ちょっとだけ、お勉強の時間です。
「周囲が凄すぎるだけで…セリカだってメイドなんかさせてるのが勿体無いくらい優秀なんだからね?!あんた達、セリカを困らせるんじゃないわよ!」
困らせてないよ!と、反射的に答えようとして…いや、困らせてるかも?ちょっと自信がなくなって困ってしまった。
『私、良い子だもん!』と、胸を張って答えるには、ここ最近の出来事が酷すぎて……。
(ほとんどが不可抗力だと思う!思うけど…でも3歳児がずっと家に帰らない状況とか、無いよね!あってたまるか!という感じで)
正直なところ、前世で幼児が親から離されて、こんな長期で帰宅できていない状況とか、ありえないもんね。
考えれば考えるほどに、セリカに会いたくなってきてしまった。
これ、反論できないなぁ……と、思わず唸りそうになっていると、フィリー姉様はニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
「それと、私。最終的には魔術師団所属だから。どっちの所属かなんて、関係ないわよ」
……それって、どっちにいても大丈夫!ってことですよね。
フィリー姉様って、やっぱりすごい人!
噂で、ガレット公爵家の子達はそれぞれに優秀だとよく話されてるそうだけど、まさにそれを体現しているなと感心してしまう。
(そんなの貴族なんだから、所属にねじ込んで仕舞えば問題ないでしょう?って思うでしょう?)
実際そういう風に所属を希望する貴族もいるそうだけど、長くは居続けられない。
いや、そういう人に限って実力が伴わない…というか実力が無いからこその、無理言って所属してくるんだものね?
そもそもが、実力主義とは言いつつも男尊女卑が普通にある世界だから、そんなところで胸を張って活動できている時点で、とても優秀なのだけどね。
一昔前の前世じゃないけどさ、女の子なんて『どうせ結婚して家を出てしまうのだから学は要らない』とか『家同士を結びつけるための駒』そんな扱いが、いまだにあるような世界だから。
そんな世界で、偏見をものともせずに活動できていたという事が、何よりもすごい。
家柄や、上層部に両親がいたとしても、実力がなければ到底無理な話だもの。
「な、何よ……褒めても何も出ないわよ?」
フィリー姉様は照れたみたいに視線を背けつつ笑う。
今までの強気な態度からの皮肉げな笑みと違って、とても満足そうな優しい笑顔だった。
******
「守護龍は、本当に手伝ってくれるのかな?」
「レイを助けるために、動くよ」
エルネストが不安そうに、レオンハルト王子が希望にすがるように話している様子を、ぼんやりと見つめつつ紅茶に手を出す。
なんかもうね、父様の膝の上にいる間に食べすぎちゃったみたいで苦しくて、ひたすらに喉が乾くんだよね。
あと、昼寝したばっかなのに、眠い。
……大事なお話が盛り沢山なのに、不謹慎かもしれないけど。
「でも、国のイザコザには口を出さないって聞いたけど……」
「……っ!」
エルネストの言葉に、うっと言葉が詰まってしまったレオンハルト王子。
……不安なのはわかるけど、エル、そこでレオン王子を論破しちゃダメだよ。
見る見るうちに顔を紅潮させて俯いてしまったレオンハルト王子。
その様子に気づいたエルネストが「しまった!」という顔をしていたけど後の祭りです。本当に。
「確かに政治的な問題には、絶対に口を出さない……って、そうか。守護龍が動く基準がわからないのか」
「……すみません」
ヴィンセント兄様がみかねて口を開く。
それと同時に、お茶のおかわりを持ってきていたフレアが、俯いたまま固まってしまったレオンハルト王子をソファーから抱え上げると、その背をさすりながら食堂へと連れて行ってしまった。
フレアの肩越しにふわふわとレオンハルト王子の見事な金髪が揺れていた。
……心配事や状況の変化や、いろいろな出来事が一気に身に降りかかってしまって、感情としても限界だよね。
そんな様子を視界に入れつつ、ヴィンセント兄様は話を続けていく。
「いや、普通なら知らなくてもいいことだから。守護龍が政治的な問題に口を出さないのは、人間達の祭りごとに全く興味がないからだよ。まぁ、それでも龍は神様じゃないからね。感情だってある。目の前で人が倒れれば心配して介抱するし、美味しそうな露店を見つけたら、こっそりと人族に紛れ込んで舌鼓を打ってたりするわけでね」
思ってるより人間臭いでしょ?と、笑みを浮かべる。
まぁ、生きてるから世界への興味もあるし、そういうところからの贔屓だって生まれる。
絶対的に、誰にでも必ずしも平等でなければならないという縛りの中にいる生き物ではない。
縛られる必要もないもんね?
「そして、これは守護龍の由縁にもなるのだけど『守護の契約』は初代の王様と交わしたものだけだ。つまり本来守護されるのは初代の王様だけ」
ええっ!と、エルネストが目を見開いている。
今までの説明からだと「今は守護されていない」って聞こえるもんね。
「ふふっ……エル、すごい顔になってるよ!びっくりだろう?大丈夫、実際は国ごとしっかりと……王が代替わりをしても守護されているからね」
エルネストの表情を見て、思わず笑ってしまったヴィンセント兄様。
少し長めの金の髪がふわりと揺れる。
相手を安心させるような優しげな笑み、ではなくて、端正に整った顔のパーツ全てをくしゃりとさせる楽しげで、思わず見惚れてしまう笑みだった。
セシリアの兄ではなくて、本当はレオンハルト王子の兄なんじゃないの?と思うほどに外見が似ているから、レオンハルト王子も自然と笑えるようになったら、こんな感じなのかな?と重ねて見てしまう。
それにしても、なかなかに破壊力のある笑みだったから、世の令嬢たちからモテるだろうなぁとか思いつつ。
「それこそが龍の優しいところでね。契約の時に『君の血に連なる者の守護をしよう』って言ってくれたのだそうだよ。……国の守護に関しては本当についでっぽいけど。だから、王家の血筋が途絶えてしまったら、龍の守護も終わり。国の存続のために新しい王がたっても関係ない。…そもそも国の祭りごとには無関心な龍だから、ね」
エルネストが言ってた『政治的なことには絶対に口を出さない』が、ここで使われた。