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side ユージア 呪。

 



 御者台から小さな小窓が開き「そろそろ王宮に到着します」と声がかかる。

 こんなに泣いたのは、いつぶりだろう?久しぶりすぎて記憶にない。

 最後に泣いたのは攫われる以前だったのだろうと思う。


 馬車内に焼き菓子と一緒に置かれていた、手拭きを目にあてて冷やそうにも一向に目の赤みは抜けなかった。



「こんな顔じゃ、人と会えないじゃないですか……」


「あら、子供はそれくらいが可愛くて良いのよ。何も問題無いわ」



 ふわりと溢れるような優しい笑みを浮かべるクロウディア様。

 セシリアとよく似た白銀よりはほんのりと桜色、蛋白石(オパール)の髪が馬車内の魔石の灯光に遊色してきらきらと輝いている。


 まさに大聖女と呼ばれる理由を体現しているかのような美貌と神々しさがある。

 っていうか、セシリアがクロウディア様に似たんだもんね、逆だった!



「お待たせしました。こちらがユージア君。それで。こちらは……」



 部屋の少し奥、応接のテーブルセットのソファーに、黒地に深緑のローブを羽織った、見るからにエルフとわかる、透き通るように白い肌に艶やかな黒髮のガラス細工のように繊細な美青年がソファーに座っていた。

 クロウディア様の声に反応し、こちらを見上げ……俺と眼があった瞬間、その美貌が目の前に現れ、有無を言わさず即座に抱きしめられる。


 先ほどのクロウディア様の抱擁と違い、手が腰と肩に回されがっちりと強くホールドされている。



「……っ!アデル…?(つがい)では、無いな。……ユージア、だよね?」


「…あ、アデルは、母の名でしょう!?…何がどうなったら見間違えるんですかっ!」



 艶やかな黒髮の頭は俺の肩口にあり、表情までは窺い知れないが、これは…と、どうしようかと一瞬思案に固まっていると、腰にあった手は尻まで下がり、感触を確かめるかのように、蠢いていた。



「なっ…!?」


「あらあら…スルーズヴァン辺境伯のハンスイェルク様よ……ふふふっ。感動の再会ね」



 クロウディア様はこぼれるような柔らかな笑みを浮かべ、優雅にソファーへ腰掛けると、メイドから何事もなかったかのように平然と紅茶を受け取り、口をつける。


 ハンスイェルク…遠い記憶の中の、大好きだった父さまと同じ顔……。

 そう、あの時の記憶から、全く老けずに同じ顔、同じ名前。


 ……が。

 感動の再会の抱擁ならいざ知らず、父親だろうが何だろうが公開でセクハラを受けるつもりはないっ!!


 必死に、抱擁と言う名のホールドから逃れようと身をよじるが、見た目より力が強く、ビクともしない。

 ……抜け出せない。


 そうこうしてるうちに首筋にあたる呼気が強くなり、ひたりと柔らかく湿り気を帯びた温かいものが首筋を這って行き……ぞわりと背筋を冷気が駆け抜けていった。



「え!?…ちょっと!いきなり何をっ!するんですかっ!…やめっ!」


「…いや…これは花、か?……奴隷、紋。傷は…痕も無いな。これは…大聖女が?」



 ふわりと不自然に風を肌に感じ……気付けば、着ていたローブはおろか、どうやって脱がされたのかもわからずに上半身裸にされていた。

 ズボンもベルトは外され、膝近くまで落ちかけ、下穿きのみがまともに着いている状態となっていて、尻のあたりをぞわぞわと蠢いていた手が、その下穿きに侵入しようとしていた。



「なに?!なんなのっ?…やめてっ…!」


「私は何もしておりませんわ。治癒の手(ヒール)を使う前に治ってましたもの」



 クロウディア様は相変わらずにこにことこちらを見つめながらお茶を口にしつつ、返答してくる。

 ていうか、ほのぼのと見てないで、助けてっ?!


 必死に抵抗していると、ノック音とともに背後のドアが開き、入室の気配がした。

 すると、父の顔が少し上がり、入室してきた人物を見ると、ホールドの力が弱まったので、抱擁ではなくほぼセクハラと拘束となっていた腕から、必死に抜け出した。


 ドアの前では入室してきた人物、セグシュ様と同じ燃えるような赤髪の……アルフレド宰相が眉間に手を当てて呆れるような視線をこちらへ向けていた。



「正常…だが、未だ幼生…か。結局、おまえ…だけだったな」



 小さなため息が聞こえる。

 ……双方からねっ!



