お菓子のおうちのその先。
「ふむ…微妙に権限を持っているんだな」
「えぇぇ…」
そう言うと、ルークもサロンの壁に近づくと、アイシングの装飾に触れた。
アイシングによって繊細なレースのような装飾を施されているように見えたのだけど、さすがに本物では無いよね?とそのまま私も一緒にルークの指先を見つめる。
その装飾は力を入れることなく、触れられるままに、ほろりと崩れた。
「本物だ…食べるか?」
「要りません!」
あからさまに『予想外!』と言った顔で、手に残った砂糖細工の装飾を所在無げに差し出してくる。
……いくら食いしん坊と言われても、流石にダンジョンと化している施設の壁面を飾るお菓子は食べません!
ちょっと美味しそうって、嬉しくは…なったけど!
「そうか…」
ルークも断られて残念そうな顔しないでよっ?!
私以外にも施設の設定をいじれる人物がいるかも?って話題に出してたばっかりなのに。
この内装だって『お菓子のおうち』じゃなくて実は『お菓子のおうち(毒入り)』だったらどうするのさ……。
私が憤慨している背後では、コツコツと床を蹴る音が聞こえた。
どうやらフィリー姉様が床の強度……「まさか、床までお菓子じゃないわよね?」と、確認しているようだった。
(あぁ、そうか。女性の場合はヒールだから……地面が微妙に柔らかいと、歩きにくいんだよね)
元々が、バランスをとりにくい履物だから。
ちょっとした凸凹や、変なぬかるみなんかがあれば一発で転びそうになるし。
レンガで綺麗に舗装されていたとしても、実は全く気が抜けない。
ヒール部分がレンガ敷きの隙間にはまるだけで、これまた転びそうになるし、ヒール自体も傷めるし、最悪、ヒール部分がぽっきり外れたり……全くいいところがない。
屋外や遠方への移動の際に、馬車から外へ出たがらない貴族の女性が多いのだけど、その理由の半分くらいが、実はこれ。
もう半分は……内緒にしとこう。
乙女心は、色々と複雑なのですよ?
「普通の床っぽいし、大丈夫そうね」
「それはよかった!」
「良かった、と言ってる割には残念そうですけど?」
不思議そうに聞き返すフィリー姉様。
確かに、龍に残念がられる、というのも、なんだか不思議な光景で。
「ああ、奥方のエスコートの練習にね、騎士の真似事なんかをしてみようかと思ってたんだ」
「エスコート、ですか?」
「そろそろ子龍たちの育児もひと段落するからね」と、楽しげな声が聞こえて……って、ひと段落って早くないですか?!
生まれてまだ1ヶ月経ってないんじゃ……?
あれ?あれ?と思っている間に、姉様たちの会話は進んでいった。
「んん?私にだって、得意不得意はあるからね?特に人族の作法は……気づくと様式や流行ががらりと変わっていてね。常に勉強中なんだよ?」
「それでは。お願いしようかしら…?」
「よろこんで!」
******
「これはすごいね、廊下も全部お菓子でできてる。よく崩れないな……」
父様……そんな恐ろしいことを言わないでください。
とんでもない呟きと共に、頭をぽりぽりとかきながら父様が戻ってきた。
いつの間にやら、父様とルナ、水の乙女で『核』までの道のりの安全の確認を完了させていた。
ちなみにだけど、内装から見た目はずいぶん変わってしまっているけれど、フロアの構造自体は特に変わっていないようで。
むしろ『核』への通路をサロンから直通にできないかと『腕輪』に命令してみたのだけど、この指令に関しては受け付ける気配が全くなかった。
(ルナは『生存者はいない』って言ってたけど、もしかしたら……と期待を持ってしまう)
廊下を移動しながら、普通に会話もしてたわけだけど、この声ってあの締め切ったドアの向こうに聞こえちゃってたりしないのだろうか?
ちょっと不安だったが、実際に物音がする精霊すら侵入のできなくなっている扉の前まできた時に、その不安は吹き飛んだ。
「なにこれ……南京錠…?」
可愛らしくお菓子でデコレーションされた扉には不似合いな、燻銀のような薄汚れた大きな錠前が付けられていた。
「フィリー嬢、それが『封印の堅牢』だ」
「外すかい?」
「……それより先に『核』を確保しよう。まずは操作の優先権が欲しい」
『封印の堅牢』だけじゃない。
お菓子のデコレーションで微妙に隠れていたけど、あの部屋は『思考吸収の檻』だった。
……まるっと、ユージアが放り込まれていた環境と同じ。
すぐに助けるからね!と心の中で思いつつ、一番奥にある『核』がある部屋へ向かう。
確かに『核』のある部屋へと向かう道すがら、いくつかの部屋から物音が聞こえていて、そのどれもがドアに『封印の堅牢』がつけられていた。
「……この部屋だ」
父様の声に、緊張が走る。
守護龍アナステシアスにエスコートされていたはずのフィリー姉様に至っては、自分が盾になるようにと杖を構えて先行していた。
(フィリー姉様がエスコートしてる気がするんだ……)
実際、身長もフィリー姉様とそんなに変わらないくらいの姿をしている守護龍なので。
ここの守護龍は不思議と、青年の姿ではなく、中高生くらいの姿を好んで使っているので、フィリー姉様と並んでも、カップルというよりは姉と弟にしか見えない。
弟を守ろうという姿勢に一度見えてしまうと、全く違和感を感じない。
……エスコートされるはずでは、なかったのだろうか?
「行くわよっ」
短杖を構えたフィリー姉様の合図で、それぞれが『核』のある部屋へ、入室して行った。