とある兵士の独り言。
『『ご協力、感謝します!!』』
威勢のいい挨拶が聞こえたので、ひょいと建物から顔を出す。
立派な装丁の大型の馬車が、王城へと向けて出発するところだった。
「……ん?ああ、事前に知らせがあった公爵家の馬車か」
荷を改め終えた衛兵たちが、馬車へ向かい敬礼をすると、ゆっくりと馬車は王城へと進んでいく。
……ここは、王都の中央、王城へと続く正門の詰所だ。
「はい、宰相と大聖女様と…その娘さん。あとは従者が1人でしたっ!」
「異常は、無かったようだな……で、なんで大聖女だけ『様』がついてるんだ?」
「はい!…あっ、いえっ…なんとなく」
荷の確認をし終えた新人衛兵たちが、言葉遣いに頭を抱えている姿に思わず和む。
平和だからこその風景だ。
「この場合は…宰相、大聖女、令嬢…でしたっけ?」
「いや、宰相夫妻と御令嬢か?」
「その言い方だと、娘だけ偉そうだな…」
「……もう、宰相と嫁と子供でいいんじゃないか?」
「「だめだろ……」」
基本的には、詰所としての機能である、正門を使う者への通行証の発行が仕事だ。
ただし、王都内の他の詰所とは違い、治安維持のために動くことが多い場所でもある。
「……しっかし、あんな小さかったとはなぁ…」
「どうした?」
先日、配属されたばかりの年若い衛兵が、困惑の表情で、徐々に小さくなっていく馬車へ視線をやっていた。
「いえ…あの娘さんが、教会に誘拐された子なのかな、と思いまして」
「そうらしい。…酷い事をしやがる」
「1人で……怖かったろうに」
口を引き結ぶと、王城の外壁近くにそびえる、教会の塔を睨みつける。
確か、この衛兵は自己紹介で、2人目の子供が生まれたばかりだと聞いていた。
……緊急的な徴兵に応えて、志願してくれた団員だ。
徴兵といっても、現時点では強制するほどのものではなくて。
『戦闘の知識がない街の人間でも、今回は入団しやすくなってるよ?』といったレベルのものである。
契約次第では期間限定での勤務で『在籍中に剣技の訓練が受けられる』という、メリットを目的とした働き方が、できるものだった。
「なぁ…教会といえば…」
「あぁ、何度も言ってるが、これからは教会の関係者も、荷を改める」
団員たちに『やっぱり…』という、何ともいえない空気が広がっていく。
……自分も、偉そうにしているが、本当は…配属半年ほどの新人だ。
今までは、治安維持のための見回りがメインで、詰所自体の仕事は、任されたことがなかった。
『これからは』なんて偉そうな事を言っているが、そもそも荷を確認しなくて良い対象があった事自体が、初耳だった。
ここは全てにおいて、平等であるはずの部署だから。
ただ、初耳だったのは、どうやら私だけだったようで。
みんな噂として把握していたのか、志願兵の中でも町民出身が多い、新人団員たちが、ここぞとばかりにざわざわとざわつき始める。
『やっぱり……あのお達し自体が嘘だったのか!』
『国のルールすら教会の緊急時であれば、無視しても良いってやつか?』
『そうそう、それそれ……っす』
『教会の場合は、人の生命に関わる緊急性の高いものが多いから、基本的に証を示せば、通してしまっていいって聞いてたもんな』
『ああ、赤い百合だろ?』
『いやオレンジじゃなかったか?』
詰所内にある机に向かいながら、書類に目を通しつつ、ざわつきに耳を傾けていた。
本来ならこの仕事だって、事務職担当の者がいたはずなんだが……。
『考えるも何も、命に関わるってんなら、治療院こそ優先すべきだったんだもんなぁ』
『治療院が通れないのに、教会は良いってのは、おかしいよな』
どうにも、ごもっともな結論に収束し始めたので、小さく息を吐くと、書類に集中することにした。
詰所内にいる者たちは、現在休憩中だ。
私が雑談に対して、何か注意する必要もない。
それよりも、この難解な書類の山を……何とかしなければいけない。
必死に対応しているのに、日々、山となって増え続けてしまっている。
外回りがメインだった私に、この作業は…辛い。
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「そういやお前、明日から指導長だよな…入隊半年で、ずいぶん出世だよな」
「そこ、触れないでくれ……」
思わず両手で顔を覆い、机に突っ伏す。
こんな私を『お前』呼ばわりする新人。
こいつは、顔馴染みの冒険者だ。
彼は王都にふらりと現れては、貴族の外出時の護衛として雇われたり、討伐隊の募集に参加していることが多かったのだが、少し前に負傷し、療養中だった。
今回はリハビリも兼ねて、期間を限定しての衛兵志願をしてくれた。
……戦闘経験のある志願者は、期間限定であれ、今は本当に助かる。
「なんだよ。すごい出世頭じゃないか!隠す必要もないだろ?」
私の背をバシバシと叩きながら、まるで酒場にでもいるかのような陽気さで笑う。
実力があっての出世なら、今の状態は自惚れてしまうくらいに、喜ぶべき待遇なのだが……。
今回のこの出世は、籤引きで負けた上の罰ゲームでしかない。
「そうじゃなくて…俺、指導長からの指導を受けたことがないから、そもそも、指導長の仕事がわからないんだよ」
「えっ冗談だろ?!」
「冗談も何も……ここで冗談を話してどうするんだよ。真面目に困ってるんだぜ?」
予想外だったのか、素っ頓狂な声が響く。
弱音を吐いてる場合ではないのは、わかっている。
だが、見様見真似で対応するにしても、そもそも指導長から指導を受ける立場ですらなかった自分が『何を、どう指導するのか?』皆目見当がつかない。
それくらいに、一気に昇進したのだ。
大抜擢どころの話ではない。
貴族の縁故か……そう疑われてもしょうがないほどに『完全なる下っ端』の私が、『人に指示をする立場』を飛び越えて、『統括をする立場』に置かれてしまった。
「辞退は……」
「したさ!だけど…俺より上の人間が全て飛んじまったから……」
「あ…飛んだって……」
「あれだよ『黒い魔物が街中を駆け巡った日』あの日に、みんな意識が飛んで逝っちまった」
「まだ……戻ってきてないのか?」
そう、この王城への門の番は、王都の衛兵たちの中でも、1番、序列が高い。
そして、1番、規律が厳しい。
王城への出入りをするのは、貴族がほとんどだし、王族もこの門を使うので、言葉遣いはもちろん。礼儀作法は必須だ。
そんな部署だからこそ、私は任命式の時以外、この詰所の中に入ったことはないし、ここでの訓練にも参加したことはない。
……それが『あの日』を原因として、勤務評価と序列から……いきなり配属が変わってしまった。