お風呂に行こう!。
大人になってから、このことを思い出す度に冷や汗が出ていたのだけど、今は少し、ほのぼのとしてしまう。
とても立派な龍だったし、きっと私には想像もつかないほどに長寿で、永い時を生きてきたはずだ。
受け取った手紙の、文字の拙い事からも、精霊の初めての主人が、とても幼いことに気づいていただろう。
(……ルナもフレアも含めて、年若い者が頑張っている姿が、とても可愛くてしょうがなかったんだろうなと、今なら思う)
あれですよ、まだ幼い息子や孫が、頑張る姿!
……あの紅葉の葉のような、小さくてぷくぷくふにふにの手で、一生懸命になって、何かに取り組む姿。
大人であれば簡単にできてしまうような事を、ひとつひとつ確認しながら、危なっかしい手つきで進めていく。
文字通り…老婆心というか、無条件に全力で応援したくなってしまう。
成功した暁には、どんな事でも、我が身の出来事のように大喜びして……そんな感情になってしまう。
(なんだろう、とにかく可愛らしくて、見守っているつもりが、猫っ可愛がりしたくなっちゃうような感覚だね)
そうそう、いただいたお土産は、一見なんの変哲もない、龍の鱗や爪、髭や、革、毛。
不思議なことにそれの一つ一つが、今までに見たことがないほどに、大きい。
そして、いろんな種族のものが揃えられていた。
(つまり…龍は龍でも、巨体……高ランクな龍から採取された素材、ということになるんだ…)
火龍や水龍は比較的人間の目に触れることが多いから、手に入りやすいらしいのだけど、そこに風龍、地龍のものまで揃えられていた。
風龍はとても気まぐれで、ひと所に留まらない性質があるらしく、そもそも遭遇することが難しい。
地龍は…知識と書いて知龍とも言われるほどに博識で、他の種族より長寿で……そして途方もなく偏屈だと、物語でもよく語られている。
そしてその属性が示す通りに、洞窟内や地底に潜り込んでしまうので、会いたくて探していても、まず会う事はできない。
どうやって集めたのだろうかと、不思議に思ってしまった。
人間で言えば、友達ならともかく、多種族だから…そうだな、いろんな人種や体格の方に『髪の毛ちょうだい!』って言って集めるようなものらしいから。
(私には、ちょっと無理かな……)
そして、そのどれもが一級品。
そうそう、この等級なんだけどさ。
入手した時の状況で、変わっていくんだって。
例えば鱗の場合。
表面の傷の有無で、価値が多少上下するのだけど、それ以上に重視されることがある。
その素材の、入手の時の状況、だ。
簡単に言えば、殺して、倒して奪った物か、勝手に抜け落ちたものか。
(鮮度的(!)に考えると、前者の方が良さそうなんだけど、魔道具として加工するのであれば、後者の『勝手に抜け落ちた』素材が一番加工しやすく、効果が引き出しやすいんだ)
自然と抜け落ちるまで、長い年月を龍の魔力に晒されながら、共に成長してきた素材だ。
そして、殺されたりした時に、体内を走り抜ける『痛い!悔しい!許せない!』等の、呪詛や瘴気の翳りの影響も受けていない、純粋な素材となる。
(ま、なんだかんだ言っても、人間に例えちゃうと、抜け毛ですよ。爪切りで切って捨てた、爪の先とか…ね)
つまりさ、自分の家族ならともかく、知り合いとか他人に『君の抜け毛、くれないかな?』って事を、私のために、わざわざしてくれちゃったわけですよ、この龍は!
……本当に申し訳ない。
(あ、そうだ、ルナたちと再会したし、また一緒に行動を始めたのだから、またご挨拶しておいた方がいいね)
あ、古代語のお手紙で通じるかな?
まだ、今の言葉だと…ちょっと字の形が不安なんだよなぁ。
なんて考えながら手伝いをしているうちに、全て終わってしまったようで。
というか、シュトレイユ王子!めちゃくちゃ手際が良い!
普段しない事って楽しいのはわかるけどね、お片付けすら楽しくなっちゃうってのは、ちょっとダメかなぁ。
自然と出来た方がいい事だもんね。
今回を機会として、ある程度の流れを覚えちゃったら、良いかもしれないね。
あ…これも老婆心なのかしら。
『さぁさぁ、お風呂行っておいで〜って、そうだ、寝室…戻しとく?』
「「このままで!」」
瞳をきらきらと輝かせたシュトレイユ王子と、エルネストが即答していた。
フレアはベッドの方へ視線をやると、そちらにはいつの間に移動したのやら、レオンの様子を確認しているヴィンセント兄様がいた。
「……ふふっ。子供たちの好きにさせていいよ……今は、子供たちを楽しませてやってくれると嬉しい」
『では、野営とは違いますが、リゾート風という配置にしておきますね』
「リゾート風…?」
『はい!……戻ってからのお楽しみです☆』
ゼンナーシュタットとユージアを先頭に、お風呂へと走り出す子供たちの背を見送りながら、にこりと笑う。
『さぁ、ヴィンセント様も』
「ではレオンを頼むよ」
そう言うと、ヴィンセント兄様も子供たちの後を追って、小走りにお風呂へと行ってしまった。
さて私は…どうしようかな?
父様たちは、今もウッドデッキの上で魔法陣を展開したまま、微動だにしていない。
(赤や青の幻想的な、ゆらゆらと強弱のある焔の舞う様は、見ていて飽きないものではあるのだけど……流石に暇になってきた)
あと…父様たちのすぐそばではなくて、少し離れてしまうと、良い勢いのキャンプファイヤーに見えなくもなくて、思わず笑ってしまう。
『こら、こっそり見てないでセシリアもお風呂…って、そうか、女の子はセシリアだけだもんなぁ。……お風呂手伝う?』
「だ…大丈夫、のはず」
『じゃ、途中まで一緒に行こうか』
「ありがとう!」
子供たちの片付けを手伝うために、捲り上げていた袖を直しながらのフレアと、歩き出…したと思ったら、颯爽と小脇に抱え上げられてしまった。
なんかもう、お姫様抱っこですら、ない。
『この方が速いし』
「扱いっ!!」
なんかもう、主人の扱いじゃなくなってるよね…。
まぁ、暴走してるから、しょうがないのかもしれないんだけどさ。