愛し子。
「……いとしごですか?」
「シュトレイユ王子、その可能性も考えたんだけど、セシリア嬢には精霊が見えていないようだよ」
シュトレイユ王子が、アクアマリンのような瞳を一層キラキラとさせてこちらを見つめていた。
『愛し子』かぁ…。
人間や獣人に稀にいるらしいんだけど、やたらと精霊と相性の良い人の事だ。
エルフでも精霊使いという職業があるくらい、魔力はあっても、あたりまえのようにさまざま属性の精霊の力を借りるという事は難しいようで、人間に限ればそもそも少ない魔力持ちの人口よりも、さらにずっと少なくて、例えばだけど大きな街に1人でもいればすごい!と言うレベルなのだそうだ。
ただ、残念ながらハンスイェルクの言うように、セシリアに精霊は見えない。
前前世は愛し子ほどには及ばないけど、見えてたんだけどなぁ。
毎度期待を込めたきらきらの視線をくれるシュトレイユ王子には、申し訳ない気分になる。
「まず、風に関しては守護龍の加護を受けているので、その力の可能性が高い。そうでなくとも父親であるアルフレド宰相は火と風の使い手だ。この遺伝でもあるかもしれない。水に関しては緊急時であったため、水の乙女が力を貸していたそうだ。他の属性に関しても龍の番であるならばそちらから力を借りていたのかもしれない」
あぁ、ありがたい考察だった。
「すべて彼女の実力です」とか言われた日にはどうなることかと……。
ほっと胸を撫で下ろしていると、ふっと軽く笑うような息継ぎの後、ルークは話を続けていく。
「それにだが。まだ魔法を習っていないという事なので、身の危険に対して、とにかく必死に発揮された力、という可能性もあるから、これからも同じように使えるとは限らない。何せよ、この続きは後日、正式な属性検査を行なってから話すべき内容だと思われるのだが、どうだろうか?」
「それに」とルークが私に視線を落とし、その美しい笑みを…ふと、いたずらを思いついたような色に変化させると、私の頭を撫でながら笑うように言いだした。
「……今までの報告によると、今日一番の功労者が、ここでお腹を空かせて泣きそうになってるのですが……そろそろ解放して差し上げませんか?」
おい!デリカシー!!
もうちょっとやんわりと解散の方向に持っていってよ!
……まぁ、でもありがたい。確かにお腹は、ものすごく空いてる。
なんか周囲から、くすくすと笑い声が聞こえるけど、しーらないっ!
「ふふっ。そうねせっかくのご馳走ですものね。楽しみましょうね」
母様の言葉が鶴の一声となって、静まりも、人だかりも緩んでいった。
ほっとした所で、そろそろ私もご飯にありつきたくて、お姫様抱っこから解放してもらおうと顔を上げると、満面の笑みのルークが私をのぞき込んでいた。
「……やはり良い香りだ。お帰りシシリー。頑張ったね」
ぎゅっと抱き寄せられて、周囲に聞こえないほどの小さな、そして低くて甘い声を耳のそばで囁き、頬にキスを落とした。
ルークの呼気が耳にあたり、ぞわりと……うん、ごめん。
……大人であれば色々大変な事になりそうなのはわかった。
今のルーク、無駄に色気むんむんですよ。
でも今の私、3歳児だからさ、ぞわりと背中の毛穴が総毛立つような…物凄くくすぐったいんだけど!
ついでに今の私はシシリーじゃ無いよ!
あれ、もしかして私、まだ危機を脱せてないかも……?
そういえばユージアがルークの事を「変態」って言ってたな……。
そもそも、前前世のルークは、さっきみたいな場を和ますような茶目っ気のある言葉なんか言わないし。
……あ。そういえば初見より随分饒舌になってたなと…昔のルークの悪い癖を思い出す。
そうだ、研究対象やら、興味がある事だけは無駄に饒舌になるんだった……。
だからあんな無愛想で、研究チームを粉砕する程のルークが、周囲にしっかり評価されているんだった。
だって発表の時は、必要以上に饒舌なんだもの。
(って事は、私は研究対象か!?)
物理的にも精神的にもぞわりと寒気が体を駆け巡り、なんとか降ろしてもらおうともがくが、上機嫌の様子のルークはこちらのことなど気にもとめず、私を抱きかかえたまま様々な料理が盛り付けられているテーブルへと向かい始める。
「さぁ、取り分けてあげよう」
……笑って欲しい。と、前前世にお願いしたけど、これはダメだわ。
無愛想でも十分その美しさで人の目を引いてたのに、ここまでにこにこと表情豊かにされると、見惚れずにはいられない。
実際、給仕のためにテーブルの側に控えているメイド達が、ちらちらと視線を向けているのがわかる。
無駄に顔面偏差値の高い人たちが集まってる王家のメイド達が、ですよ。
でも、お願いして良かった。
今は、自然とこういう笑みが浮かべられる環境での生活がルークにはあるって事だもんね。
「すげ、浮いてるっ!」
「さっきは勝手にスープがボウルに盛られていってたよ」
そう思いつつ、ルークがまた何か違う視線を集めていることに気づく。
……そういえばそうですよね「料理を取り分ける」って言っても、両手は私を抱いてて塞がってるもんね。
どうやってるのかなんて、一目瞭然だった。
ルークは自分の手の代わりに、その豊富な魔力を手足のように使うのだ。
現に、食事の盛り付けられた食事のテーブルの前に、私を抱えたまま立って、その周囲に小皿に盛られた料理達がふわふわと浮いている。
私の目の前では、レタスとローストビーフが宙を舞い、器用にも他の食材とともにパンに挟まれて、さらに一口サイズに切られて、宙に浮く小皿に収まっていく。
「……これくらいで良いかな?食べれるかい?」
そう言うと、玲瓏とした美貌に今にも歌い出しそうなほどに嬉しそうな笑みを浮かべて、ルークは自分の席へ着く。
その後を追うようにふわりふわりと、取り分けた食事達が音も立てずにテーブルに優雅に降り立つ。
私?私は、結局…解放されずにルークの膝の上に横抱きのような姿勢で座らされて、何故かルークに給仕を受けてる。
何故だ……。
「これ、好きだったでしょ?シシリー」
ふわりと極上の笑みを浮かべて渡してきたのは、普通のパンというよりは、ぺたりとしたナンのようなパンに挟まれた、ローストビーフと野菜のサンドイッチ。
セシリアが食べやすいように小さく切り分けられていた。
テーブルに並べられた食事も、コーンポタージュや、チキンのハーブ煮込み等々、前前世の私、そう、シシリーが大好きなものばかりだった。
ルークの中では、セシリアはシシリーだということが確定しているようだった。
まぁ間違いでは無いんだけど……しかし何だろう?私に対するルークの無駄な色気や甘さは。
友人との再会を懐かしむ態度では無い気がする。
『う~ん、あ~、そうだね…いきなり服奪われたりとか?…まぁ、とにかくあの変態には近づいちゃダメだよ』
不意に、理由を言いにくそうにしつつ、近づくなと言っていたユージアのセリフが頭に流れて、もしや小児愛でも拗らせてるのかと、軽く戦慄しながら、周囲を見回す。
助けてくれそうな人間……いない。
セグシュ兄様を筆頭にユージアとゼンとエルネストと……王子達まで混ざってジャレあってる。
父様と母様は何故か、にこやかに此方を見つめつつ、楽しそうに食事中だった。
「…ありがとうございましゅ」
ぱくりと口に入れたローストビーフのサンドは、どうやって作ったのか、とても懐かしい味がした。