魔力の塊の行方。
ゼンナーシュタットが好きそうなもの!と、考えたのに。
色々と予想外のものが出来上がってしまって、私自身、手を添えたまま固まる。
「いいえ、滅相もございません……」
「首輪を……僕に食べさせたいの?それとも、つけたいの?」
ぽろりとレイの姿をした、ゼンナーシュタットの手のひらに、転がり落ちたもの。
それは、金属でできた首輪に、南京錠。
……形状がどう見ても『監獄』で見た『牢の鍵』と『隷属の首輪』の類似品にしか見えなくて。
「確かに食べてたよねっ!あはははっ!」とか、ユージアの笑い声が聞こえたわけだけど…うん、ごめんなさい。
ユージアだって笑ってはいるけど、見たくないよね、これ。
エルネストに至っては、文字通り、目を丸くして「こんなの食べてたのかよっ!」って…笑うどころか、顔を引き攣らせたまま、固まってしまっている。
必死に首をぶんぶん振って否定をする…!
「いやいやいや……なんか、ゼンってば、首輪とか鍵とか食べまくってた印象が強くて…」
「金属が主食って訳じゃないからね?!」
「ご、ごめなしゃ…」
しかもここで噛むとかっ!
ふっと息を吐くような音が聞こえて、顔を向けると…すっとゼンナーシュタットの口角が上がるのが見えた。
「ここで噛むとか……確信犯?」
「ないっ!ないかりゃっ…っ!?」
にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべているゼンナーシュタットと、背後でユージアとエルネストが爆笑している。
「…ははっ。だめだよ、ゼン。そろそろ許してあげて?セシリアってば、焦ると噛むみたいなんだよ」
「また『紋』か…良いな」
ゼンナーシュタットがぶつぶつと呟きながら、ユージアへと手を伸ばそうとすると…。
「賑やかだね!」
鈴の転がるような可愛らしい声が響く。
振り向いた先には2人の幼児。
裁判を行う場所として、子供…の出入りは珍しい。
部屋の中心にある大きな机を囲むようにして、すり鉢状に広がるこの部屋で、部分的にはまだ、大人たちが準備で右往左往している状況ではあるにしても。
どちらにしろ、ここの施設には似つかわしくない存在だ。
1人は今、私の隣にいるゼンナーシュタットが借りている姿の、本当の持ち主。
本物のシュトレイユ王子だ。
ゼンナーシュタットと並ぶとちょうど拳ひとつ分の身長差があって、よく似た兄弟のように見える。
「ここは静かにしてなきゃダメなんだよ?」
隣には、ちょっと渋い顔のカイルザークもいる。
「わぁ…。ゼンの姿!レオン兄様みたい!僕、大きくなったら、こんな姿になるの?」
「うん、この姿にも、なるかもしれないよってだけだよ。……レイ…ごめんね。姿を借りてしまって」
周囲をくるくると回るように、瞳を輝かせながら、ゼンナーシュタットの姿を観察していく。
時折「うん、うん!」と頷いては、嬉しそうに微笑んでいる。
「その姿で悪いことをしてなければ、良いよ。……僕、何もしてないのに怒られたくないからね?」
「…悪いことはしてないよ。それに……もう、しない」
小さく、ゼンナーシュタットの「ごめんなさい」が聞こえて振り向くと、シュトレイユ王子が、背伸びをしてゼンの頭を撫でていた。
少し滑稽に思えて、笑みがこぼれる。
あ、でも、ゼンナーシュタットも生まれて間もないんだもんね。
年齢差を考えたら、間違ってないのか……それでも、なんか変な感じ!
「そうだね、今日の変身は特別だって聞いてるから。今日のことも怒らない……でもね……」
シュトレイユ王子はゼンナーシュタットの耳元に片手を添えると、ゴニョゴニョと内緒話を始めてしまった。
その口元は悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
ゼンナーシュタットは目をぱちくりとさせると、ほっとしたように笑う。
「ああ…それくらいなら…許可がでればだけど、良いよ」
「うん!じゃあ、後でお願いね?」
「なんの闇取引をしたのかな〜?」
にやりと笑みを浮かべると、じりじりとゼンナーシュタットへ近づくユージアに誤解、誤解!と、軽く手を振ってみせる。
「闇だなんて…!違うよ。レイはこれから、レオンと一緒に式典に出席することが許されたらしくてさ」
「おおおお!おめでとう!すごいね!」
「それでね……正服とかスーツをそれぞれにしつらえなくちゃいけなくて、その採寸と試着の手伝いをしてもらえないかな?ってお願いしたの!」
「それは良いね!……そっくりに化けれるのなら、身体の寸法も一緒にできるもんね?」
「それはもちろん…ただ、今は謹慎中だから、お手伝いをしていいか、聞いてからね?」
「うん!楽しみにしてる!」
ゼンナーシュタットとユージアのやりとりを、小さく頷きながら見守っていたシュトレイユ王子が、元気よく返事をする。
……王族だから、採寸とか試着の数も凄いんだろうなぁ。
(昔、母様が『お姫様は、一つの式典で着るのは一着なのに、作るドレスは5着以上』とか言ってたし)
これ『一つの式典』に、だからね?
その日1日で、いくつもの式典に出席するのなら、その分のドレスも作るわけでしょう?
どれだけのドレス持ちなんだろうか……と、思いっきり呆れてしまった記憶がある。
「ねぇ、セシリア。その首輪…貸して?」
「あ……っ」
そういえば、咄嗟にゼンナーシュタットの手から回収していた、首輪と大きな南京錠の形をした魔力の塊に、シュトレイユ王子が軽く触れると、一瞬にして真っ黒な塊に変化した。
「うわっ」
「しーっ!ユージア、大丈夫だから」
シュトレイユ王子が、声を上げたユージアに静かにするようにと、口に指を当てる仕草をして見せる。
そのあと、その指をそっと、真っ黒な塊に近づけて、つんつんとつつくと、ぶわりと黒い塊が膨張して、四方八方にはらはらと散り始めると、会場を準備していたスタッフや、既に入場を済ませていた人々が、騒然となる。
『これはすごい…』
『蝶?!どこから…?』
『なんて幻想的なんだ…』
真っ黒な塊から剥がれ落ちた、黒のかけら達は黒のスジを基調にした、ステンドグラスで作られたような、極彩色のさまざまな彩りの蝶となって、はらはらと飛び立つ。
ひらひらときらきらと自ら飛んだ軌跡に、光の粒を撒き散らしながら、人々の頭上すれすれ自由気ままに、飛び回る。
徐々に動きがまとまり始め、蝶の大群がくるりふわりと室内を大きく一周すると、私の頭上でくるくる回り始める。
全ての蝶が私の頭上に集まりきったところで、蝶自身が花吹雪となって降り注いだ。