注目。
レオンハルト王子の声、そして内容に、会場がしーんと静まった。
まぁそもそも、今回の参加者自体が大人数ってわけじゃないんだけどさ。
私に視線が集まるのを感じて、緊張で体が強張る。
「かぜじゃないの?トレーとばしてきたよね?」
目をキラキラさせながら、シュトレイユ王子が身を乗り出して喋る。
うん、確かに助けを呼びたくて、トレーは飛ばした。
ちゃんとお城に届いたんだね、障壁を壊したとかは知らないけど!
「……火だと思います。火の壁作ってたし」
「火の壁…あれは、報告にもあげたが、土と火の合成魔法だった。……俺も火は使えるが、火だけではあんな高温が持続するものは作れないよ」
エルネストがやや呆れているような口調で、発言をすると、アルフレド宰相、つまり父様がお手上げ、とでも言うように肩を竦めながら訂正を入れる。
ふぅ、とため息のような音の後に、ゼンの声が響く。
「水を使ってユージアの治療してたよ」
「えっ!痛いの痛いの飛んでけーって、教会で腹に超痛い治療されたけど、あれは光じゃないの?」
「その前だね、監獄でお前の傷が深すぎて、出血を抑えるのに水の魔法で、断面を繋ぎ合わせてた」
ゼンは相変わらずの白い大きな猫の長毛種の姿で、アメジストのような紫の瞳が可愛らしい。
その長くてふわふわの尻尾を、ゆらりゆらりと大きく揺らしながら近づいてくる。
……確かに、必死に治した。
必死だったから、とにかく助けたかったから、周囲を気にするとか、余裕すらなくて。
魔法とか久し…じゃなくて、今世では初めてだったから、とにかく慎重に失敗の無いように、とだけは思ったんだけど。
とにかく必死すぎて、それどころじゃなかったんだ。
「繋ぎ……って、聞いてるだけで痛いんだけど!僕、セシリアに何されてたの…」
「見てるだけでも、グロかったぞ?足、取れかけてたし。腹も抉れてたし……血もほとんど無かったし、息もほとんど……」
ユージアの表情が血の気の引いたと表すにふさわしい、まさに青い顔になっていた。
それに合わせるかのように辺りも、ごくり、と唾を飲み込む音すら聞こえてしまいそうなほどに、静まり返ってしまった。
注目、というか、私に集まる視線が痛いです。
「確かに起きたときに、凄い血溜まりはあったけど……あれってもしかして」
「もしかしなくても、全部、お前から流れ出た血だ」
あぁ、俗にいう致死量は軽くあったもんね……。
服が血染めになるくらいは、流れてたし。
傷口の以前に着けてた衣類だって、服としての機能を果たせないほどに、ぼろぼろになってたってことはそれだけ切りつけられてたってことだし。
……本当は大人達には、晩餐なんかよりさっさと、教会へ……主に主犯格への報復に動いてもらいたいくらいなんだけどさ、そういう立場も権力もあるんだろうし。
「それ、僕死んでる……よね!?」
「まぁ、意識無かったからな。おかげで治療の痛みも(感じて)なかっただろ?」
「いや、それ、痛みとか言ってる場合じゃ無いじゃないか……助かって、よかった」
ユージアは完全に顔面蒼白といった様子で、自分の腕で自分を抱きしめるようにしてる。
ゼンはアメジストのような黒目がちの瞳を、徐々に丸く、悪戯っぽく輝かせながら、ふんと息をついてその様子を見つめてる。
「セシリアに感謝だな。どう見ても手遅れだったから止めたのに、泣きながら、必死に治してたからな」
「止めないであげてっ!……ほんと助かって、よかったぁ~」
ユージアは顔面蒼白通り越して、半泣きみたいになってるのをゼンは、なぜか少し嬉しそうに喉を鳴らして見ている。
……いまはそうやって笑って話せそうではあるけど、本当に怖かったし、悲しかった。
自分よりずっと若い子が、さらっと用済み扱いで殺されてしまうなんて。
まぁ……見た目で言えば、セシリアは3歳児だから、全くもって説得力はなさそうだけどね。
一応、助けた理由としては「事件のあらましを知るために」とはすぐ言えるように考えてはおいたけどさ、正直なところで言えば……前世の自分の息子と重なった。
日本では未成年は法で守られている。
そんな未成年が起こしてしまった事件の内容次第では、その守られ方に賛否両論あるんだろうけどさ。
ユージアに至っては、意志まで操られた上で使い捨てのようにされたというのが許せない。
だって、そもそも本人の意思ですらない。
やり直す機会どころか、自分の行動の結果の事件ではないんだもの。
もし、それが自分や、それこそ息子がその立場にいたとしたら…そう考えてしまったら「助けない」という選択肢はなかったんだ。
結局のところ、私の考えはこの世界では甘いみたいで、警戒したゼンから、ユージアとは奴隷契約を交わすことになってしまったのだけれど。
って、ふと顔を上げると、周囲の視線を完全に一身に浴びている状況になっていることに気づき、怖くなって、じり…と後退りをすると、ふわりと風を感じ、身体が浮かび上がる。
……うん、浮かんでる。
浮かんだまま、移動を始めて……腰と膝裏に何か抵抗を感じで、バランスを崩し尻餅をつく!と思って手をばたつかせた瞬間、視界に浮かんだ理由が姿を現した。
真っ白な繊細なレースのワンピースを着た、小柄で可愛らしい女の子に、軽々とお姫様抱っこされていた。
そのまま少し後ろに下がると、黒い袖の太めの…というか大人の腕に受け渡された。
ここのところ抱いてるのがユージアだったから、その基準で考えたら、大人はどの腕も太いんだけどね。
「風の乙女っ!」
ユージアの少し怒った声が聞こえた。
私を抱き上げている人物を睨んで、こちらを見ている。
ユージアの抱っこより少し視界が高い。
『え~、だってその子、怯えてるよ?みんなして、小さな女の子を泣かすなんて最低よっ!』
風の乙女と呼ばれた少女は、ユージアに向かって、ベーっと舌を出す。
えっと…風の乙女……風の上位精霊だったはず。
良いなぁ…私もお友達になりたい。
かなりフレンドリーな感じだったから、この会場に契約している主人がいるんだろうけど。
種族的にも精霊と相性が良い龍やエルフがいるし、王宮だもんなぁ。
ん?……そういえば、あれ?……父様は目の前にいる。
じゃあ私を抱き上げているこの腕は誰だろう?
確認するために顔をあげようとしたら、そのまま頭を胸へと優しく固定されるように、抱え込まれると、ふわりと白檀の懐かしい香りが鼻腔をくすぐった。