side カイルザーク。そろそろ解放してください。
『ふわふわであんな極上の肌触りとか、最高でしょう?……よし、頑張るからカイ、もう一度…完全獣化しよう?いっぱい梳いてあげるっ!!!』
『も、もう、抜けませんからっ!』
そう言うと、眠気は吹き飛んだようで、いつの間に準備したのか右手にはしっかりとスリッカーが握られた状態で、ジリジリとこちらへ近づいてくる。
昼間にしっかり梳いてもらったから、痒みも全くなくなるくらいに、換毛期の抜け毛はすっかり無くなったんだけど……。
(じゃなくて、あの毛でクッション作ろうとしてたんですかっ?!)
確かにすぐ捨てるにしては、取れた毛をキレイに集めては、無駄に丁寧に積み上げていたなと、思い出す。
瞳を爛々と光らせて、私の毛について、どれだけ有用なのか!と、語り始めている先輩。
生え変わりでも何でもない、全く関係なく普通に生えている毛まで毟られそうな雰囲気に、思わず後退りながら、なんとか諦めるように説得を試みるのだけど、どんどん近づいてくる……!
『あれは…じ、人族で言う、野郎の胸毛とかスネ毛…あ、脇毛もか。そういうものですよ?!そんなので作ったクッションで、先輩は嬉しいんですか……?』
『カイのなら…良い匂いだし、何が入ってても許すっ!』
『何がって……何を考えてるんですかっ!?』
……どうしたら普通に話せるか?とか、ずっと悩んでた自分がアホらしくなってくる。
やっと会えた初日の反応に躊躇して、1年も必死に距離をとっていた私。間抜けだ。
(そう言えば昔から、こういう人だった!隙あらば、しまい忘れたしっぽ目掛けて突進されて……)
一つのボタンのかけ違いから、何年も悩んできたのが本当にバカらしい。
それほどまでに、シシリー先輩の今にも襲いかからんばかりの状況から……今までの不安や心配事がくだらなく感じてくる。
普通に話せた!と、喜んだ直後にこれだもの。
悩む前に、どんどん話しかけてしまえばよかった。
逃げられても、避けられても、ちゃんと話せばよかったんだ。
……一番最初に、先に、避けてしまったのは…私だけど、ね。
それだって、謝ってしまえばよかっただけだ。
日頃の「何事も、冷静に考えてから行動できることは、素晴らしい!」と、いう教師からの私への評価は、人間関係…こと、シシリー先輩には全く通用しないようだと確信に至ると、ため息が出てしまった。
『何も。あえて言うなら、毛?』
『先輩…発言が既に変態ですよ……却下です!!』
******
隙あらばジリジリと迫ってくるシシリー先輩から、自身を守るように後退りつつ、ジャケットを羽織り、カバンを持って出口へと向かおうとすると。
『そのしっぽの毛でいいよっ!』
がしりと、しっぽを掴まれていた。
しまっていたはずのしっぽが、しかし、確かに掴まれた感覚があって、反射的に飛び上がりそうになる。
『…っ!?いつの間にっ』
『えぇと……「却下です!」って叫んだ時に、生えてたよ。ぶわっと』
ほら、耳も出てるよ?と、頭を撫でられる。
確かに、耳を触られている感触があった。
感情の揺れがあると、無意識に耳やしっぽが出るのは、獣人にはよくある事だ。
どちらも、出ている方が能力が上がって動きやすいから。
人族の耳の形状よりも、本来の耳の方が集音するし、しっぽもあった方が動く時にバランスがとりやすい。
……人族から見れば、邪魔そうに見えたり、もしくはアクセサリー的に見られがちだけど。
『ふふふ〜。思ってた通り!相変わらず、ふわっふわぁ〜』
『ちょっ!やめっ!やめてくださいっ!』
瞳をキラキラと輝かせながら、さらにガッチリと抱き込むようにして、しゃがみ込まれてしまった。
私の場合、他の獣人たちより幼い頃から人族の習慣の中で暮らしていたから、獣人への差別や偏見をよく耳にしてきたので、意識して普段は耳もしっぽもしまっていた。
それでも、緊急時というか生理的な反応なのか、感情の揺れがあると、こうやって耳やしっぽが出てきてしまった。
まぁ他の獣人たちは、気にせず出しっ放しにしている者達がほとんどだったから、うっかり出てしまっても誰も笑ったりはしなかったけど。
それでも普段ないモノが姿をあらわすものだから、妙に視線を集めてしまったりは……していた。
どうにも一般的な狼系の獣人と比べて薄い毛色に、長い毛足が目を引いてしまうようだった。
『カイはねぇ、昔からびっくりすると、しっぽが出ちゃうんだもんねぇ。変わらないのね……可愛い』
『せめて、頬擦りとかは…やめて、ください。あと、野郎に「可愛い」は、無いです』
『あるよ?』
『無いです!』
しっぽをがっしりと抱え込まれてしまったので、身動き取れずにそのままシシリー先輩の横に頭を抱えつつ座り込むと、ほくほくとしっぽを撫で始められてしまった。
しっぽを掴まれると、困った事に何故か少し脱力してしまう。
『また、昔みたいに耳もしっぽも、出したままの方が素敵なのに。こんなに立派なのに……』
『そうですか?同じ獣人からも奇異な目で見られるのに……』
『珍しいから、見慣れてないからでしょう?とても綺麗』
うっとりと、しっぽに頬擦りしながら振り返ると、満面の笑みを浮かべた。
……獣人として、毛並みを褒められるのは、人族の容姿やスタイルを褒められるのと同じで、とても誇らしい事なのに、この状況だと微妙に嬉しくない。何故か納得がいかない。
ぬいぐるみ扱いされている気がしてならない。
あと、頬擦りされるたびに、背中がゾワゾワするから、そろそろ解放してほしい……。
何度説明しても理解してもらえないけど、お尻に頬擦りされてるようなものだからね?!
『……先輩も、見慣れたら襲いかかりませんか?』
『襲うとかっ!?』
『いや、これ襲い掛かってるでしょ?…今!まさにっ!』
『愛でてるだけですよ〜』
『もう、やだ……』
顔、赤いよ?と、心配そうな声色とは裏腹に、シシリー先輩の手は、腕は、私のしっぽを抱え込むだけでは飽き足らず、頭を抱えたまま座り込んでいる私の頭も……主に耳をふわふわだ!と言っては、撫でまくる。
ひたすら撫でまくられて、解放されるまで、なかなかに拷問だった。