故郷への想い。
「そうだよ。変態親父が言われた場所を見に行ったけど…里なんて存在してなかったって。……打ち捨てられた里の跡ならあったそうだけど」
「それは……」
エルネストがびくりとする。
まぁ…カイルザークの両親は…すでに鬼籍の人なのは確定だけどね。
だって、里を追い出されたこと自体が、1000年以上前の出来事なのだから。
……獣人の里に対する感情というのは、人族と呼ばれる私たちよりずっと強くて、自分の家族へ向ける気持ちと同等のものだと、聞いたことがあった。
やっぱり、当時のカイルザークも…同じ気持ちになったのだろうか?
シシリーは、どうだったのかな…?
覚えてないや。
(…ん?……んんん?…そもそも、どうやって魔導学園へ来たんだっけ?!あれ…ちょっと記憶があやふやかも)
あれ?あれれれ?と、なってきたところで、エルネストの反応を確かめるようにゆっくりと、ゼンナーシュタットが紅茶のカップをテーブルに置くと、すっと笑みが消える。
「君たちの種族にとって、その髪の色が。性質が。そこまで…彼らが里を捨てるほどまでに忌避するような存在なのであれば、これ以上、元の保護者を追跡する必要もないだろう。そう判断して、捜索を切り上げてきたそうだ」
「……」
グッと口を引き結んで、俯いてしまうエルネストを、ユージアは軽々と持ち上げて、笑う。
「僕としては、その髪も瞳も、すごく綺麗だと思うんだけどなぁ。明るい場所にいると、セシリアとお揃いに見える時もあるし。キラキラしてて綺麗なんだよ?ほら!」
豪華なシャンデリアの、クリスタルの装飾部分に触れそうなほどに高く、エルネストを持ち上げると『うん、綺麗!』と、嬉しそうに笑う。
「いや…それ、エルには見えてないからな?」
「……あれ?見えない?」
「見え…ないかな。僕には……ユージアの髪の方がきらきらに見えるよ」
高く掲げるように持ち上げられたエルネストが、ユージアを見て、少し悲しげに恥ずかしそうに、笑う。
その歪んだ笑みが……『籠』から帰るときに、ぽろぽろと泣いていたユージアと重なる。
(どっちも綺麗だよ。どちらも素敵だし。どうしたら伝わるか…わからないけど、もっと自信を持ってほしい)
ソファーから2人を見上げる。
仄かな風で、きらりきらりと向きを変える、シャンデリアのクリスタル。
そして間近に照らし出されている2人の髪も、自ら光を発しているかのように、きらきらと見えているのに。
……自分からは見えない。
人の魅力なんて、そんなものだと思う。
どう頑張っても自分では気づけない。悪い部分ばかり見えてしまう。
いつか、きらきらが見える日が来るのかな?
気づける日が来ますように。
******
「お昼ご飯の差し入れだよっ!!…って、あれ?みんな、どうしたの?」
「レイ…ここは静かにするところだから」
背後から満点花丸の、とっても元気な子供の声が響く。
その後ろから、静止を……少し疲れ気味なカイルザークの声が…って、あれ?
獣人であるカイルザークまで…シュトレイユ王子に振り回されちゃったのかな?
元気いっぱい満面の笑みで、お昼ご飯のカートを意気揚々と押す、シュトレイユ王子…やっぱり、かなり活発な子なのかしら?
「みんなお疲れ様……?なんか問題でもあったの?暗いね?」
「あれ…そんなに深刻な話はなかった気がしたけど……?」
『どうしたの?』と、シュトレイユ王子の陰から顔を出したカイルザークに、エルネストが突進していくのが見えた。
すごい勢いだったので、突進にしか見えなかったのだけど、がしりとカイルザークの肩を掴むと、視線を合わせるように覗き込んでいる。
「カイっ!お前は…っ。お前の、親は…どうしたんだ?里は…」
「は…?どうしたの急に?…あぁ!僕の里ね?!無いよ?……母親はいたけど、ね。僕が里を追い出されたと同時に、里は無くなったよ」
「……っは?どういう…」
「だからさ、僕が追い出されたと同時に、移転だか解散しちゃったんだよ。だから『絶対に戻って来るな』って言われて追い出されたし」
エルネストのそんな必死な剣幕に、きょとんとしていたカイルザークが説明を始める。
嘘はついていない……ただ、カイルザークの場合、とても昔のお話になってしまうのだけど。
(……学生時代のシシリーとルークは、カイルザークが里から追い出されるのを見越していた学園長の依頼で、迎えに行ったんだ。確か、この時がカイルザークとの初対面だ)
あの時はまぁ、ちょっと遅かったらしくて、里の近くの森で…カイルザークとルークが追いかけっこをする羽目になってしまったのだけど。
懐かしく思っている視線の先、エルネストの勢いは止まらない。
「母親は…っ?」
「知らない〜。追い出されたのは僕だけだし」
「会いたいとは……いや、ごめん……」
「…ん?もしかして、ホームシック?……エルはこの国の南方の出身なんだよね?国内だもの。公爵の視察ついでにでも、連れて行ってもらえば良いんじゃないかな?セシリアも行きたがってたし…食事的に」
急にトーンダウンして俯いてしまったエルネストに、首を傾げるようにしてカイルザークはにっこりと笑顔になると、エルネストの頭を背伸び気味にぽんぽんと撫でる。
撫でながらチラリと私を見るわけだけど……まぁ、うん。
食事的に、ぜひ行ってみたいです。
思わず小さく頷くと、ふっと息を吐くように小さく笑う。
「まぁ、僕の場合は北方の…国内ですら無いから、難しいというか、行きたいとも思わないんだけど。エルが行きたいなら頼んでみたら?」
「良い…の、かな?」
「ん〜……1人で勝手に悩む前に、聞いてみたら良いんじゃないかな?僕は、あんな里より、立派なライブラリがある、公爵家で大満足だけどね」
「おまえなぁ……」
カイルザークを見て『心配して損した!』とでも言い出しそうなほどに、全身で脱力しているエルネストに少し笑ってしまったのだけど、そうね、エルネストの里…話を聞いている限りでは、出入りが難しそうだけど。
それなら近隣の街でもいい、エルが懐かしいと思える場所を、みんなで巡ってみたいと思った。