裁判が始まるよ。
人々が動きを止めて、騒然となる会場を興味深げに見渡すと、シュトレイユ王子はアクアマリンのような瞳を、宝石さながらにきらきらと輝かせる。
「ふふふっ。綺麗でしょう?フレアに習ったんだよ!」
「……レイ王子、そろそろ戻りましょう」
「レイで良いってば!カイ!…じゃあ、戻るから、みんな頑張ってねっ」
カイルザークの腕をがしりと掴むと、一気に引っ張って行ってしまった。
……シュトレイユ王子って、ほんわか優しげな子だと思ってたんだけど、本調子になってくると、なかなかにパワフルみたいだった。
そりゃ、お付きの人たちは干からびるよね。
獣人であるカイルザークと一緒に暴れ回ってるんだもの、体力の果てが見える気がしない。
それでなくても体力無限の魔の3歳児……いや、それどころじゃないわね?!
「僕は…何を頑張れば良いんだろ……」
「ああっ…エル?大丈夫?落ち着いてっ!!」
走り去る2人の背を見送っていると、思い詰めた…詰めきったエルネストの呟きと、ユージアの悲鳴じみた必死な声が聞こえた。
******
カンカン、カンカン…と、鐘が鳴った。
会場が一瞬にして静まり返った。
──さぁ、前世でいうところの裁判が始まる。
えっと…私が昔、聞き齧った、こちらの世界の裁判というと。
裁判官的な人が入場することで開始となる。
その時間までに、関係者は入場を済ましておくのがルールらしい。
今回に関しては、国に関わる重要事項ということで、その裁判官的な人物に王様と王妃様がプラスされる。
王様たちだけの司法的な判断…ってわけじゃないんだよね。
(あれだよね、よく読んでた恋愛小説なんかにある、王様の権限だけで『お前は死刑じゃ〜!』は、なんだかんだで、できなくなっているようだった)
私たちの証人としての出番は『罪状が読み上げられる→肯定・否定する』これは基本なのだけど……。
いやぁ、教会の悪事が多すぎてね、罪を問う範囲が10年以上前からの、それこそ今の王様がまだ王子で、結婚前で…というところから始まっているそうなんだ。
ちなみにユージアに関しての罪は、さらに以前から審議されるそうだ。
まぁ長寿だからね。
それだけ長らく辛い思いをしていたんだから、しっかり償ってもらわないといけない。
……代替わりしてても、老後という状態でも、全て償わせるそうだよ。
という事で、私たちが出席しているということは、公爵家襲撃事件からセシリアの誘拐、ユージアへのこの期間の暴行・殺害未遂。
教会運営の孤児院が行った、エルネストの人買いへの売り渡し。
そして教会の息のかかった違法奴隷商には、エルネストの購入、私とレイ…の姿を借りたゼンナーシュタットの誘拐、そして販売。
教会は違法奴隷の購入・虐待・殺害も追加で。
「お〜い、エル?エルっ!エルネストく〜ん?……だめだこりゃ」
ユージアの呆れた声が耳に入る。
びっくりして振り向くと…立ったまま気絶しているかのように、茫然自失となって、全く動きも反応もしないエルネスト。
「……エルは、結構…肝が据わってる方だと思ってたんだけど。こういうのは苦手なんだね。あはははっ」
「いや、ゼンっ!そこ感心してる場合じゃないからっ!」
思考停止状態のエルネスト。
あまりにも、微動だにしないので、面白くなって思わず……。
「セシリアっ?!何してるのっ!」
速攻でユージアに咎められてしまったけど、問答無用でエルネストのふわふわな髪に触れる。
淡い藤色で、カイルザークと同じ色ではあるんだけど、微妙にエルネストの方が明るい藤色に見える。
少し赤みが強い感じかな?
子供特有の柔らかな髪質なのも手伝って、ふわっふわの、さらさらなんだ。
「あ……いや、今なら触り放題かな?って…」
「後で怒られるから…やめておいた方がいいと思うよ?」
普段は、メイドのセリカにすら、触らせないらしいから。
平民の生活から、いきなり貴族の生活にチェンジ!というのは、結構大変なんだよね。
……お風呂とか特に。
『問答無用で捕まえてお世話しますけどねっ!』
『あの子ったら、裸になっても逃げ惑うんだから、脱がすのも大変で、入れるのも大変なんですよ?……お風呂が終わると、着替えは自分で出来てしまうので、そこは助かるのですけどね』
そう、満面の笑みで話すセリカに豪快さを見つけてしまって、どきりとした記憶があるわけだけど。
そういえば、セリカは、フィリー姉様曰く『メイドにしておくのがもったいない人材』らしいからね。
武術に長けているってことはつまり、エルネストの素早い動きにも、対応できるってことなんだろうなぁ。
「エル〜!!!ゼンも!笑ってないでよ!」
「まだまだ始まったばかりだし、そのうち復帰するでしょ?」
にこにことゼンナーシュタットが、席の前にあるテーブルにお茶を置いていく。
なかなかに優雅でしょ?
裁判の席なのに、飲食OK!なのですよ。
まぁ、訴えられる立場だと、ダメかもしれないけど。
「ほらほら、新米執事さん。お仕事お仕事〜!」
「ああっ…って、まぁ…うん、エル、ごめん」
ユージアはエルネストから離れると、会場のスタッフとみられるメイドさんから、お菓子や、ちょっとした軽食の載せられたカートを受け取ると、テーブルに並べ始めたので、私は思う存分、エルネストの髪を堪能した。