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おはよう。

 




 これから晩餐という事で、専属メイドのセリカに湯浴み……。

 いつもなら、可愛らしい陶器の風呂桶に浅く湯を張って、その中でがっつり洗われて、出るときに綺麗な湯で清めて完了なのだけれど、今日使ったのは、まさに大浴場といった感じの完全なるお風呂だった。


 前世で日本人のあのお風呂のある暮らしを味わってしまった私にとって、肩までしっかり浸かれるお風呂は、まさに幸せそのものだった。



(癒される~。ガレット公爵家(うち)にもこれ欲しい!父様にお願いしてみよう……)



 ま、どちらにしても、セリカにがっつり……っていつも以上に力を入れて磨き上げられて、少々逆上せ気味だけれどね。

 王家との晩餐、なのにいつも以上に汚れてる私。そりゃ…力も入りますよね。



「セシリア様、手をもう少し上へ」


「はぁい。ねぇ、せりかは、おけが、だいじょうぶ?」



 私は今、白いワンピースを着つけられてる最中だ。

 これが終わったら、髪を結い上げて、オーバードレスを着つけてもらって完成の流れ。



「先ほども、先日のも、かすり傷程度でしたから、大丈夫ですよ。それより!セシリア様が無事で……よかった!心配してました…!」



 背後からきゅっと抱きしめられた。

 いつも笑顔で楽しそうに着替えを手伝ってくれているセリカ。

 心配どころか、怖い思いまでさせてしまったのだと気づく。


 そうだよね、私が寝ている時はそばにいるはずだったんだから。

 私が攫われた時もそばにいたはずだ。

 自室から屋敷の異変に気付き、私の部屋へ駆けつけて守ろうとしたセグシュ兄様が大怪我を負っているんだ、セリカだって状況次第では大怪我どころは済まなかったかもしれない。


 背後で、すん、と鼻をすする音が聞こえた。

 泣かせてしまったのだろうか。



「でもね、元気ですぐお戻りになれましたから!今日の晩餐では心配してくださった人たちにも、元気な姿を見せてくださいね」


「うん、ありがとう!」



 よし、着替えが終わったらまずは、セグシュ兄様に会いに行かなくちゃ!と考えてるうちに、準備が完了する。

 今日はクリーム色のオーバードレスから白のワンピースのレースがふんわりと可愛く出ている装いだった。



「さぁがんばりましょうね!」


「はぁい!」



 先ほど私を包んでいたぼろぼろになってしまったローブを綺麗にたたんでもらい、それを抱えるように持つと、セリカに先導されて衣装部屋を出る。


 とても広いリビングのような部屋に入ると、みんなすでに準備が整っていたようでソファセットに濃い青のスーツの父様と深緑のドレスの母様、少し離れた位置に猫姿のゼンと藍色のスーツのユージア、そして…黒地に青の刺繍のスーツのセグシュ兄様が座っていた。



「せぐーにいしゃまっ!」


「セシー!無事でよかった……!」



 思わずセグシュ兄様に駆け寄ろうとして、それを受け止めるように両手を広げた兄様が顔を少し蹙め、片方の腕が少し下がる。



「にいしゃま…?おうで、いたいの?」


「あぁ、心配しないでね。そこの……ユージアに切られた傷は、すぐに母さんに癒してもらってあるから治ってるんだよ」



 セグシュ兄様の顔に優しい笑顔が戻る。

 抱きつく勢いを失って、セグシュ兄様の前に立つ。兄様が腰掛けていたのはソファーじゃなくて、車椅子だった。



「……背に負った傷が深くてね、後遺症のようなものなのよ」



 視線を伏せるようにして母様が教えてくれる。

 成長とともに鮮やかさを増す赤の髪に優しげな美貌のセグシュ兄様。

 私の顔を見て、困った、という色をその翠の瞳に浮かべる。

 困るべきは兄様じゃなくて私だからね?私の誘拐事件での負傷なんだから。



「ほかに…いたいところは?」


「身体を動かすときに、痛いくらいで動かないわけじゃないし、なんて事ないよ!」



 ……なんて事、あるでしょう?無いわけがない!

 この状態のままでは五体満足とはいえないから、王国の騎士団である魔術師団の入団資格を失ってしまうじゃないか。

 今までずっと研修や訓練を頑張ってきたのに!


 私の服を即座に血染めにするくらいの大怪我だったのだろうから、命がある事だけでもありがたいのかもしれないけど……うん、ユージアも治せたし、セグシュ兄様もきっと治せる!自信を持とう。


 背の傷で腕の不調と考えると、筋肉や筋を傷めてる、もしくは歪に治癒してしまったと考えていいのかな?

 神経とかそういう大事なものって背骨や肋骨に守られてるんだよね?

 前世で剣道をやっていた友人が「腕の筋肉が発達するのかと思いきや、腕をいっぱい使うと肩から背中にかけての筋肉がつくんだよね」って言ってたのを聞いたことがある。



「にいしゃま、おせなか、みしぇて?」


「いいよ……ほら、傷跡も見えないでしょう?」



 私を安心させたいのだろうか、顔を顰めながらも車椅子の座る位置を変え、背中が見えるように身体を軽くひねり、シャツを上げてみせる。

 確かに傷は見えない。痕も、そもそも怪我などなかったかのように綺麗だった。


 セグシュ兄様の肩が見たかったのだけど、背も手も届かなかったので、隣に1人がけのソファーを移動させ……ようとしてたら、気づいたユージアが運んでくれたので、それによじ登って、肩口を見せてもらう。

 やっぱり綺麗に、痕も何もない状態まで治ってるように見える。



「……優しく!優しく!だよ!」



 私の意図に気づいたのか、離れぎわにユージアが念を押していく。

 私はいつも優しいよ?


