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冒険物語と現実。



 あのあと、レオンハルト王子の涙が大洪水を起こしてしまい、王子もろとも、私まで一緒にベッドへ『ちょっと落ち着いてきなさい!』とポイされた。


 10分くらいそのまま泣いた後、やっと落ち着いてきたのか、もぞもぞと恥ずかしそうに離れていったので、私はみんなのいるソファーへ戻った。



(……ふふふ。泣いてる間…思いっきり、髪の毛を堪能してしまった。以前、触ろうとしてユージアたちに止められたし、ずっと気になってたんだよね)



 ソファーへ戻ると、いまだにシュトレイユ王子の大暴走が継続中のようで、その話のほとんどが『龍と王子』という、冒険物語を意識している内容だった。

 冒険ものが本当に好きなのか、もしくはお話を気に入りすぎて、それしか読んだことがないのか…。



「だとすると、ここが定宿みたいな感じでね……」


「……こんなに上等な宿はないけどね」


「そうなの?!」



 目下、シュトレイユ王子の話し相手となっているのはエルネストで、カイルザークとゼンナーシュタットは少し離れた場所に座って、黙々とノートに何かを書き込んでいた。



「えっと、あるにはあるけど、こういう感じのは貴族用のお宿になるね。エルの言うとおり、冒険者とかはこんな上等な部屋には泊まらないよ」


「えぇっ!」



 瞳をきらきらと輝かせて、エルネストとの話に夢中のシュトレイユ王子。

 あまりにも前のめりになって話が進むものだから、言葉に詰まったところで、すかさずユージアがフォローを入れるのだけど、そのフォローにすら前のめりになってしまっている。


 ちょっと興奮しすぎかな?

 ……まぁ、自分の『当たり前』の生活とは、180度違うからね。

 物珍しいんだろうね。



「泊まらないというか、泊まれない。かな?」


「そうなんだ…」



 あからさまにがっかりな顔になるシュトレイユ王子の顔を見て、ユージアは不思議そうに笑っている。

 ここら辺は金銭感覚の違い…というか、王子様だし使わないだろうから、お金の認識がなさそうだね。

 使わないどころか、見ることもなさそうだし。



「とりあえず、風呂はない」


「ないの?!」


「僕が知ってる所は、どこも無かったよ」


「じゃあお風呂はどうしてるの…?」


「身体を拭くか、水浴び…かな?」


「それって綺麗になるのかな……?」



 エルネストの説明に『全身、ちゃんと拭けるかな?』とか『水浴びの方が楽しそうだな!』とか、神妙な顔になりながら、ぶつぶつと呟いている。



「いやいやいや…待って?!王都の宿は風呂付きが多いからねっ!……無くても身体を拭くお湯のサービスとか、もしくはお風呂屋さんがあるからっ!…水浴びするのは、エルとかカイみたいな獣人とか、獣人並みに頑丈な人くらいだから、レイは真似しちゃダメだからね?!」


「「そうなのか」」


「そうです!」



 毎度、焦って訂正を入れていくユージアが面白くて、笑ってみていたけど、そうか……ユージアが訂正を入れなかったら、獣人視点での冒険者の基本をシュトレイユ王子は学習してしまう所だったんだ。



「ま…まぁ、少なくとも、毎日お風呂に入れる環境ではないってのは確かだよね。冒険者になりたてだと、宿をとる収入すらない時もあるから……」


「えっ…じゃあ夜はどうするの?」


「野営になるね」


「冒険もしてないのに?」


「だって泊まる所がないんだもん。野営しかないでしょ?」



 ご飯は?ベッドは?荷物は?と、シュトレイユ王子の矢継ぎ早な質問に、目を白黒させながら答えていくユージアとエルネスト。

 冒険者の生活は、王族から見れば…真逆にも近い生活環境だから、未知の世界なんだろうな。



「自分のお家がない冒険者は、そうなるよ?それよりは、せめてお部屋で寝れたら良いなぁ…ってのが宿の役割だから、価格は安いのが前提で、部屋にはベッドさえあればいい。……ここまで上品な宿は使わない(えらばない)よね?」


「そう…冒険者も大変なんだね…」



 しょんぼりと小さなため息をつくシュトレイユ王子を、またもや不思議そうな顔でユージアが覗き込む。



「……ん?レイは、冒険者の生活が心配なの?」


「少しでも辛くないように、何かできないかなって…」



『ん〜これが当たり前なんだけどな』と、ユージアはどう説明していいか、言葉に詰まってしまった。

 エルネストにしても『野営も環境次第でそんなに辛くはないんだけど』と、唸ってしまっている。



「キミのご両親が充分に、頑張ってくれてるから、この国の冒険者は幸せなんだよ」


「そうなの?」



 ゼンナーシュタットとの内緒話?と、よくわからない書き取りがひと段落したのか、にこりと笑みを浮かべて説明を始める。

 内緒話は嬉しい内容だったみたいで、ふわふわの長いしっぽが緩やかに大きく揺れていた。



「まぁ…上級の冒険者からしたら、生ぬるい国かもしれないけどね。治安がいいから野営してる時に野盗や魔物に襲われないし『野営広場』なんて、野営に適した場所まで提供されてる。街道も綺麗に整備されてるし、駆け出しの冒険者にも暮らしやすい国だと思うよ。ここは」


「暮らしやすいの…?」


「ああ、野営も本当にしやすい環境だった。僕とセシリアの2人(こども)だけで野営ができてしまったんだよ?……他の国で子供だけの野営だなんて、野営を始める前に魔物の餌になってる」



 そういえばそうだった。

 それこそゼンナーシュタットが姿を借りている、5歳相当のレイと一緒に野営をしたのだった。


 春とはいえ、まだまだ夜は冬のように冷え込む環境で、薪は集めずとも無料で使えたし、安心して使える水場も用意されていた。


 ……ま、寝入ったところで違法奴隷商に捕まってしまったのだけど。

 その違法奴隷商も、今は牢の中だ。

 それを考えれば、治安の良さという話では、かなり良いと思う。



「ああ、生ぬるいってあれだよ。逆に治安が良すぎて、護衛の依頼は少ないし、魔物の討伐依頼も少なめだからね。でも、それだけ安心して暮らせる、良い国ってことだから、国王としての手腕は相当なものだと思うよ」


「カイ…言葉が難しすぎだ。レイの両親はとても優秀な王様だってこと。冒険者にも優しい、ね」


「うん……」



 ほんわりとシュトレイユ王子が笑みを浮かべる。

 今日1番の、ほっとしたような嬉しさと誇らしさ、そして優しい素敵な笑みだった。


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