ただいまと、頑張ります。
「セシリアちゃん!お帰りなさい!」
「むはっ!母様っ…!」
厩舎で準備中だった馬車に乗せてもらって、小窓から見慣れたお屋敷の玄関が見えてきたと思った瞬間。
ドアが強引に開かれると、まさかの治療院の大聖女様が飛び込んできた。
そして、その勢いのままに、力いっぱい抱きしめられる。
「ユージアも、頑張ったわね!お帰りなさい!」
「は…はい」
私の隣に座っていたユージアにまで、ラリアットでもくらわせるかのように腕を広げて、勢いに任せて、抱き込もうとした瞬間、母様の動きが止まった。
「そこは『母様、ただいま』だろう?」
母様のウエストに、父様の腕が回されると、そのまま引き寄せられる。
……治療院の正服なのだろう、普段のローブ姿よりもずっと豪華な見栄えになっていた。
髪にも、鎖骨から胸元にも、シャラシャラと宝石に見立てた魔石の飾りが、輝きを放ちながら揺れる。
母様は有無を言わさずに、笑顔の父様の隣の席に回収されていった。
あまりの勢いに、固まってしまったけど、母様も元気そうだったので安心する。
『避難所』は楽しかったけど、やっぱり…顔が見えないと心配だからね?
それと。
まだ馬車、動いてたからね?
危ないからっ!
……本当はそう言いたいのだけど、母様に強く抱きしめられていて、むしろ窒息しそうな勢いです。助けて。
「すみません。……なんかちょっと…呼ぶのに違和感が」
そんな動作とともに、困惑気味なユージア。
「ふふっ。私たちにはユージアに、スルーズヴァン辺境伯の名を捨てさせるつもは無いし、ハンス夫妻から『親』の権利も奪うつもりはないわ。ただね…ガレット公爵家にいる間は、私たちが『育ての親』ということになるの」
「例えばだが。ユージアが外出先で悪さをした場合、呼び出される『親』は、私たちだ。まぁ…ハンスが良いなら、その時々で融通は利かせるが」
「きっ…利かせなくていいです。そんなところで、気を遣わないでください……」
母様の説明に、少し楽しげな父様の声が続く。
そして焦るユージアの返事。
……子供の尻拭いに親が呼び出されるのは当たり前だけど。
うん。ルークが呼び出されたら、怖いだろうなぁ。
普段から、厳しめに見えるし。
「ね?だから、ユージアはハンスはもちろんだけど、アルフレドのことも『父様』と呼んでいいのよ。それは正当な権利だわ。決して『本当の親を忘れなさい』と言うものでは無いから、変に遠慮しないで?」
「まぁ…そうなるとな。セシーはユージアのお姉さんであって、妹のような、よくわからん立場になるんだが……」
「ふふふっ。そうね。普段はユージアの方がお兄ちゃんみたいだものね?」
「えぇ…弟……」
「そうなのよ。エルは4歳だからお兄ちゃんだけど、カイとユージアとセシリアは同じ歳でしょう?生まれで順を決めると、セシリアが少しだけ早かったの。だから、登録上は…ね?」
母様……ほぼ1年の差は『少しだけ』とは言いません。
まぁ、数字的に見るとお隣同士だから、少しに見えるけどね?
ちなみに私は4月生まれ。
カイルザークは3月生まれ…の早生まれだから。
本当は4月、5月、6月…1月、2月、3月と、ほぼ1年の差があるんですよ?
ユージアもどうやら3月付近の生まれだったらしいから、ちゃんとお姉ちゃんですからね?
「セシー…オムツ取れておいてよかったな……」
「オムツ?……ぷっ。そう。…オムツ……」
……胸を張ろうとしたのに、父様…その一言は余計ですっ!
普通に子供なんだから、そう言う時期だってあったんです。
しょうがないでしょっ!
憮然としたところで、すっとライトが立ち上がると、上着の裾をつまみ上げて、カーテシーのような仕草をすると、にこりと笑う。
『皆様方っ!……そろそろ出番ですよ〜?』
妙に尻上がりな、ワクワクとしたライトのよく響く声。
馬車はいつの間にやら、貴族門に到着していた。
……おかしいよね?
ガレット公爵家という、貴族の屋敷から出発しているはずなのに、これから門を潜る先こそが、貴族たちのお屋敷がある地区になる。
(これはね、公爵家だけというわけでもないんだけど、そこそこ大きなお屋敷の場合に、敷地が広すぎて、出入り口のいくつかが、商人エリアの通路に面している場合があるんだ)
商業地区からの、食品や雑貨等の運び込みにも便利でしょう?
今回はその出口…通用口みたいなところから、出発したらしい。
だから、これから貴族のエリアに入った後、王城への入り口でも身分確認をされて、やっと目的地のある王城の敷地内に到着する。
(実際はそこから、またさらにいろんな人に案内されてからの、到着になるんだけどね)
ていうか、ちゃんと名前の確認とかさぁ…。
門に付属するように建てられている詰所で、しっかりと名簿の確認してるじゃん!
荷物だって、完全な荷解きこそしないけど、ちゃんと内容物を確認してるし!
(犯罪奴隷運搬用の荷台とか、王家や教会の紋があったとしても、あからさまに怪しいのにスルーしてたとか、本当、ありえないからね?!)
いや、王家の紋の場合……騎士団関係もあるから、納得もいくけど。
教会が犯罪奴隷運搬とか、絶対にありえないからね?
それを教会の紋があるから、確認しなくていいとか、絶対におかしいからね?!
「セシリア……頑張りましょうね」
耳元で、母様が優しく囁く。
あまりにも小さな声で、そして、祈るように、自らに言い聞かせるような声色に、びっくりして顔を上げると、ぎゅっと抱きしめていた腕を解いて、そっと立たされる。
「さぁ、ちゃんと座って?ユージア、よろしくね」
「……ライトも、頼んだぞ」
『まっかせなさ〜い!ですよっ』
母様も父様も、小さく頷きながら、真剣な面持ちでこちらをじっと見つめたあと、馬車のスピードが徐々に落とされていく。
外で、御者と王城への門兵との会話が聞こえ始める。
次の瞬間には、何事もなかったかのように、ガラリと会話も、表情も変わった。




