昔話と畜舎?厩舎?何なのかしら?。
「そういえば……連れていた精霊も違ったようだけど」
「風の乙女…じゃ、なかったの?」
ユージアの問いに、父様は『違う子だった』と答える。
昔から、ルークの契約していた精霊は、彼女しかいないはずだ。
もしかして、ルークの他にも精霊使いが、そばにいたのだろうか?
「あれは光の精霊…だと思う。男の格好で。そうだな、フレアをもう少し成長させたようなのがいた」
『それ、フレア様ですよ〜?ライトちゃん、その場にいましたからっ!』
当時のフレアの姿は、今の可愛らしい中学生位の姿ではなくて。
細身で、中世的な美しさを持った20代くらいの姿をしていた。
そのフレアも、やはり悲しげな表情をしていて。
幾重にも重なって発動中の、複雑な魔法陣の中央に、血塗れになって、ぐったりとしている獣人を腕に抱え、フレア自身も必死に魔法を使っていたようだった、と父様が話す。
(やっぱりそれって完全に……シシリーが死んだ直後の話ですね!…血塗れの獣人って、カイルザークの事だろうし)
シシリーがかけた、完全ではないカイルザークへの回復の魔法。
……足りない部分を、フレアも補おうとしてくれていたのだろうか?
どうにも自分自身の記憶が途切れ途切れだし、死後に関しては知りようがなかったものだから、気になって顔を上げると、なんとも言えない臭いが鼻をついた。
乾燥した藁のような、草刈りを終えたばかりの草むらのような青臭さと、少し饐えた臭い…そして、少しの獣臭さ。
不意に私の真横に温かい風を感じて。
──振り返ると、目の前に、口があった。
「あああああああっ?!」
「ぶっ…ははは。セシー、馬だよ。怖くない」
「ここは?さい「父様、な?」…父様」
笑いながら、馬の鼻面をパシパシと強めに撫でる。
いや、馬なのは分かったけど…。
いきなり、ムニムニと動いてる口が目の前にあるとか…驚きますよ?!
馬たちは、小さな子供が珍しいのか、時折ぶるぶると鼻を鳴らしながらも、黒くて大きな瞳で、こちらをじっと見つめていた。
まつ毛長いわぁ……。
「ここは公爵家の厩舎だ。早駆けに使う仔もいるが、馬車につなぐ仔達も馬は基本的にここにいる。……いずれはお前たちにも1頭ずつ用意する事になるだろう」
どうやらここはガレット公爵家の厩舎…馬小屋らしい。
私は、庭に出たことがない……訳ではないのだけれど、馬小屋付近には行ったことがないので、初めて見る風景だった。
(公爵家の庭って言うけどさ、無駄に広いんだよ)
前世の車数台を止めたら終わりのような庭じゃなくてね、一つの山をそのままお庭にしました!ってくらいに広い。
なので、そんな敷地内に建つ厩舎だって、馬小屋というには大きすぎ。
馬屋敷でいいよ、もう……。
「あれ?…お前たちって……女の子にも?」
「ああ。セシーの場合は、護身術の一環も兼ねるから。男女という意味では…関係ないね」
乗馬…うん、あんまり良い記憶はないんだけど。
貴族の女の子でも、やっぱり練習しなくちゃダメなんですね…?
しかも護身術ってことは、乗馬服じゃなくて、ドレスでもやるんですよね?
非常時に、乗馬で逃げろってことだろうし……。
父様の説明によると、フィリー姉様はもちろんのこと、長女であるドロッセル姉様…つまりガレット公爵家の女の子は…全員習っているのだそうだ。
「特にドロッセルは優秀でね。嫁入り前は、今の旦那と一緒に馬で…馬車を使わずに外出をよくしていたんだよ」
一応言っておくけど、公爵家の令嬢…いや、貴族の子女が『乗馬が趣味』というのは、実はとても珍しい。
(まぁ、例外として、騎士の家系とかだと、習ってたりもするけどね)
そして、将来の旦那が一緒であれ、簡単に外出できてしまうのは、さらに珍しい。
よく『お忍びで街を散策』とか、そんな読み物や劇があるじゃない?
お忍びってことは、内緒で、ということだから。
これ、誰に『お忍び』なんだと思う?
実は『親に内緒』が1番の目的で、その次が『街の人をびっくりさせないために、内緒』だったりするんだ。
(まぁ……街の人から見れば、身なりや挙動でバレバレなんだけどね)
それでも、貴族然として、踏ん反り返っているよりは好感が持てるから、好意的に受け入れてもらえる。
親に内緒が一番重要視される理由として…そもそもが貴族の子女の、単独での外出は厳禁なんだよ。
絶対にダメ。
そう考えると、ガレット公爵家は、かなりそういうところが緩い、もしくは子供たちを信用……うーん、なんか違うな。
扱いの違いなのかな?
兄様たちは、なんだかんだ言いつつも、かなりしっかりしているから。
早い段階から、年齢的には子供だけれど、行動的に大人の扱いをしていたのかな?と思ってる。
(……セシリアの場合は…現時点でも色々大騒ぎになってるし、これは、大人の扱いになるまで遠そうだけどね)
て、いうか……乗馬をガッツリレベルで習うことになるのなら、湿布欲しいなぁ。
皮膚の伸び縮みにもしっかりと対応して、湿布単独でしっかりと張り付いてくれるやつ!
こっちの世界にも、あるといいのに。
少し遠い目になりつつ、父様の肩口から馬を見つめていると、視界が急に明るくなる。
「馬もいるが……牛と羊も、季節にもよるが、いるよ。興味があるなら、今度見せてもらうといい」
「牛?!羊も?」
「……食材になるものも、乳牛や羊毛のための仔もいる。ただ、春は出産ラッシュだからね。スタッフも動物たちも気が立ってる。仲良くなりたいのなら、出入りは夏からにしたほうがいい」
ユージアは動物が好きなのかな?
金の瞳を輝かせながら、周囲をきょろきょろと始めたところで、父様に肩をぐいっと寄せられていた。
「その前に…今日は、こっちだ」
振り向いた先には、ガレット公爵家の家紋が大きくデザインされた、立派な馬車が準備されていた。
うん、馬ではしゃいでる場合じゃない!
これから王城へ向かうのだったことを思い出して、ユージアの表情が途端に沈む。
「……終わったら、好きなだけここに来ればいい。そのためにも、今日は頑張らないとな」
「…っ。はいっ!」
あまりにも表情がはっきりと沈んだのを見て、父様が優しく笑って励ましていたけれど。
今日さえ頑張れば!と目標は出来たけど。
ユージアに再び浮かんだ笑顔は、緊張に固まった、ぎこちなく、硬い笑みだった。