「あーすまん。遅れた。ユージア君こっちこっち。ていうか、ハンス、キミの御子息なんでしょう?子供相手に、いきなり何してるんですか……」



 抜け出る瞬間に、先程から続いていたぼそぼそ喋りとともに顔をあげてきたので目が合う。

 琥珀色の瞳に寂しげな色を湛えていた。


 一先ず足元に散らばってしまった服を急いで拾い集めると、アルフレド宰相のそばへ逃げ込み、着込む。


 ローブの袖を通しながら部屋を見回すと、先ほどまでクロウディア様の紅茶の給仕をしていたメイド達が顔を赤らめながら、こちらをちらちらと見ていた。

 見てないで助けようよ……。


 ……恥ずかしいというか、泣きたいのはこっちの方だからね!?



「ふふっ…いきなり服を奪ったり、思いっきり抱きしめたり、くんくんしたり?かしら」


「やはり、うちで保護したままの方が良さそうだな……ユージア君が涙目になっちゃってるよ?自分の子まで実験素材か何かに見えてそうで怖いんだけど」



 ぜひ!お願いします!いや、お願いしたい!

 この父と一緒の生活とか、貞操の危機どころか、人として無くしてはいけない物を無くしまくりそうな気がするっ!



「その……奴隷紋は、外す、こと。その外見……も、内面通りに正してから、だ」


「奴隷紋は外したくない。このままセシリアと一緒にいたいっ」



 ソファーに戻ったハンスイェルク……父はこちらを一瞥すると、またぼそぼそと呟く。



「呪のようなもので姿を変えられているとの報告でしたが、内面通りに正す、とはどういう…?」


「そのままだよ。もともと……心身、そして魔力の成長とともに、この呪は効力を失うものなんだ。『隷属の首輪』が古代魔法具(アーティファクト)だったと……聞いている。あれの精神干渉の強さから、心の成長が阻害されて…呪が解けなかったのだろう」



 心の成長の阻害……阻害どころか、必要な時以外、部屋に放置されてたからね!

 教会にいた頃は会話という会話もほとんどした記憶ないし。

 ていうか、俺の意見は無視ですかっ!


 双方、会話は進めど視線は全く合わないという不思議な状況で、父は黙々と何かを紙に書き出している。

 内容こそわからないが、古代語をすらすらと書いている事だけはわかった。

 それをアルフレド様とクロウディア様が不思議そうに見つめている。



「その呪は危険なものではないのですか?」


「危険もなにも、これは…母親が我が子を守るためにかける呪だ。子を蝕む事はない…が、無理に外すとこの子が死ぬ事になるから、これは外せない」



 死ぬ…?守るための呪?意味がわからない。

 アルフレド宰相も理解が追いついていないのか、首を傾げている。



「その姿は自分の母親から借り受けた『人族として』の姿だ。無理に歪められたものでもないから、幼生を過ぎれば勝手に剥がれ落ちる。つまり呪が、剥がれたら成人、ということになる……わけだが……」



 会話も始まったし、もう襲ってこないよね?とじりじりとソファーに近づき、アルフレド宰相の隣に座った瞬間、またもや不自然な風に乗って魔力を感じて、無意識に身構える。


 顔を上げると、アルフレド宰相の驚いた顔、そしてそのさらに隣から同じく「まぁ!」という声と頰をほんのりと赤らめ驚きの顔をしたクロウディア様がいた。

 また何かされたのかと父へと視線を向けると、なぜか目を細めて慈しむような笑みを浮かべていた。



「ユージア君!耳!」


「顔も…少し変わるのね。本当に可愛らしい!」



 アルフレド宰相に言われて耳を触ると、形状が変わっていた。

 小さい頃に見慣れていた自分、に戻ったのだろうか?



「これはまた……アデル(はは)に…そっくりだな。一時的であれば…このように戻すことも可能……だが、呪は勝手に剥がれ落ちるまで、絶対に外すな」


「…それは、エルフの外見からの危険性でしょうか?それとも……」



 耳は、触っているうちに元に戻ってしまった。

 この顔は『母さんから借り受けた姿』だったのか……。

 どうも本来の姿も母さん似らしいけど…ってさっきの惨事は、母さんに似てたから……?


 さっきの笑みといい、父の性癖に気づき軽く戦慄していると、アルフレド宰相の言葉に反応して、父の先ほどまで笑みを浮かべていた琥珀色の双眸が仄暗く輝き、厳しい顔つきになる。



「そうだな…『里を襲ってエルフの子供を手に入れた』と、人攫いの事件で…よく耳にする…が、そのエルフの子の、その後を…聞いたことは、あるか?人の街で、エルフの子供を…見かけたことが、あるか?……聖樹に守られた里…以外では、数日のうちに幼生は…狂い死ぬ。人間には、感じられないほどの、微量な瘴気や…悪意にあてられてね」



 ……狂い死ぬ、その言葉にびっくりして顔をあげた瞬間、先ほどまで父が何かを書いていた紙が激しく燃え上がると、蒼い魔法陣が浮かび上がり広がる。

 急激に収縮すると、胸に……飛び込んできた。



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