精霊。
『……姫?私をお忘れですか?』
憂いを込めた琥珀色の双眸が、というかハンスイェルクの姿をとった精霊が覗き込むようにしている。瞬間、その相貌にしっかりと悪戯の色が浮かんだのを見逃さない。
いや、見逃してたまるか。
(いや、忘れてないよ?しっかり覚えてるからね?!)
あれだ、この、精霊の姿は、それこそハンスイェルクと学生時代を一緒に過ごしていた、学園内で一時的にとらせた事のある姿だった。
この精霊の元の姿が、ハンスイェルクと似たような漆黒の髪に、琥珀色の瞳をしていたから。
無愛想なルークが、にこにこしたらどんな感じなのだろうかと、おふざけでお願いしていたことがあった。
でも、ずっととらせていたわけじゃないんだよ?
私としては元の精霊の姿でもルークでもどちらも眼福だったし、精霊の姿に不満があったわけでも無かったし。
あの当時でも、ルークの笑顔の威力の凄まじさに、周囲が暴走しかけたのですぐにやめたし。
ちなみにだけどあの当時のルークは、案の定だけれど見た目には全く頓着していなかったので、私のこういう悪戯に対しても、特に気にもかけず。
『あぁ、僕はこうやって見えているのか』
この程度の淡白な反応だった。
見せたかった相手がこの反応だし、私もその攻撃力の高すぎた笑顔に癒されたし満足して、その姿での登場とか全く指定はしてないはずなんだけど……。
(……何故に今更その姿で、今のタイミングで現れたっ!?)
私の混乱も何も、本当に何も気にせずに、ルークの姿をとった精霊は口角を上げたまま、瞳だけ哀しそうな表情で私を見つめている。
……絶対、この状況を遊んでるよね!?
『……名を、呼んでいただければ契約が完了致します。名も…お忘れですか?』
ちらりとルーク本人に目をやると、口に手を添えて、肩が震えている。
あれは……笑ってるね、うん笑ってる。
……これは隠すどころか完全にバレた。
誤魔化しようもない気がしてきた。
シュトレイユ王子も、害はない精霊だと理解したのか、庇う様に抱きこんでいた私を離してくれたので、改めてルークの姿をとっている精霊の正面へと近づいて、名を……呼んだ。
「るな…るなふれあ……」
『良くできましたっ!…何かあったら、今度こそ一番に呼んでね!……ずっと、ずっと待ってたんだから』
弾む様に喋る満足げな精霊は……ガラス細工の様な繊細な美青年、まぁルークのそのまんまの姿なんだけど、その美貌に蕩けそうなほどに優しい笑みを浮かべて、頭を「いいこいいこ」と撫でてくる。
その「いいこいいこ」と撫でる手に、軽く魔力を含む熱を感じて精霊を見つめると、謳うように契約の要となる魔法の言葉を紡いでいく。
『古き盟約に従い、我が力、眷属、その全てが今より貴女の物となろう』
(呼ばないっ!絶対に呼ばないっ!こんな悪戯っ子は、絶対に呼ばないからっ!)
私の前で跪いたままの姿勢で、漆黒の球が霧散する様に姿が消え始める。
消える直前に、ふわりと笑うと、頬にキスを落としていった。
『……僕は、絶対に役に立つと思うよ?』
……確かに、役に立ったと思うよ?
普通なら絶対に見れない、肩を震わせて爆笑してるハンスイェルクは見れたし。
精霊とお友達になりたいってのも、ある意味クリアできたし?
お友達をすっ飛ばして、契約しちゃったし?
ハンスイェルクにまで役に立つ爆弾付きで。
「……なに今の?黒い精霊?誰の?シュトレイユ王子、セシリア、大丈夫?」
「あぁ、ふふっ……あれは、闇を司る精霊だ…。ははっ…懐かしいね、ねぇ、シシリー?」
ギギギと音がしそうなほどに、恐る恐るルークを見上げると、こちらを見つめて琥珀色の瞳を潤ませ、端正な顔を紅潮させて、まさに爆笑、といった風に笑い続けていた。
うん、良い笑顔。ってやばい。どうしよう…か……な。
急激な寒気が身体に広がると、思考もだけど視界が急に黒くなっていき、体の力が抜けて立っていられなくなる。
貧血の様な状態だなぁ……と思いつつ、倒れたなこれは。という確信付きの変な方向に重力を感じ、誰かに受け止められる衝撃があって……そのまま視界と共に意識が途絶えた。
「「セシリア!」」
「魔力切れだな。王子もユージアも正餐室へ戻ろう」
本当にもう……どうしようかなぁ。
起きるのが怖い。
なんて一瞬思ったりはしたけど、私はこのまましっかりと深い眠りに落ちてしまい、目覚めた時には翌日の早朝だった。
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瞼に朝日の刺激を感じて、薄目を開ける。
直後に急激な空腹感に襲われて、目が覚めてくる。
みんなで朝ごはんを食べて、その後、魔力切れを起こしたらしく気絶して、昼、夜のご飯を食いっぱぐれたという事に……なる。
だってどう見ても朝日だもん。ていうか日の出だし。
(あああ〜お腹すいたなぁ。成長期なのに、なんてもったいないことを!……ご飯までまだまだだよね)
上体を起こして、ぐーっと背伸びをしてから、周囲を見渡してみる。
サイドテーブルに私用の水差しと可愛らしい子供用のコップがあるから、多分ここは間借りしている離宮の、私の部屋だと思う。
春も日本で言えば桜も終わるころかなぁ、そろそろたけのこ掘りができるかな?位の陽気になっているので、冬の時よりはずいぶん暖かいし、日の出も早くなってきている。
「朝だ〜。朝だ〜。朝ですよ〜っと」
私の起きた気配に気づいたのか、もしくはご飯の時間なのか、ご機嫌に歌いながら近づいてくるユージアの声が廊下から聞こえてくる。
「朝だよ~。セシリ…ア…?」
コンコンと、ノックの後に勢いよくドアが開かれて、ユージアの姿が一瞬見えて……そのままパタリ。と軽い音がしてドアが閉められた。
一瞬見えたユージアは黒のフロックコートを着ていて、ちょっとカッコいい。
そっか、ユージアは今日からお仕事なんだね。
……って事は、あれ、起こしに来たんじゃないの?
部屋にユージアの姿は、ない。
その代わりに、廊下を慌ただしく駆け抜けていく足音だけが、聞こえていた。
ユージアも寝ぼけたのかな?
そして少しすると、またもや慌ただしいくぱたぱたと廊下を移動してくる複数の足音が耳に入ってきた。
「ご、ごめんってば!でもセリカっ!とにかく来てっ…」
「まだ時間前です。先に起こすのはあなたの役目だって、昨日決めたばかりじゃないですか!」
ユージアのひどく慌てた声とセリカの少し怒った声とが廊下に響きつつ、私の部屋に近づいてくる。
セリカを呼びに行ってたのかな?
「そうなんだけどっ!と、とにかく見て!」
「あっ!こら!ノックし……セシ、リア…様?」
ばん!と勢いよくドアが開き、頬をほんのりと紅潮させたユージアと、それに続いて怒ったセリカが見えた。
彼女は私を見て驚いた様に一瞬目を見開くと、そのまま前に進みユージアの顔面を片手で掴むように抑えると、背後を向かせた。
「痛い…!ねぇ、嘘じゃ無いでしょ?」
「いつまでも見てるんじゃ無いのっ」
ばたん!とセリカによって勢いよくドアが閉められた。




