セリカにセットしてもらう。
まぁ、ルークの場合、努力家ではあるけれど元々の戦闘や魔法へのセンスが良いから、多少変則的でも使いこなせてしまうし……。
『知ってたけど、気にもしなかった』と、いう返答が来たら困るわけだけど。
「まぁでも、ヴィンセント兄様まで『ハンス先生』って呼ぶくらいだから、教師としても頑張ってたと思うのよね」
「……酷いスパルタで…ね?」
カイルザークが苦笑いと共に肩を竦めて見せる。
幼い見た目と、仕草とのギャップに思わず笑ってしまう。
コンコン!と小さなノック音が聞こえ、ドアへと振り返ると、ちょうどセリカがお茶をカートに載せて入ってきたところで……。
「失礼します…って、またカイっ!」
「ええっ!元気になったから遊びに行っても良いって!」
カートを部屋へ入ってすぐの場所で止めると、なぜか腕まくりをしながら、速足に近づいてきた。
同時にカイルザークの耳が後ろにグッと下がり、身構えるように少し後退する。
「ダメって言われてても、来てたでしょうがっ!」
「……セリカ、おはよう」
おはようございます!とセリカはいつもの笑顔に戻って挨拶を返したあと、颯爽とベッドの上に散らばった本をまとめて片付けていく。
焦ったカイルザークが本を確保しようと伸ばした手を、すかさず掴んで引き寄せると、そのまま抱きかかえて廊下へと連れて行ってしまった。
「……着替える間だけ、外にいてちょうだい」
「はーい」
パタン。とドアが閉じられて、セリカが戻ってくると、優しい笑顔に戻っていた。
「セシリア様も、カイと仲が良いのは良いことですけど、パジャマのままはダメです。まずは着替えてから!すぐ準備できますから遠慮せず呼んでくださいね?」
「はぁい…」
会話をしながらもテキパキと、着替えさせられていく。
レースたっぷりのフレアタイプの白いワンピースに濃い緑のオーバードレス。
サイドに大きめのスリットが入っていて、レースアップでまとめられている。
ハイネックになっているワンピースの首元には、濃い緑の共布のリボンタイがつけられていた。
もちろん、ドロワーズも用意されていた。
(子供用のドレスは、基本的に膝丈だから、冗談抜きでちょっとおてんばさんだと、見えちゃう)
まぁ、基本的というなら、貴族の子供たちは学校に行く年になるまでは、屋敷から外には出ないで育つんだ。
だからそういうことはあんまり気にしなくても、見えちゃってもスルーしてくれる人たちに囲まれて育つから、関係ないのかもしれないけど。
(セシリアの場合は来客があったり、そもそも一緒に遊ぶ相手が兄や弟で、同性である姉や妹がいるわけじゃないからね)
年齢的には『子供だし、可愛いもんでしょ?』って済ませちゃっても良いのかもしれないけど、見えないようにする方法があるなら、見えない方がいい!
だから、この配慮がとても嬉しかったと、セリカに伝えると、はにかむように笑った。
「私は、セシリア様と同じ歳から、剣術の稽古をつけ始めました。ただ、女の子が、小さなうちから剣術を習うことに母は反対したので……条件として『ドレスで稽古をつける事』と、されました。……どういう意味だかわかりますか?」
動きにくいから、すぐ諦めると思ったんだろうか?
子供って何にでも興味を持つ代わりに、飽きっぽくもあるから。
それとも…いや、はっきり反対されたって言うくらいだから、何度も反対されても『やりたい』って言った上での反応みたいだから……。
うーん、と唸り始めたところで、セリカがくすりと笑う声が聞こえた。
手は、しっかり私の着替えを手伝ってるんだけどね。
「母は『お前を騎士に育てるつもりはない。だから、これから習う剣術が必要になる時は、確実に鎧姿ではなく、ドレスで、しかも誰かを守るために立ち回ることになるのだろうから』と」
まさかの使う場面を想定しての、条件だった。
確かにだけど、ドレスは動きにくいからね……成人すると、貴族のドレスは膝丈からくるぶし丈に変わる。
膝上は絶対に有り得ないし、動きやすさを重視するような外出着でも、限りなくくるぶし丈に近い膝下のドレスになる。
膝下ギリギリは、はしたなく映るので嫌厭されるんだよ。
平民の普段着でも、年配になるにつれて、貴族ほどではないけど、丈が長めになっていく感じはある。
「護身術、ですか?」
「護身術…そうですね。セシリア様は難しい言葉を知っておられますね」
「すごい…素敵なお母様です」
「そう、ですか?そう…ですね。確かに自慢の母です。おかげで、力及びませんでしたが、襲撃時に頑張れました」
髪を結いつつ『次は頑張りますから』と、鏡越しに見えた力強い、笑み。
力及ばなかったって……いや、暗殺のプロ集団を相手に、大きな怪我もせずに頑張れてる時点で、充分だと思うよ?!
「話が逸れてしまいましたが…鎧姿や訓練用の軽装と違って、ドレス姿で足捌きを失敗すると、転ぶし……見えてしまうんですよ」
布を減らせば…と、スカート部分の布地を減らすと、ドレスのボリュームが不自然に減ってしまうので、パニエをはく。
ただ、パニエって硬めの布を使って無理やりドレスを内側から膨らませているものだから、足を大きく動かした時に、パニエがあたって、やはり動きにくい。
そんな試行錯誤を繰り返している時に、ドロワーズの存在を知ったのだとか。
「それで私も重宝してたんです。ドロワーズなら、ボリュームもそれなりに出るし、多少……見えても気にせずにすみますから、大きく動けるでしょう?」
個人的には、ドロワーズがあるから安心!というよりは、ドロワーズがズボンをはいているような感覚なので、ズボンなりの大きな動きをしても大丈夫!という安心感かな?と思ってしまうわけだけど。
実際、便利なものには代わりないわけで、本当にありがたい。
「トラブルに巻き込まれて欲しくはないのですけど……それでも、何かあった時に、咄嗟に行動が起こせるかどうかというのは、とても大事な事だと思うんです。だから…しっかり頑張ってきているセシリア様こそ、すごいんですよ」
はい、できましたよ。と、鏡越しに満面の笑みで言われて、顔を上げる。
ハーフアップの髪に、ドレスと同じ深い緑色のリボンと濃い赤の造花が揺れる。
「しゅごい」
「お留守の間、練習してました!」
思わず噛んでしまったけど、凄い。
幼児の柔らかくて逃げやすい髪を、ピンも整髪料も使わずに、綺麗にまとめてあった。
「さて、今日の予定は特に有りませんから。無理をしない程度でしたら、お好きになさってて……まぁ、カイと読書なのでしょうから、あとでいくつか本をお持ちしますね」
少し、呆れたような笑みを浮かべながら、セットに使った道具や私のパジャマ等をカートにしまい込むと、そのまま退室して行った。
そして、セリカと入れ替わるようにして、本の塊が歩いてきた。
いや、抱えている本に、ほぼ埋もれているカイルザークが現れた。