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悲しい知らせ。

 


「まったく、子供は寝る時間だぞ…?」



 そう言いながら、父様はぐったりしたエルネストとカイルザークを小脇に抱え上げるとベッドへと移動してくる。



「……明日は少し早いからね。楽しいのはわかるが、しっかり寝ておきなさい」



 エルネストとカイルザークの2人を、先に寝てしまっている、レオンハルト王子と、シュトレイユ王子の隣に転がす。



「と、父様……おかえりなさい」


「おかえりなさい、ませ…?」



 私はといえば、ユージアにお茶を勧められはしたのだけど、移動するタイミングを失って、ベッドに座ったまま。

 ユージアも私のそばで立ち尽くしていたので、狸寝入りどころの話じゃなかったのよねぇ。



「ああ、セシーもユージアも、ただいま」



 くしゃくしゃと頭を撫でられたあと『まだ治ってないか…また大きくなってしまって』と、ため息を吐かれてしまった。


 そして、ふわりと笑う。


『ユージアも、今は誰もいないから「おかえりなさい」でいいんだよ』と、頭を同じようにくしゃくしゃとしながら。



「ああそうだ……エル、これを。ハンスから預かってきた」



 父様に頭から毛布を被せられて、もぞもぞともがいていたエルネストが、やっと顔を出した!というタイミングで、目の前に小さな布の(つつみ)を差し出した。







 ******







 白地に赤い花の刺繍…父様のハンカチに大切に包まれたモノ。


 前世(にほん)でお馴染みのお守りのような、小さな小さな小袋だった。

 こちらでは薬を入れていたり、香水を染み込ませた綿を入れたり、それこそ護符として魔石を入れていたり、色々な使われ方をしている小袋だった。


 エルネストに渡されたものは、少しだけ上等な布で作られた小袋で…一見して、大切なものを入れておくために作られたものだと、わかる。



「……っ!あり、がとう……っ!」



 エルネストは小袋をぎゅっと胸に抱え込むように握りしめると、そのまま俯いてしまった。

 そのまま、膝を抱え込むように座り直すと、寒さを堪えるかのようにぐっと身体をこわばらせている。

 ……様子がおかしい。



「どうした?やはり、里が恋しいかい?」


「違っ…ぅ…ぃ…ます…」



 咄嗟に首を横に振る…ぽたぽたと涙をこぼしながら。

 一度こぼれ始めると、止まらなくなってしまったのか、ぽろぽろと止めどなくこぼれ落ちていく。



「ああ、父様?…今のは…お守りですね」



 毛布から顔を出して、ぼんやりとした顔でエルネストと父様を交互に見つめているカイルザーク。



「持ち主は……亡くなってる」



 声を押し殺して泣くエルネストを見て、小さく息をつくと、呟いた。



「カイ、わかるのかっ?!」


「……そういう、お守りなんです」



 父様の驚きの声に、カイルザークは首を振ると、消え入りそうな声が返ってくる。



「お互いの安否を、確認し合えるように。知らせたい相手に、作って渡す……僕なんかより、贈られたエルの方がもっと詳しく、わかると思…います」



 カイルザークまで、徐々に泣きそうな顔になっていく。



「これは…養母の…です。僕と別れて……すぐに、死んで……なんでっ…!」


「……獣人のお守りに、本当に、そういう目的があったとは…ごめんな。もっと早くに渡してやるべきだった」



 激しくしゃくり上げながら、言葉を返してくるエルネストに、申し訳なさそうにしている父様。


 満天の星、月明かりと、仄かに届く松明の明かりに、緩やかな風に揺れる天蓋のレース越しに、蒼白くも浮かび上がるように照らし出される人々のシルエット……。

 とても静かで美しい光景のなか、響く、悲しげな声。



(……ルナとフレアが、自らの属性を決めたきっかけとなった『死にゆく人たちの見上げた空』に酷似していて、心底、イヤだなと思う)



 景色がイヤなんじゃない。

 その雰囲気が、空気が、イヤ。


 せっかくの素敵な景色なんだから、もっと穏やかな気持ちで見上げていたい。


 ぼんやりとそんなことを思いつつ、エルネストを見つめる。

 養母とは言ってるけど…エルネストにとって、本当の母親のような存在だったのだろう。


 もう、会えない。お話ができない。笑ってくれない。

 ……姿を見ることができない。

 二度と戻ってきてはくれない。


 エルネストはまだ4歳。

 こんな幼いのに、人の死を理解してしまう。


 それだけに人の死が身近にある、この世界が恐ろしい。







 ******







「亡くなったのはエルネスト、キミの養母だけではない。里の者、ほぼ全てだ。全てが亡くなっていた」



 いつの間に来ていたのかルークの声が響く。

 その言葉に、エルネストがびくりと身体を強張らせる。



「ハンス…それは」


「そのお守りは『里に戻るな』と警告していないか?」



 エルネストは、ゆっくりと顔を上げると、ルークを見つめ、こくりと小さく頷いた。


 ルークの月明かりに暗闇から青白く浮かび上がる、その儚く神秘的な美貌に思わず見惚れかけて……「いや、そんな場合じゃないでしょ!」と、なんとか踏みとどまる。

 うん、踏みとどまれたぞっ!


 そんな美貌に憮然とした表情を浮かべ、書類の束を父様へ渡しつつ言葉を続ける。

 書類を受け取った瞬間浮かんだ、父様のうんざり顔は見なかったことにしておくよ…。



「……風土(ふうど)病か流行病(はやりやまい)か……魔力熱のような威力と感染力で、あっという間だったそうだ」


「そのお守りは…エルがお世話になる予定だった孤児院に、キミ宛の荷物の中に」



 説明を聞いていて『時期的に魔力熱か?』とも思ったのだけど、そういえば獣人って…死にかけるほど症状を悪化させるような、魔力保持者がほとんどいないから、魔力熱は関係ない。



「現場を確認した人族には特に、体調異常を訴える者も今のところは出ていない。……そう考えると、獣人にだけ、かかるような病気である可能性が高い。申し訳ないが当面、里は…跡地になってしまっているが、該当地域へはエルもカイも接近禁止だ」


「わかって…ます」



 父様の説明に、エルネストの声に合わせるようにして、カイルザークも神妙な面持ちで頷いていた。



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