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ハズレ。

新章となります。


時系列が多少前後します。

 



「ガレット公爵家の末娘を攫ってこい」と言われて、今回もその通りにした。


 主人(あるじ)が望む通りに、攫ってきた。


 主人(あるじ)が動けないなら、動ける俺がサポートをするのが当たり前。

 主人(あるじ)が悦ぶなら、何だってする。

 主人(あるじ)が幸せなら、俺は幸せだ。


 ──そう、どんなことだって。それが俺の存在理由だから。


 こんな生活がずっと続いていくのだと思ってた。



 俺はずっと教会の手伝いをしてる。本当にずっと。

 いつからだったか、もう覚えていない。


 少なくとも主人(あるじ)が何度か代替わりをする程度には、ずっと、いる。

 ……短命な主人(あるじ)が多かったけどね。


 俺の暮らしていた村が襲われて、気づいたらこの教会にいた。

 その時に、偶然だが鏡に映った俺は、俺じゃなくなっていた。


 いつの間に変わったのかわからないけど、文字通り、ずっと見てきた外見ではなくなっていた。

 瞳の色や髪の色、肌の色は変わらなかったけど、酷く違和感があった。

 部分部分で形がおかしい。歪んでいる。


 生まれてからずっと見てきた、見慣れた自分(もの)ではなくなっていた。


 俺の姿を見た、村の襲撃者の何人かは、俺を「ハズレ」だと言って殴り飛ばした。


 ……昔のことは、それくらいしか、覚えていない。








 ******








『お前はもう要らない。命令だ、自らの命を断て!消えろ!』



 そういう言葉を主人(あるじ)から聞いた途端に、周囲にいた主人(あるじ)の護衛専門の暗部に斬りつけられた。

 首から肩にかけて、猛烈な痛みと熱さを感じた後、そのまま倒れこむと同時に、頭に声が響いた。



『契約終了』



 意識が遠のいていく中、見えていたのは、首に真っ直ぐに振り下ろされる剣と、それに重なるようにして、とても美しい女性が見えた。

 こちらを見て…泣いていた。



『クソっ!いきなり切れなくなった!』


『こっちもだ!刃が弾かれる!』


『まぁ良い。そのうち死ぬだろう。……永く仕えた褒美だ。少しだけ時間をやろう』



 そんな声が聞こえていた。



(何か大きな失敗をしたのかな?いつも通り、指示の通りに、動けたはずなんだけど?)








 ******








 ──次に意識を取り戻した時には、地下の監獄にいた。


 今まで、主人(あるじ)の為に何人も葬ってきた場所だ。


 ここは限られた人間しか「絶対に」立ち入れないから、本当に使いやすい場所だった。

 ……まさか自分まで葬られるとは、思わなかったけど。


 体は動かない。

 自分が生きてるかどうかもわからないほど、感覚も…痛覚すら何も感じない。

 ただ、わかるのはひどく寒い、という事。

 そして、相変わらず目の前では、とても美しい女性が何かを俺に語りかけながら、泣いている、という事。



「ごめんね。君の声が…聞こえないんだ。何を言ってるのかわからないけれど、泣かないで?」



 それでも、泣きながら何かを一生懸命伝えようとしている。

 ずっと昔に、見たことがある気がする女性なんだけど、どうしても思い出せない。



 それと……もう一つ。

 誰もいないはずの監獄の奥から、楽しげな子供の声が聞こえてくるという事。



「え、ちょっと!たべちゃだめよ?おなかこわすよ!」


「美味しいよ?」


「えー…。きんぞくをたべる、ねことか、ないわ…」


「これは美味しいやつだから良いの!」


(うん、金属を食べる猫とか、ない!…ついでに言えばしゃべる猫もないよ!)



 片方の声は、聞き覚えがある。昨日の夜に攫ってきた、公爵家の末娘だ。

 もう片方は知らない。

 ……猫。……しゃべる猫。……金属を食べる猫。……記憶にない。



「あれ~……公爵家の嬢さんだ~!……もう捨てられちゃったの?」



 取り敢えず、声をかけてみる。

 俺の声に、飛び上がらんばかりに驚いた様子が、気配で伝わってくる。


 ……そういえば、小さくて可愛いかったんだよな。

 あの小さい「幼児」という生き物に触れたのは、随分久しぶりだった気がする。


 柔らかくって温かくて、すごく……良い香りがしていた。



「ぎゅうう!」


「あなたは、だあれ?」



 公爵家の末娘と一緒にいたのは…大きな猫。ありえない位大きな猫。



「びゃ!ぁ…セシリア、行こう。そいつらは君の兄さんを襲ったやつだ」


「おそっ…たの?」



 そして、喋る……猫!



