子供って待つのが苦手なんです。
それでも、どうにも周囲が気になってしょうがないので、眼を閉じる。
意識の集中を開始する。
(ああ、ちょうど良いから、魔力操作の練習をしてみよう)
ふいに思い立って、魔力の流れをイメージと感覚を繋げて、指先に集める。
そのまま手のひらに移動させて……。
球体を作る。
球体、球体……。
魔力だから、温かい優しい光がいいな。
丸く優しい光。
丸く、丸く……。
「あっ…ヒヨコ!」
「……!?」
ユージアの唐突な声と、内容にびっくりして目を開けると、手のひらに、ふわっふわのタンポポ色の生き物がいた。
「えぇ……」
確かにヒヨコ。
手のひらにほのかに体温を感じて、可愛い。
「何を…してたの?」
「えっと……魔力操作の練習…?」
「で、なんで、ヒヨコ?」
「なんでだろ……?」
ゼンナーシュタットが、首を傾げながら優しげな笑みを浮かべる。
……『お愛想笑い』ってやつだよね?!笑いつつ、呆れてるでしょ?
ヒヨコが手のひらで「ぴぃ」と鳴いた。
可愛いものには違いないので、思わずじーっと見つめる。
すると、ヒヨコも小さく首を傾げて、つぶらな瞳でこちらを見返している。
私の魔力がヒヨコの形を取っただけだから、そう思っても、可愛いものは可愛いし。
魔力は揮発するかのように徐々に失われていくから、いずれは消えてしまう存在だけど、それでも……。
「ヒヨコ食べても良い?……美味しそう……」
「ダメっ!……エルもダメよ?」
「食わ…食べないよっ!」
エルネストに「おまえは俺をなんだと思ってるっ!」って、怒られてしまったけど…その表情は怒りの表情などではなくて。
先ほどまでの緊張の極地からの涙目のままで、私の方が思いっきりいじめてしまったような気分になる。
あとごめん、エルのその表情……すごく可愛いからっ!
「ヒヨコって言ったって……純粋に魔力の塊だし、すごく美味しそうだよ?それ」
私の周囲にいる子達って、不思議と顔面偏差値の高い子ばかりの中で、レイは兄であるレオンハルト王子とはまた違った優しげな王子様然とした…そして小児特有の可愛らしさを併せ持つ美貌だ。
そんなキラキラしいお子様が生きたヒヨコを丸かじり…?!
絵面的にアウトっ!
絶対にダメ!
反射的に首をぶんぶんと振って、拒否をすると、ゼンナーシュタットは軽くため息をつく。
私の手のひらに、ちょこんと座り込んでいるヒヨコを掬い上げるように、自らの手に乗せてそのまま包み込む。
「……じゃあ、形を変えてしまえば良いんだろう?……ほら、花なんてどうだ?」
包み込んだ手を開くと、そこには、先程のひよこではなく、一輪の薔薇。
少し硬めの咲きから、緩やかに優雅に広がり咲く。
「あ!面白そう!僕にも貸してっ!……飴が良いよ!飴っ」
と、ユージアがゼンの手のひらで美しく咲き誇る薔薇に手を被せる。
その手がゆっくりと、離れていくと、半透明の青い……うにうにと動く…飴?
「これ、飴には見えないぞ?なんか動いてるし……スライムっぽいんだけど。旨そうには見えないな」
「あれ…おっかしいなぁ。街で中身がキラキラ動く飴が売ってたんだよ。それをイメージしたはずなのに」
「全部が動いてるじゃん……じゃあ、ハムでどうだ!」
と、ゼンナーシュタットがスライムを手に押し込むようにして、包み込むと、その手が内側から膨れ上がるようにして開かれる。
そこには美味しそうなハム。
生肉のように赤が強く見えるから、生ハムかな?
「……食べる前提なら、そうだなぁ。……はい、おにぎり」
ころりとユージアの手から現れたおにぎりを、ひょいとエルネストが掴む。
おにぎりとユージアを交互に見つめると、口元にほのかに笑みが浮かぶ。
「ああ、ユージアもおにぎり好きなのか!……ルナのおにぎり美味しかったなぁ。……ほれ、タケノコ」
エルネストの手のひらに乗せたおにぎりが、沈み込むように消えると、代わりにタケノコがにょっきりと飛び出してきた。
まるまるとしていて、茶色の皮に覆われて先端部分だけ、新芽のように薄黄色で。
根の周りは紫色の幼い根が見える。
そんなタケノコをぽいっと放るように渡されたユージアは、形状にびっくりして、表面を撫でてみたり、下から覗き込んでみたりしていた。
「ええっ、これ?!あのコリコリしてたやつって、こんな毛モジャだったの?!」
「ああ、食べれるのは、その中身な?」
エルネストは視界にかかってしまった、薄藤色の髪をかき上げながら得意げに、にやりと笑う。
私はといえば、タケノコの形状があまりにもリアルで、そして細部まで精密に再現されていることにびっくり。
エルネストは、魔力操作のセンスがすごく良いのかもしれない。
(観察力とイメージ、そして魔力を操って思う通りに形作らせる魔力操作。これらが揃わないと、さっきのタケノコみたいに精密なものは難しいんだよ)
ちなみに最初に私がやろうとしていたのは『形作らせる』なんて高等な魔力操作の練習じゃなくて、魔力の存在を意識して、その魔力を球状にして思う場所へ移動させていくという、もっと単純な訓練のつもりだった。
「僕は途中で帰っちゃったけど、ルナのご飯、すごかったよね!……よし!梅」
ユージアは楽しそうに、タケノコを手で押しつぶすように溶かしていくと、手のひらから、ころりと一粒の青梅が転がり出して、私の手のひらに戻された。
ゼンナーシュタットがレイの姿で、瞳をキラキラと輝かせながら、両手を差し出してきたので、青梅を手で包むと、形状を変化させ始める。
「うん、しらすが絶品だった!鮭もイクラも……って、あれ?」
「……セシリア?僕の事、キライ?」
ゼンナーシュタットの手のひらに、私の手から落ちたもの。
それを見た途端に、ゼンナーシュタットの表情が悲しげに曇りだす。