とある兵士の独り言。2
「街の住人にも同じような症状が多発したが、今はほとんど戻ってきてると聞いたが……」
「詰所の人間はほとんど戻ってこなかったんだよ」
住人たちは、治療院へと搬送後、長くとも数日ののちに意識を取り戻し帰宅をしたが、詰所の衛兵たちはほとんど戻ってこなかった。
こちらとしても、この状況を放置をしていたわけではなく、治療院へ見舞いに行きがてら、作業についての最低限の引き継ぎもしたかったわけだが……。
昏睡状態の衛兵たちは、意識が全く戻るような気配すらなく、眠り続けているとの事だった。
「そうか…。詰所の人間たちは、そんなに悪い人には…見えなかったんだけどな」
「私は、ここの所属の人たちをそもそも知らん。俺は見回りがメインの下っ端だったから。ここの仕事だって、初めてなんだぜ?」
思わず、皮肉げな笑みと共に、首をすくめる。
下っ端とはいえ、詰所自体の仕事の経験なら、ある。
ただ、王都への入り口だったり、街の中、数キロおきに存在する、街ごとを仕切る詰所での経験だ。
この新兵である冒険者と知り合ったのも、王都への入り口の番をする機会があるからだ。
つまり、下っ端である私にだって、戦闘経験ならある。
人が相手なら、酔っ払いや喧嘩の仲裁程度だが、対魔物の場合であれば、王都周辺の魔物程度であれば対処可能だ。
何故なら、定期的に王都から近隣の野営広場までの見回りも、騎士団ではなくて詰所ごとの業務内容のうちだからだ。
(……まぁ、王都に逃げ込めばなんとかなると思って、自分の手に負えない魔物に中途半端に手を出した挙句に、執拗に追われたまま逃げ込んでくる不届き者への対処も、仕事の一つとなってしまうわけだが)
下っ端の自分ですら、この程度の戦力はある。
それより優秀な貴族門、王城門の衛兵。
……そして騎士団すら、まともに歯が立たなかった『黒い魔物』
あの日、突如として黒い霧が集まるかのように現れて、意識不明の被害者を続出させた『黒い魔物』
街中を大混乱に陥れて、何事もなかったかのように姿を消してしまった。
そんな黒い魔物たちについて…王家、そして騎士団からの公式な見解の発表を待っていたが、まず最初に知らされたのは。
『王城内で、教会による王国への反乱が起きていたこと』
私としては『黒い魔物』のための討伐隊が組まれる知らせが、来るものだとばかり思っていたので、寝耳に水だった。
そして、街中を大混乱に陥れた『黒い魔物』については。
『黒い『魔物』ではなくて『妖精』である』
『教会の悪事により、怒らせてしまったのが『あの日』の原因である』
『被害にあった人間たちは、教会の行った悪事への協力者である』
それ以上の説明はなかったが、王都が騒然となるには十分だった。
(そりゃそうだ。被害にあった身内は『悪事への協力者』と言われているのだから)
街の住人は、困ってる人を助けることは良い事だ、と教わって育つ。
その良い事を、進んで行う組織である、教会の手助けをする事は、当たり前であると同時に素晴らしい行いである、と言われている。
……住人は善行のつもりで、知らずに悪事に手を貸してしまっていたのだろう。
だが、ここの元々の所属の衛兵たちは、どうだったのか。
そう考えるたびに、背筋を冷たいものが走り抜ける。
「あの魔物のように見えていた黒いモノだって、本来は無害な妖精だったって言うじゃないか。そんな妖精が、王都を飲み込むほどの怒りを見せるような……何をしでかしたんだろうな、教会は」
「まぁ、無害な妖精だったからこそ、無差別にではなくて、その関係者だけを『全部』連れて行ったらしいが、な」
「マジかよ……あれで無差別じゃなかったのか……?あの症状が出たの、街の住人の半数以上だろう?!」
「ああ……大マジだ」
しかしだ。
『あの日』あの黒い妖精たちと、魔術師団の団長が同行していたとも聞く。
……そして、その魔術師団の団長を捕らえようと躍起になっている、王族直属である竜騎士がいたという話も。
さらには、その竜騎士に協力をする町民たちも。
……そのどちらが正しい者だったのか。
「なぁ、守護龍の護りはどうなってるんだよ……俺らは護って……いや、護らないのか?」
「そうだな守護龍は『善良なる民のみ護る』だからな。むしろ、それもあって、俺たちは黒い妖精たちに襲われなかったのかもしれない」
「じゃあ…衛兵長は善良ではなかったのか…?」
貴族門の衛兵長とは、駆け出し冒険者の頃からの顔馴染みだったのに。と悔しそうな色を滲ませる。
裏切られた気分なのだろうが……隊の長ともなれば、他の部署との兼ね合いもあるだろうし、本人の意思とは関係なく、上からの命令で拒否もできずに犯してしまっていたのかもしれない。と慰めつつ思う。
……多分、知っていたからこそ、今も帰ってこれないのだろうという考えも、よぎりつつ。
「ああ……ほら、各門の衛兵長の権限で、教会宛の積荷は検閲パスしてただろ?あれの中身が、とんでもなかったらしい」
「緊急に必要な、薬草や食料だって話だったが……武器でも積んでたのかい?」
「それならまだ可愛いもんだったのかもしれないな……積荷は『人』だったらしい」
急に、声のトーンを落としながら聞いてきたので、同じようにそっと話す。
別に隠すような話ではないから、休憩中の他の団員に聞こえても、全く支障はない。
私が知っているのは、あくまで公式での発表であって、それ以上のものは持ち合わせていないからだ。
「…っ!……人身売買か?!」
軽い口調から一転、声のトーンが下がった事を感じて、振り向くと、汚い物でも見てしまったように眉を顰めていた。
ゆっくりと頷きながら、ペンを止める。
メアリローサ王国では、人身売買は禁止されている。
奴隷も、基本的には認めていない。
……例外として、重犯罪人の奴隷化のみ、許可されている。
重犯罪人の労働によって、被害者への救済を行うためだ。
これに関しては今回の人身売買とは、対象も理由も全く違う。