「そうだねぇ、命令だから……襲わないと僕が殺されちゃうからねぇ……ま、依頼通り嬢さんの誘拐は完遂したのに、このとおり……処分になってるわけなんだけど…さ……」


「セシリア、こいつらに君の兄さんは襲われて、君は攫われたんだ!」



 ……猫、じゃないな。

 これは多分、公爵家へ襲撃したときに、一番最初に対峙したヤツだ。

 交戦中に、厄介なヤツだったけど、いきなり沈み込むように姿を消した、白い毛球のような霊獣だったはずだ。



「しょぶん?しょぶんだと、ここにくるの?」


「そうねぇ…ここは、要らないものを入れておく場所…かな」


「いらないの?」


「うん…要らないみたい、切っても死ななかったから、ここに棄てられ…た」



 ひさびさに、まともな会話をした気がする。

 その相手が、僕が襲撃を仕掛けた最後の仕事の被害者とは皮肉なものだけど。



(ここはひどく寒くて1人は寂しい、罵倒でも良いや、もう少しだけでも良いから、会話がしたい…)


「じゃあ、わたしがひろってあげる。たてる?」


「……筋を切られてる。腕も……動かないからねぇ……無理かも、あはは」



 警戒心がないのか、無知なのか、単なるモノ好きか。

 まぁ幼児だし、無知なんだろうな。

 襲撃者を、自分の兄を襲った相手を……気にかけるとか。

 普通はしないだろうに。


 それとまぁ、立てるかと聞かれたら、立てない。

 すでに視界が、ほとんどない。

 目を開けているのに、視界は黒と緑の暗い靄が渦巻いてるようになって、何も……見えない。



「このひばな、なんだろ…」


「それは、精霊だよ。そいつを助けて欲しいって、必死になってるけど…僕は嫌だからね。その精霊だってもう実体化する力すら残ってないし…」



 猫が言うにはあの美しい女性は、精霊というものらしい……。


 精霊……あの女性は精霊……。


 そうだ、ずっと昔に彼女と契約したのかもしれない。

 昔住んでいた村が襲われて、教会に来てから今まで、ずっと姿を見たことはなかったのに。

 汚れ仕事ばかりしていたから、愛想尽かされてたのかな?それとも……。


 ──あぁそうだ、封じられたんだった。

 ……最初の主人あるじに、この首輪に、封じられたんだ。

 全てを忘れろと、言われたんだった。



「しょれはダメ。ゼン、ここのカギも、おねがい」


「えー!」



 本当に助けるつもりなんだろうか?

 まぁ、いまさら、もう、手遅れだと思うんだけどね。



「あぁ…ここは魔法やスキルは無力化されてしまうから…あ…でももし、本当に開けれるなら…この首輪も壊して、欲しい…なぁ…」



 無駄に冴えてくる意識とは裏腹に、身体はひどく怠く、重く、口を動かすことすら億劫になってきた。

 しっかりと喋ってるつもりなのに、呂律が回っていない気がする。

 音も随分遠くて…自分の声すら聞き取るのが難しくなってきた。



「ついでだから、首輪も外してやる。その精霊を解放してやれ」


「……そりゃ、あり…い…」


「かいほう?」


「…そい…は…ぁ…」



 とても眠い。そろそろ限界かなぁ。


 今まで「助けて」という言葉をたくさん聞いてきて、そのどれも助けてこなかった俺だから。

 いまさら「助けて」なんて言える立場じゃないし。

 助けてくれるとも思ってない。



「ゼン、たしゅけたいの、くびわはずして!」


「助けるなら……外したくない。それに、助けてもコイツ、長くはない」



 汚い物でも見るかのように、急激に猫の声のトーンが下がる。

 ……瀕死の人間の前で『長くはない』って断言は……当たってるんだろうけど、痛いな。



「はずして!」


「セシリア、この首輪は『隷属の首輪』というマジックアイテムだ。これを外すと、受けていた命令を反故にできて…本心のままに動けるようになる。命令されていたとはいえ君の家族を躊躇(ためら)いもなく害するような危険人物を、僕は助けたくない」



 うん、猫の言うとおり、助けなくて良いよ。

 原因は首輪だろうが何だろうが、自分がやった事への、今までの報いを受けてるだけだから。

 そう反応したいのに、もう、身体のどこも動かせない。



「……まぁ、首輪は外してやるけどさ」



 この呟き以降は、音すら拾えなくなって、無駄に冴えた意識だけが残った。

 感覚はとうの昔に無くなっていたと思うのだけど、腹や肩に柔らかくて温かいものが触れているような気がする。

 時折、ぽたぽたと、何か温かいものが落ちてきている。


 なんだろう?よくわからないし、もう、どうでもいいけど……。



 ──あぁ、でも最期は1人じゃなくて良かった。




忘れたい事と。忘れさせられてた事。


*******


このお話はもともと、ファンタジー好きな身内に寝物語で聞かせていたものを文章化したものです。

楽しんでいただけたら幸いです。

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