子供のやる事だから。
カイルザークに『めっ!』と怒られるシュトレイユ王子。
なんだろう、なんだかとてもその光景が新鮮で、思わずニヤけてしまう。
「だめ…?」
「ダメっ!……それは小さな子だけがやる事だし、その時だけ許される事だから、これからは…やめたほうがいい」
上目遣いになって、カイルザークにおねだりでもするように問いかけるシュトレイユ王子の姿も可愛いわけだけど、残念ながら…すげもなく断られている。
私なら『いいよ、いいよ〜』って、思わず言ってしまいそうになるくらい、可愛い。
ああ、そうか。
カイルザークが後輩指導のようなことをしている姿が、珍しいんだ。
優しい子だから、世話を焼くことはあったけど、弟のような存在がいるのが珍しかったんだ!
現在、裁判自体は、お昼休憩に入っている。
途中に休憩を挟むとか、こういう事はそうそうないらしいんだけど、今回は一つ一つがどうにも長すぎて。
ただ、長いからといって一つ一つ区切るにしても、その前後の情報が足らなくなってしまうこともあり、これでも細かく区切った方なのだと言う話を耳にした。
もうしばらくしたら、再開されるであろうこの場に備えて、階下ではスタッフが入れ替わり立ち代わり、書類や食品が運び込まれ…と、忙しく動き回っている。
「レイもカイも来ちゃったけど…実はまだ、お話はそこまで進んでないんだよねぇ」
困った顔のまま、愛想笑いのような笑みを浮かべるユージア。
「あれっ?そうなの?」
「うん」
そうなんだ。
シュトレイユ王子もカイルザークびっくりした顔になってるけど、午前中ですべて終わるはずだった内容は、まだ半分も終わっていなくて。
この調子で進んでいくのなら、今日の終了予定時間は夕方だと説明を受けていたのだけど、これは確実に…夜にずれ込む。
「まぁ……セシリアの冒険譚が聞けそうだから、僕は問題ないけどね」
「僕も…カイと、みんなと一緒にいたい!」
「……あんまり良いお話ではないと思うけどねぇ…」
「全くだ」
ユージアのため息混じりの呟きに、同意をするゼンナーシュタット。
むしろ、教育上に問題があるような気がするから、この話が終わるまでは退席していて欲しいとすら思う。
休憩後、始まるのは……私たちが『籠』に運び込まれるところからだ。
その場で起こったのは、『聖女フィア』による、一方的に攻撃を逃げ惑う、一方的な『戦闘』だったけど、それだけなら良かったんだけど。
…まぁ良くは無いか。
でも、その『籠』の中身。
そしてその仕様用途・犠牲者の数…そういったところが、きっと事細かに説明されていくのだと思う。
(私としては今回のこの話が1番、凄惨な出来事だと思っていたの)
でもね…一般傍聴席の、明らかに教会擁護の人々がこの話が始まる前の、他の悪い事を聞いただけで、そこに座っていられなくなる程の狂気・気味の悪さに、ほとんどの人たちが退場してしまっている。
今、傍聴席に座っている人たちは、席に空きができたために途中から入場してきた人達だ。
最初の人たち同様『濡れ衣を着せられた、教会を助けるんだ!』という感じの、意気込みが感じられる人たちばかりに見える。
また同じように途中退場をしていくのかな…と、ぼんやりと眺める。
それくらいインパクトのあるお話を、できればシュトレイユ王子には聞かせたくない。というか子供には、聞かせたくない。
そして…もう1人、気になるのは…。
「セシリア、大丈夫?」
周囲を見渡しながらぼんやりと食事をする私を、心配そうに覗き込むユージア、キミだよキミ。
私なんかより、よほど心配な子。
他のみんなは食事を前にして、この場に似つかわしくないほどに、にこにこと楽しそうにしているのに、ユージアだけは…口調は相変わらずだけど、どんどん笑顔が薄く、硬くなっていってる。
どう見たってユージア自身が1番、大丈夫な状態から程遠い位置にいると思う。
「大丈夫。ユージアも、大丈夫……?」
「……うーん。正直わかんない。許せないとは思うんだ。罪も償わせたい。仕返しだってしたい。そのために調査も協力したし、思い出したくもない話だって覚えている分は全て、親父に話した。……でも」
いつもなら、まっすぐに見つめ返してくる、明るい金色の瞳。
今はその瞳の色すら暗く見えるほどに、伏せ目がちになって、首を小さく横に振ると、ぽつりぽつりと囁くように言葉を紡いでいく。
どんな時でも、いくらでも楽しげに、さらさらと淀みなく喋るユージアとは真逆な…そう…『籠』から助け出された時も、こんな雰囲気だったなと気づく。
「これから始まる話は聞きたくない。とも…思う。ここに、いたくないとも思う。結果を…知りたくないのかな?どうなんだろう?……セシリアの魔法みたいに、全部、ドーンって無くなっちゃえば良いのに」
「ドーンて…」
最後は本当に小さく呟いていたけど、予想外な言葉に、思わず笑ってしまった。
ずいぶんと、幼い発言に聞こえる。
見た目で言えば、13歳程度の姿をとっているから、余計にそう見えてしまうのかもしれないけど、精神年齢は3歳程度だ。
(まぁ、今までの微妙な経験や『隷属の首輪』装着の間に覚えた語彙があるから、3歳児相当だ!と完全に言い切ろうとすると、今度は逆に大人びて見えてしまうという、矛盾が出てくるのだけどね)
和気藹々と進む、楽しげな食事に水をさしたくないのか、話を聞かれたくないのか…そっと席を立つと、ソファーの一番端に座る私の隣までくると、その場で蹲ってしまった。
なんとなくだけど、泣いてそうな気がして、ユージアの前にしゃがみ込んで、様子を見てみるけど、表情すら窺えないし、しょうがない。
思わず、小さなため息が出てしまったわけだけど、立ち上がるとユージアの頭をぽんぽんと宥めるように、撫でることにした。