと私とを交互に見ていた。
(そこの親子、本当に、何があったんだろう……)
ま、いいや。
とりあえず番に関して私が知ってる事を総動員してみる。
番同士は、出会った途端に、お互いが番である事を理解すると同時に、一目惚れするみたいに惹かれ合うって事。
感覚の鋭い種族に至っては、まだ会ったことが無くても、感覚的に、どこら辺にいるとか、わかるそうだ。
そして、番を探し出したりできるようになるのには、自身が成人している事。あ、この時、相手が成人していなくても、探し出せるそうだよ。
それと稀に、番が同種族では無い場合があるという事。
この事もあって、一生かかっても番が見つけられない者もいるという事。
それと、同種族間であれば、番では無くても婚姻は可能……人間はこれが多いよね。
婚約とか、本人の意思とは関係なく、双方の家柄とか関係で親に決められてしまうんだもの。
(これだけでは、女性だけだ花と言われる理由は見当たらないと思う)
「セシリア嬢もだが、人間には馴染みのない言葉だね」
(それと、花は危険……つまり誰かの奥さんってわかっている上で狙われるって意味がわからないんだけど……)
「番という言葉は知っているね?自分の伴侶となる資格、運命を持つ者の事なのだけれど……番同士でなければ子がなせない種族もいる中で、人間は探す力が退化してしまってるからね。まぁ、退化してしまっても困らなかったって事なんだろうけど」
……あぁそうだった。
異種族婚になってしまった場合、悲惨なのが相手が人間だった場合らしくてさ。
番としては「この人だ!」ってわかってるのに、人間の番はそれがわからないから……。
番だとわかって、めちゃくちゃ好きなのに、人間の番には全くそれが伝わらないから。
「まずはお友達から」ってな感じで、人間の番に自分を好きになってもらうところから始めないとダメらしいのよね。
(うーん、それでも、花は危険の理由になるようなものはない気がする)
「では『花だから危ない』というのはどういう意味ですか?」
……番になった途端、命狙われるとか、その後の幸せな家族団欒的なものはどこへ行っちゃうんだろう。
いや…まぁ……私が可愛すぎて狙われてしまうのを「命をかけて守ってくれる、私だけの騎士のような旦那様♡」ってのもかっこいいかもしれないけどさ、四六時中それじゃあ、暮らして行けないと思うんだけど。
考え込みすぎて、内容からして現実逃避しかけたところで、ぽつりと守護龍が口を開いた。
「花には上位互換がある、という事だね」
上位互換って……それってつまり、下位の番も兼ねちゃうって事だよね?
それって番のシステム的におかしいんじゃないの……。
あれでしょう?ゲーム機とかパソコンの新機種が出た時に、今までの機種は下位となるのだけど、下位のソフトも新機種では遊べる。
ただし、逆の言葉にもなるけど『あくまで上位互換であって、下位互換ではない』から……つまり、新機種用に作られたソフトは下位の機種では遊べない。
『花』は番である女性のことだから……ん?
女性側は比較的、恋愛自由って事なんじゃない?
男性側が困るのか。
ん~。そうだ例えを変えればわかりやすいかな?
年齢を種族の上位下位と例えて……花である番の女性は、同年代は好き。後輩も好き。
番の男性は同年代なら好き。先輩の彼女も好き。
こうか!
……でもこれって、男性側…「女性の先輩」じゃなくて「先輩の彼女」なんだよね…。
例えておいてなんだけど、修羅場だね……。
(あれ、龍の上位種の更に上位種ってなんだ?……生物的な意味であんまりいないような気がするんだけど)
「つまり、そうだなぁ…絵本に『とっても強くて怖いドラゴンが綺麗なお姫様を拐ってしまって、素敵な王子様が助けに行く』というお話があるでしょう?……そして王子様はお姫様に一目惚れをして結婚する。末長く幸せに暮らしましたとさ…って続くお話ね」
あー、よくある小さい子向けの冒険物語にそういうの多いね。
ちょっとした劇なんかにもよく使われる題材だ。
「そのお姫様がドラゴンの番だった、と考えてみようか?つまり同族の人間だけじゃなく、ドラゴンすら魅了するほどの美人さんって事なんだよね。そうなると、そのドラゴンよりも格が下の生き物から見ると、自分の番と同格に近いくらいに惹かれてしまうって事になるんだよね……どれくらいかと言えば、常に周囲に魅了の魔法をかけまくっているくらいの威力かな?」
ちょっと待って。
今さらりと怖い事を言ったよね?