キメラと精霊と…聖樹。
「やっぱ、怖い」
『暴走させなければ良いだけですわ…では、私も失礼させて頂きます』
ユージアの呟きが聞こえたのか、水の乙女もカーテシーをすると、ふわりと微笑みながら姿を消した。
「これは……故意の物だな」
「しっかし見事に凍ってるね……水の乙女、凄いな……」
今にも襲い掛からんとするポーズのまま、動きを止めた合成魔獣に軽く触れて、検分を始めるルーク。
ユージアに至っては、合成魔獣を中心に、瞬時に氷の世界へと変えてみせた水の乙女の格の高さに、感心を通り越して首を竦めると、怯えるような素振りを見せていた。
「聖樹がセシリアと話したって聞いて気になってたんだ。もしかしたらと思って…」
「あちぃ」と、呟きながら、おんぶ紐の要領で私を結きつけていた縄を解いて降ろすと、フロックコートも脱いで、その場に座り込んだユージア。
体温が上がってるとは思ってたけど、スーツ姿だもんね、コートを脱いだら汗だくでした。
「自ら御柱となって、この地を守護してくださっている」
ルークは『聖樹の丘』の辺りへと振り返ると、懐かしそうに呟く。
「どういうこと?」
「あれは我が師だった者だ」
意味が分からなくて、小首を傾げるようにしていると『聖樹の丘』の方角から何かが勢いよくこちらへ向かってくるのが見えた。
カイルザークだ。
寝起きがものすごく悪いのに、珍しく早起き!
「……この樹は、元エルフだって事。多分だけど…ディオメド導師……だよね?」
ディオメド導師。
魔導学園にいた白髪のエルフの導師だ。
ルークが珍しく好んで師事していた導師で、私の精霊魔法も指導してくれていた。
そして何より、シシリーの研究室の、元室長だ。
……ついでに言うと、私はこのディオメド導師に、初期魔法を教わった。
面白くって、大好きな導師だった。
導師だった、と言われる樹が枯れかけていた……。
どうして樹になってるのとか、よく分からないけど。
挨拶もできないままに、またお別れになっていたかもしれないという事に気づいた時、寂しさよりも恐怖を感じて、一瞬にして視界が歪む。
「枯れてなくて、よかった……」
「はいはい、セシリアは泣かない」
泣かない!とぴしゃりと言われてもですね…出ちゃったら止まらないんです。
最近は泣かなくなったな!と、思ってたんだけどね。
でも……初対面で、ルークが私をシシリーだと疑わなかった理由がわかった気がした。
『花』の香りから、シシリーの生まれ変わりだという確信はあったにせよ、記憶に関しては…『忘れずにいて欲しい』という願望もあったのかもしれないという事。
……私が『ルーク』と呼んでしまったから。
生まれ変わりだけじゃなくて、シシリー自身かもしれない『願望』になって。
それが、あの時のままのシシリーであって欲しいという『希望』になって。
いつの間にかに『確信』になって…。
ま、だからって襲いかかって良いという事には、ならないんだけどね?!
「泣くくらいなら、歌ってやれ。その方が喜ぶ…」
ルークの言葉もごもっともなんだけどね。
この前の歌だけでもかなり活性化してたもんね。
でもね、止まらないものは止まらないんですよ!
「……泣いたら止まらないんだもんね?とりあえず落ち着こう?」
ハンカチ……と思ったら、私、パジャマでしたよ。
普段なら『はしたない!』って怒られそうだけど、しょうがない。
袖でこしこしと涙を拭っていると、ユージアに抱き上げられて、背中をさすられる。
うん、落ち着いてきた!…まだ涙止まらないけど。
「とにかく……みんな無事でよかったよ。朝の鐘はとうに鳴ったのに、セシリアの気配は戻るどころか、急激に遠くなるから、どうしたのかと思った!」
ふぅ。と、ため息をつくと、カイルザークまでルークと並んでカチコチに凍りついた合成魔獣を見聞するかのように、巨体とにらめっこを始めてしまった。
合成魔獣の凍りっぷりに、びっくりしてるみたいだった。
「カイ、この合成魔獣、どう思う?」
「ん?……作りがすごい未熟。未熟すぎて野生化してるね。あと、合成魔獣自体が若いよ。産まれたばっかり。ヒトの味を知ってるのは……多分、最初の餌として、製作者自身が喰われて取り込まれてるから。分解したら犯人が出てくると思うよ」
「…なるほど……ルナ」
ルークがすっと片手をあげる。
すると地面に沈み込むように合成魔獣の姿が消えていった。
あれ?ルナってば近くにいるのかな?
「カイの、その嗅覚すごいね……」
「嗅覚というか……知識だね。ある意味、得意分野だったし」
ユージアの呆れ気味の声に、カイルザークはちょっと嬉しそうな声で答える。
「さて……帰るぞ。屋敷まで…送る。セシリア、これ以上酔いたく無ければ、こっちに」
ハッと、我に返る。
このメンバー……セシリアのサイズは違うけど、魔導学園から帰る時に、聖樹の丘から、王都への道までを全力疾走したメンバーじゃないか!
「よ、よろしく……」
移動で酔う以前に、ユージアの負担になっちゃう!と思って、急いでルークへと手を伸ばす。
抱っこの相手がユージアからルークに変わる。
「……少し、冷えてるな」
片がけで着けていたマントを外すと、毛布のようにかけて抱き直す。
春の早朝はとにかく寒いのに、パジャマ1枚とか。
……いくら合成魔獣騒ぎで逃げ回ってたからとはいえ、落ち着けば寒いよね。
必死すぎて、冷えてることにすら気づいていなかったんだけどね。
「なんで親父まで一緒なのさ……」
「セリカ嬢にトレイで殴られるのが好きなら、かまわないが?」
ふ…。と、小さく吐かれた息を感じてルークを見上げると、呆れ顔に薄く笑みを浮かべている。
そういえばそうだ、どうしてここにルークがいるんだ?
カイルザークは『様子を見にきた』って言ってたけど……って、ああ、精霊の知らせかな。
「ねぇ、僕は、朝の鐘が鳴り終わってから来たんだよ?」
カイルザークまでユージアを見上げて、困った笑みを浮かべている。
ただ、耳としっぽは、表情とは裏腹に、とても楽しそうにぴこぴこゆらゆらと動きを止めない。
「あ……お願いします。僕だけだと、問答無用で殴られる気がする」
「だよねっ!」
毛足の長いしっぽが楽しげに一際大きく揺れた。