とある兵士の独り言。3
「対象は、年端も行かない小さな子供と…遺体だそうだ」
「子供って……さっきの令嬢くらいのか?」
「そうだな。学園入学前の子供だ」
「魔力持ちか…?」
「いや、下は測定前の…歩き出したばかりの子もいたとか」
貴族の生活は知らないが、街の子供たちは4歳にもなれば、家の簡単な手伝いくらいならこなせるようになる。
数年もすれば、家事、家業の立派な戦力にもなる。
もちろん、親としての情もある。
(貴族は家のためにと、簡単に子を切り捨てるようなことも聞くが…)
それでも極度の貧困や、親の死亡等により、子の養育が難しくなってしまった場合に、孤児院へ養育をお願いすることになる。
ただ、養育を『お願いする』だけであって、余程の理由がない限りは、子を手放したりはしない。
今回の被害者は、そんな子供たちばかり。
完全に身寄りのない子供ではなく、いずれは帰るべき、待っている家族がいた。
しかも、この件では子供達を率先して保護すべき孤児院が、主な子供たちの売主であり、違法奴隷商人の仕入れ元。
同じく、上得意先だったのが、教会で。
孤児院によって売りに出された子供たちを、秘密裏に購入していた。
違法奴隷商人から見れば、どちらも完全な上客である。
(実際のところ、孤児院の運営も教会がしていたのだから、間に違法奴隷商人のような人買いを挟まなくとも…と思うのだが)
帳簿上の処理に、そして子供たちの運搬の人件費…そして関係者の秘密漏洩を防ぐために、あえて奴隷商人を挟んでいたのだろう。との説明を受けた。
つまり書類上、子を預かった孤児院は『子が消えた』と処理すればいい。
実際、奴隷商人が間に挟まることで、孤児院が連れ出したような形跡は残らない。
受け取る側の教会も『子が運び込まれた情報を手にした』から、どうにか阻止をしたいとは思ったが、国の機関でもないし武力も強制力も無いから対処は難しい。
なので『苦肉の策として子を守るために買い取ったのだ』と証言すればいい。
(最悪なのが、この時点で登録上は『孤児院で預かった子供』ではなくなる。つまり『孤児院からいなくなったAさん』は『人買いから助けられた子供』であって、Aさんという確証がない『身元不明の子供』になってしまうのだ)
この場合、教会が孤児院に身元の照会をかけなければ『Aさんだと主張する子』がいるだけで『孤児院にいたAさん』と同一人物にはならない。
教会から連れ出されたという悪事も無いままに『孤児院にいたAさん』の消息は教会で途切れることになる……。
……子を預けた親元へは『失踪してしまった』との知らせが届く。
どんな状況であれ『捜索の手が絶対に来ない子供』が欲しかった教会にとっては、とても都合の良い状態になるということだ。
(子供をそのまま、仲間に引き入れるにしても……『助けてあげたのよ』と言えて、恩が売れるしなぁ。信仰深い信者獲得にもなるのか……生きていれば、だが)
そう、生きていればだ。
無意識のうちに、ため息をつきながら首を横に振ってしまって、怪訝な顔をされる。
「子供は荷台に乗ってる時点では、生きてたらしいが……」
「おいっ!『らしい』って…」
「最後の積荷になった子供以外は、戻ってこなかったそうだ」
悔しそうな表情で俯くと、私と同じように首を横に振る。
……実際は、生き残った者もいた。
ただ、それは違法奴隷商人が独自に仕入れた子供だった。
こちらは、買い取った子供を教会の慈善事業と称して、子を養育する施設や事業所へと引き渡していた。
この件に関しては、慈善事業への貢献なので、引受先も『まさか違法奴隷商人から子供を受け取っていたとは夢にも思わなかった』と証言したそうだ。
人が商品だから。
奴隷商人であれば、違法な額をふっかけるはずだから…と。
「じゃ…じゃあ…遺体っていうのは?!」
いつの間にやら話に聞き入っていたのか、休憩スペースから数人の兵士が、飲み物を片手に執務スペースがあるあたりに集まってきていた。
「ああ、それは『墓荒らし』だ。どうやら王都近辺の墓の中は、ほとんど空になってたらしいぞ?」
「いやいやいや……それは、おかしくないか?」
気づけば、他の休憩中の兵士たちも、こちらの会話に耳を傾けるように静まり返っている。
その中の一人が、コップにお茶を入れて持ってきてくれた。さりげなさが、ありがたい。
が……誰も書類の手伝いはしてくれないらしい。
少し恨めしい気持ちになりながら、完全に書類の処理の手を止めて、椅子の向きを後ろへと向き直す。
建物で休憩していた兵士のほとんどが、執務机の近くに集まっていることに気づいて、思わず笑ってしまった。
……普段は、面倒だから絶対に近づかない癖に。
「墓荒らしで、あってる。そう報告を受けたよ」
「なぁ、教会は死者を弔って、墓に収める仕事をしてるんじゃないのか?なんでわざわざ掘り出すのさ?」
「詳しくは知らんが、必要だったんだろう?教会の地下に集めて、何か実験をしてたって話だ」
「なんだそれ……」
教会という神聖なイメージからは似つかわしくない言葉と行いに、どよめきが増す。
墓地の管理こそ、教会が行ってきていたから。
自らが管理すべき地を荒らしていた。
その事実に、一気に不信感が増したのだろう。
口々に『どこの教会の神父が怪しいかった』とか、悪口にも近い言葉が吹き出す。
街は噂に敏感だ。
だが、その噂の一部が、事実として上司の口から肯定されてしまった時、次に始まるのは…更なる噂の披露だ。
(ネクロマンサーがいるとか、悪魔召喚をしようとしていたとか……この王都の地下でなんて、縁起でもない)
だが……。
騎士団発表の、事実は一応伝えておくべきかと思い、口を開く。
「騎士団が捜索に入ったときには、その大量の遺体が魔物化していて、大変だったそうだぞ?」
魔物化と聞いて、再び水を打ったかのように、場が静まる。
墓地の盗掘というのは、田舎の方へ行けば、町の外れに位置していることが多いから、そんなに珍しいことではないらしい。
ただ、王城という、王国で一番栄えている地域の墓地である。
(盗掘にしても、こっそりと埋葬品に手を出すという話は聞くが、目的が遺体だったという話は前代未聞……聞いたことがなかった)
しかも、大量の遺体。
大切な人だったからこそ、墓地へ埋葬したはずなのに。
そんな大切な人の墓が暴かれて、遺体は魔物化していた…とか、考えたくもない。
異様な雰囲気に包まれ始めていた詰所内へ、石畳を蹴る複数の馬の振動が響いてくる。
……馬車だ。