 今回は麻痺じゃなくて、治癒の手(ヒール)でもなくて……元あった場所に戻るように回復を頭に強く思い浮かべて、魔力を込めて囁く。



『いたいの、いたいの、とんでけー』


「セシー、それ、呪…も…んの、……」



 私の言葉に、優しくふわりと微笑みかけ……途端にぎゅっと目を強く瞑る。

 そのままぱたり、と上半身を前へ倒し、蹲るようにして動かなくなってしまった。



「あ、逝った」


「逝ったね~。あれ、お花畑が見えるくらい痛いから」



 ゼンが半目のような……思いっきり呆れた表情と声を出してる。

 それに続いたユージアは「ご愁傷様」とでも言い出しそうな、哀れみの顔でセグシュ兄様を見つめ、なぜか遠い目をしていた。



「にいしゃまっ!だいじょうぶ……?」


「ちょ…ちょっと……待ってね……」



 降参……とでも言うようにセグシュ兄様が蹲ったまま、ふるふると片手を挙げる。

 焦って、母様を見ると艶かしい美しさを強調するようなドレスや美貌とは裏腹に、のほほんとした微笑みを浮かべている。


 父様は……少し俯き、眉間をおさえて何かをブツブツ呟いている。

 心労ばかりかけてごめんなさい……。

 どうしたものかとソファーの上で固まってると、ユージアがセグシュ兄様の前に跪いて謝罪をはじめた。



「……多分ですが、セグシュ様の傷の後遺症は、今ので全快されたと思います……この度は『隷属の首輪』で操られてたとはいえ、本当に申し訳ありませんでした」


「うん、理由は聞いてるから……あと呼ぶときはセグシュでいい……」


「ありがとうございます」



 ユージアの「ごめんなさい」ができた。

 ……どさくさに紛れての気がしなくはないけど、喧嘩とか険悪な雰囲気にならないかと心配だったから、一安心だ。


 ちなみにセグシュ兄様は、蹲ったまま顔を上げることができない状態が続いていて、心配になったので、さっきの治療が失敗だったら嫌だし、ソファーから降りると、ユージアの隣に立ってセグシュ兄様を覗き込んでみる。



「せぐーにいしゃま、もいちど、いたいのとんでけ、しゅる?」


「セシリア、その前にもう一つ謝らないといけないからね……ていうか、もう一回やったら再起不能になると思う」



 ユージアが「それ!」と私が片手で抱えるように持っていたローブを指さす。

 そうだった!「ローブのごめんなさい」を忘れてた!



「にいしゃま!このろーぶ、ごめんなしゃい。いっぱいたしゅけてもらったの、でもぼろぼろになっちゃって……」


「あー…それは……ちょっと泣きそう。ごめん、ちょっと痛すぎて、少し……休ませて?」


「……ローブは気にしなくていい。セグシュ、復帰出来ればお前は今回の件で1番の功労者だ。初任時点の階級が上がってローブの色が変わるから、再支給されるし、そもそも、今回はローブの破損理由がしっかりとあるから、どちらにしろ罰則はつかない」



 初任での階級が上がる。

 これはとても名誉な事だけれど、支給されているローブを、再支給をしなければならないほどに破損したり紛失した場合は、罰則がつく。

「今回の件」ってつまり、教会の起こした私やユージアや子供達の件の事なんだろうけど、セグシュ兄様、頑張ったんだね。



「あぁ……そうじゃないんです。セシリア達の助けになったのなら、それで罰則を受けることになったとしても気にもしませんよ。ただ、父さん、婚約者(マリー嬢)のデビュタントが来週なので、それに再支給が間に合うなら良いのですが…」


「わかった、そういう事なら間に合わせよう」


「助かります」



 痛みが和らいできたのか、真っ赤になった顔を隠すようにハンカチを当てて上体を起こしながらセグシュ兄様が説明する。

 すごい涙目になってるんだけど……そんなに痛かった?



「せぐーにいしゃま!だいじょうぶ……?」


「うん……あれ?あぁ、確かに痛くないし、自由に動く!すごいなセシー!」



 先程、私に傷跡を見せるために乱してしまったスーツを直しつつ、褒めてくれた。

「すごい、すごい」と言いながら、車椅子から立ち上がると、私を後ろ抱きに……というかこれは羽交い締めだっ!兄様っ!


 そのまま振り回すように高速回転を始める。



「セシー、頑張ったんだってね!えらかったね!それと……ありがとう」


「にいしゃまも、まもってくれて、ありがとう……って、くるくるやめてーーーー」



 うん、いつもの優しいセグシュ兄様の声だ。

 そして、いたずらっ気たっぷりの少し弾んだ。



「ん?さっき、すっごく痛かったからね、少しだけお裾分け♡」



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