精霊たちの好みと相性。
ライトが嬉しそうに胸を張りながら消えて行った辺りを、茫然と見つめたままに、カイルザークがため息を吐いた。
「はぁ、なんか…どっと疲れたよ」
いつもの落ち着き払った、にこにこ笑顔のカイルザークからは想像もできない表情で、笑いがこみ上げてしまう。
ただ、そう思ったのは私だけではなかった様で。
「ふっ…ごめ……あはははっ!ダメ…ふふっ。カイが末っ子だと思ったのだけど、今の精霊がカイの更に妹みたいに見えてしまって……」
可愛いのがさらに男女でペアでセットとか、やっぱり私が欲しいわ!とか、独り言が聞こえたわけですが。
フィリー姉様は婚家へ、カイルザークを持ち帰る気ですか?!
「そう見たら……可愛いかもだけど、うーん」
何だか微妙な表情のセグシュ兄様。
うん…まぁ、ルークの風の乙女と比べたのなら微妙かもしれないけど、珍しさと言う意味では光の精霊は珍しいのよ?
(ただ、格が違うからなぁ。確実に、格の差だよ)
ライトが幼稚園児くらいと例えるなら、風の乙女は役員とか幹部クラスのバリバリのキャリアウーマンだと思う。
ちなみにルナとフレアは…小学生くらいかな?
そんなちびっ子たちに、大人のお仕事を手伝わせようっていう時点で、無理があるんだもの。
「あら、セグシュ?精霊は個性的な子ほど、優秀なのだそうよ?」
「そ、そうなの?!」
母さまの指摘に、気分を取り直したのか今度は羨ましそうに、
なんかちょっと違う様な、あっている様な。
正確には個性的と言うよりは『人間らしさ』が強ければ強いほど、社会性を身につけている。つまり、社会勉強をしているから、優秀っていうのはある。
(低級であれば、周囲なんか気にせずに、好きなものの側をただ漂っていれば良いんだもの)
それが、周囲を見たい!自分以外の存在に関わりたい!と思うところから、精霊としての格が上がっていくもの、なのだそうだ。
「ねぇ、精霊との相性って……どういう基準なんだろうね」
「同じ趣味とか、気が合うからと思ったのだけど……違うみたいね」
ぐったりと机に突っ伏してしまったカイルザークを見て、クスクスと笑いながらもフィリー姉様も首を傾げていた。
その声にゆるりと耳を立てて、視線だけ恨めしそうにエルネストを見上げてカイルザークが呟く。
「それを言うなら……エルも風の乙女に好かれてるけど」
「いや、無理…怖すぎる」
風の乙女怖い!とエルネストまで即座に反応するものだから、もう、兄様達の笑いが止まらない。
「相性ってわからないな!僕も欲しいのに」
笑いの中で呟かれたセグシュ兄様の真面目な言葉に「精霊との、ご縁があります様に」と、願わずにはいられない。
素敵なご縁を。
……楽しいご縁でも良いけどねっ!
精霊の絶対数が少ないのと、そこからさらに相性の問題が出てくるからね。
なかなか会えないのだけど……。
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「それにしても……本当に、可愛らしい精霊だったわね。生まれたばかりってほどではないけど、かなり若いみたい」
母様までもが、机に突っ伏して、うだうだしているカイルザークを優しく撫でながら、笑っていた。
「ごめんなさい…」
「あら、カイが謝ることなんてないのよ?あの精霊だって呪いの種類を見ただけで理解してしまうなんて、とても優秀な精霊だわ。カイは、とても良いご縁に恵まれているのよ……大切にしてあげてね?」
「はい」
ふわりと優しい笑みにを向けられて、カイルザークの少し嬉しそうな表情が見えた。
「しかし、困ったわねぇ…生贄付きだったとは」
「母…さま『生贄付き』だと、何が困…るの、ですか?」
「エル…?普通に喋っていいのよ?ふふっ。でも、敬語えらいわね」
母様は恐る恐る聞いている、エルネストに向けて微笑みかけていた。
そして、周囲の表情を確認するかの様に、くるりと辺りを見回すと、指先をジェスチャーの様に使いながら、小さくバッテンを作ると話を続けた。
「そうねぇ…まず『呪い』は禁呪だわ。……禁呪というのは、使っちゃダメっていう大人の決まりね。そしてその『禁呪の呪い』のさらに『生贄付き』と呼ばれるものは禁忌と呼ばれているわ」
「禁呪が『使っちゃダメ』なら、禁忌は『絶対にダメ!』ってところだな」
母様の説明を補足する様に続いた、楽しげな男性の声に、一斉に声の主へと振り返る。
「「父さんっ!?」」
「様子を見にきたよ。……というか、コレがハンスに纏わり付いてて『邪魔だからちゃんと制御しとけ』って押し付けられてきた!うちの子の、らしいんだが、コレは誰の精霊だい?」
そう笑いながら差し出された腕には、必死にしがみついているライトの姿があった。
その表情は、顔を真っ赤にしてぽろぽろと涙をこぼしながら……。
『カイさまぁああああああああ』
カイルザークの姿を見つけると、飛びついて行った。
……まぁ、こうなるよね。
幼稚園児に、地図も何も知らない場所で、お使いを頼んじゃった様なものなのだから、むしろよく帰って来れたなって褒めてあげたい。
カイルザークにしがみついて泣いているライトの姿を、目を細める様にして笑うと、ちらりと私を見る。
「ああ、カイの契約している精霊だったか。私はまた、セシリアかと……」
「父さんは…セシリアを何だと思ってるんだろう……」
父様の言葉に、少し遠い目になりつつ反応するセグシュ兄様。
すると父様は、満面の笑みを浮かべて私を抱き上げると、頬擦りを始めた。
「ん?とても優秀な、末っ子姫だよ?」
「姫とか!」
「あれっ……フィリーだって、小さな頃は『お姫様』って呼ばれて喜んでたんだよ?」
フィリー姉様まで、少し呆れた様な表情になっていた。
ていうか、父様!真面目な話してる最中なんだから、可愛い!と言いながらの、すりすりぐりぐり…やめて?!
その様子を視界に入れて、ますます能面のような無表情になっていくフィリー姉様。
……ふ、不可抗力だからね?!




